2011年12月17日土曜日

【第57回】『渋沢栄一 Ⅰ算盤篇』『渋沢栄一 Ⅱ論語篇』(鹿島茂、文藝春秋、2011年)

 近代日本の資本主義の父とも称される渋沢栄一。前近代的な社会であった当時の日本にあって、なぜ渋沢が資本主義国家を形づくることができたのか。また、なぜ岩崎弥太郎のように近代的な企業をつくることだけに注力するのではなく、産業をかたちづくることに注力したのか。その答えは、武士の流れを汲む「官」の金銭蔑視と民業軽視への反発であり、またその裏返しである「民」の没理念と没倫理への批判、という二つの想いにあったようだ。

 まず、武士はなぜ金銭蔑視の差別感情を抱いたのか。その理由として著者は朱子学がもたらした江戸時代の武士社会におけるエートスを挙げる。林羅山らが説いた朱子学では、武士階級は金銭に関わらないが故に尊いものとし、朱子学をはじめとした学問を学ぶ武士階級は自ずと実業と無縁になった。それゆえに、支配階級としての武士階級は、実業つまり金銭に携わる農工商の階級を蔑視することになった。その結果、学問を学ぶのは武士階級、実業に従事するのは農工商階級といった具合に、学問と実業とが分離することとなり、武士階級による金銭蔑視感情が定着したのである。

 こうした階級間における学問と実業との分断状況が民の没理念と没倫理への批判に繋がる。すなわち、民間は実業と金銭とを直接的に結びつける思考回路しか持たず、教養を学ぶことで得られる広く社会に対する視点を持てない。したがって、渋沢は官だけではなく、民に対する批判的精神を持ち、官と民とで学問と実業とが分断されている当時の日本の状況に危機感を持ったのであろう。


 こうした官と民との対立構造を打破するために、民の立場にこだわって、企業家を支援し、自らも数社を起業し日本の産業を立ち上げた。それと同時に商業を推進する人材の育成にも力を注いだ。民の没理念と没倫理を批判する渋沢であるため、民間教育においては実業の教育といっても単に商業にとって必要な専門知識を与えるためのものではない。民間で商業を担う人材であるからこそ、全人格的な教養の修得を重視し、商人が官に対して卑屈な感情を持たず、また私利私欲に走ることがないようにと考えたのである。こうした渋沢の努力の結晶が東京高等商業学校の大学への昇格であり、これは現在の一橋大学である。
 
 コリンズとポラスは名著『ビジョナリーカンパニー』において、偉大な企業は「時を告げるのではなく、時計をつくる」として、永続的に発展するしくみをつくることの重要性を調査で明らかにした。企業が「ビジョナリーカンパニー」を目指すことは素晴らしいことであるが、企業は産業構造の中に存在するものである。時計をつくるためには、部品を調達する企業、それを商流に乗せる企業とが必要であり、そうした一連のしくみが産業である。 重大なコンプライアンス違反が起き、実務とかけ離れた浅薄な知識の詰め込みが「教育」と呼ばれる現状が、渋沢が志向した理想の状態に今の日本の産業があるとは思えない。今こそ、渋沢という日本の近代産業の創始者の考え方を噛み締めることが大事な時期なのかもしれない。




2011年12月10日土曜日

【第56回】『アメリカ労働法[第2版]』(中窪裕也、弘文堂、2010年)

 二年半前、修士論文を書くための研究調査として事業会社のサラリーマンにインタビューをして驚いたことがある。それは、彼(女)らが異口同音に明日以降も今と同じ仕事が今の会社にあることを当たり前のように前提として捉えていたことである。当時私が個人事業主として働いていたために、彼我の契約形態の差異からこうした違和感を抱いたのかもしれない。問題は、明日も同じ仕事ができることをありがたく思って中長期的にチャレンジして職務を深化させるタイプと、それに安住して惰性で職務をこなすタイプがいることである。分析の結果、前者のモティベーションは高く、後者は低いという相関関係がくっきりと出た。調査を行う前に想定していた仮説どおりであったのであるが、あまりに仮説と合致したため後者に該当する方々の将来を心配に思ったものである。

