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2019年8月17日土曜日

【第977回】『日本社会のしくみ』(小熊英二、講談社、2019年)


 読んだことがある方にはよくお分かりの通り、著者の書籍は嫌というほど分厚いです。今回はkindleで読んだのであまり厚さは感じなかったのですが、新書にしては相当なボリュームでした。じっくり読むという意味では盆休みは適切なタイミングであったなと。

 ナショナリズム研究をはじめとした著者の歴史社会学の書籍を愛読して来た身としては、雇用を扱う本書には一見して意外な感がありました。しかしながら、過去の書籍を読んで来たためか、結論的には著者の書籍だなぁという実感を得ながら読み進めることとなりました。

 長期雇用と配置転換は、いわばバーター関係になった。それを制度的に可能にしたのが、職能資格制度だった。日経連の一九六〇年の報告書でも、「日本のような生涯雇用的なもので、職務転換を予め予想された形で就いている場合」には「資格制度」が必要だという主張が見られた。(kindle ver. No. 5601)

 本書の中でも取り上げられているアベグレンが日本企業の三種の神器として挙げたものの一つである終身雇用は、ジョブローテーションとの相互依存関係にありました。そうした関係性を可能にしたものが、日本独自の職能資格制度だとされています。

 言い方を換えれば、日本企業とその社員は、雇用の安定性を選択したと言えましょう。企業側が社内における雇用の流動性を担保することで、社員側は雇用されることをコミットし、企業側は雇用し続けることをコミットしたという相互依存関係が生じます。

 この関係性は、日本とアメリカとで同じ背景であったにも関わらず異なる解決策を志向したことが以下の箇所によく現れてます。

 日本もアメリカも、二〇世紀前半までは、雇用主や職長の気まぐれで賃金や仕事内容が決められ、簡単に解雇される「野蛮な自由労働市場」だった。職員が身分的な特権を享受していた点も、身分の構成要因が違っていたとはいえ、あるていど共通していた。
 それに対しアメリカの労働運動は、職務を記述書によって明確化し、同一の職務には同一の賃金を払うという「職務の平等」を志向した。一方で日本の労働運動は、職員の特権だった長期雇用と年功賃金を労働者にまで拡張させ、職員に昇進しうる可能性を開くという「社員の平等」を志向した。(kindle ver. No. 6623)

 では、職能資格制度を基とした日本的雇用はどのようにでき上がったのでしょうか。

 一九六〇年代に、一連の日本的雇用の特徴が定着した。それは明治期いらいの慣行が、総力戦と民主化、労働運動と高学歴化などの作用によって、三層構造をこえて拡張することによって成立したのである。(kindle ver. No. 5658)

 ここで私たちは、著者の一連の著作を思い起こすことになります。『<民主>と<愛国>』で著者は、日本の近代化を巡るナショナリズムと民主化との相互の関係性を明らかにしました。日中戦争から太平洋戦争にかけての総力戦の経験が、日本軍における身分の差異のデメリットをもたらし、そこからの教訓として身分という存在への強烈なアンチテーゼが生まれます。

 その結果として、「勉強に励んで高い学歴を目指す」という学歴主義が生じます。さらに欧米諸国と比べて興味深いことに、「学歴」というよりも高い「学校歴」を志向するという日本独自のアプローチが生まれます。

 これは、旧帝大および早慶の卒業生のみを学校推薦枠として採用対象とした日経大手企業の採用戦略が大元となっていたようです。こうした内規がなくなった今であっても、高学校歴志向は厳然として存在します。

 そのため、高学校歴を担保できる限られた枠への進学を目指す受験戦争は今でも存在し、違う側面からいえば学士から後の勉強へのインセンティヴは生じません。その結果として、欧米と比較すると日本人のビジネスパーソンの「低学歴」化が生じているというやや意外なデータも提示されています。

 この現象は、グローバル企業にいて海外のカウンターパートと話していると実感します。日本の有名な大学であっても海外ではそれほど有名ではなく、どれほど「高学校歴」があるかはアピールになりません。むしろ、MBAや人事であれば組織行動論や心理学で修士を持っていることが共通の土台に立てる免許のような存在となります。

 こうしてでき上がった職能資格制度は、なぜ合理的に適応できたのでしょうか。

 当時の四〇~五〇代の男性たちは、戦争と兵役を経験し、軍隊の制度になじんでいた。職能資格制度がこの時期に急速に普及したのは、総力戦の経験によって、各企業の中堅幹部層がこうしたシステムに親しんでいたことが一因だったかもしれない。
 だが彼らは、重要な点を見落としていた。彼らが軍隊にいた時期は、戦争で軍の組織が急膨張し、そのうえ将校や士官が大量に戦死していた。そのためポストの空きが多く、有能と認められた者は昇進が早かった。(kindle ver. No. 5682)

 職能資格制度が当初機能したのは軍隊組織の組織論と近かったからであり、総力戦を経験して企業に戻った社員にとって馴染みのあるシステムだったからです。戦争における組織という空きポジションが常に生じ、かつそれを速やかに充足しなければならない環境では、人財を能力によってプールしておくことが合理的でした。

 しかし、マネジメント・ポジションが増えず、人財が滞留状態では、能力があるとされる人が無用に増えます。管理職比率が上がれば、人件費が上がり、固定費が上昇します。アングロサクソンの企業のように管理職の人財をPIP等で適正化するしくみがない中では、フリーライダーが増えてしまいかねません。

 だからと言って制度を改定すれば良いというわけではありません。制度は、複数の要因で絡み合ってそれがいわば文化を生み出すからです。

 運動は制度を作る。だが、他の諸勢力との妥協や交渉を経てどんな制度ができるか、その制度がどんな効果を生むかまでは、必ずしも当事者たちは予測できない。「職務の平等」を志向したアメリカの労働運動は、意図せざる結果として横断的労働市場を作り出したが、同時に細分化された単調な職務による疎外感を生み、学位による競争や格差をもひきおこした。「社員の平等」を志向した日本の労働運動は、意図せざる結果として勤労意欲と技能蓄積の高い企業を作り出したが、同時に従業員どうしの過当競争を生み、「正規」と「非正規」の二重構造をもひきおこしたのである。(中略)
 これはいわば、戦後日本の社会契約というべきものだった。「一億総中流」といった言葉は、実態はどうあれ、この社会契約を象徴的に表したものだった。この社会契約を犯すもの、たとえば不正受験や地方間格差は、批判の対象となった。(kindle ver. No. 6653)

 多様な要素が複雑に絡み合うことで、何を是とするかが決まり、人々はそれを実現するためのプロセスを合理的に進めようとします。そうした日が当たる場所が生み出されれば、日が当たらない影を生み出すことになり、また不誠実な方法で日なたを目指すことを弾劾することになります。何を是とし、何を非とするかは、しくみが生み出すわけですね。

【第765回】『<日本人>の境界』(小熊英二、新曜社、1998年)
【第181回】『インド日記』(小熊英二、新曜社、2000年)
【第79回】『私たちはいまどこにいるのか 小熊英二時評集』(小熊英二、毎日新聞社、2011年)

2019年8月10日土曜日

【第975回】『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』(奥野克己、亜紀書房、2018年)

 カジュアルな文体で骨太な考察を展開する本に出会うとうれしくなります。本書はまさにそのような書籍です。著者は、ボルネオ島の狩猟採集民族であるプナンと共同生活を送りながら、フィールドリサーチした内容をまとめています。

 現場でともに生活することで、現代市民社会との差異が明確になります。その差異は、当初はプナンでの社会に対する疑問という形を取りながら、次第に私たちが暮らす日本社会への疑問へと変容します。たとえば、冒頭での以下の対比に如実に表れているでしょう。

 私たち現代人は、食べ物だけでなく、あらゆる必要なものを外臓する世界に生きている。そのため、それらの財を交換によって入手するために必要な貨幣を手に入れる手立てをまずは確立せねばならない。その手立てには、人間が生きがいや生きる意味を見出すプロセスが伴ってくる。そこでは、ニーチェが言うように、仕事の悦びなしに働くよりは、むしろ死んだほうがましだと考える人間も出てくる。
 現代に生きる私たちは、生きるために食べるのではない。生きるために食べるために、それとは別個のもうひとつの手続きを踏むことによって生きている。それに対して、狩猟採集民は生きるために日々、森の中に、原野に、食べ物を探しに出かけるというわけだ。(19頁)

 何かを蓄えようとせず、その日にその場所にあるものを分け合って食べることを<普通>とするプナンの社会に対して、現代市民社会では目的を持って日々の生活を送ります。その目的とは、将来における満足を最大化することであったり、働きがいや生きがいといった人生における意味を得ることです。

 著者はどちらが優れているということを主張したいわけではないと説明していますし、その通りなのでしょう。両者を比較することで、少なくとも現代市民社会に生きる私たちにとっては、何を自明のものとして生きているかが明確になるようです。

