2019年8月31日土曜日

【第981回】『日本沈没(上)』(小松左京、小学館、2006年)


 Eテレ「100分de名著」の小松左京特集で興味を持った一冊。恥ずかしながら著者の書籍を初めて読んだのであるが、簡潔な文章で文体も私のフィーリングに合う。この後も何冊か読んでみたい。

 本書の結論は上記の番組でなんとなくは理解している。加えて、同番組の中でも言われていたが、題名の時点で読者は想定しながら読み進める。しかし、そこに何を見出すかは読者次第ということであり、多様な読み方を許すところが出版当時にミリオンセラーとなるほど売れに売れた理由なのではないか。

 尾をひいて、小さくかがやきつつ、直下の闇へおちていく、三つの星を見つめながら、小野寺は、その大洋の水の壁の巨大さ、その底にひそむ暗黒の怪物の巨大さ、そしてそれに対する人間の存在の小ささ、知識の小ささを感じ、体の芯から冷気がこみあげてくるような気がした。ーーこの広大な道の中を、小さな船に乗ってのぼっていくわびしさが、冷たい海水の圧力といっしょになって、ひしひしと胸をしめつけた。あとの二人も、同じ思いにとらわれているらしく、ひっそりと息をひそめ、暗がりの中に身じろぎもせず、小さな観測窓のうす青い円形に、じっと眼をすえていた。(99~100頁)

 海底の不気味な動きを潜水艦で目の当たりにすることとなった主人公たち。その後、日本列島に襲いかかる天変地異を暗示させる薄ら寒い見事な表現だ。

2019年8月25日日曜日

【第980回】『司馬遼太郎『街道をゆく』叡山の諸道II』(司馬遼太郎、朝日新聞出版、2016年)


 比叡山の風景の描写もさることながら、本巻では比叡山の歴史について勉強させられた。最澄が亡くなった後に起こる権力争いは、たぶんに政治的であり、教えを守ろうとする組織がなぜこうなってしまうのか、よくわからない。

 円仁は、終生、横川の山林を愛した。(18頁)

 権力争いには興味を持たなかったが、その卓抜した知識によって座主を務めることになった円仁。円仁は、横川での静謐な生活を楽しみ、結果的に、横川を、東塔・西塔と並ぶ叡山の地域へとすることになった。

 昨年、比叡山を訪れた際にある僧侶の方がおっしゃっていたのは、延暦寺三塔はそれぞれ、東塔=現在、西塔=過去、横川=未来を指すとのことであった。円仁は、彼が生きた時点におけるつまらない政治的な争いという現在にとらわれず、教えの将来における発展に目を向けていたのかもしれない。

【第534回】『空海の風景』(司馬遼太郎、中央公論新社、1978年)

2019年8月24日土曜日

【第979回】『司馬遼太郎『街道をゆく』叡山の諸道I』(司馬遼太郎、朝日新聞出版、2016年)


 比叡山には一度だけ訪れたことがある。使い古された霊験あらたかという形容がいかにも当てはまるような静謐とした所であった。もう一度訪ねてみたいと思い、司馬遼太郎さんの解説を読もうと、本書に手が伸びた次第である。

 もっとも、最澄に対して神秘性を付加したり、個人崇拝をしないということも叡山文化のめでたさであり、同時に坂本の風のよさでもあるにちがいない(39頁)

 比叡山の門前町である坂本に関する著者の形容である。歴史の教科書にも太字で必ず出てくる最澄という人物を、いたずらに特別視しない町の風土に心地よさを感じる。

 子規と最澄には似たところが多い。どちらも物事の創始者でありながら政治性をもたなかったこと、自分の人生の主題について電流に打たれつづけるような生き方でみじかく生き、しかもその果実を得ることなく死に、世俗的には門流のひとびとが栄えたこと、などである。書のにおいが似るというのは、偶然ではないかもしれない。(41頁)

