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2019年12月14日土曜日

【第1000回】『経験学習リーダーシップ』(松尾睦、ダイヤモンド社、2019年)

 経験学習という概念を、実務家もイメージしやすく丁寧に解説された名著『「経験学習」入門』を筆者が出版されたのは2011年でした。経験学習という言葉を聞くと、個人での経験獲得と振り返り、その個人に気づきを促す上司やメンターによるフィードバックといった、個のイメージが強い印象です。

 しかしながら、本書のタイトルには、経験学習の後にリーダーシップという概念が続きます。意外な感を抱きながら読み始めると、私と同じような読者が多いことを想定されていらっしゃるのか、題名にリーダーシップという言葉を用いた理由を冒頭で解説されています。
「OJT」や「コーチング」ではなく「リーダーシップ」という言葉を使ったのは、育て上手のマネジャーが、1対1の指導だけでなく、部下に任せる仕事を創り上げたり、職場全体の運営も工夫しているからです。(3頁)

 個人が自身で成長することには限界があり、また育成責任を職制として負う個人が個人を育成することにも限界があります。そのような現場のリアリティを踏まえて、職場全体での面による育成が着目され始めたのは、中原淳先生の『職場学習論』あたりからでしょうか。その流れを受けて、経験学習も職場全体で行うものであり、経験を基に学習する職場づくりを行うことがリーダーには求められると筆者はしているのです。

 筆者が行った育て上手のマネジャーを対象にした調査で浮かび上がってきたキーワードは「強みを引き出すこと」でした。強みにフォーカスを置いた書籍は昨今多いですが、著者は「育て上手のマネジャー調査を開始した段階では、「強み」に注目していたわけではありませんでした」(9頁)としています。調査の結果として、経験学習サイクルを回すことを支援するドライバーとして、強みが出てきたという点には興味深いものがあります。

 さらに、強みに着目する大切さを深掘りする過程で、心理学・経営学・哲学という三つの領域を挙げ、哲学においては西田幾多郎が取り上げられているところに新鮮さを感じます。強みというと個人という単位を捉えますが、西田を引きながら社会や人類一般を射程に置いて以下のように述べます。

その人本来の強みである「個人性」を生かして、社会や人類のために役立てたときに真の善となるという考え方です。(14頁)

 個人としての善を基点に、社会における善へと拡げていくことが、強みを考えるうえでの重要なポイントのようです。こうした個人の強みを引き出しながら育て上手のマネジャーが行う指導の要諦を以下のようにまとめられています。


① 部下の強みを探り、成長ゴールで仕事を意味づける
② 失敗だけでなく成功も振り返らせ、強みを引き出す
③ 中堅社員と連携しながら、思いを共有する

 それぞれのポイントについては、事例を交えながらわかりやすく解説されています。部下を持つ管理職の方々、育成に関心のある中堅社員の方々にぜひ勧めたい一冊です。

2019年8月17日土曜日

【第977回】『日本社会のしくみ』(小熊英二、講談社、2019年)


 読んだことがある方にはよくお分かりの通り、著者の書籍は嫌というほど分厚いです。今回はkindleで読んだのであまり厚さは感じなかったのですが、新書にしては相当なボリュームでした。じっくり読むという意味では盆休みは適切なタイミングであったなと。

 ナショナリズム研究をはじめとした著者の歴史社会学の書籍を愛読して来た身としては、雇用を扱う本書には一見して意外な感がありました。しかしながら、過去の書籍を読んで来たためか、結論的には著者の書籍だなぁという実感を得ながら読み進めることとなりました。

 長期雇用と配置転換は、いわばバーター関係になった。それを制度的に可能にしたのが、職能資格制度だった。日経連の一九六〇年の報告書でも、「日本のような生涯雇用的なもので、職務転換を予め予想された形で就いている場合」には「資格制度」が必要だという主張が見られた。(kindle ver. No. 5601)

 本書の中でも取り上げられているアベグレンが日本企業の三種の神器として挙げたものの一つである終身雇用は、ジョブローテーションとの相互依存関係にありました。そうした関係性を可能にしたものが、日本独自の職能資格制度だとされています。