 著者の優れた考察は、人類学あるいは社会学のもはや古典的名著ともなっている真木悠介『気流の鳴る音』を思い起こさせます。

 本書で興味深い箇所の一つは、プナンの人々が反省をしないということに気づいた著者の以下の考察です。

 反省しないことは、​プナンの時間の観念のありように深く関わっているのではないかと言う点である(中略)。直線的な時間軸の中で、将来的に向上することを動機づけられている私たちの社会では、よりよき未来の姿を描いて、反省することをつねに求められる。そのような倫理的精神が、学校教育や家庭教育において、徹底的に、私たちの内面の深くに植えつけられている。私たちは、よりよき未来に向かう過去の反省を、自分自身の外側から求められるのである。しかし、プナンには、そういった時間感覚とそれをベースとする精神性はどうやらない。狩猟民的な時間感覚は、我々の近代的な「よりよき未来のために生きる」という理念ではなく、「今を生きる」という実践に基づいて組み立てられている。(51頁)

 過去から未来に向けた一直線の矢印で近代以降の市民社会の時間軸を表現することはよくあります。しかしながら、その契機として反省という作用を置いているところが本書の特筆すべき視座なのではないでしょうか。

 ビジネスの現場においても、内省あるいはリフレクションというものは良い意味で注目され、称揚される行為です。私自身もそのように思います。しかし、その内省に焦点を当てて、なぜ内省を私たちが行うのか、反対に言えばプナンの人々はなぜ内省しないのかというリサーチ・クエスチョンによって、著者は鋭く考察を加えます。

 ここでの今を生きるという発想こそが、最初に引用した箇所と繋がります。すなわち、目的意識によって将来を現在よりも価値が高いものとして見出そうとするのではなく、今自体に重きを置くという発想です。

 したがって、プナンの人々は過去に起きた事象を将来への時間軸の中で価値づけるということはせず、今という時点において良いことを行うことに焦点を当てるのです。翻って言えば、私たちは、将来における価値の最大化に重きを起きすぎて、現時点においてゆたかに生きるということを過小評価しすぎているのかもしれませんね。

 こうした発想を所有という概念に展開しているのが以下の箇所です。

 個人的に所有したいという慾への初期対応の違い。
 一方は、所有慾を認め、個人的な所有のアイデアを社会のすみずみにまで行き渡らせ、幸福の追求という理想の実現を、個人の内側に掻き立てるような私たちの社会。他方は、個人の独占慾を殺ぐことによって、ものだけでなく<非・もの>までシェアし、みなで一緒に生き残るというアイデアとやり方を発達させてきたプナンの社会。
 プナン社会では、個人的な所有が前提ではなかった。それゆえに、そこでは、概念としての「貸し借り」は、長い間存在しなかったのである。(127頁)

 著者は、当初、自身が持ってきた決して多くはない貨幣を、プナンの人々が感謝もせずにもらう行為に違和感を覚えたそうである。そこには、貨幣は誰かが所有するという発想が当たり前のものとしてあり、それを侵す行為に対する否定的な感情があります。私たちにとっては当たり前とも言えるものかもしれません。

 しかし、プナンでは、貨幣をはじめとしたものだけではなくものでない存在、例えば知識や能力といったものも個人が所有するという発想ではなく、集団のレベルで共同で共有するという考え方のようです。したがって、狩猟や漁を誰かが特異な力量で優位に行うということではなく、いかにして集団の中で共有するかという生き方に繋がります。そこには、所有によって人々の間に格差が生じるということはありえません。

 こうした自然な協働は、子育てにも影響しているようです。

 プナンのアロペアレンティングは、彼らの生業に関わっているようには思えない。そうではなく、実子であれ養子であれ、そのあいだに垣根を設けず、みなで一緒に育てるというやり方は、プナンの社会に深く広く浸透している共同所有の原理に根ざしているという見方もできるように思われる(中略)。それは、自然に対峙するプナンが、人間同士のコミュニケーションを行う際の根本原理である。(159〜160頁)

 アロペアレンティングとは代理養育のことを指します。プナンでは、養子縁組が盛んであり、実の親ではない人物による養育が当たり前の社会です。子供すらも親が所有するという発想ではなく、社会の中での共有財産として捉えているのかもしれません。

 組織の中における共同での教育という文脈で捉えると、企業社会も同じなのではないでしょうか。所有というパラダイムで考えると、ある社員を育成する存在は、上司であり、メンターや育成担当といったアポイントされた存在だけを考えがちです。

 しかし、そうした存在だけに育成を任せることは、育成の主体にとっても客体にとっても難しくなっているのではないでしょうか。時間の制約もありますし、変化の激しい環境において数少ない主体が育成を担っても効果は限定的と言えます。

 この辺りは中原淳先生の書かれた『職場学習論』を想起させられます。

 同書では、上司、上位者、同僚・同期といった三つの主体が、精神支援、内省支援、業務支援という三つの支援をどのように分有するかを考察されており、プナンの社会における育成主体の分有ということと近いと考えるのは論理の飛躍でしょうか。

 飛躍かどうかはさておき、発想があっちこっちに飛ぶ余地のある書籍は、私にとってはありがたい存在です。時期を見て改めて読み直してみたい、そんな一冊でした。

【第403回】『気流の鳴る音』(真木悠介、筑摩書房、2003年)
【第641回】『職場学習論』(中原淳、東京大学出版会、2010年)

2019年7月7日日曜日

【第966回】『社会学史』(大澤真幸、講談社、2019年)


 新書ではあるが、ざっと一読して中身を理解できるものではない。少なくとも私にとってはそうであった。しかし、難しいことは悪いことではない。わかりやすさを求める姿勢にこそ、問題があるものではないだろうか。

 社会学は、「近代社会の自己意識の一つの表現」なのです。近代社会というものの特徴は、比喩的な言い方をすれば、「自己意識をもつ社会」です。自分が何であるか、自分はどこへ向かっているのか、自分はどこから来たのか。それが正しい認識かどうかはわかりませんが、近代社会とはこういう自己意識をもつ社会です。(3-4頁)

 このように言われると、自己意識を持たない社会とは何か、ということが考えられる。おそらくは、本書でも示唆されるが、神という絶対的な存在との関係性の中で自分を位置づけていた社会ということであろう。つまり、近代とは、神から人間が自立した社会であり、その結果として自分という存在に対して意識を持つ社会である、ということなのであろう。

 ヴェーバーは学問をやることで鬱と戦っているわけです。だから、時代の病としての鬱に対して、それに拮抗する精神の営みとして社会学がある。(16頁)
 
 神から自立した社会では、自立できるかどうかが問題となる。自立するための病の一つとして、鬱病が取り上げられている。鬱との戦いを、社会学という手段によって対抗しようとしたのがマックス=ヴェーバーということのようだ。本書でも説明されているように、ヴェーバーは、鬱を発症してから後に社会学の嚆矢とも形容される様々な代表作を発表している。

 少し気取った言い方をすれば、現実の社会秩序に他性を対置する認識なしに、社会秩序はいかにして可能か、という問いはでてきません。言い換えれば、社会学を成立させているのは、通常のものの「不確実性」(ありそうもない)の感覚なのです。(22頁)

 近代以降の私を取り巻く不確実性。それは不自由なものではなく、近代以降の自由主義の生み出した、可能性としての存在なのかもしれない。


2019年6月15日土曜日

【第960回】『フーコーの言説』(慎改康之、筑摩書房、2019年)


 フーコーといえばディスコース(言説)。というわけで、フーコーをもう学んでみたいと思った時にキーワード検索して見つけた本書。社会学が好きで、フーコーをかじった程度に理解していた身として、難しくはあれどもなんとなく読める箇所もあり、あまり難しく考えずに読み進めると良いのだと思う。

 現在そうであることがいつもそうであったわけではないことを示すこと、しかじかの形象が形成されたプロセスを明るみに出しつつそれを解体する可能性を手に入れること、これが、彼の歴史研究の目的であったということだ。(14~15頁)

 フーコーの研究の目的がこのように端的にまとめられている。その上で私が興味深いと感じたのは「力」に関する彼の分析である。

 権力は知の客体を生み出すということ。端的に言うなら、権力は知を生み出すということ。(中略)処罰形式の歴史的変化を分析するにあたり、権力を、支配階級が所有する特権としてではなく、戦略的な諸関係およびその効果として分析すべきであることを強調しつつ、フーコーは実際、権力と知とのあいだの関係についてもやはり伝統的な考え方から自由になる必要があると主張している。つまり、権力が留保される場所にのみ知は存在しうる、あるいは、知は禁止や利害から離れる場合にのみ発展しうる、などといった、西洋を古くから支配してきた先入見を捨てて、「権力はなにがしかの知を生み出す」ということを承認しなければならないのだ、と。(179頁)