 最澄の書を見ての所感である。様々な歴史的人物を創作の対象としてきた著者ならではの慧眼といえよう。『坂の上の雲』も読み返したくなってしまう。

【第534回】『空海の風景』(司馬遼太郎、中央公論新社、1978年)

2019年8月18日日曜日

【第978回】『石川啄木』(ドナルド・キーン、各地幸雄訳、新潮社、2016年)


 私にとって詩を理解するのは難しく、石川啄木の詩も『一握の砂』のごく一部を高校の教科書で習った遠い記憶がある程度だ。正直、全く覚えていない。いくつかの書籍を読んでいると好きな詩を持つことの有効性や、俳句を好むことの効用をよく目にするようになった。本書も、そうした一環で何かで推奨されていて読むことになった。結論としては、石川啄木の伝記であり、彼の人となりを物語として読めて興味深く、改めて詩集を読みたいと思った。

 啄木は徐々にではあるが、美よりも真実が大事であると考えるようになった。(11頁)

 石川啄木以前の詩では、美的な世界を詩という形式で表現することに重きが置かれていたようだ。それに対して、啄木は真実をいかに伝えるかという手段として詩を位置付けたという。

 啄木は、すでに「詩」のロマンティシズムに興味を失っていた。「空想」文学は、啄木をうんざりさせるに到っていた。啄木が経験してきた「現実」の数々の困難は、新しい運動の精神に共感を抱かせた。啄木が運動の仲間たちから知ったのは、詩歌は必ずしも美や愛を語るものではないということだった。貧困の悲惨さや、ごく日常的な出来事もまた詩歌の題材にふさわしい、と。(277頁)

 ここでは、以前の詩が持つロマンティシズムに対する批判までが込められている。日常を切り取り、現実を表現することが詩歌の持つ意義と提示したのが啄木であり、それ以降の詩歌なのである。

 啄木の絶大な人気が復活する機会があるとしたら、それは人間が変化を求めるときである。(中略)啄木の詩歌は時に難解だが、啄木の歌、啄木の批評、そして啄木の日記を読むことは、単なる暇つぶしとは違う。これらの作品が我々の前に描き出して見せるのは一人の非凡な人物で、時に破廉恥ではあっても常に我々を夢中にさせ、ついには我々にとって忘れ難い人物となる。(330頁)

 啄木の詩が醸し出す現実と自由の感性は、太平洋戦争の終戦後に大きな注目を集め流行したそうだ。そこから判断すると、私たちが変化を求め自由を求める時に啄木の詩歌が影響を与えることになるのかもしれない。

【第516回】『百代の過客』(ドナルド・キーン、金関寿夫訳、講談社、2011年)

2019年8月17日土曜日

【第977回】『日本社会のしくみ』(小熊英二、講談社、2019年)


 読んだことがある方にはよくお分かりの通り、著者の書籍は嫌というほど分厚いです。今回はkindleで読んだのであまり厚さは感じなかったのですが、新書にしては相当なボリュームでした。じっくり読むという意味では盆休みは適切なタイミングであったなと。

 ナショナリズム研究をはじめとした著者の歴史社会学の書籍を愛読して来た身としては、雇用を扱う本書には一見して意外な感がありました。しかしながら、過去の書籍を読んで来たためか、結論的には著者の書籍だなぁという実感を得ながら読み進めることとなりました。

 長期雇用と配置転換は、いわばバーター関係になった。それを制度的に可能にしたのが、職能資格制度だった。日経連の一九六〇年の報告書でも、「日本のような生涯雇用的なもので、職務転換を予め予想された形で就いている場合」には「資格制度」が必要だという主張が見られた。(kindle ver. No. 5601)

 本書の中でも取り上げられているアベグレンが日本企業の三種の神器として挙げたものの一つである終身雇用は、ジョブローテーションとの相互依存関係にありました。そうした関係性を可能にしたものが、日本独自の職能資格制度だとされています。