 この調査結果を踏まえて、キャリア理論を説明変数に、コンテンツ系のモティベーション理論を被説明変数として理論化を試みた。実務に即して端的に記せば、社員を取り巻く外的環境や職務特性が近似している条件下であっても、職務の捉え方がモティベーションに影響を与える、ということである。換言すれば、職務に意味付けができる人ほどモティベーションを高められるということであり、逆もまた然りであった。これが企業による社員に対する評価と相関することは容易に想像できるだろう。

 従来、ハックマン&オルダムの職務特性理論をはじめとしたモティベーション理論を理論的背景にして、職務拡大や職務充実を管理者が図ることが王道のモティベーション施策であった。日本においては小池和男さんの「労働の人間化」に関する職務設計の理論が代表的であろう。このアプローチは理に適ったものであり、異議を挟むつもりは毛頭ない。しかし、私の問題意識は、昨今の企業においてすべての管理者が部下の職務を拡大したり充実させたりすることができないのではないか、という点にあった。職務の変化が激しく、また中間管理層の多忙さが増すばかりの現状において、管理者が部下の職務拡充を行うことは想像できなかったし、今では確信的にそう思う。管理者による職務拡充だけに頼っていては、企業において人材を成長に向けて動機付けることは難しくなるだろう。人材育成に携わる身として、コンサルタントであった当時も、事業会社で働く現在も、若手社員が多様に職務を捉えられるようになることに微力ながら注力している背景にはこういった理由がある。

 しかし最近、こうした人的アプローチだけでは不十分なのではないか、と考えるようになった。冒頭で述べた二つのタイプの人材のうち前者には私のアプローチで寄与できることはあるだろう。しかし後者に対しては、人が介在することだけで解決するものではなく、システム、すなわち企業においては人事制度が強く影響を与えるのではないか。さらに遡れば、人事制度に影響を与えるのは労働法であり、現行の法制度やその運用のあり方に問題があるのではないか。平たく言えば、判例法理やそれに伴う人事制度が、後者のような存在を生み出すことを助長しているのではないか、ということである。今後もこうした人たちが企業の中で働き続けられれば良いのであるが、昨今の経済情勢や労働経済学の基礎的な知見から考えれば、まず間違いなく無理である。そうであれば、彼らのためにも、企業のためにも、労働法というシステム自体を改善するべきではなかろうか。

 いやしくも研究者を自認する人間が、これまでの専門である組織行動論で解決できないと言って問題を放棄することは逃げである。人事・人材育成の分野において、問題発見の起点は実務の中に存在する。仮説として見出した問題を解決するための起点は理論の中にある。組織行動論とそれに基づく人事・人材育成の実務で得られた知見をもとにして、労働法での知見を組み合わせることで、問題解決の道を探りたいと私は考えている。

 日本企業における労働法のあり方を考えるためには、日本の法制度や判例を研究することが必要であることは自明であろう。しかし、日本に住み、日本で働く人間が、日本の労働法や判例だけを研究していては、そこにあるパラダイムに捉われてしまい客観視することはできない。地があるからこそ図はくっきりと形を表すのであり、研究においては、対象を明確に捉えるためには比較対象を用いることが必要である。そこで、日本の労働法を考えるために、アメリカの労働法を学ぼうと思い、先行研究の一環として本書を読んだ。

 やや長い前置きはここで終え、以降は本書について述べる。

 法の背景にはその国の文化や社会的土壌がある。筆者によれば、アメリカ社会には労働者を手厚く保護するという労働法的な土壌がもともと存在しないことに特徴がある。アメリカ社会は個人の自由と市場原理を重視し、公的な政策や階級連帯の意識に乏しく、契約をなによりも尊重するのである。

 こうした建国の精神とも言える社会的土壌の結果として、19世紀末から20世紀初頭にかけて確立されたのが随意的雇用の原則である。期間の定めのない雇用契約において随意的に雇用契約を変更できるということであり、すなわち、使用者も労働者も原則的にいつでも自由に契約を終了させることができる。日本では民法が保証する契約の自由に対して、労働者を保護するために下位法として労働法が制定されているわけであるが、アメリカでは日本の労働法的な考え方が元々ないということであろう。解約にあたり特別の理由や予告期間が要求されないことを考えれば、日本の民法よりもさらに厳格な内容であると言えるだろう。