 知は権力から独立したものだと考えられがちであるが、権力と知との関係性について触れるフーコーの指摘の鋭さである。

【第50回】『フーコー・コレクション1 狂気・理性』(M.フーコー、筑摩書房、2006年)

2019年5月18日土曜日

【第956回】『通過儀礼』(ファン・へネップ、綾部恒雄・綾部裕子訳、岩波書店、2012年)


 日常用語でも「通過儀礼」という言葉を私たちはよく使う。新しい組織に入り、仲間に受け入れられ、求められる行動を取れるようになるまでに必要な経験としてのタフアサインメントを「通過儀礼」と呼んだりするだろう。この「通過儀礼」について、ポイントは三つだと結論部分で著者は端的に示している。

 (1)儀礼は分離、過渡、統合という連続形を成す。
 (2)過渡期は普遍的なものである。
 (3)社会的な身分の変化は実質的通過に擬される。

 まず、(1)では三つの過程から成るというという連続形としての構成要素を明らかにしている。次に、(2)においては、間にある過渡期という段階に着目している。その上で最後に(3)では社会的な意味での変化が実質的もしくは物理的な何らかの通過に擬せられる。

【第786回】『断片的なものの社会学』(岸政彦、朝日出版社、2015年)
【第829回】『徳川時代の宗教』(R.N.ベラー、池田昭訳、岩波書店、1996年)

2019年1月19日土曜日

【第922回】『タテ社会の人間社会』(中根千枝、講談社、1967年)


 社会学における古典的名著と呼ばれる一冊。出版から半世紀以上が過ぎたいま読んでも新鮮な感じを受けるのだからすごい。たしかに時代を経て日本社会は変化してきおり、明らかに古い印象を受ける箇所はある。しかし、日本社会を通底する「タテ社会」の本質は、今でも読者を魅了するだろう。

 一定の個人からなる社会集団の構成の要因を、きわめて抽象的にとらえると、二つの異なる原理ーー資格と場ーーが設定できる。すなわち、集団構成の第一条件が、それを構成する個人の「資格」の共通性にあるものと、「場」の共有によるものである。(26頁)

 様々な社会を比較した時に、資格と場の二つの要素の捉え方の度合いによって特徴が形成されるという。では日本社会はどうかというと、「日本人の集団意識は非常に場に置かれて」(28頁)いると著者は述べる。これは企業組織を想起すればわかりやすい。

 欧米の企業では職種に対する専門性が求められ、一つの職種でキャリアをすすめるのに対して、日本の企業ではその企業組織に求められる特殊知識が求められジョブローテーションで異なる部門での業務を経験する。その結果として、同じ企業に属する社員同士の精神的結びつきが強くなり、同じ職種でも他社の人々との交流は限定的である。もちろん、時代を経るに従ってその度合いは変わってきているが、今でもこのような特徴は残っていると言えるだろう。

 年功序列制というのは、勤続年数に応じて、地位や賃金体系が設定されている明確な制度であるが、このように制度化されなくとも、日本のどのような分野における社会集団においても、入団してからの年数というものが、その集団内における個人の位置・発言権・権力行使に大きく影響しているのがつねである。いいかえれば、個人の集団成員との実際の接触の長さ自体が個人の社会的資本となっているのである。しかし、その資本は他の集団に転用できないものであるから、集団をAからBに変わるということは、個人にとって非常な損失となる。(55頁)

 場の共有に意識が置かれる帰結として、実質的な年功序列制が組織の原理として導入されると著者は指摘する。つまり、場をいかに共有したかという点に価値があるため、長くその場にいて場における分脈や歴史を理解していることが組織でうまく機能する条件となるのである。

 「ヨコ」の関係は、理論的にカースト、階級的なものに発展し、「タテ」の関係は親分・子分関係、官僚組織によって象徴される。(71頁)

 年功序列制は、序列に従った力関係を導きながらも、組織を構成する人々の間に情緒的な関係が築かれる。「同じ釜の飯を食べる仲」という、苦楽をともにしながら同じ目的に向かって進む強固な組織となる面がある。

 日本人の人間関係のあり方、それによってできる「タテ」の組織は、必然的に、将校とか、大学教授、労働者などという共通の資格というものを基盤としたグループ意識を非常に弱める結果となっている。この内部構造からくる同類意識の薄弱性は、社会集団が枠によってできるため、自己の集団外にある同類とも袂を分かっていることと相まって、いっそう弱体化されている。ここに同類意識に代わって登場するのがいわゆる同族(一族郎党的な)意識である。(93~94頁)

 他方で、「タテ」の組織は親分・子分といった内側の論理に固執し、外に対して閉じた頑なな態度にも繋がりかねない。この傾向は、排外的かつ敵対的なものにすらなる可能性を有していることに留意が必要であろう。

【第829回】『徳川時代の宗教』(R.N.ベラー、池田昭訳、岩波書店、1996年)
【第786回】『断片的なものの社会学』(岸政彦、朝日出版社、2015年)
【第765回】『<日本人>の境界』(小熊英二、新曜社、1998年)
【第403回】『気流の鳴る音(2回目)』(真木悠介、筑摩書房、2003年)

2018年10月7日日曜日

【第891回】『誰にもわかるハイデガー』(筒井康隆、河出書房新社、2018年)


 ハイデガーは難しい。否、正確には哲学者の書いたオリジナルの書籍は、サルトルも、フッサールも、フーコーも、私のような素人には難しい。だからこそ、本書のような優れた書き手による優れた解説書はありがたく、頭がさがる思いで読み進めた。

 本書ではハイデガーの代表的な著作の一冊である『存在と時間』についての解説が為されている。解説を書いている社会学者の大澤真幸氏も、「『存在と時間』の理解としてまことに正確である」(95頁)と太鼓判を押しているように安心して読み進めることができる。

 いつやってくるかわからない死を了解しようとして、人間は苦しんでいるんです。ですから、そういった死ぬという自分の存在を自分で引き受けて生きていく、その実存という存在のしかたですね。それが現存在です。(34頁)

 まず現存在というハイデガーが提唱する鍵概念について、生きるということと交えて解説が為せれる。尚、実存とは「人間の可能性」(35頁)と定義していることも併記しておく。

 では死とどのように向き合うのか。本来性の概念を用いながら著者は解説を以下のように試みている。

 本来性というのは死を見つめる、自分が生きているのに、いずれ死ななければならないのに生きているという苦しみ。その苦しみとか悲しさとかそういうものを生きていく上で、どれほどその生き方が苦悩や悲哀に満ちていてもそれを引き受けていくという生き方なんです。(43頁)

 自らの周りに起きる事象をプラスやマイナスで判断するのではなく、全てをありのままのものとして受け入れていくこと。これが生きる上での本来性であると著者は大胆に定義し、死から目を背けて対象を他に求める考え方を非本来性と定義して否定的に見ているのである。

 著者が述べるように本書はハイデガーに至るための入門書である。ハイデガーの著作にも改めて触れてみたいと思った。

【第419回】『今こそアーレントを読み直す』(仲正昌樹、講談社、2009年)

2018年6月24日日曜日

【第848回】『現代社会の理論』(見田宗介、岩波書店、1996年)


 近代以降における世界的な対戦である第一次世界大戦も第二次世界大戦も、経済的な行き詰まりが一つの大きな契機となって引き起こされた、と教科書で私たちは習った。実際にそうした側面はあるのだろうし、その結果として資本主義が戦争や軍事産業と相互依存関係にあるということは指摘されてきた。

 しかし、著者は、第二次大戦以降、それまでの大戦を引き起こしたレベルと近いオイルショックも金融危機も、世界的な戦争を引き起こさなかった。資本主義諸国は、不況から自力で復興してきたことに、資本主義のポテンシャルを著者は見ている。

 理論としてここで肝要の点は、資本主義という一つのシステムが、必ずしも軍事需要に依存するということなしに、決定的な恐慌を回避し繁栄を持続する形式を見出したということ、この新しい形式として、「消費社会化」という現象をまず把握しておくことができるということである。(15頁)

 資本主義は、私たちが消費を繰り返していく中で経済が循環するという戦争に依存しない消費社会という形式を生み出した。それによって、自律的に成長し続ける経済システムが構築されたというのが現代という社会なのである。

 情報化/消費化が見出した<市場の無限性>という成長の無限空間は、<資源の有限性>という、新しい臨界と遭遇していた。(67頁)

 しかし、地球という有限なリソースが自律的成長の制約となっていることを著者は指摘する。それは、環境問題をはじめとしたシステムの限界の帰結として現れている。

 「大量生産/大量消費」のシステムとしてふつう語られているものは、一つの無限幻想の形式である。事実は、「大量採取/大量生産/大量消費/大量廃棄」という限界づけられたシステムである。
 つまり生産の最初の始点と、消費の最後の末端で、この惑星とその気圏との、「自然」の資源と環境の与件に依存し、その許容する範囲に限定されてしか存立しえない。(68頁)