 言い方を換えれば、日本企業とその社員は、雇用の安定性を選択したと言えましょう。企業側が社内における雇用の流動性を担保することで、社員側は雇用されることをコミットし、企業側は雇用し続けることをコミットしたという相互依存関係が生じます。

 この関係性は、日本とアメリカとで同じ背景であったにも関わらず異なる解決策を志向したことが以下の箇所によく現れてます。

 日本もアメリカも、二〇世紀前半までは、雇用主や職長の気まぐれで賃金や仕事内容が決められ、簡単に解雇される「野蛮な自由労働市場」だった。職員が身分的な特権を享受していた点も、身分の構成要因が違っていたとはいえ、あるていど共通していた。
 それに対しアメリカの労働運動は、職務を記述書によって明確化し、同一の職務には同一の賃金を払うという「職務の平等」を志向した。一方で日本の労働運動は、職員の特権だった長期雇用と年功賃金を労働者にまで拡張させ、職員に昇進しうる可能性を開くという「社員の平等」を志向した。(kindle ver. No. 6623)

 では、職能資格制度を基とした日本的雇用はどのようにでき上がったのでしょうか。

 一九六〇年代に、一連の日本的雇用の特徴が定着した。それは明治期いらいの慣行が、総力戦と民主化、労働運動と高学歴化などの作用によって、三層構造をこえて拡張することによって成立したのである。(kindle ver. No. 5658)

 ここで私たちは、著者の一連の著作を思い起こすことになります。『<民主>と<愛国>』で著者は、日本の近代化を巡るナショナリズムと民主化との相互の関係性を明らかにしました。日中戦争から太平洋戦争にかけての総力戦の経験が、日本軍における身分の差異のデメリットをもたらし、そこからの教訓として身分という存在への強烈なアンチテーゼが生まれます。

 その結果として、「勉強に励んで高い学歴を目指す」という学歴主義が生じます。さらに欧米諸国と比べて興味深いことに、「学歴」というよりも高い「学校歴」を志向するという日本独自のアプローチが生まれます。

 これは、旧帝大および早慶の卒業生のみを学校推薦枠として採用対象とした日経大手企業の採用戦略が大元となっていたようです。こうした内規がなくなった今であっても、高学校歴志向は厳然として存在します。

 そのため、高学校歴を担保できる限られた枠への進学を目指す受験戦争は今でも存在し、違う側面からいえば学士から後の勉強へのインセンティヴは生じません。その結果として、欧米と比較すると日本人のビジネスパーソンの「低学歴」化が生じているというやや意外なデータも提示されています。

 この現象は、グローバル企業にいて海外のカウンターパートと話していると実感します。日本の有名な大学であっても海外ではそれほど有名ではなく、どれほど「高学校歴」があるかはアピールになりません。むしろ、MBAや人事であれば組織行動論や心理学で修士を持っていることが共通の土台に立てる免許のような存在となります。

 こうしてでき上がった職能資格制度は、なぜ合理的に適応できたのでしょうか。

 当時の四〇~五〇代の男性たちは、戦争と兵役を経験し、軍隊の制度になじんでいた。職能資格制度がこの時期に急速に普及したのは、総力戦の経験によって、各企業の中堅幹部層がこうしたシステムに親しんでいたことが一因だったかもしれない。
 だが彼らは、重要な点を見落としていた。彼らが軍隊にいた時期は、戦争で軍の組織が急膨張し、そのうえ将校や士官が大量に戦死していた。そのためポストの空きが多く、有能と認められた者は昇進が早かった。(kindle ver. No. 5682)

 職能資格制度が当初機能したのは軍隊組織の組織論と近かったからであり、総力戦を経験して企業に戻った社員にとって馴染みのあるシステムだったからです。戦争における組織という空きポジションが常に生じ、かつそれを速やかに充足しなければならない環境では、人財を能力によってプールしておくことが合理的でした。