 言い方を換えれば、日本企業とその社員は、雇用の安定性を選択したと言えましょう。企業側が社内における雇用の流動性を担保することで、社員側は雇用されることをコミットし、企業側は雇用し続けることをコミットしたという相互依存関係が生じます。

 この関係性は、日本とアメリカとで同じ背景であったにも関わらず異なる解決策を志向したことが以下の箇所によく現れてます。

 日本もアメリカも、二〇世紀前半までは、雇用主や職長の気まぐれで賃金や仕事内容が決められ、簡単に解雇される「野蛮な自由労働市場」だった。職員が身分的な特権を享受していた点も、身分の構成要因が違っていたとはいえ、あるていど共通していた。
 それに対しアメリカの労働運動は、職務を記述書によって明確化し、同一の職務には同一の賃金を払うという「職務の平等」を志向した。一方で日本の労働運動は、職員の特権だった長期雇用と年功賃金を労働者にまで拡張させ、職員に昇進しうる可能性を開くという「社員の平等」を志向した。(kindle ver. No. 6623)

 では、職能資格制度を基とした日本的雇用はどのようにでき上がったのでしょうか。

 一九六〇年代に、一連の日本的雇用の特徴が定着した。それは明治期いらいの慣行が、総力戦と民主化、労働運動と高学歴化などの作用によって、三層構造をこえて拡張することによって成立したのである。(kindle ver. No. 5658)

 ここで私たちは、著者の一連の著作を思い起こすことになります。『<民主>と<愛国>』で著者は、日本の近代化を巡るナショナリズムと民主化との相互の関係性を明らかにしました。日中戦争から太平洋戦争にかけての総力戦の経験が、日本軍における身分の差異のデメリットをもたらし、そこからの教訓として身分という存在への強烈なアンチテーゼが生まれます。

 その結果として、「勉強に励んで高い学歴を目指す」という学歴主義が生じます。さらに欧米諸国と比べて興味深いことに、「学歴」というよりも高い「学校歴」を志向するという日本独自のアプローチが生まれます。

 これは、旧帝大および早慶の卒業生のみを学校推薦枠として採用対象とした日経大手企業の採用戦略が大元となっていたようです。こうした内規がなくなった今であっても、高学校歴志向は厳然として存在します。

 そのため、高学校歴を担保できる限られた枠への進学を目指す受験戦争は今でも存在し、違う側面からいえば学士から後の勉強へのインセンティヴは生じません。その結果として、欧米と比較すると日本人のビジネスパーソンの「低学歴」化が生じているというやや意外なデータも提示されています。

 この現象は、グローバル企業にいて海外のカウンターパートと話していると実感します。日本の有名な大学であっても海外ではそれほど有名ではなく、どれほど「高学校歴」があるかはアピールになりません。むしろ、MBAや人事であれば組織行動論や心理学で修士を持っていることが共通の土台に立てる免許のような存在となります。

 こうしてでき上がった職能資格制度は、なぜ合理的に適応できたのでしょうか。

 当時の四〇~五〇代の男性たちは、戦争と兵役を経験し、軍隊の制度になじんでいた。職能資格制度がこの時期に急速に普及したのは、総力戦の経験によって、各企業の中堅幹部層がこうしたシステムに親しんでいたことが一因だったかもしれない。
 だが彼らは、重要な点を見落としていた。彼らが軍隊にいた時期は、戦争で軍の組織が急膨張し、そのうえ将校や士官が大量に戦死していた。そのためポストの空きが多く、有能と認められた者は昇進が早かった。(kindle ver. No. 5682)

 職能資格制度が当初機能したのは軍隊組織の組織論と近かったからであり、総力戦を経験して企業に戻った社員にとって馴染みのあるシステムだったからです。戦争における組織という空きポジションが常に生じ、かつそれを速やかに充足しなければならない環境では、人財を能力によってプールしておくことが合理的でした。

 しかし、マネジメント・ポジションが増えず、人財が滞留状態では、能力があるとされる人が無用に増えます。管理職比率が上がれば、人件費が上がり、固定費が上昇します。アングロサクソンの企業のように管理職の人財をPIP等で適正化するしくみがない中では、フリーライダーが増えてしまいかねません。