 私たちは大量生産・大量消費という二つだけをセットとして消費社会の特徴として捉えがちだ。しかし、その前後に採取と廃棄というリソースの制約があることに注目する必要がある。有限な環境の中で、現代の私たちは生きているということを意識する必要がある。

【第142回】『気流の鳴る音』(真木悠介、筑摩書房、2003年)
【第164回】『まなざしの地獄』(見田宗介、河出書房新社、2008年)

2018年4月21日土曜日

【第829回】『徳川時代の宗教』(R.N.ベラー、池田昭訳、岩波書店、1996年)


 本書は、一九五五年に著者がハーバード大で学位論文として著わしたものを書籍として編み直したものである。日本が、先の大戦から急速に復興している時期に書かれたものであり、資本主義国家としてなぜ成功しつつあるのかを明らかにするという背景もあったのであろう。彼の国における、他国の成功要因分析にかける執念には恐れ入るばかりである。

 日本という国家および国民の精神性は、他国の方がつまびらかにする方が、納得的に思えるのだから不思議なものである。まず、宗教というともすると抽象的になりがちな概念を、著者は以下のように定義づけている。

 われわれは、パウル・ティリッヒ(Paul Tilich)にしたがって、宗教を、究極的関心にかんする人間の態度と行為と定義する。この究極的関心は、究極的に価値があり、意義があるもの、すなわちわれわれが究極的価値と呼ぶものと関係がある。あるいは価値と意義に対する究極的脅威、すなわちわれわれが究極的挫折と呼ぶものと関係がある。社会道徳の基礎となる一連の意義ある究極的価値を供給することは、宗教のもつ社会機能の一つである。そのような価値が制度化されると、宗教は社会の中心価値であるといい得る。(42頁)

 その上で、日本における宗教の有り様を、以下のように端的に述べている。 

 著しく複合した現象をいたって簡単な定式でいうと、日本宗教は根本的には調和ーー人間間のそれと自然とのそれーーに関心を寄せる。伝統の諸々の要素をみると、調和の解釈にはいくらか違いがあっても、それぞれ特有の見方がある。しかも、それらのどれも、結局のところ、儀式、振舞い、ほとんど舞といった生活の表象に凝集し、これらに表現されているものは、宇宙の一切の存在に慈しみをもち、心くばりをしている情念である。(27~28頁)

 対自然および対人間といういずれの対象に対してもそれぞれとの関係性を想定し、かつそうした関係性が調和的であることが、日本社会では重視されてきたという。ここからさらに考察を進め、日本における価値体系を著者は以下のように述べている。

 家族であれ、藩であれ、全体としての日本であれ、当該集団の構成メンバーの一人が属しているのは特殊な体系ないしは集合体である。これらに献身することが、真理とか正義とかに対するような普遍主義的献身よりも優先する傾向をもつ。もちろん、徳川時代の日本でも、普遍主義や普遍主義への献身はあった。しかし、主張したいのは、特殊主義がなによりも優先したということである。(54頁)

 普遍的な価値観ではなく特殊的な価値観にコミットすることが日本における特徴として指摘されていることは納得的である。天皇という存在への形式的なコミットメントの有無が官軍と賊軍とを分けることになり、普遍的な正義ではなく三種の神器を求めてきた歴史上の争いを見れば自明であろう。そうした動きは数百年前の歴史的遺物ではなく、二・二六事件のように数十年前のものでしかないことに留意するべきではないだろうか。

 こうした特殊的な価値観を重視する志向が、経済活動においてはポジティヴに働いたという指摘は興味深い。

 日本での価値体系では遂行が強調されていたのだから、これらの特殊主義的結合こそが、効果的な生産と商売の取引きにおける正直さの水準の発展を、不可避的に妨げるより、むしろその水準をあげるのに役立ったというべきであろう。(81~82頁)

 よく言えば柔軟に環境変化に対応できる術であり、悪く言えば日和見主義と言える傾向であろうか。こうした柔軟かつ日和見主義的な価値観が、故河合隼雄氏が喝破した「中空構造」における中心を担う天皇という存在に結びつき、国家神道が形成されることとなった。

 徳川および明治時代(そしてさらにもっと初期の時代)における、日本のナショナリズムのあらわれは、ほとんどすべて国家神道のあらわれとみることができる。実際には、国家神道は、聖なる形式のナショナリズムとして、おそらく最もよく理解できる。したがって、この意味の国家神道は、徳川時代を通じて着実に増大し、そしてたしかなところでは、末期までには、第一義とする教義のうえで、天皇の特別の神聖な祖先神と天皇の性格、および「神国」日本にかんすることについては、ほとんどすべての宗教的信条ではおおむね一致していた。こうした日本のナショナリズムの意味で、国家神道は、他の諸宗教と両立できないことはなく、またこのことから、明治政府は国家神道は「宗教にあらず」と主張することにもなった。(117頁)

 国家神道という装置の凄さは、「宗教にあらず」という独特の位置づけを確保した点にある。だからこそ、政教分離と矛盾することなく、しかし国民一人ひとりは無意識下で国家へのコミットメントが高まる結果になった。こうした日本における権力が持つ特異な宗教装置に対して、日本に生きる私たちは、過去の反省を踏まえて自覚的であることが求められるのではないだろうか。

【第419回】『今こそアーレントを読み直す』(仲正昌樹、講談社、2009年)
【第291回】『探究Ⅰ』(柄谷行人、講談社、1992年)
【第765回】『<日本人>の境界』(小熊英二、新曜社、1998年)
【第426回】『<民主>と<愛国>』(小熊英二、新曜社、2002年)

2018年1月28日日曜日

【第803回】『質的社会調査の方法』(岸政彦・石岡丈昇・丸山里美、有斐閣ストゥディア、2016年)

 修士論文を執筆する上で質的調査を行った。研究手法についてもそれなりに学んだし、内容についても真摯に取り組んだつもりである。しかし、質的調査の目的とは何か、という原点に立ち返って考えたことはなく、また学んだこともなかった。

 本書では、そうした「そもそも論」から議論を進め、丁寧に質的調査の目的と方法について述べられている。筆者らが質的調査の内幕を詳らかに伝えてくれる稀有な存在だ。質的調査を行った身としては、実感を持ちながら読み進めることができる。

 質的調査の目標を「他者の合理性の理解を通じて、私たちが互いに隣人になることである」(34頁)と定義している箇所を読んでハッとさせられた。ここには、新しい知見を得ることや研究を前に進めるということではなく、徹底して他者や関係性に焦点が当てられているのである。

 もちろん、新しい知見を得ることや、既存研究との位置付けを関連付けることも重要であるし、他の箇所で述べられている。しかし、他者理解をより豊かにすることによって世界の捉え直しを行い、多様な他者との関係性をより緊密にすることに繋がるのである。

 人びとがその生活史においてどの道を選択して、それをどのように語るか、ということを丹念に拾い上げることによって、無理解が生む「自己責任論」を解体することが、社会学の遠い目標のひとつである、と考えることができます。(236頁)


 私たちはマイノリティが起こすトラブルを自己責任として糾弾し、イレギュラーな非合理的なものとして捉えてしまいがちである。そうすることが、マジョリティにとって楽だからである。しかし、本当にそれでいいのか。そのような行動をとる合理性を理解することで、他者をモノではなく人として捉え、大事な存在と見直すことができるのではないか。


2017年12月16日土曜日

【第786回】『断片的なものの社会学』(岸政彦、朝日出版社、2015年)

 『ビニール傘』で興味を抱き、著者の書籍を他にも読もうと思っていた。期待を持って読み始めると良くない結果に至ることが多いのであるが、そのような懸念は杞憂であった。社会学と銘打ってはいるが、随筆のようなタッチで書かれているために読みやすく、そうでありながらも、社会学者ならではの絶妙な観点から社会を描き出している。

 断片的な出会いで語られてきた断片的な人生の記録を、それがそのままその人の人生だと、あるいは、それがそのままその人が属する集団の運命だと、一般化し全体化することは、ひとつの暴力である。
 私たち社会学者は、仕事として他人の語りを分析しなければならない。それは要するに、そうした暴力と無縁ではいられない、ということである。社会学者がこの問題にどう向き合うかは、それはそれぞれの社会学者の課題としてある。(13~14頁)

 社会学者という言葉を、定性研究を行う人物と読み替えて読んでも違和感がなく、自分事として読んでしまった。他者にインタビューし、その内容を切り取ってラベル化することは、定性研究の中ではよく行われる手法であり、私自身も行った。

