2010年12月31日金曜日

【第5回】『憲法[第四版]』(芦部信喜著、岩波書店、2007年)

いま社会保険労務士の資格を取るべく労働法を中心とした法律を勉強している。実務に関する知識を扱えるので興味深く学んでいる一方、労働法の背景にも興味がどうしても湧く。「法律の背景を理解するためには上位法を押えるべし」と、修士時代の副査の先生から再三指導されたことである。そこで、労働法の上位法であり、国の最高法規である憲法を学び直そうとして、本書を読むこととしたのである。

学部時代に、憲法学の授業の教科書として本書の第二版を読んだことがある。そのときもわかり易いと感じたのであるが、それから十年が経ったいま本書を読んだところ、やはり憲法について初歩のレベルから網羅的に学べるのがうれしい。全般的に面白いのであるが、とりわけ自分の関心に引きつけて興味を持った部分を三点記してみたい。

一点目は労働法でもお馴染みの労働基本権である。企業で働いていると、労働基本権を企業が労働者に対して保障してくれることは当たり前に感じる。これは憲法の解釈によれば、労働基本権の保障が私人間の関係にも直接適用している、ということになる。労働基本権は経済的自由に根ざすものであると思っていたのであるが、経済的自由と精神的自由との中間に位置するものと考えられると指摘されている。相対的に劣位にある労働者が、使用者と対等の立場に立てるように、という意図からなのであろうか。

二点目は三権分立について。三権分立というと中学生のときに習ったモンテスキューの名前が浮かぶ。国家の権力を集中せず、分けることでお互いに緊張関係に置くために三権分立はある、と学んだ記憶がある。しかし、本書で指摘されているのは、国家のタイプごとに三つの権力の中での優位性が異なるということである。大まかには、歴史的経緯の違いにより英米法の国と大陸法の国とで違いがある。英米法は立法権への不信から三権の平等性を重視するのに対して、大陸法では中世の圧制を支えた裁判所への不信から立法権を強くしている。尚、日本においては、日本国憲法制定の際にアメリカが関与した経緯から、どちらかといえば英米法に近い。

三点目は選挙制度についての指摘である。この部分は読んでいて大いに反省を促された。「多数代表は二党制を生み政治の安定をもたらすが、比例代表は政党を破片化し政権を不安定にする」「小選挙区制の選挙では次期政権をどの政党に委ねるかが争われるので、政党中心の政策論争が盛んになる」といったステレオタイプな論理展開には問題があるとする。安定政権の論理と民主的代表の論理の二つを考慮しつつも、それぞれの国の政治・社会の具体的な環境との関係を考慮する必要があると指摘されているのである。

2010年12月26日日曜日

【第4回】“Creative Decision Making –Using Positive Uncertainty- ”(Gelatt, H.B. and Gelatt, Carol ,Crisp Series, 2003)

              This is the first English entry. Reading English business book is my training to study some major theories and also English itself. In this blog, I’m going to write English essay at least every other month.

              There are two types of career theory. One is focused on static career approach, and the other one is focused on dynamic career approach. Static approach is used in some special time, for example, when we encounter transition or environmental change in our life and career. One of the major theory about static approach is by Dr. Holland. It is useful when we want to match our type of character to the type of job, especially before entering the first company. So, static approach is important for us to reflect our history of life and career, and to make a decision at the important time.

              Of course static approach theory is useful in special time, but it doesn’t explain about daily business time. But don’t we have to make any efforts or any decisions in daily life? Of course not! Then what should we do?

              The theory which answers this question is the dynamic career approach. When some chance occurs to us, without any preparation, we cannot get it. Using dynamic theory helps us to do it. One of the major one of it is positive uncertainty which this book explains. And another major one is Planned Happenstance Theory by Dr. Krumboltz. Then what is the difference between these two major theories?

              Planned Happenstance Theory explains that what we should do in daily life especially about learning because Dr. Krumboltz was the researcher of learning. On the other hand, Positive Uncertainty explains that what we should take attitude to the things which occur in daily life, especially about decision making, because Dr. Gelatt was focused on studying about it. So, these two theories can survive the same time.