 だからと言って制度を改定すれば良いというわけではありません。制度は、複数の要因で絡み合ってそれがいわば文化を生み出すからです。

 運動は制度を作る。だが、他の諸勢力との妥協や交渉を経てどんな制度ができるか、その制度がどんな効果を生むかまでは、必ずしも当事者たちは予測できない。「職務の平等」を志向したアメリカの労働運動は、意図せざる結果として横断的労働市場を作り出したが、同時に細分化された単調な職務による疎外感を生み、学位による競争や格差をもひきおこした。「社員の平等」を志向した日本の労働運動は、意図せざる結果として勤労意欲と技能蓄積の高い企業を作り出したが、同時に従業員どうしの過当競争を生み、「正規」と「非正規」の二重構造をもひきおこしたのである。(中略)
 これはいわば、戦後日本の社会契約というべきものだった。「一億総中流」といった言葉は、実態はどうあれ、この社会契約を象徴的に表したものだった。この社会契約を犯すもの、たとえば不正受験や地方間格差は、批判の対象となった。(kindle ver. No. 6653)

 多様な要素が複雑に絡み合うことで、何を是とするかが決まり、人々はそれを実現するためのプロセスを合理的に進めようとします。そうした日が当たる場所が生み出されれば、日が当たらない影を生み出すことになり、また不誠実な方法で日なたを目指すことを弾劾することになります。何を是とし、何を非とするかは、しくみが生み出すわけですね。

【第765回】『<日本人>の境界』(小熊英二、新曜社、1998年)
【第181回】『インド日記』(小熊英二、新曜社、2000年)
【第79回】『私たちはいまどこにいるのか 小熊英二時評集』(小熊英二、毎日新聞社、2011年)

2019年7月6日土曜日

【第965回】『残業学』(中原淳+パーソル総合研究所、光文社、2018年)


 2016年に当時の安倍内閣が打ち出した働き方改革。その目的や方針は、多くの日本の大企業で受け入れられているものの、導入に際した各論では賛否の議論が喧しい。企業の中では、経営や人事が導入を大々的に喧伝しながらも、現場ではやらされ感がいっぱいということも多いようだ。

 働き方改革の主要な施策の一つが残業への対応策であることは容易に想像がつくだろう。残業時間を抑制しようとすると、「それでは仕事が終わらない」「ハードワークによって人は成長する。現場の人財育成を否定するのか」などという反論が起こる。それぞれの反論には傾聴の余地があるものの、本当にそのようなケースなのかという峻別が必要だろう。

 本書では、月間の超過勤務時間が60時間以上の層を「残業麻痺」と定義づけている。著者らの調査によれば、「残業麻痺」層は、そもそも仕事上の高い負荷を自覚していないタイプだけではなく、高負荷を自覚しながらも幸せを感じているタイプが含まれているようだ。初期キャリアの最初の少なくとも二年間は、この後者のタイプに該当していた私自身、そこで成長感や達成感のようなものを感じていたことは実感がある。

 仕事を通じて幸せを感じ、自ら超長時間残業を受け容れる「残業麻痺」層に対して、どのように対応すれば良いのか。リスクを伝えるとともに、仕事を通じた幸福感の背景を伝える必要があるだろう。

 仕事を通じて「フロー」や「幸福感」を持つことができるのは、それ自体悪いことではありません。しかし、この「フロー」に近しい幸福感が、超・長時間労働において感じられているのであれば、話は別です。心身の健康を犠牲にしても仕事の手を止めず、依存症的に「いつまでも働き続ける」ことになりかねません。私には超・長時間労働とは一種の依存症に近いもののように思えます。(121頁)

 著者らは、こうした「残業麻痺」層が生じる組織には特徴があると明らかにしている。「組織の一体感」と「終身雇用への期待」という組織の要因と、「個人の有能感」「出世見込み」というキャリアの要因とが、職場における長時間労働における幸福感へ影響を与えているようだ。これらをまとめると、以下の引用箇所となる。

 「定年」という明確なゴールに向かって、一体感を持ってがむしゃらに目標に向かって行くような凝集性の高い組織において、「出世見込み」を感じながら自信を持って働いている人が、「幸福感」を抱きながら超・長時間労働をしている。(123頁)