 こうした厳格な運用は、時代を経て次第に労働者を保護するような判例が出され、随意的雇用原則は修正をなされている。

 まず、ニューディール以降に二つの外在的な制限が発展した、と著者は指摘する。一つめは労働協約による正当事由条項である。つまり、不当解雇に対して救済を求めて異議申し立てをする根拠が形成されたのである。二つめは制定法によって一定の理由による解雇を禁止することができるようになった。もともとは合衆国憲法によって、随意的雇用原則に抵触するものとして州法が解雇を禁止する規定を設けることが禁止されていた。しかし、1930年代後半には連邦最高裁が態度を変更してこうした法の制定が可能となったのである。

 さらに、1970年代後半になるとパブリック・ポリシー法理が形成され、現在では40を超える州で採用されるまでに至っている。パブリック・ポリシー法理とは、法制度が体現している一定の明確な規範に反して労働者を解雇することに制約をかける判例法理である。著者は、被用者が違法行為を拒否したことを理由とする解雇、被用者が労災補償の申請など自らの法律上の権利を行使したことを理由とする解雇、被用者が裁判所の陪審員など重要な公的義務を履行したことを理由とする解雇、などをその例として挙げている。日本の労働法と比較すると、私たち日本人にとって当たり前に思える権利がつい最近まで保証されていなかったことに驚く。

 さらに、パブリック・ポリシーと並行して契約法理による解雇制限が行われるようになった。違う側面から述べれば、従来は労働者と使用者とで解雇をしない旨の約定を結んでいたとしてもその効力は随意的雇用原則によって認められなかった、ということである。雇用契約を自由に結ぶことを、雇用契約を制限する契約を結ぶことよりも上位に置いていたのである。つまり、契約の自由じたいを保証するために、自由に制約を掛けることを禁じていたのである。

 このように随意的雇用原則に対する修正の動きを見てきたが、アメリカは州法と連邦法の二元的法体系の国家である。日本のように、地裁、高裁、最高裁といった一元的な法体系から成る国家と異なることは充分に意識すべきである。したがって、すべての州において随意的雇用原則の修正に関する進展の度合いが異なることに注意が必要であろう。しかし、大きな流れとして、パブリック・ポリシー法理や契約法理によって、硬直的な随意的雇用原則に修正がなされていることには着目すべきである。

 グローバリゼーションはアメリカナイゼーションではない。アメリカにおける労働法理も他国の労働法理の影響を受けてここまで述べたような変更が為されている。翻って日本の労働法理に目を向けてみよう。アメリカの労働法を模倣すべしということではないが、他国における労働法とそれに伴う働き方を意識した上でグローバル展開をすることが必要なのではないか。それに加えて、グローバリゼーションへの対応のためにも労働法理を修正することもまた必要になるだろう。

2011年12月3日土曜日

【第55回】Number792「ホークス 最強の証明。」(文藝春秋社、2011年)

 アスリートの言葉が私たちを魅了するのは、彼ら・彼女らの姿を私たちが見ることができ、いろいろと想像することが可能だからであろう。私たちは、アスリートの栄光のシーンという結果を眺めることで、その過程としての努力の様を想起し、それに対して賞賛をするのである。

 今期のソフトバンクホークスの成績は図抜けている。パリーグでは2位に17.5ゲームもの大差をつけて優勝、交流戦では史上初の他球団すべてに勝ち越しを決めた。ホークスの躍進の理由にはいくつもの要素があるのだろうが、その一つにはパリーグMVPに輝いた内川選手の加入が挙げられることには異論がないだろう。

 素人なりに考えても、移籍一年目で首位打者を獲得するというのは難しいはずだ。これまで対戦することが少なかった投手の投球に適応するには時間が掛かるだろうからだ。その不利な点を克服し、ベイスターズ時代のセリーグでの首位打者と併せて、両リーグでの首位打者獲得という史上二人めの偉業を成し遂げたのである。