 もちろん、そうした際には恣意的なラベリングにならないように留意に留意を重ねるわけであるが、その断片を一般化する上ではある種のジャンプが生じざるを得ない。それが論理的もしくは恣意的な飛躍にならないように、節度を保ってラベリングを行うことが肝要であるのは間違いない。

 他者の言動をラベル化することは、そのラベル化したものの善悪を判断することにも容易に繋がるだろう。その結果として、客観的・一般的に良いものという価値観を創り出すことにもなりかねない。

 完全に個人的な、私だけの「良いもの」は、誰を傷つけることもない。そこにはもとから私以外の存在が一切含まれていないので、誰を排除することもない。しかし、「一般的に良いとされているもの」は、そこに含まれる人びとと、そこに含まれない人びとの区別を、自動的につくり出してしまう。(中略)
 したがって、まず私たちがすべきことは、良いものについてのすべての語りを、「私は」という主語から始めるということになる。(111頁)

 一般的に良いということは、「そうではないもの」つまり普通でないものを創り出す。語り手にそうした意識がなくても、受け手は、自分自身が「そうではないもの」と判断される内容であれば、否定されたという意識を持ってしまう。

 ことほど左様に、普通と普通でないということの分断は、必ずしも悪意のある言葉によって生じるのではない。私たちのさりげない「良識」に基づく言葉が、普通でないものを創り出す。では「普通」とは何か。少し長いが、引用してみたい。

 多数者とは何か、一般市民とは何かということを考えていて、いつも思うのは、それが「大きな構造のなかで、その存在を指し示せない/指し示されないようになっている」ということである。(中略)
 マイノリティは、「在日コリアン」「沖縄人」「障害者」「ゲイ」であると、いつも指差され、ラベルを貼られ、名指しをされる。(中略)
 一方に「在日コリアンという経験」があり、他方に「日本人という経験」があるのではない。一方に「在日コリアンという経験」があり、そして他方に、「そもそも民族というものについて何も経験せず、それについて考えることもない」人びとがいるのである。
 そして、このことこそ、「普通である」ということなのだ。それについて何も経験せず、何も考えなくてよい人びとが、普通の人びとなのである。(170頁)

 「普通ではない」ものがラベル化され、ステレオタイプなものとして意味づけが為される。結果として、そうではない状態が「普通」となるのであるが、それは「普通でないもの」の反対概念ではなく、色付けされていない無色透明のものに過ぎない。だからこそ、ある事象について「普通」である人々は、自分自身の特異性を気にせずにいられる存在なのである。


 言葉というものの用い方の難しさに気付かされる作品であった。月並みだが、言葉は暴力になり得る。意識していなくても、相手に悪意として伝わることはある。価値中立性を重んじる研究においてもそうである。研究は難しい。しかし、言葉に力があると考えれば、研究というものは尊い行為にもなり得るのではないか、とも思えるがいかがであろうか。


2017年11月25日土曜日

【第780回】『武士の家計簿』(磯田道史、新潮社、2003年)

 家計簿とは生活の有り様を数値で表したものである。したがって、ある時代の人々の生活を理解するためには、その時代の家計簿を見ると良いのだろう。本書では、江戸時代末期の武士の家族における明治維新以降までの家計簿をもとに、当時の武士の生活、および時代の大きな転換前後で生活がどのように変わったのかが詳らかにされている。新鮮な発見に満ちた書籍であり、古本屋でこの家計簿が含まれた文書を見つけた著者の興奮の様子が伝わったくるようである。

 武士と百姓町人の家計簿を比べたとき、最も違いがあらわれるのは交際費である。武士家計では交際費の比率がずば抜けて高い。猪山家の場合、祝儀交際費が消費支出の一一・八%になる。生活必需品以外の支出としては家族配分銀についで多い。(74頁)

 支出の中で交際費の占める比率が高いと聞くと「武士は食わねど爪楊枝」という言葉が頭に浮かぶ。しかし、自分自身のプライドや娯楽で交際費が高かったわけではないと著者は述べる。

 現代人からみれば無駄のように思えるが、この費用を支出しないと、江戸時代の武家社会からは、確実にはじきだされ、生きていけなくなる。つまり、その身分であることにより不可避的に生じる費用であり、私はこれを「身分費用」という概念でとらえている。逆に、その身分にあることにより得られる収入や利益もある。これを「身分利益」とよびたい。つまり、身分利益=身分収入マイナス身分費用という構造式を考えることができる。(75~76頁)

 武士同士の社会における交際にコミットしなければ、武家社会から排出されてしまうから、交際費がかかるというのである。この指摘は、戦乱の絶えなかった室町後期や戦国時代と比較すれば分かりやすいだろう。つまり、戦乱が多かった時代であれば、他者との付き合いよりも戦場で手柄を立てることによって立身出世ができたのに対して、平和状態が長く続いた江戸時代では手柄を戦場で立てる機会がほとんどなかったのである。そうなると、武士同士での安定的な社会の中で認められることが必要だったのである。

 この身分利益という概念を用いれば、なぜ明治維新後に士族の反乱がマイノリティーで、多くの士族が唯々諾々と武士階級の解体に応じたかがわかる。

 今日、明治維新によって、武士が身分的特権(身分収入)を失ったことばかりが強調される。しかし、同時に、明治維新は武士を身分的義務(身分費用)から解放する意味をもっていたことを忘れてはならない。幕末段階になると、多くの武士にとっては身分利益よりも身分費用の圧迫のほうが深刻であった。明治維新は、武士の特権を剥奪した。これに抵抗したものもいたが、ほとんどはおとなしく従っている。その秘密には、この「身分費用」の問題がかかわっているように思えてならない。(77頁)


 江戸末期においては、身分費用が増加したことに伴って身分利益が圧迫していたという。だからこそ、身分費用の負担に耐えられなくなっていた多くの武士にとって、わずかな身分収入にしがみつく理由は、少なくとも生活面では弱かったのであろう。


2017年10月14日土曜日

【第765回】『<日本人>の境界』(小熊英二、新曜社、1998年)

 自分自身が<日本人>であるということを意識するのは、外国を訪れたり、外国籍の方々とコミュニケーションをとる時に限られるのではないか。それほど<日本人>という概念は「私たち」に内面化しているものであり、この「私たち」という意識もまた曲者である。「私たち」が「私たち」という言葉を普段の生活の中で用いる際には、それはほぼ<日本人>を指しているからである。

 ことほど左様に<日本人>という「私たち」に内面化されたパラダイムを自覚することは難しい。本書では、国民国家の形成過程において<日本人>がどのように創造されたのかについて、日本という国土の境界領域における包摂と排除の歴史を基に論旨が展開されている。<日本人>という自明に思えてしまう概念をエポケーし、<日本人>を基にした現代の日本という国民国家を改めて考える上で適したテクストであろう。

 国民国家という言葉からは、ナショナリズムという概念を想起することも多いだろう。両者は親和性の高い概念であるが、著者は、その用いる主体によって、意味合いと受け手の印象が異なると指摘している。

 現在われわれは、ナショナリズムという言葉に反発を感じることが多い。だがその一方で、ナショナリズムが弱者によって担われたときには、必ずしも非難すべきものとは考えない。(中略)強者が排外と侵略のために掲げるナショナリズムと、弱者が独立と解放のために掲げるナショナリズムは、暗黙のうちに区別されているのである。(524頁)

 世紀が変わってから、その初年に起きた9・11が典型的な事例として、ナショナリズムという言葉が用いられることは増えているように思える。著者が指摘しているように、その言葉を強国が用いる、もしくは用い続けるとメディアや人々から非難される傾向がある。反対に、圧制や強制的な包摂からの独立としてのナショナリズムは共感とともに受け入れられるものである。やや古い事例であるが、ベトナム戦争時における世論の推移を想起すれば分かりやすいだろう。

 では、明治維新以後の日本という後発的な国民国家の形成過程において、<日本人>はどのように形成されたのか。著者は、633頁においてその特徴を三つに整理している。

①外部の脅威を意識して支配地域の確保を重視
②支配対象が近接地域で国境紛争と国民統合の要素が混入
③文化的劣位意識があるため「特殊」な文化を強制するしか依拠する権威がない

 ①は、ヨーロッパ、ロシア、アメリカ等の列強諸国による植民地化を避ける生存戦略である。とりわけ地理的に近いロシアの脅威にいかに対処するかという点で、有力な軍事拠点としての国土を本州から離れた地に確保することが求められた。

 したがって、②で挙げられているように、必要とされる新たな国土は、ヨーロッパやアメリカとは異なり、近接した地域にターゲットが絞られた。先発して国民国家が形成され植民地政策が行われた先進国とはこの点が異なり、国土の拡大戦略はあくまで受け身の対応となったのである。海外情勢への対応という変数に合わせるかたちで、沖縄、北海道、台湾、朝鮮半島といった地域が従属的に選ばれたのである。