 しかし、マネジメント・ポジションが増えず、人財が滞留状態では、能力があるとされる人が無用に増えます。管理職比率が上がれば、人件費が上がり、固定費が上昇します。アングロサクソンの企業のように管理職の人財をPIP等で適正化するしくみがない中では、フリーライダーが増えてしまいかねません。

 だからと言って制度を改定すれば良いというわけではありません。制度は、複数の要因で絡み合ってそれがいわば文化を生み出すからです。

 運動は制度を作る。だが、他の諸勢力との妥協や交渉を経てどんな制度ができるか、その制度がどんな効果を生むかまでは、必ずしも当事者たちは予測できない。「職務の平等」を志向したアメリカの労働運動は、意図せざる結果として横断的労働市場を作り出したが、同時に細分化された単調な職務による疎外感を生み、学位による競争や格差をもひきおこした。「社員の平等」を志向した日本の労働運動は、意図せざる結果として勤労意欲と技能蓄積の高い企業を作り出したが、同時に従業員どうしの過当競争を生み、「正規」と「非正規」の二重構造をもひきおこしたのである。(中略)
 これはいわば、戦後日本の社会契約というべきものだった。「一億総中流」といった言葉は、実態はどうあれ、この社会契約を象徴的に表したものだった。この社会契約を犯すもの、たとえば不正受験や地方間格差は、批判の対象となった。(kindle ver. No. 6653)

 多様な要素が複雑に絡み合うことで、何を是とするかが決まり、人々はそれを実現するためのプロセスを合理的に進めようとします。そうした日が当たる場所が生み出されれば、日が当たらない影を生み出すことになり、また不誠実な方法で日なたを目指すことを弾劾することになります。何を是とし、何を非とするかは、しくみが生み出すわけですね。

【第765回】『<日本人>の境界』(小熊英二、新曜社、1998年)
【第181回】『インド日記』(小熊英二、新曜社、2000年)
【第79回】『私たちはいまどこにいるのか 小熊英二時評集』(小熊英二、毎日新聞社、2011年)

2019年8月11日日曜日

【第976回】『すらすら読める正法眼蔵』(ひろさちや、講談社、2007年)


 正法眼蔵は難解だ。その難解な書籍を噛み砕いて説明してくれる著者には脱帽する。では、正法眼蔵のポイントはどこにあるのか。その著者である道元の思想の本質を以下のように端的に述べる。

 道元禅の本質は、この「心身脱落」にあります。わたしたちはこの「心身脱落」を理解することによって、道元の思想が理解でき、そして道元の主著である『正法眼蔵』を読み取ることができるでしょう。(12頁)

 ではどのようにすれば心身脱落ができるのか。そのためのヒントは只管打坐にあるという。

 ”只管””祗管”とは宋代の口語で、「ひたすらに」といった意味。全身全心でもってひたすら坐り抜きます。そのひたすら坐り抜いている姿こそが仏であり、悟りです。道元はそのように考えました。仏になるための修行ではなしに、仏が修行しているのです。(18頁)

 難解な正法眼蔵もこのように捉えると楽しく学べる、気がする。

【第734回】『日本仏教史』(ひろさちや、河出書房新社、2016年)

2019年8月10日土曜日

【第975回】『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』(奥野克己、亜紀書房、2018年)

 カジュアルな文体で骨太な考察を展開する本に出会うとうれしくなります。本書はまさにそのような書籍です。著者は、ボルネオ島の狩猟採集民族であるプナンと共同生活を送りながら、フィールドリサーチした内容をまとめています。

 現場でともに生活することで、現代市民社会との差異が明確になります。その差異は、当初はプナンでの社会に対する疑問という形を取りながら、次第に私たちが暮らす日本社会への疑問へと変容します。たとえば、冒頭での以下の対比に如実に表れているでしょう。