              In this book, Dr. Gelatt does emphasis on four paradoxical principles, Be focused and flexible about what you want, Be aware and wary of what you know, Be realistic and optimistic about what you believe, and Be practical and magical about what you do. Though these statements have some dilemma inside of themselves, it seems to me that Dr. Gelatt want to say that there is no right static answer in the whole life. When we face some trouble, it is useful for us to think about both edges of these paradoxical principles in turn, because we tend to focus on fixed one.

              The only bad thing about this book is that most Japanese people can’t read it, because it is written in English. I hope that someday this book will be translated into Japanese. I want to try to read Japanese version in order to read precisely.

<Recommended Reading>
J.D.クランボルツ+A.S.レヴィン著(花田光世+大木紀子+宮地夕紀子訳)『その幸運は偶然ではないんです!』ダイヤモンド社、2005
渡辺三枝子編著『新版 キャリアの心理学』ナカニシヤ出版、2007





2010年12月19日日曜日

【第3回】『アンチェロッティの戦術ノート』(カルロ・アンチェロッティ著、河出書房新社、2010年)

著者はACミランの監督を長年にわたって務め、現在はチェルシーの監督を務めるサッカー界の名将の一人である。リーガのサッカーを愛する私にとって「敵将」と言えるほど縁の遠い著者の本を読んだのは、知人のK氏から強く勧められたからである。本来読む巡り会わせになかったと思われる良書を読むきっかけをくれたK氏に感謝したい。

サッカーの戦術に関する本は好んで読んできたが、本書はとりわけ素晴らしかった。もちろん戦術の解説が論理的で面白かったということもあるが、インスピレーションが色々と沸いたのである。サッカーに詳しい方にとっては当たり前であることばかりなのかもしれないが、私が自身の関心に引きつけて特に興味深く読んだ箇所は主に以下の三点である。

一点目はボールポゼッションに関するものである。著者はボールポゼッションのメリットとデメリットを挙げた上でデメリットの大きさを指摘している。具体的にはこうだ。ボールポゼッションを高めるためにはオフ・ザ・ボールの動き(ボールがない箇所での選手のアクション)が頻発する。ためにその結果としてチームのバランスが崩れる。バランスが崩れるとボールを失う時に悪い失い方(数的不利を招き易い状態)をしてしまうために失点に繋がる。したがってボールポゼッションを高めることにはリスクが伴う、と著者は説明する。

ではどうするか。著者が指摘しているのはボールを敢えて相手に渡し、自チームの陣形を整える時間帯を設けてカウンターに徹することの大切さを指摘している。現実にそうした戦術を取るチームが多いことがそのメリットを証明しているといえるだろう。

このボールを敢えて相手に渡すという発想は、まさに棋士の羽生善治さんが「相手に手を渡す」ことと類似の発想ではなかろうか。羽生さんによれば、選択肢がいくつかある中で、相手に選択を促してそれに対する反撃の対策を立てるため、とのことである。これはかつて将棋を好んで指していた私からすると驚きの発想で感銘を受けたことであった。普通は一手でも早く指したいと思うものであり、実際に、プロ棋士の対局においても後手番より先手番の方がわずかとは言え勝率が高い。アンチェロッティと羽生さんといった勝負師は、領域が違えども同じような着眼点を持つものなのかもしれない。

二点目は4-4-2(3ライン)と4-3-1-2や4-2-3-1(4ライン)との違いの指摘である。著者は、4-4-2は守備の局面においてコンパクトな陣形を保ち易いために望ましいケースが多いと指摘する。他方、サッカー評論家の杉山茂樹さんは自身の著者でサイドの重要性を指摘して、4-2-3-1のメリットを展開している。にわかにどちらが優れているかの判断は私の力量ではできかねるが、おそらくはどちらも正しいのだろう。つまり、アンチェロッティが本書で頻繁に述べているように、選手の力量や組み合わせによってシステムは決まるのである。実際、アンチェロッティは4-4-2のメリットを主張するが、4ラインに適した選手が多い場合には4ラインを採用しているのである。

4-2-2というコンパクトな組織は、企業組織に照らし合わせればフラット型組織であろう。変化の激しいビジネス環境に合わせて組織を動かすためには組織体型をコンパクトに保つ必要がある。だからフラット型組織が現在のビジネス環境の中では優れているとの主張がよくなされる。しかし、こうした組織においては自律した人材がいなければ機能しない。自律した人材とは、組織にとって重要な課題を自分で考え、他者とすり合わせた上で、主体的に行動して組織への貢献と自身の成長を同時に担える人材である、と考える。経営学者の伊丹敬之さんの言を俟つまでもなく、戦略立案のためには環境に合わせることとともに人材という社内の環境との適合が必要なのであり、自律した人材がいなければフラット型組織は機能しない。個々の人材の保有する能力が最適な組織のあり方に影響を与える点は、サッカーの組織も企業の組織も同じなのであろう。