 こうした地理的な近さは、文化面での統合という点で日本にとっては固有の難しい側面があった。つまり、儒教や仏教という「借り物」の思想をバックボーンに持っている国家にとって、その輸入元である国家に対して③にあるような劣位意識を持たざるを得なかった。そのため、普遍的な文化に頼らず、日本語の国語化と天皇というシンボルを活用し、国語の強制と天皇への忠誠を強いることで支配の論理を構築しようとしたのである。

 そのため、近代日本においては「ナショナリズムや人種主義は必ずしも政策決定の本質的動機であるとはかぎらず、むしろ他の動機による主張の表現形態にすぎな」かった(651頁)という側面があったことに留意するべきであろう。以上のような歴史的経緯を踏まえて、今の日本に生きる私たちに向けた著者の最後のメッセージをよく吟味するべきであろう。


 本書では、多くの人びとが「日本人」という言葉に込めた、さまざまな願望をみてきた。それは、たとえば精神の支配への欲望であり、国家資源としての計算であり、権利や幸福への期待であり、憎悪と失望の念であり、対話と共存の夢であった。こうした歴史から何を学ぶか、それは人によって異なるかもしれない。だがどのような立場の人であろうとも、今後の時代において、「日本人」にどのような意味をあたえるか、そしてその境界のあり方をどのように好走するかは、われわれの課題であるはずである。なぜなら国家とは、「日本人」とは所与の運命ではなく、それを決める権利は私たちの手の中にあるはずなのだから。(666~667頁)


2016年9月22日木曜日

【第621回】『一般意志2.0【2回目】』(東浩紀、講談社、2011年)

 日本人は「空気を読む」ことに長けている。そして情報技術の扱いにも長けている。それならば、わたしたちはもはや、自分たちに向かない熟議の理想を追い求めるのをやめて、むしろ「空気」を技術的に可視化し、合意形成の基礎に据えるような新しい民主主義を構想したほうがいいのではないか。(7頁)

 日本文化を称揚するばかりの書物にも辟易とするが、自らの文化を徒らに否定する言説構造も考えものだ。上記で描かれる著者の意思には、今の日本のリアリティを踏まえながら、清々しさを感じさせられる。

 特殊意志は方向をもっている。つまりベクトルである。しかし全体意志はスカラーの和にすぎない。(中略)ルソーは、一般意志を、そのような方向の差異をきちんと相殺した、別種の和として捉えようとした。「差異の和」とは、スカラーの和ではなくベクトルの和を意味するのだと理解すれば、ルソーの記述にはなにも曖昧で神秘的なところはない。(44~45頁)

 タイトルにもなっている一般意志について述べられた部分である。スカラーの和とは、つまりは多数決で現れる社会の意識である。他方、ベクトルの和とは、差異を顕在化させた上での総和を表したものであり、人々の意志の違いが大きな流れを生み出している。

 Googleにおける検索による社会的意識の顕在化では、記録されたものが集約されることによって効率化が進む。FacebookやTwitterといったソーシャルメディアでは、梅田望夫が喝破した「志向の共同体」が進み、意識しなければ価値が同一化された社会への閉じこもりが生じる。

 しかし、意識して自らをオープンにし、他者からのノイズを受け容れようとすれば、そうしたツールは私たちの社会をゆたかにすることも可能だろう。本書は、私たちに希望を与える書と言えるだろう。


2016年7月24日日曜日

【第600回】『柔らかい個人主義の誕生』(山崎正和、中央公論社、1984年)

 1970年代の日本社会を論じた論考でありながら、現代の日本社会にも通ずる考え方が含まれていることに驚かされる。社会とは、非連続な変容もあるが、多くは漸進的な変化によって形成されるものであり、それ故に社会学の名著は現代でも読み継がれるのであろう。

 このやうに考へると、一九七〇年代以来のさまざまな社会変化の底には、ひかへめに見ても、新しい自我と未来の個人主義にとって、いくつかの希望の芽がのぞいてゐることは明らかだらう。そして、もちろん、その全体像はなほさだかではないとしても、それは少なくとも、十七世紀以来の、あの産業化時代の個人主義とまったく異質であることは、十分に予測することができる。結論からいへば、それは、青春の時代にたいする、成熟の時代の個人主義であり、目的志向と競争と硬直した信条の個人主義にたいする、より柔軟な美的な趣味と、開かれた自己表現の個人主義であることが推測されるのである。(60~61頁)

 ポスト産業社会とは成熟した社会であると著者は端的に述べる。本書でいう成熟とは「必ずしも自己を限定することの尽きるものではなく、むしろ、限定しきれない自己の曖昧さと複雑さとを受け入れること」(37頁)である。つまり、社会を構成する半ば相矛盾する多様な価値観が同居した状況において、自分自身を表現しながら開いた状態におくことが求められるとしている。そうした多様な価値観を受け容れながらも、自分自身を多様な可能性に開き、現時点での有り様を解放すること。二〇一〇年代に書かれた書籍であると錯覚してもおかしくないような鋭い社会分析である。

 こうした社会の有り様は、十九世紀におけるものとの比較で二十世紀以降のものを捉えるとよりわかりやすい。

 十九世紀の個人は、欲望の限度は知らずとも、少なくともその向けどころは知ってゐたが、二十世紀の個人は欲望の方向さへ見失って、いはば二重に不安になったのであった。彼は、何を手に入れるにしても外側に「理由」を必要とすることになり、その「理由」をあたへてくれる世間の評価を求めて、たえず他人の態度に注意しなければならない。環境は刻々に変わりつづけるから、彼はその「理由」を歴史の教訓に求めることはできず、いひかへれば、過去の教育によって形成された自分の内面に求めることはできない。(108頁)

 変化が緩やかで価値観が固定的な社会においては、過去の先例による判断根拠に従って行動すれば問題がない。しかし、変化が激しく多様な社会においては、一つひとつの自身の言動に理由を探す必要が生じ、それが正しかったのかどうかを他者によって評価される。しかも、評価する人間によって価値観が異なるのであるから、ある行動の是非の判断が分かれることもある。したがって、私たちは多様なフィードバックを求めるべく、常に行動しなければならないのである。これが、他者の目を気にする私たちの精神原理であり、様々なSNSで他者からの評価を気にする私たちの心理の背景にはこうしたものが存在するのであろう。自分自身の言動の正当性を他者から認めてもらいたいから、「いいね!」を押してもらわないと不安をおぼえるのである。

 こうした成熟社会においては、新しい形での社交が求められることになる。新しい社交の条件として、著者は二つのポイントを指摘している。

 現実的な条件についていへば、その最大のものは、先に見た生産現場の社会的変化であって、それ自体のなかで、目的志向集団よりも目的探究的な集団が優位を増してゐる、といふ事実である。(120頁)

 第一は、生産から消費へ、効率性からデザイン性へ、結果志向から過程志向へ、という移行である。つまり、目的自体を志向するのではなく、目的を探究するその過程に重きを置き、そうしたコミュニティの中に自分を位置付けることである。それがさらに、形のあるコミュニティからウェブ上のコミュニティへと移行しているのが、二十世紀から二十一世紀への移行を表していると解釈できるだろう。

 第二の条件は、現代の情報化社会がそれ自体の趨勢から多様化を進め、その結果、顔の見えない社会の画一的な情報の力がいちじるしく弱まった、といふことである。(中略)商品もまた、かつてのやうに圧倒的なヒットを見る例が少なくなって、先にも触れた通り、「多品種少量生産」といふのが時代の合言葉になりつつある。といふことは、ひとびとにとって一方的に強制される情報の比重が減り、その分だけ、顔の見える隣人との対話、すなはち、社交の生み出す情報の重味が増す、といふことを意味してゐるはずである。(121頁)

 ここでは、多様な関係性と、顔の見える関係性が指摘されている。一様な関係性ではなく多様な関係性ということは、自身でコミュニティへの参画が求められ、顔の見える関係性では高度なコミュニケーション能力が求められる。多様で顔の見える社交というと聞こえはいいものであるが、そこでは多様で高度な能力が求められる社会になっていることにも留意が必要であろう。


2016年5月8日日曜日

【第575回】『揺れる大欧州』(アンソニー・ギデンズ、脇阪紀行訳、岩波書店、2015年)

 グローバリゼーションの進展により国境という概念が薄れることによって、様々な意味での機会が増えるとよく言われる。しかし、それはその現象の半面しか述べておらず、もう半面にはリスクの増大が挙げられると著者は指摘する。

 グローバル化の加速とインターネットの台頭によって、人類全体は、ごく近い過去の時代と社会的、技術的に異なるシステムの中で生きているのではないだろうか。私はこれを「高機会・高リスク社会」と呼ぼう。一方で地球規模での相互依存、他方で広範な科学技術革新によって、私たちが手にする機会とリスクは過去の歴史に前例がないほど密接に絡まっている。(15頁)