 私が本誌で特に印象に残ったのは、内川選手のインタビュー記事である。彼の発言を引用しながら、考えたことを書いてみたい。

 「僕は、バッティングのヒントというものは常に転がっていると思っています。よく“打席で神が舞い降りてきた”なんて言いますが、常にアンテナを張り続けていないと、ヒントは拾えないんです」(64頁)

 まず着目したのが「常にアンテナを張り続けてい」る点である。アンテナを張るとは仮説を持って行動しているということではなかろうか。何かを考えるという行為は簡単なようで難しい。ただぼんやりと頭で考えても無為に時間が過ぎるだけであることが多い。そうではなく、投手、捕手、投球カウント、走者の状況、試合の展開、こういった様々なものに対して仮説を持って臨むこと。そうすれば、自身にとって有用なヒントを拾えているのだろう。

 もう一つは貪欲に努力をし続けている点だ。努力量が少なければヒントは「時に転がっている」という表現になるだろう。しかし、内川選手は「常に転がっている」と発言している。これは仮説を持つこと、それを修正すること、こういった一連の流れを愚直に続けていることの何よりの証左と言えるのではないだろうか。

 こうした基本姿勢が整っていても、長いシーズンの中ではうまくいかないことがある。とりわけ、野球における打者という十回打席に立って三回安打を打てば成功したと言われる特性を持つ役割である。失敗することがなかば当たり前であり、失敗が続く中でどのように安定した精神面を持つか、が鍵となるはずだ。このことについて、印象深いことを内川選手は述べている。

 「第1打席から第4打席まで、同じようにフラットな状態でバッターボックスに立つのはすごく難しいことだと思うんです。そんなことにエネルギーを使うよりも、自分の感情を理解した上で投手に向き合い、どのように打ってやろうかなと考えた方が効率いいのではないかと考えるようにしました。」(同上)

 昨今では、常にポジティヴでなければならない、常に成長しなければならない、といったポジティヴ心理学を曲解したビジネス書が散見される。しかし、そうした有り様は現実的ではないし、むしろそれを信じることで、そうなれない自分に苛立ち、追い込んでしまいがちだ。

 こうした好ましくないトレンドの中で、内川選手の発言は心強い。感情が揺れ動くことは自ずから然りである。それをコントロールしようとする考え方では息苦しいのは当然である。そうではなく、内川選手が言うように、自身の感情をメタ認知すること。これは長谷部選手が自著の中で述べている「心を整える」作法に近いように思え、私にはとても共感できる考え方である。

 常に仮説を持って現実に対処し、一喜一憂せずに自身の状態を見据え、愚直に努力し続ける。これはプロフェッショナルと呼ばれるあらゆる職種に適用できる考え方ではなかろうか。

2011年11月27日日曜日

【第54回】“FREE AGENT NATION”, D H. Pink, BUSINESS PLUS, 2002

Before a few decades ago, in USA, each job was majored by employees. But nowadays, the arthor says that job diversity became essential. Why has the style of jobs changed ? The arthor implied that the reason is job security has evaporated.


The style of job has changed. And it has also changed surrounding it,  including loyalty. We tend to think that the power of loyalty became weak. But the arthor does emphasis on the suggestion that the loyalty is still alive and well in Free Agent Nation. However, the feature of it has changed, from vertical loyalty to horizontal one. In this book, one of the independent contractors says that “Working solo” is not “working alone”.


The second change is the strength of relationships. The arthor compares the traditional organization and free agent organization. In traditional organizations, there were many strong ties between employees in one company. But in free agent organizations, there are weak ties. So now we have to make our weak ties stronger than before. If we do so, the chances of our career will become larger. If we don’t do, the future will be dark.


The third change is related to adult learning. The arthor cites the article of Wall Street Journal. It says “the number of students age 35 and older will exceed those 18 and 19 within a few years”. So we are facing so called “life long learning”. 


The change of our learning style will change our life career. This is the fourth change. The arthor call this new life career “Lego career”. To adjust this new situation, we wil build and rebuild our own experiences and knowledges.


This book was written in 2002, the speed of change became higher I think. And though this book was written in USA, the movement also changed our Japanese society. There are many ICs in our country, and the number of IC will increase. So the impact of this book still strong, and it might be stronger than 2002 in Japan.