 「残業麻痺」層が、いわば依存症のように残業を行い幸福感を得ようとすることには、心身上のリスクがあるだけではない。個人の成長にも問題があるのである。

 残念ながら、人は「経験」を積み重ねるだけでは成長できません。「経験」したことについてのフィードバックを受け、振り返りを行って、次の行動に活かしていくことが「未来」に向けた学びとなります。このことを踏まえると、長時間の残業は、むしろ仕事経験を通した成長を阻害していると言えます。(130頁)

 人は経験から学ぶのではなく、経験を振り返ることで学ぶと喝破したのはデューイである。超・長時間労働が奪うものは、経験のあとで振り返る機会である。

 かつての日本企業では、超・長時間労働を伴う仕事の中に、ストレッチのある職務でPDCAを回す要素がふんだんにあったので超過勤務によって成長できたのではないか。翻って、成長機会の乏しい経済環境と組織環境である現代の日本企業ではそのような質の意味でストレッチできる手応え感のある業務は少ないのではないか。

 そうした業務を超・長時間行っても、達成感があるだけで成長は乏しく、それに気づくのは後になってから、しかも心身の不調を感じるようになってから、では悲劇である。残業に健全に対応することは、組織で働く全ての人々にとって真摯な課題である。

【第929回】『女性の視点で見直す人材育成』(中原淳/トーマツイノベーション、ダイヤモンド社、2018年)
【第901回】『組織開発の探究』(中原淳・中村和彦、ダイヤモンド社、2018年)
【第862回】『研修開発入門「研修転移」の理論と実践』(中原淳・島村公俊・鈴木英智佳・関根雅泰、ダイヤモンド社、2018年)
【第727回】『人材開発研究大全』<第1部 組織参入前の人材開発>(中原淳編著、東京大学出版会、2017年)

2019年6月23日日曜日

【第963回】『働く意義の見つけ方』(小沼大地、ダイヤモンド社、2016年)


 仕事の関係で著者とご一緒する機会があるために、本書を読んでみた。自分よりも若いリーダーがどのような想いで事業を立ち上げ、それを周囲に伝播して、社会に貢献しているかを学ばせていただいた。

対内的な対話と、外部への発信とフィードバックという2つのプロセスを同時並行で繰り返していくことで、自分たちの「大儀」が、次第に言葉として磨かれていった。(141頁)

 自分自身の想いを明確にしたり、ビジョンを創り上げることは、ともすれば自分一人でできることである。しかし、それを周囲に伝え、周囲に自分と同等の想いを分有することは難解だ。それを成し遂げることがリーダーシップの源泉であり、それをこの箇所で著者は端的に示している。

実は日本の組織に本当に足りないのは、「挑戦を応援する人」なのだと思う。(188頁)

 その一方で、リーダーに対するフォロワーの少なさを著者は指摘している。リーダーとフォロワーは相補関係にある。日本の組織にいると、たしかに出る杭を応援する存在がいかに少ないかに思い至る。一歩を踏み出した著者だから言えることなのだろう。

【第605回】『人生の折り返し地点で、僕は少しだけ世界を変えたいと思った。』(水野達男、英治出版、2016年)
【第105回】『リーダーシップ入門』(金井壽宏、日本経済新聞出版社、2005年)

2019年6月16日日曜日

【第961回】『心理学的経営』(大沢武志、PHP研究所、1993年)

 リクルートで専務取締役を務め、就職活動でお馴染みのSPIを開発したことでも有名な著者。本作が復刊されるということは、元リクの方を中心にしてSNSで盛り上がっていたので知った。読書会を一緒にというお誘いも受けたので、まずはざっと読んでみた。

 タイトルにもなっている心理学的経営とはなにか。著者は、「人間を人間としてあるがままにとらえるという現実認識が出発点」(kindle ver. No.124)であるとしている。人をあるがままにとらえるということは人間を大事に扱うということであり、それを突き詰めていくと「「個性」を尊重する」(kindle ver. No.128)ことにたどり着くことは想像できるだろう。

 ではどのようにして個性を尊重するのか。著者は、人間が取り組む仕事自体に基づく内発的動機付けのメカニズムに着目する。院生時代に学んでいたハックマン&オルダムの職務特性モデルが援用されているのはなつかしく読める。

 職務特性モデルやハーズバーグの二要因理論を援用して、内発的動機付けにとって最も重要な心理的条件として、自己有能性、自己決定性、社会的承認性を挙げている(kindle ver. No.493)のは納得的である。