興味深かった最後の点は、サッカーチームにおける助監督の位置づけである。理想の助監督とは、監督の指示を伝えつつ、選手の愚痴や悩みも共有するという兄貴分のような存在とのことである、と著者は述べている。これは企業で言えば人事ではないか。中間管理職は、経営サイド寄りであるし、昨今のプレイングマネジャーを考えれば、部下から「兄貴分」といわれるほど手厚く関係性を築く時間的な余裕はないだろう。そこで人事をはじめとしたスタッフ部門がそうした機能を担うことが重要であろうと考えるのである。少なくとも私は、一人の人事パースンとして、著者が述べるような助監督となれるように精進したい。

<参考文献>
羽生善治『決断力』角川書店、2005
伊丹敬之『経営戦略の論理 第3版』日本経済新聞社、2003
杉山茂樹『4-2-3-1』光文社、2008







2010年12月13日月曜日

【第2回】Newton別冊「わかる時空」(ニュートンプレス、2010年)

数学好きの理科嫌い。高校時代のこのアンビバレンスを解消するために、私は長い間に渡って理科を遠ざけていた。そんな状況を救ってくれたのが科学雑誌「ニュートン」の別冊シリーズである。このシリーズは複雑な数式を抜きにして、概念的に把握させてくれる。高校以降に理科を学問として学んでいない人間が、本書をもとに考えたことを披瀝してみたい。

 本書では物理学の二大理論と形容される相対性理論と量子論とを融合して理論が展開されている。相対性理論が明らかにするマクロな世界と量子論が明らかにするミクロの世界との融合。理論の積み上げによって新しい理論を作り出すその構成は、ニュートンの言とされGoogle scholarのトップ画面でもお馴染みの「巨人の肩の上に立つ」を髣髴とさせる。先行研究をもとにして新しい理論を積み上げていくという科学的なスタンスはどの学問分野でも共通しており、美しい理論ほど概念的に把握し易いのだろう。

 さて、相対性理論を読むたびに想起することは構造主義、とりわけレヴィ=ストロースが思い浮かぶ。どちらも大掴みに捉えると「立ち位置を変えれば現象の解釈は変わる」ということを言っているのではないだろうか。ビジネスにおいても相対的な考え方は重要である。たとえば、他社のベストプラクティスを単に真似れば良いというわけではない。楠木先生の議論によれば、それぞれの会社に特有なビジネス環境に合わせ、戦略アイテムをストーリーとして整合させているのであり、その中から特定のアイテムを真似しても意味がないのである。

 その一方で、立ち位置によって現象の解釈は変われども、因果律が変わることがない、という特殊相対性理論の主張は興味深い。相対主義の度合いが過ぎると主張点が不明瞭になることがある。相対的に両論併記が多すぎると、なにもかもが玉虫色になってしまう、というような現象である。そうした中で上記の特殊相対性理論の主張を読むと、一つひとつの因果を積み上げることで何らかの影響を為すことは可能であるという希望の可能性を私は感じるのである。因果律の通った理論であるからこそ、それぞれを相対的に捉えることに意義が生じるのではないか。

<参考文献>
楠木建『ストーリーとしての競争戦略』東洋経済新報社、2010
Newton20057月号「決定版 相対性理論」ニュートンプレス、2005
Newton別冊「量子論 改訂版」ニュートンプレス、2009
内田樹『寝ながら学べる構造主義』文藝春秋社、2002





2010年12月9日木曜日

【第1回】キャリア・ドメイン(平野光俊著、千倉書房、1999年)

 書評を書くとしたら、初回にふさわしいのはキャリアしかないと常々思っていた。学部でのゼミ、大学院での研究活動と、控えめに見積もっても四年間は取り組んできたテーマである。恥ずかしながら、若い頃は(今でも充分に若いと信じているが)人並みに青い鳥も追いかけた。おかげさまで修士論文を書く過程で多くの方にインタビューさせていただき、また先行研究と概念構築との無限地獄のような対話と自省を繰り返し、青い鳥症候群は昇華できた。しかし、研究面では積み残しばかりである。そこで、修士時代の自分を学術レベルで超えるために、まずはキャリアについての先行研究の継続の意味合いも兼ねて、本書を取り上げたのである。

