2015年2月7日土曜日

【第411回】『屈辱と歓喜と真実と』(石田雄太、ぴあ、2007年)

 2000年代の中盤、Numberをはじめとしたスポーツ・ノンフィクションにはまっていた私にとって、2006年のWBCは印象深いものであった。大会の後に出版された複数の雑誌の特集号や書籍を読んでいる中で、最も興味深く読んだのが本書である。出版直後に読み、第二回のWBCが開催される直前に再読し、今回が三回目である。闘いの過程で垣間見せる、一流のプロフェッショナルたちの珠玉の言葉を二つだけ紹介していきたい。

「そんなん、僕だけじゃないでしょ。一二球団から選ばれてきた日本代表の選手というのは、みんな上のレベルを目指しているわけですからね。そういう選手たちと一緒にいられる時に、黙っているようでは上に行けないと僕は思うんです。だから、みんなに質問したり、されたり、そういう雰囲気が楽しいし、誰かのいいところを盗めるチャンスでもありますから、より高いレベルでプレーできるということはすごいことだと思いますよね」(126~127頁)。

 上原浩治選手(当時:巨人)の言葉である。第一に考えさせられたのは、プロフェッショナルこそ、他者に質問をするのだろうということである。質問をするためには、他者の何が優れているかを理解し、的確に尋ねることが求められる。ポイントやコツを押さえていないと、分かり易い言葉で表現できず、他者から得られる情報は限られてしまう。第二に、質問をされるということを彼が挙げている点も興味深い。質問をされて、考えてみて、言葉にして、他者に伝える。そうした内省とアウトプットの作業を楽しいと言えるからこそ、プロフェッショナルとして成長し続けられるのではないだろうか。

「やるべきこともわかってない人についていきたいなんて絶対に思わないし、それができなかったらチームを引っ張るなんて無理ですから。ただ難しいのは、やるべきことをやっていたとしても、それを周りが理解しているかどうかというのがまた別の問題だということです。僕も周りに示すためにプレーしてるわけじゃないし、みんながどう感じてくれているかなんてわかりませんし……もちろん、そうでありたいとは思っていますよ。WBCで、僕は今まで自分の中にはなかった新しい自分を感じました。それが消えることはありません。だって、それは僕の幅ですから。すぐに役に立つ、役に立たないというものではないんです。何に反映されるかはわからない。でも、確実に今までと違う何かを得たんですから」(345頁)

 次に取り挙げたのはイチロー選手(当時:マリナーズ)の言葉である。この大会での言動は、彼のそれまでの振る舞いから大きく変わったとメディアで評された。彼自身も、そうした言動や態度を以て「新しい自分」と表現している。そうした「新しい自分」を自身という人間にとっての「幅」と表現しているのが興味深い。自分という人間像が、他者との関係性や状況によって複数存在し、そうした存在を統合する、社会学では言われる(『ジンメル・つながりの哲学』(菅野仁、日本放送出版協会、2003年))。「幅」が増えることによって、人間としての度量は広く深くなるものなのであろう。だからこそ、彼が語るように「すぐに役に立つ、役に立たないというものではないんです。何に反映されるかはわからない。」という点をよく噛み締めたい。


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