 個人のレベルにおいて職務のデザインを工夫することとともに、集団における職務のデザインによって個人の動機づけおよび集団の創造性を向上することも可能だ。著者は、職場における小集団活動をその具体的な施策の一つとして取り上げ、かつ会社による押し付けの活動ではなく自律的な小集団活動であることが重要であると指摘する。

 小集団からさらに発展して組織全体という視点に立つとユングの集合的無意識に結びつく。著者はユングを用いながら、活性化していない組織を不活性組織と名付け、「過去の適応を実現した状況を肯定した現状安住的な組織」や「外部に対して閉鎖的で既成の価値に拘泥し、形式を優先した硬い組織」(kindle ver. No.951)と表現している。こうした不活性組織やそこで働く個人にとって大事なのは、いかにそれまでの経験や知識を手放すか、つまりアンラーニングを意識的に行うかが重要であると指摘する。

 ここから著者は、最終的には個人の個性化の一つの考え方としてMBTIを解説する。管理職の典型例としてTJタイプが論じられており、私自身もTJなので理解はしやすい。TJの功罪についてはよく吟味して自分自身の言動を省みたいと感じる。

 あとがきでは心理学的経営の基本的なスタンスが述べられる。いわく「タテマエに対してホンネ、合理的なシステムに対して非合理的な人間の行動、表のマネジメントに対して裏のマネジメント、こうした対比のなかでありのままの人間に対する理解を中心において企業経営を考える」kindle ver. No.2446)ことである。画一的かつあるべき論で語るのではなく、組織や個人におけるアンビバレンスを重視する至言として心したいものである。

【第851回】『人事管理ー人と企業、ともに活きるために』(平野光俊・江夏幾多郎、有斐閣、2018年)
【第728回】『人材開発研究大全』<第2部 組織参入後の人材開発>(中原淳編著、東京大学出版会、2017年)
【第711回】『「仕事を通じた学び方」を学ぶ本』(田村圭、ロークワットパブリッシング、2017年)

2019年4月21日日曜日

【第949回】『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(岩崎夏海、新潮社、2015年)


 ドラッカーを読み直そうと思っていた。しかしあまり時間がなかったために本書で代用したという側面はある。とはいえ、本書は再読であり改めて読み直そうと思わせる魅力が本書にはあるとも言える。実際、読み直してみて、改めて気づかされるものが多かった。

 主人公である野球部マネジャーのみなみがドラッカーの『マネジメント』を座右の書として部および部員に貢献しようとする一連の動きは興味深い。理に適っているとも思えるし、ストーリーとしても違和感がない。

 安富氏が『ドラッカーと論語』で言及しているのと同感で、最後にヒロインが亡くなる展開は安っぽいドラマのようで今ひとつではあるがそれ以外は読み応えがある展開だ。それでいてドラッカーを学べるのであるからお得な一冊であることは間違いない。

「働く人たちに成果をあげさせる」ことは、マネジメントの重要な役割だった。そのためみなみは、「どうやったら部員たちに成果をあげさせられるか」ということを、ずっと考えてきた。(94頁)

 企業組織における社員を部活動における部員に置き換えて考える。簡単なようでいて難しいことであり、それを愚直に繰り返すことは至難の業であろう。しかしこれをみなみはやりきり、かつ自分の親友である夕紀に援用した。

 みなみは夕紀の仕事を設計していったのだ。
 まず、彼女の仕事を生産的なものにしようとした。だから、マネジメントにとって最も重要な仕事の一つである「マーケティング」を、彼女に一任した。
 次に、フィードバック情報を与えた。面談が終わると反省会を開き、自分の評価や感じたことを率直に伝えた。また、部員たちからも感想を聞き、それらも全て伝えるようにした。
 最後に、夕紀自身が学習を欠かさないよう気を配った。彼女にも『マネジメント』を読んでもらったのはもちろん、どうやったらもっと部員たちの本心を聞き出すことができるか、話し合ったり、それ以外の本を読んでもらったりもした。また、親や病院の人たちにも相談してもらうなどして、幅広く情報を蓄えさせた。
 そうやって、みなみは夕紀の仕事に責任を持たせようとしたのだ。(95~96頁)