2011年11月17日木曜日

【第53回】『裁判と社会 司法の「常識」再考』(D.H.フット、NTT出版、2006年)

 法社会学の本を読むのは今回が初めてだ。しかし、歴史社会学、組織社会学、社会心理学、といったように社会学は比較に基づいて考察を行う学問領域であり、これまで好んで読んできた書籍との親和性が高く違和感がなかった。法を比較によって学ぶ際に、何と何を比較するかがキーとなるが、本書では、日本とアメリカの法制度を比較している。

 まず、比較を行う際の留意点を著者は冒頭で述べている。ある国の法体系における理想像と、他国の法運用における現状とを比較するミスを犯さないこと、である。つまり、理想は理想とで比較し、現状は現状と比較するということである。研究においては、説明変数と被説明変数とのレベル感を合わせることに研究者は注意をするものであるが、それと同じことであり、当たり前である。しかし、当たり前であるからと言って、それをつい忘れてしまうことが多いこともまた事実であり、充分に留意する必要があると言えるだろう。

 その上で、日米における法制度の比較を著者は行っている。よく、日本とアメリカとの文化の相違によって法制度が異なっていると言われるが、そうした要因は小さいと著者は述べる。たとえば、日本人は裁判が嫌いで、アメリカ人はなんでもすぐ裁判に持ち込む、というのは思い過ごしに過ぎないそうだ。

 では何が異なっているのか。三つの観点から著者は述べている。

 まず第一に法制度の適用範囲の違いである。日本では、全国統一の法制度を持っており、全国で統一的な法規範が適用されている。他方、アメリカでは法制度は連邦と州のレベルで分けられている。したがって、州が異なれば適用される法制度は異なる。たとえば、連邦法で21歳未満の飲酒は禁止されているが、どのように禁じているのかという方法については州によって異なり、禁じる法がない州もある。

 第二に法規範の違いである。日本は制定法によるものが主体であり、解釈の一貫性を重視する単一の裁判所制度によって解釈・運用が行われる。あくまで判例は制定法を補足するものにすぎないのである。それに対して、アメリカでの法規制の多くは判例法によるものであり、裁判所の解釈も必ずしも一貫していない。したがって、日本においては裁判を起こす主体からするとどのような判決が下されるかの予見性が高いが、アメリカにおいては予見性が低い。だからこそ、弁護士の力量によって判決が変わり得る余地が大きい。

 第三に一般人がどれほど法律を知悉しているかの違いである。「アメリカ人は裁判好き」という偏見を持っている方は意外に思われるかもしれないが、アメリカの一般的な人は法律について詳しくない。これは、法律は法科大学院で学ぶものであり、大学の学部レベルでは法律はほとんど学ばない。それに対して、日本では学部レベルで法学部があり、また他の学部であっても多くの大学生は教養課程において何らかの法律に触れることが多い。したがって、業務において法律を扱わない人であっても、ある程度、法律についての知識があると言えるだろう。


 法制度の比較を行うためには、こうした社会学的な比較を行うことで、法を取り巻く背景の相違について把握することが重要と言えるだろう。今後の自分自身への戒めとして、心に刻んでおきたい。

2011年11月13日日曜日

【第52回】『FCバルセロナの人材育成術』(A.P.オルトネーダ、アチーブメント出版、2011年)

 バルサのトップチームにカンテラ上がりの選手が多いことは有名だ。メッシ、シャビ、プジョル、イニエスタ、と挙げれば切りがない。名実ともに世界一と称されるバルサのトップチームにおいて、カンテラから上がってきた若手がなぜ活躍できるのか。その一つの大きな理由は、トップチームからカンテラの最年少カテゴリーに至るまで同じシステムを利用しているからである。同じシステムの中での動きに慣れているからこそ、上位のチームに上がったときに自分のパフォーマンスを遺憾なく発揮しやすくなっているのである。

 たしかに、こうした外的なシステムによる育成が奏功していることもあろう。しかし、これが本書の、そしてバルサの人材育成の要諦ではない。客観的な理論やシステム論ではなく、選手の態度の有り様が今のバルサの強さを支えている、と著者は結論づけている。