 私たち現代人は、食べ物だけでなく、あらゆる必要なものを外臓する世界に生きている。そのため、それらの財を交換によって入手するために必要な貨幣を手に入れる手立てをまずは確立せねばならない。その手立てには、人間が生きがいや生きる意味を見出すプロセスが伴ってくる。そこでは、ニーチェが言うように、仕事の悦びなしに働くよりは、むしろ死んだほうがましだと考える人間も出てくる。
 現代に生きる私たちは、生きるために食べるのではない。生きるために食べるために、それとは別個のもうひとつの手続きを踏むことによって生きている。それに対して、狩猟採集民は生きるために日々、森の中に、原野に、食べ物を探しに出かけるというわけだ。(19頁)

 何かを蓄えようとせず、その日にその場所にあるものを分け合って食べることを<普通>とするプナンの社会に対して、現代市民社会では目的を持って日々の生活を送ります。その目的とは、将来における満足を最大化することであったり、働きがいや生きがいといった人生における意味を得ることです。

 著者はどちらが優れているということを主張したいわけではないと説明していますし、その通りなのでしょう。両者を比較することで、少なくとも現代市民社会に生きる私たちにとっては、何を自明のものとして生きているかが明確になるようです。

 著者の優れた考察は、人類学あるいは社会学のもはや古典的名著ともなっている真木悠介『気流の鳴る音』を思い起こさせます。

 本書で興味深い箇所の一つは、プナンの人々が反省をしないということに気づいた著者の以下の考察です。

 反省しないことは、​プナンの時間の観念のありように深く関わっているのではないかと言う点である(中略)。直線的な時間軸の中で、将来的に向上することを動機づけられている私たちの社会では、よりよき未来の姿を描いて、反省することをつねに求められる。そのような倫理的精神が、学校教育や家庭教育において、徹底的に、私たちの内面の深くに植えつけられている。私たちは、よりよき未来に向かう過去の反省を、自分自身の外側から求められるのである。しかし、プナンには、そういった時間感覚とそれをベースとする精神性はどうやらない。狩猟民的な時間感覚は、我々の近代的な「よりよき未来のために生きる」という理念ではなく、「今を生きる」という実践に基づいて組み立てられている。(51頁)

 過去から未来に向けた一直線の矢印で近代以降の市民社会の時間軸を表現することはよくあります。しかしながら、その契機として反省という作用を置いているところが本書の特筆すべき視座なのではないでしょうか。

 ビジネスの現場においても、内省あるいはリフレクションというものは良い意味で注目され、称揚される行為です。私自身もそのように思います。しかし、その内省に焦点を当てて、なぜ内省を私たちが行うのか、反対に言えばプナンの人々はなぜ内省しないのかというリサーチ・クエスチョンによって、著者は鋭く考察を加えます。

 ここでの今を生きるという発想こそが、最初に引用した箇所と繋がります。すなわち、目的意識によって将来を現在よりも価値が高いものとして見出そうとするのではなく、今自体に重きを置くという発想です。

 したがって、プナンの人々は過去に起きた事象を将来への時間軸の中で価値づけるということはせず、今という時点において良いことを行うことに焦点を当てるのです。翻って言えば、私たちは、将来における価値の最大化に重きを起きすぎて、現時点においてゆたかに生きるということを過小評価しすぎているのかもしれませんね。

 こうした発想を所有という概念に展開しているのが以下の箇所です。

 個人的に所有したいという慾への初期対応の違い。
 一方は、所有慾を認め、個人的な所有のアイデアを社会のすみずみにまで行き渡らせ、幸福の追求という理想の実現を、個人の内側に掻き立てるような私たちの社会。他方は、個人の独占慾を殺ぐことによって、ものだけでなく<非・もの>までシェアし、みなで一緒に生き残るというアイデアとやり方を発達させてきたプナンの社会。
 プナン社会では、個人的な所有が前提ではなかった。それゆえに、そこでは、概念としての「貸し借り」は、長い間存在しなかったのである。(127頁)