 下手なマネジメント本よりも本質を簡潔に押さえている。自分自身を省みても気づきの深まる箇所である。

【第662回】『ドラッカーと論語(2回目)』(安冨歩、東洋経済新報社、2014年)

2019年4月20日土曜日

【第948回】『When 完璧なタイミングを科学する』(ダニエル・ピンク、勝間和代監訳、講談社、2018年)


 著者の書籍はいつも面白い。新しい視点を我々読者に提示してくれる。提示された主張がその後数年を経て敷衍し、ビジネス界の常識となることも多い。2002年の『フリーエージェント社会の到来』では企業組織に正規社員として勤務しないフリーエージェントという働き方を提示し、2010年の『モチベーション3.0』では内発的動機づけを論じた。

 本作では、これらで論じられてきた何をなすかというWhatを扱うのではなく、いつ行うべきかというWhenがテーマである。以前の著作を包含しながら、また新たな視点を加えてくる発想は流石である。

 何かを始める時の留意点もあるし、何かを終える時にも重要なヒントはある。しかし、私が興味深く思ったのは中間におけるポイントである。

 中間地点は、人生の現実であり自然の力であるが、だからといってその影響を変えられないということはない。不振を刺激に変える最善の策としては、次の3つがある。
 1つ目は、中間地点を意識すること。気づかないままにしておいてはいけない。
 2つ目は、あきらめるきっかけではなく、目を覚ます機会としてそれを用いること。「ああ、しまった」とあきらめるのでなく、「おっと大変だ」と意をもむ機会として使うことだ。
 3つ目は、中間地点で、ほんの少しだけ自分がリードされている、または後れを取っていると考えてみることだ。これによって、モチベーションが活性化される。もしかすると、全国大会で優勝できるかもしれない。(168頁)

 中だるみという言葉があるように、中間地点ではともするとやる気が減衰したりミスが多くなるものであると考えがちだ。しかし、中間地点をポジティヴにするかネガティヴにしてしまうかは個人の工夫次第のようだ。

 まず、特定の地点を自分で設定することが重要ということは納得だ。いわば、自分で途中段階で締め切りを設けることで、その仮説的な締め切りに向けてやる気を高めることができる。

 そうして設定した中間の締め切りの時点を意識することで、建設的に焦りを生み出すことができる。冷静にその時点での達成度合いを把握することで、本当の締め切りに向けた計画に意識を向けるのである。

 そうすることで、少し自分が当初設定していた理想的な自分自身に負けているという感覚を持つことでより自分を高めようとやる気になると考えてみても面白いだろう。

【第818回】『モチベーション3.0』(ダニエル・ピンク、大前研一訳、講談社、2010年)

2019年2月10日日曜日

【第929回】『女性の視点で見直す人材育成』(中原淳/トーマツイノベーション、ダイヤモンド社、2018年)


 「はじめに」で著者が述べている通り、本書は女性のためだけの本ではなく、人財育成を職場ですすめるためのガイドブックであると感じた。著者が他の書籍、特に『駆け出しマネジャーの成長論』『職場学習論』『フィードバック入門』で述べているポイントを、女性ワーカーを対象とした統計分析の結果に即して概説している。著者の他の書籍のポイントを一冊でカジュアルに読めるという意味でもお得感がありそうだ。

 「「誰もが働きやすい職場をつくること」ことが、人や組織の成長を促すという考え方」」(62頁)に基づいて編まれた本書は、私たちが企業組織において直面する課題を意識しながら読める。

 職場をつくるためには、個人を育てるだけではなく職場を育むことも必要だ。そうした意味では「人が育つ職場(環境)をつくっていくことこそが究極の人材開発である」(62頁)という著者の考え方に納得できるのではないだろうか。

 こうした考え方に即した本書において、女性ワーカーを対象とした統計分析から得られたポイントとして特に以下の二点が勉強になった。

 女性活躍推進のカギは、長時間労働の見直しなどをはじめとした「働き方の見直し」なのです。(81頁)

 残業しなければ出世できないと感じられる職場においては、労働時間に制約のある方々にとってより上位の職制を担おうとする意欲を下げてしまう。これは女性に限ったものではなく、育児を行う男性社員、親の介護を行う社員など、多様な人々に影響を与えるものである。