 人材を育成するためには、そもそもどういった人材にバルサに入ってもらうか、つまり採用が重要になる。興味深いのは、バルサの選手が異口同音に義務感でボールに触っていたのではなく、遊びの感覚を持ちながらボールに触れていた、ということである。クラブの練習の後に行う自発的な練習を日本ではよく「自主練」と呼ぶが、こういう感覚ではなく、ボールと「戯れる」という感覚だそうだ。ボールと自然に「戯れる」ことのできる人材を採用しているのであろう。好きこそものの上手なれ、という諺があるが、「戯れる」ことができることは一つの才能であり、自発的に成長する素地のある子どもたちである。某有名サッカー漫画で「ボールは友だち」を信条としてボールと「戯れる」主人公が、作中でバルサに在籍していることも興味深いシンクロ現象と言えよう。

 ではこういった子どもたちにバルサは何を教えているか。
 
 謙虚さである。自信を持つことは悪いことではないが、自分のことに価値を見出すのであれば、他者の行動に対して感謝し、謙虚さを持つ、という考え方である。もちろん、勝負に対する徹底した意識が彼らには前提として求められているそうだ。しかし、勝負に対する強いこだわりを持ちつつ、それと同時にそしてより強く、対戦相手に対して謙虚さを持つことをバルサでは徹底して教育している。

 このように、サッカーに対して「遊び」の感覚を持ちつつ向上に励み、他者に謙虚に接するという個人としての日々の修練が基礎を為す。しかし、プロのチームである以上、選手起用の権限を担う監督との関係性が必要不可欠であることは言うまでもないだろう。

 選手にとってのチャンスは突然やって来る。分かり易い例を挙げれば主力選手の怪我である。チームに穴が空いた時にどのような選手にチャンスが与えられるか。著者は、監督が必要とする人材像に当てはまっていなくてはチャンスが回ってこない、という。つまり、監督から信頼されていることが必要である、ということであろう。

 これは仕事においても類推し易いことであり、少し飛躍して書いてみたい。

 信頼されるには、まず努力し続けていることが大事である。何が他者から求められているかは常に変わる。したがって、関心領域を少しずつ拡げながら常に学び続ける必要がある。本書でも、幾人もの選手が学び続けることの重要性、とりわけ教養を深めることを指摘している。次に、学んでいることを目の前の与えられた役割の中に活かす工夫をすることが必要であろう。学んでいることをすぐに成果に結びつけることは難しいが、それでも適用を試み続けて少しずつアジャストすることが大事なのではないか。さらに、それを自身の中に閉じてしまうのではなく、他者に対してオープンにすることが大事であろう。自分なりの工夫を他者から批判されることは精神的にきついこともあるだろうが、他者にそのチャレンジが見えなければ評価されることはできない。他者からの評価に対して、バルサのカンテラの子どもたちのように謙虚に接することが大事なのではないか。

2011年11月5日土曜日

【第51回】『日本はなぜ敗れるのかー敗因21カ条』(山本七平、角川書店、2004年)

 まず興味を抱いたのは著者と少し後の世代にあたる人々との戦争に対する感覚の違いである。ある日本の取材者がベトナム戦争から帰還した米国兵へ行ったインタビュー記事に対する著者の批判がその典型的なものであろう。やや長くなるが引用する。

 「一体この取材者は、どういう前提で兵士に質問を発しているのであろう。「殺しの手応え」などというものが戦場にあるはずはないではないか。ない、ないから戦争が恐ろしいのだ、なぜ、そんなことがわからないのか。これはおそらく、戦争中から積み重ねられた虚報の山が、全く実態とは違う「虚構の戦場」を構成し、それが抜き難い先入感となっているからであろう。」

 筆者が批判している「この取材者」とは若き日の田原総一朗さんである。2011年の現在から考えると、戦争を体験している世代と把握される田原さんの戦争観に対して、著者は強い違和感をおぼえるのである。 現代の日本に生きる戦後世代の私からすると、戦前や戦中に生きた人々が同じ経験をし、同じような戦争観を持っているように錯覚してしまうが、そのようなことは決してない。詳しくは小熊英二さんの『<民主>と<愛国>』をお読みいただきたいが、戦地に行かずに学校で教科書を黒塗りした世代、二十歳前後で従軍を経験した世代、戦場でマネジメントの立場に立った世代、これらの世代間で戦争を取り巻く言説構造は大きく異なる。いま声の大きい田原さんや石原慎太郎さんといった教科書を黒塗りした世代が仰ることが、日本の戦争のすべてとは程遠いことは私たちは強く認識しなければならないだろう。これが歴史に学ぶということである。