 著者は、当初、自身が持ってきた決して多くはない貨幣を、プナンの人々が感謝もせずにもらう行為に違和感を覚えたそうである。そこには、貨幣は誰かが所有するという発想が当たり前のものとしてあり、それを侵す行為に対する否定的な感情があります。私たちにとっては当たり前とも言えるものかもしれません。

 しかし、プナンでは、貨幣をはじめとしたものだけではなくものでない存在、例えば知識や能力といったものも個人が所有するという発想ではなく、集団のレベルで共同で共有するという考え方のようです。したがって、狩猟や漁を誰かが特異な力量で優位に行うということではなく、いかにして集団の中で共有するかという生き方に繋がります。そこには、所有によって人々の間に格差が生じるということはありえません。

 こうした自然な協働は、子育てにも影響しているようです。

 プナンのアロペアレンティングは、彼らの生業に関わっているようには思えない。そうではなく、実子であれ養子であれ、そのあいだに垣根を設けず、みなで一緒に育てるというやり方は、プナンの社会に深く広く浸透している共同所有の原理に根ざしているという見方もできるように思われる(中略)。それは、自然に対峙するプナンが、人間同士のコミュニケーションを行う際の根本原理である。(159〜160頁)

 アロペアレンティングとは代理養育のことを指します。プナンでは、養子縁組が盛んであり、実の親ではない人物による養育が当たり前の社会です。子供すらも親が所有するという発想ではなく、社会の中での共有財産として捉えているのかもしれません。

 組織の中における共同での教育という文脈で捉えると、企業社会も同じなのではないでしょうか。所有というパラダイムで考えると、ある社員を育成する存在は、上司であり、メンターや育成担当といったアポイントされた存在だけを考えがちです。

 しかし、そうした存在だけに育成を任せることは、育成の主体にとっても客体にとっても難しくなっているのではないでしょうか。時間の制約もありますし、変化の激しい環境において数少ない主体が育成を担っても効果は限定的と言えます。

 この辺りは中原淳先生の書かれた『職場学習論』を想起させられます。

 同書では、上司、上位者、同僚・同期といった三つの主体が、精神支援、内省支援、業務支援という三つの支援をどのように分有するかを考察されており、プナンの社会における育成主体の分有ということと近いと考えるのは論理の飛躍でしょうか。

 飛躍かどうかはさておき、発想があっちこっちに飛ぶ余地のある書籍は、私にとってはありがたい存在です。時期を見て改めて読み直してみたい、そんな一冊でした。

【第403回】『気流の鳴る音』(真木悠介、筑摩書房、2003年)
【第641回】『職場学習論』(中原淳、東京大学出版会、2010年)

2019年8月4日日曜日

【第974回】『ラ・ロシュフコー箴言集』(二宮フサ訳、岩波書店、1989年)


 ラ・ロシュフコーとは、一七世紀のフランスの貴族であり、幾多の戦争を経験した人物である。その人物が、自分自身の人生を省みながら書き連ね、加筆と修正を加えたものがこの箴言集である。本書には、箴言集から除かれたものも記載されていて、なぜ削除したのか、反対になぜこれが残ったのか、とあれこれ自由に考えながら読み進めるのも一興であろう。

 物事をよく知るためには細部を知らねばならない。そして細部はほとんど無限だから、われわれの知識は常に皮相で不完全なのである。(106)

 知識の重要性と、探究しながらも常に不足している状態に対する謙虚な態度が述べられているように思える。無知の知といったところであろうか。

 狂気なしに生きる者は、自分で思うほど賢者ではない。(209)

 狂という概念には否定的な意味合いしか以前は持っていなかったが、論語における狂や吉田松陰・高杉晋作にみる狂に触れてみるとあながちネガティヴなものだけではないようにも感じていた。ラ・ロシュフコーも狂を否定的には捉えていないようだ。もう少し考えてみたい。