 本書に目を通すのは二度目である。再読し終えて改めて感じたことは、キャリアとは学際性の高い学問領域である、ということである。いかに働くか、はいかに生きるかに通じるのであり、個人の内面に関わる学問領域が関わる。それだけではない。個人としてどうありたいか、ということは自分の外界、すなわち他者や組織からの影響を受けざるを得ない。したがって、キャリア論は組織の中でどうあるべきかという組織社会化の概念、所属する組織からの影響を与えられるというコホート研究、といった幅広い領域を射程に入れる必要がある。

 そうした多面的な領域の理論に基づき、抑制しながら理論構築を行なうことがキャリアという領域では特に必要である。なぜなら、キャリアという文言はバズワード化しやすく、単なる恣意的で安易な人生論に堕す可能性を内包していると思えるからである。その点で、筆者の問題意識から先行研究、リサーチデザイン、調査方法および考察に至るまでの網羅的な理論の整理は、いわば学術的な抑制の美すら感じる。キャリアに関するコーチングやアドバイスや執筆を生業とされる方が多い現在、本書は、優秀で誠実な方と残念ながらそうでない方との見極めをするための一助となるだろう。これは知識の量の問題ではない。アプローチの問題である。

 こうした多面的な先行研究を踏まえた上で筆者が提示している主張の新規性は、経営戦略論におけるドメインという概念をキャリア理論に用いている点であるだろう。ドメインという概念は、ともすると空間の広がりのみを意味すると捉えられがちであるが、榊原(1992)によればそれに加えて時間の広がりと意味の広がりを含む概念である。かつ、三つの領域が必ずしも広ければ良いというものでもない。本書におけるキャリアのドメインについても、キャリアの広がり(分化)は必ずしも広ければ良いというものではなく、意味を見出せる(統合)レベルであることが示唆されている。つまり、本書はドメインというアナロジーを用いることで、キャリアに意味を見出すという動的なアプローチを提示したことが新規的なのではないか。金井(2002)もまた、キャリアの定義として意味づけやパターンといった言葉を使っており、意味を見出すという動的なアプローチの重要性は現在に至るまでキャリア理論において主流となっている。

 本書が出される以前は、キャリアは、職業のマッチングやキャリア上の目標から逆算してプランを立てる、といった静的なアプローチで捉えられることが多かった。しかし、職業をマッチングで捉えることは、人間の発達性や開発といった動的な要素を無視している。つまり、仕事や学習を通じて成長するという人間の積極的な営みを視野に入れていないのである。同様に、キャリアゴールから逆算してプランを立てるというリニアなアプローチにも静的な側面が色濃く見える。なぜなら、これだけ変化の激しい時代においては、会社や事業が変化するのに加え、仕事じたいも変化する(高橋、2000)。もちろん、短期的に自分の望む職業に向けて計画を立てることは依然として有効であろう。しかし、キャリアゴールを静的に固定して、長期的なキャリアプランを立てて行動することに、果たしてどれだけ意味があるのだろうか。

 このようにキャリアを考える上で大きな意義を持つ本書であるが、研究上の限界もある。その一つは、過去の業務を回顧し将来を展望する、という統合のロジックに内包されている。つまり、現時点での業務や生活の中でいかに成長実感を得るか、という現在の視点が射程に入っていない。しかし、本書が上梓された1999年から十年を経た現在、稲泉(2010)の定性調査などが示唆するように、とりわけ2030代の若手社員にとって、成長実感はキャリアを考える上で外せない要素である。私自身、修士課程論文で現在の視点を統合した研究を行なったが、今後のさらなる理論化が俟たれる領域であると言えるだろう。むろん、私自身も理論の発展に実務的な観点から寄与していきたい。

<参考文献>
稲泉連『仕事漂流』プレジデント社、2010
金井壽宏『働くひとのためのキャリア・デザイン』PHP研究所、2002
榊原清則『企業ドメインの戦略論』中央公論新社、1992
高橋俊介『キャリアショック』東洋経済新報社、2000