 では、私たちは歴史に学ぶことができているのだろうか。この問いに対する著者の回答は手厳しく、身につまされる部分が多いと言わざるを得ないだろう。

 日本人は術や芸を「極める」ことに固執しすぎると著者は指摘する。「良い」大学に受かるために受験勉強を極めようとし、「良い」企業に入社するために就職活動を極めようとし、「良い」給与を得るために語学をはじめとした資格試験勉強を極めようとする。なにもそれぞれが悪い行為だとは思わない。しかし、「良い」大学を卒業し、「良い」企業で働き、「良い」資格を持つ人で、仕事ができない人は、私の知り得る限りでも少なくない。

 こうした「極める」ことを重視し、現実適用性を考えられないといういわば日本的な病理は、今に始まったことではない。太平洋戦争で用いられた三八式歩兵銃はたしかに優れた性能を有していた。しかし、それはソ連を仮想敵として陸軍が用意したもの、つまりは広い荒野で戦う際には有用であっても、ジャングルでゲリラを相手にアジアの島々で戦うには不向きであった。想定した前提が異なれば、どれほど性能が優れても意味はない。これは野中郁次郎さんらの『失敗の本質』でも述べられていることと同じである。

 著者はさらに歴史をさかのぼってこの日本的病理を説明してみせる。日本人は今も昔も宮本武蔵を好む人が多い。私も実際、好きである。吉岡一門との戦いで見せた武蔵の百人斬りはあまりに有名であり、また心躍らされるシーンである。しかし、冷めた見方をすれば、剣術を極めて百人斬りができる条件は、相手も剣術で対応する場合に限られる。鉄砲はおろか、弓矢での攻撃があれば、百人斬りなどできるはずがないのは自明であろう。こうして俯瞰した考えに対して私たちはときに「卑怯」と感じる。この卑怯を感じる私たちの心象が、著者の言う日本的病理を端的に表しているのである。百人斬りを行った宮本武蔵が、もはや白刃戦が時代遅れになりつつあった大阪の陣で活躍できなかった史実を、私たちは心に留める必要がある。

 著者は典型的な受験勉強において顕在化される「極める」行為を現代の病理であると述べているが、その指摘は「極める」のみでは宜しくないということであろう。すなわち、「極める」こと自体が拙いのではない。著者の考えを私なりに進めると、「極める」一方で俯瞰して眺める、ということがおそらく大事なのではないだろうか。

 極めつつ俯瞰することは一見すると相矛盾する行為のように思えるが、それを高い次元で実現しているのが棋士の羽生善治さんではなかろうか。将棋という「極める」ことが求められる分野で前人未到の大記録を次々と成し遂げつつ、脳科学者や情報工学者といった学者からラグビー、サッカー、野球といったスポーツ選手など幅広い分野の人々との共著がある。将棋界でのパフォーマンスを二十年以上に渡って高いレベルで発展的に維持し続け、また異分野の方々との対談は示唆に富んでいる。羽生さんが十代で棋界の新進気鋭の若手として台頭した際の風当たりは強かったと言われる。芸を極める方法のみを用いる日本伝統の技能向上を行ってきた人たちからすれば、羽生さんのような芸を極めつつ俯瞰する作法は理解されなかったのだろう。しかし、だからこそ、著者の指摘する日本的病理への一つの解答が、羽生さんのあり方にあるのではないか、と私には思えるのである。

 ただ単に既成概念に反発するというのは、テーゼに対するアンチテーゼであり、結局は同じ穴の狢に陥る。そうではなく、極めつつ俯瞰することはジンテーゼであり、次元の異なる話なのではないだろうか。著者の手厳しい指摘に対する、今を生きる人間としての回答として、極めつつ俯瞰するという作法を提示して筆を置くこととしたい。