 こうしたインターネットの台頭と連関して加速するグローバリゼーションの結果として、多文化主義という考え方が既に古くなってしまったという。

 超多様性が行き渡るようになると、多くの個人、つまり大多数の人々は、もはや、一つのアイデンティティを感じないだろう。彼らの忠誠心は単純ではなく流動的で、行動パターンは国勢調査の質問項目のチェック印から正確に予測できるような代物ではない。(154頁)

 私たちは、グローバリゼーションという現象を、国家を超えるものとして考える。つまり、そこには近代国民国家を前提として考えるという思考のパラダイムが存在している。しかし、現代においては、<私たちの国家>に対するナショナリズムの威力は弱くなっているのかもしれない。

 国のアイデンティティには、周知のように、ベネディクト・アンダーソンが「想像の共同体」と呼んだもの、すなわち、神話として再統合された歴史が今なお関わっているのかもしれない。ただ、そこには、互いに対立しあうような、将来の選択肢がますます増えてきている。(159頁)

 国民国家を形成する基盤として物語があることに、依然として違いはない。しかし、ある時点において有効な物語は、将来まで永続的に続く神話として語り継がれる保証はないのである。その書き換えのスピードが増してきているのである。

 世界中の国々、そして、EUを構成する国々も、自らのアイデンティティを懸命に再考し、さまざまな解釈を生み出しつつある。そのことを考えれば、EUの単一の物語をつくろうとしても無駄かもしれない。むしろ大事なのは、市民の関心を引き寄せつつ、異なるテーマを議論できる多彩な空間をつくり出すことである。アイデンティティは、他の世界と共鳴するものであって、単に一つの政治体制を語ることに拠っているのではない。(164頁)

 国民国家の集合体であるEUという単位で考えれば、物語の構築の難しさはなおさらである。そこに求められる物語は、単一のものを想起するものではなく、多様な解釈が可能なものとされる。これが超多様性によって形成される現代社会において求められることは理解可能ではあるが、では具体的にどのような物語が可能なのか。にわかには想像しづらい難しい課題にEUは直面しているのであろうし、異なる社会間の垣根が低いグローバルな現代社会においては、それは決して他人事ではない。


2016年5月7日土曜日

【第574回】『ユーロ消滅?』(ウルリッヒ・ベック、島村賢一訳、岩波書店、2013年)

 ギリシア危機や、域内の経済格差が喧伝されているEU。ヨーロッパにおけるリスクとはどのようなもので、ドイツはなぜヨーロッパの守護者となっているのであろうか。まずはリスクについての著者の考察を見てみよう。

 近代のリスク社会は、いわばそれ自体が非知と不可視性をもたらしている。それらに直面している私たちに方向性を示すために、今日では専門家集団が存在する。危機について見解を表明する経済学者たちは、確かに世界に見通しを与えるが、グローバルな金融市場の複雑性を奇妙な仕方で「資本の理解者」へと還元してしまう。彼らはセラピーで用いられるような、ある状態を示す用語を合理的な為替市場で使用される言語に取り入れることで、次のように市場の出来事を擬人化し、感情的なものにする。市場は「非常にナーバスになっている」、市場は「だまされない」、市場は「臆病である」、「不安である」、「パニックに陥った反応をしている」などの表現である。(17頁)

 多様なリスクから成る社会に見通しを与える専門家の存在は、リスクの種類と程度が増している現代社会においてより大きくなってきているようだ。起きている事象を理論的に解釈するだけではなく、そこに感情的な言葉遣いを入れるという指摘は興味深く、言われてみればそうであるが、なかなか気づかない視点である。

 ドイツ人の教育上の使命は今日、歴史から説明されている。つまり、第二次大戦後、軍事的にも、道義的にも決定的に破滅した時代に、共通の欧州という理念が生まれたのであった。このヴィジョンに活力を与えたのは当初、欧州全体の利害関心だったのではない。ドイツの近隣諸国がドイツを囲い込み、さらに血を流すことと新たな破壊を防ぐために戦争の欲望を抑えることに強い利害関心を持っていたために、活力が与えられたのである。(76頁)

 欧州の統合とは理念的に始められたものではない。第二次大戦時におけるファシスト国家であるドイツの再来を防ぐために、ドイツを封じ込めるための施策の一つであったと著者は指摘する。ドイツを含めた、当事者としての諸外国が共通する想いで、一つの欧州という概念を創り出そうとしたのである。

 ドイツ人は、時の経過と共に自らの教訓を学習した。彼らは民主主義の看板を背負うことになった。脱原発の看板も、緊縮の看板も、平和主義者の看板も背負うこととなった。彼らは、長くて時折困難な道を歩んできた。(中略)明らかなことはドイツが変わったということである。これまでのドイツの歴史に照らしてみると、現在がもっとも良いドイツであろう。(76頁)

 理想としての欧州の理念を内面化するべく、ドイツの人々は第二次大戦以降に努力を積み重ねてきた。価値観の内面化は、他者から見て分かりづらいものであるために、過剰にそれを入れ込む絶え間ない努力が求められる。少しずつそうした努力が形となって現れ、理念を体現する存在として認められるようになるのである。

 この背景から、多くのドイツ人の自意識において今日、自らは異常ではなく、正常でありたいと切望することが理解されよう。公的に罪を告白し続けてきた数十年の後、つまり半世紀以上「二度とナチズムを繰り返さない」ということを掲げてきた後、メディアや政治や世論において反対方向の運動が示されている。私たちは次のような新たな「二度とないように」のため息を耳にするのである。「二度と贖罪のレッテルを貼られなくてよいように」ということである。ドイツ人はもはや人種差別主義者や好戦的であるとは見なされてくないのである。彼らは自らを欧州の教師で、道義上の啓蒙家であると理解したいのである。(76~77頁)

 こうした価値観の内面化によって、ドイツをしてリスク社会としての欧州の守護者の位置に為らしめた。ドイツも他のヨーロッパ諸国も、ドイツをこのような存在に意識してさせたということではないだろうが、理想的な役割を徐々に担っていく中で現在の存在になることは必然とも言えよう。

【第16回】『国家とはなにか』(萱野稔人著、以文社、2005年)
【第419回】『今こそアーレントを読み直す』(仲正昌樹、講談社、2009年)

2015年11月9日月曜日

【第513回】『オリエンタリズム 下』(エドワード・W・サイード、板垣雄三・杉田英明監修、今沢紀子訳、平凡社、1993年)

 上巻に続き、知が生み出す影響について考えさせられる。

 オリエンタリストとは書く人間であり、東洋人とは書かれる人間である。これこそオリエンタリストが東洋人に対して課した、いっそう暗黙裏の、いっそう強力な区別である。このことを認識することによって、我々はオルロイの発言を説明することが可能になる。東洋人に割り当てられた役割は消極性であり、オリエンタリストに割り当てられた役割とは、観察したり研究したりする能力である。ロラン・バルトが述べたように、神話(と、それを永遠化するものと)は、絶え間なく自己をつくりだしうるものである。東洋人は固定化された不動のもの、調査を必要とし、自己に関する知識する必要とする人間として提示される。いかなる弁証法も要求されず、いかなる弁証法も許されない。そこにあるのは情報源(東洋人)と知識源(オリエンタリスト)である。つまり、筆記者と、彼によってはじめて活性化される主題である。両者の関係は根本的に力の問題であり、それについては数多くのイメージが存在している。(244頁)

 書く側と書かれる側。主体と客体。それぞれの相補関係が、それぞれの存在を固定的なものにし、動的な弁証法の成立を許さない。知をいたずらに礼讃するのではなく、知がもたらす「不都合な真実」に目を向けることもまた、私たちには求められるのではないだろうか。

2015年11月8日日曜日

【第512回】『オリエンタリズム 上』(エドワード・W・サイード、板垣雄三・杉田英明監修、今沢紀子訳、平凡社、1993年)

 学部の頃から本書には興味関心を持って読んできたが、これまではなかなか馴染めなかった。今回、改めて読んでようやく、しっくりきた感じがする。まだ読解できない部分もあるが、学びに繋がったポイントをいくつか記していきたい。

 オリエンタリズムとは、オリエントを支配し再構成し威圧するための西洋の様式なのである。(21頁)