【第216回】『孔子伝』(白川静、中央公論新社、1991年)
【第320回】『世に棲む日日(一)』(司馬遼太郎、文藝春秋、2003年)

2019年8月3日土曜日

【第973回】『私の読書遍歴』(木田元、岩波書店、2010年)


 著者の書籍は難しい。西洋哲学、とりわけハイデガー研究の碩学として著名であるため何度となく挑んでみたものの、恥ずかしながら入門と銘打った書籍でもこれまで苦戦し続けてきた。そこでアプローチを変えてみた。著者が何をインプットし何に影響を受けてきたかを知ることで、外に現れない著者の感覚や指向性を理解できるのではないかと思ったのである。

 そこで辿り着いたのが本書である。興味を持続しながら読み進めることができた。著者が影響を受け、どのような時期に何を読んできたのも理解した。果たしてこれを踏まえて著者の書籍を理解できるかは未実証であるが、まずは本書について述べる。

 詩なんか読んで、いったいなにになるんだとおっしゃる方が多いと思う。たしかに、なんにもなりはしない。しかし、こういうことは言えるのではなかろうか。私たちは、日ごろひどく振幅のせまい感情生活を送っているものである。喜びであれ悲しみであれ、よくよく浅いところでしか感じていないのだ。ところが、われわれは詩歌を読み、味わい、感動することによって、喜びや悲しみをもっと深く感じることができるようになる。ものごとを深く感じるためには、それなりの訓練が必要なのである。小説を読むとか音楽を聴くとか、人それぞれにその訓練の仕方は違うであろうが、私にとっては詩歌を読むということが、そのための最良の訓練になったような気がする。若い人たちにも、好きな詩人歌人をさがして、その作品をそらんじるくらい詠みこむことを薦めたい。(108~109頁)

 なぜ詩を読むのか、はたまた小説や音楽を味わうのか。著者の答えはシンプルであり、私たちが抱きえる感情の幅や深さを増すためであるとしている。小説を読む効用としてなんとなく意識してきたものであり納得的であるとともに、詩歌にもチャレンジしてみようと思わせる内容である。

 本には旬があって、ドストエフスキーや太宰治などは、二〇歳前後が旬だと思う。漱石などは、若いときにはむしろその味が分からず、四〇代にでもなってはじめて分かってくるということがありそうだ。鴎外の史伝物などにいたっては、六〇代にでもなってはじめて味読できるといったものではないかと思う。(120頁)

 ではいつなにを読むのか。それぞれの作品には旬があると著者はしている。思い違いしないようにしたほうが良いのは、本そのものに旬があるというよりは、本と自分自身の経験や志向性との相性によって旬が決まるということであろう。したがって、自分で読んでみながら旬を探ってみるというアプローチが良さそうである。

 最後に、単行本の「おわりに」での若者へのメッセージを引いてみたい。

 若い人たちにも、いい会社に入るとか高い給料をもらうといったことを考えるよりも、好きなこと、したいことをして生きることをお薦めしたい。もっとも、自分がなにをしたいのか、なにが好きなのかを見きわめるのがなかなか大変なことではあるわけだが。そして、できればいい本を読んで、深く感じ、深く考えることを学んでもらいたい。繰りかえして言うが、本を読むのは情報を集めたり断片的な知識を蓄えるためだけのものではないのだ。私たちは間もなく消えていなくなるわけだが、こんなに私たちを楽しませてくれた活字文化があっさり消えてなくなったりしないように祈って筆を擱きたい。(223頁)

【第18回】『反哲学入門』(木田元著、新潮社、2010年)
【第908回】『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』(原田まりる、ダイヤモンド社、2016年)
【第769回】『福岡伸一、西田哲学を読む』(池田善昭・福岡伸一、明石書店、2017年)
【第579回】『これからの「正義」の話をしよう』(マイケル・サンデル、鬼澤忍訳、早川書房、2010年)