 一つの概念としてオリエンタリズムを描き出そうとした著者。上記の端的な定義づけに、その内容が凝縮されている。

 バルフォアにとって、知識の意味するところは、文明をその起源から、盛時、衰退に至るまで概観することーーそして、もちろん、概観することが可能だ、ということである。そしてまた、知識とは、直接性を乗り越え、自我を超え出て、異質性、遠隔性の彼方にまで上昇することを意味している。こうした知識によって対象化されるところのものは、本来、調査=詮索にもてあそばれる脆弱性を帯びざるをえない。しかもここでの対象とは、たとい諸文明の変遷に見られるごとく、それ自体、発展・変化・変形をとげることがあるにせよ、それにもかかわらず基本的に、いや存在論的にさえも、不変の安定した「事実」そのものなのである。そのようなものについて先述のごとき知識をもつということは、それを支配すること、つまり、それに対して権威を及ぼすということにほかならない。ここでいう権威とは、「我々」が「それ」ーーオリエントの国ーーの自主性を否認するということを意味する。なぜなら、我々はそれを知っているとともに、またそれがある意味で、我々が知っているがごとくに、存在しているからである。(82~83頁)

 知識とは対象を客観的に把捉することを可能とし、そうして把捉できるものに対して、私たちはあたかもそれを支配しているかのような感覚を抱く。そうした認識は主体者の認識におけるパラダイムとなり、特定の知識によっては、あまねく対象を特定の内容にしか理解できないように、認識のフォーカスが狭められる。知識の可能性というよりも、その内在的な制約に焦点を当てたこの指摘は、心して受け止めたい部分である。

 クローマーとバルフォアの言葉は、東洋人をば、あたかも(法廷で)裁かれるような存在として、あたかも(カリキュラムに沿って)学習され、図画として描かれるような存在として、あたかも(学校や監獄で)訓練を施されるような存在として、またあたかも(動物図鑑において)図解されるような存在として描出するものであった。要するに、東洋人は、いずれの場合にも、支配を体現する枠組のなかに封じ込められ、またそのような枠組のもとで表象される存在なのである。(中略)
 オリエントは、まさしく、教室や刑事裁判所や監獄や図鑑というような枠組によって規定される存在として眺められた。つまりオリエンタリズムとは、オリエント的事物を、詮索、研究、判決、訓練、統治の対象として、教室、法廷、監獄、図鑑のなかに配置するようなオリエント知識のことなのである。(100~101頁)

 知識として同定されると、それは既存の体系の中に整理されることになる。こうして、主体者は知識によって客体を支配する構図ができあがる。subjectという単語が、主体と対象という意味合いを同時に持つことから、主体と対象とは相互依存的に成立するということがよく言われる。知識というレンズを用いて、客体を支配することで主体意識が生まれる構図は、ここでの著者の指摘を読めばよく分かるだろう。

 知とは本質的に素材を可視的にするものであり、一覧表の目的とは一種ベンサム式の一望監視施設を建設することであった。こうして学問的規律=訓練は特殊な能力の応用技術となる。それは、使用者(やその弟子たち)のために、(もしその使用者が歴史家であるならば)これまでは見失われていたもろもろの道具と知識とを獲得させるものなのであった。(295頁)

 可視化されることによって、その存在は、常に観察可能な対象として、主体から監視される対象となる。その様をベンサムのパノプティコンを用いて表していることが、私たちの理解をより進めていると言えよう。

 何かある現実についての知識が一杯つまっていることを謳い文句としつつ、いま私が述べたのと似たような状況から生み出されてきたテクストは、そう簡単なことではお払い箱にされることがない。これは専門的著作と呼ばれ、場合によっては、学者や研究機関や政府がそれにお墨付きを与えることもある。そのおかげで、そのテクストは、現実的成功が保証する以上に大きな威信を担うことになる。そしてもっとも重要なことは、こうしたテクストが、たんに知識だけではなく、そのテクストが叙述しているかに見える当の現実をさえも創造することが出来るという点である。やがて、こうした知識と現実とは、一種の伝統を、つまりミシェル・フーコーが言説と呼ぶところのものを生み出すことになる。(223~224頁)

 さらに、知識が権威ある主体によってテクストとして編纂されることで、知識それ自体に権威づけがなされる。ここまで進むと、知識により描き出させる現実によって、ある種の現実解釈が創造されるということになる。こうした新しい解釈構造が、フーコーの言う言説として呼び表されている。

 文化とはすべて、生のままの現実に矯正を加え、これを捉えどころのない対象から一定の知識へと変化させるものである。これは我々が忘れてはならぬ事実である。問題は、こうした変換が生じること自体にあるのではない。これまで扱ったことのない未知の物体の攻撃を受けたとき、人間精神がそれに抵抗するのは至極当然のことである。だからこそ、文化はつねに異文化に対して完全な変形を加え、それをあるがままの姿としてではなく、受け手にとってあるべき姿に変えてから受けとろうとしてきたのである。(157~158頁)

 生活や現実解釈の集合である文化もまた、知識の積み上げとして創造される。そうした文化の出自を認識することで、異「文化」理解という、本質的に異なる「文化」を支配する言説構造を自覚することができる。そうした態様こそが、異「文化」の受容に繋がるのではないだろうか。

2015年6月6日土曜日

【第450回】『安心社会から信頼社会へ』(山岸俊男、中央公論新社、1999年)

 現在の日本社会が直面している問題は、安定した社会関係の脆弱化が生み出す「安心」の崩壊の問題であって、欧米の社会が直面している「信頼」の崩壊の問題とは本質的に異なった問題だと筆者は考えています。筆者は信頼を、集団主義の温もりのなかから飛び出した「個人」にとっての問題であると考えており、したがって集団主義社会の終焉が生み出す問題は安心の崩壊の問題であると同時に、集団の絆から飛び出した「個人」の間でいかにして信頼を生産するかという問題だと考えています。(9頁)

 ここに、著者の本書における、および本書のもととなる研究における課題意識が凝縮されていると言えるだろう。顔と名前が分かる固定的な集団主義社会における安心の崩壊という現象を踏まえ、一般的他者との新たな関係性を前提にした開かれた社会において信頼関係をいかに構築するか。1990年代に書かれた本書の時代から20年ほどが経った現代においても、私たちは依然としてこの課題に対処しきれていないのではないか。だからこそ、こうしたもはや古典的名著とも言える社会科学の解説書は現代を生きる私たちにとって有用なのである。

 機会費用が取引き費用を上回るようになっても、人々は従来のコミットメント関係を維持する傾向があることを見てきました。そのような状況でコミットメント関係から離れないのは、少し極端な言い方をすれば、すでに桎梏になってしまっている関係から、そこで提供されている安心の「呪縛」のために人々が抜け出せないでいる状態だと言えます。このような状態で安心の呪縛から人々を解き放ち、外部に存在する機会の利用を可能としてくれるのが、特定のコミットメント関係にない人間に対する信頼、つまり一般的信頼の役割です。(80頁)

 不確実性が低い社会、いわゆる日本の「ムラ社会」を理念型とした社会においては、機会損失よりも取引き費用の節減の方がインパクトが大きい。したがって、安心社会およびそうした社会における固定した人間関係に対するコミットメントが求められる。しかし、不確実性が高まる社会においては、そうしたパラダイムからの脱却が求められることは自明であろう。では何が求められるのだろうか。

 一般的信頼は、安心していられるコミットメント関係からの「離陸」に必要な「推力」を提供する、「ブースター」の役割と果たすものと考えることができるでしょう。また、一人一人の個人が固定した関係の桎梏から解き放たれ、関係外部に存在する有利な機会を積極的に利用するようになれば、社会全体では機会と人材の有効なマッチングが可能となります。このことを逆に言えば、一人一人の個人が機会費用を支払いながらコミットメント関係にとどまっている状態は、社会全体としてみると巨大な無駄を生み出している状態です。(80頁)

 不確実性が高まる社会においては、一般的信頼が鍵概念となる。一般的信頼を足がかりにして、閉じられた社会から自分自身を解き放つこと、である。

 高信頼者は社会的な楽観主義者であって、そのため他人とのつきあいを積極的に追求すると考えることができます。そのため、その中で他人の人間性を理解するための社会的知性が身についていきます。これに対して低信頼者は社会的な悲観主義者であって、そのため他人、とくによく知らない他人とのつきあいを避けることになり、結果として他人の人間性を理解するための社会的知性を身につける機会を逃してしまいます。(139~140頁)

 一般的信頼を活性剤としながら、不確実性の高い社会においては、固定的な人間関係に囚われず、新しい人間関係を築いていくことが求められる。社会的知性によって、他者への共感性を磨きながら、他者の立場に立って行動することができるようになる可能性が高まる。こうした「相手の立場に身を置いて相手の行動を推測する能力を核とする社会的知性」を著者は「ヘッドライト型知性」(204頁)と呼んでいる。

 信頼やそれに基づくネットワークに関する著者の知見は、経営学の中でも最近では取り上げられることが多い。特に、相互作用の網の目を自分自身で紡ぎ出しながら、そうした関係性の中で学ぶことの重要性は、経営学習論の領域で越境学習としても注目されていることと符合する。たとえば、中原先生の『経営学習論』や石山先生の『組織内専門人材のキャリアと学習ー組織を越境する新しい人材像ー』を紐解いていただければ、理解していただけるだろう。