 この事象は労働時間だけではなく働く場所の制約にも関連する。そのため、働き方をどのように捉え、多様な働き方をどのように認め、多様な人々との相互理解をどのように促すか、ということが「働き方の見直し」には含まれるのであろう。このように考えれば、人財を開発するだけではなく職場を開発することも焦点に当たっていることがお分かりいただけるだろう。

 二つ目は「リーダー初期の成功が、マネジャー期の成果を規定する」(111頁)という指摘である。本書におけるリーダーとは、労務管理やパフォーマンス管理の対象ではないが業務上の指導や指示を行うメンバーを持つ役割を担う職制を指している。

 家庭やライフイベントの多様性に富んだ女性に現れるデータであるかもしれないが、これは女性に限らないと言えるかもしれない。つまり、リーダー期において擬似マネジメント行動を適切に学ぶことができて成功体験を踏められれば、マネジャーになった際にその経験を活用することができると考えられる。

【第901回】『組織開発の探究』(中原淳・中村和彦、ダイヤモンド社、2018年)
【第862回】『研修開発入門「研修転移」の理論と実践』(中原淳・島村公俊・鈴木英智佳・関根雅泰、ダイヤモンド社、2018年)
【第727回】『人材開発研究大全』<第1部 組織参入前の人材開発>(中原淳編著、東京大学出版会、2017年)

2018年12月8日土曜日

【第910回】『チーム・ダーウィン』(熊平美香、英治出版、2008年)


 ピーター・センゲが提唱した学習する組織は、決して難しい考え方ではない。しかし、平易すぎてSo what?という印象にもなりかねない。本書では、簡潔な理論を、ストーリーを通じて、噛み砕いて理解させてくれる。

 学習する組織の五つの段階をおさらいしてみよう。本書の113頁で、ポイントを具体的に「学び・進化する組織の5つの原則」として挙げている。

1)俺たちは、何を実現したいのか【個人ビジョン・いきがい】
2)俺たちは、誰と実現するのか【共有ビジョン・仲間】
3)俺たちは、どう学ぶのか【チーム学習・問題解決】
4)俺たちは、世界をどう理解しているのか【メンタルモデル・世界観】
5)俺たちは、何を解決したいのか【システム思考・複雑な世界の仕組みを解明する】

 主人公のコーチ役が書いたメモは、リアリティのある言葉でいいなと感じる。

 物語の展開は全体的には面白い。ただ、少しもったいないのは、合宿というオフサイトでの成果があまりに過大に描かれているところである。

 もちろん、オフサイトの意義を否定するわけではない。サードプレイスでのオープンな学びは重要であり、日常とは異なる気づきを他者と共創・共有することができる。しかし、学習する組織や組織開発といったアプローチを好む一部の人々は合宿を万能なものとして過大評価しすぎのようにも思えるのだがいかがだろうか。

 こうした懸念を払拭してくれているのが、主人公がモノローグとして学びを最後にまとめている箇所である。リーダーの心得の一つとして「他者から学び、自らの考えを変えていく」(285頁)としている点は抑制が効いている。

 一つの理論や考え方を絶対的なものとして捉えるのではなくオープンであること。これが「学習する組織」をファシリテートするリーダーに求められる態度なのであろう。

【第109回】『U理論』(C・オットー・シャーマー、英治出版、2010年)


2018年11月18日日曜日

【第904回】『ティール組織』(フレデリック・ラルー、鈴木立哉訳、英治出版、2018年)


 学部で人事・組織・キャリアといった領域を学び始めた頃、組織論においてはフラット型組織が流行していた。コンサルティングファームにおけるアップ・オア・アウトの昇進構造と少ないレイヤーによるポスト管理は理解しやすく、合理的な組織論だと感じていた。余談になるが、当時は、日韓W杯で日本代表がフラット・スリーという形式でディフェンスのライン管理を行っており、「フラット」という言葉が流行っていた時代のようだ。

 フラット型組織がいかに有効な組織形態であったとしても、すべての業界やビジネス状態で適用可能なものではない。それにも関わらず、フラット型組織を理想的な組織構造として捉え、階層を減らす、ポストを少なくする、といったことに汲々としていた企業も少なくなかったように思う。

 いまだに輸入学問を無批判に是として活用したい欲求が強い日本においては、普遍的に理想的な組織構造を標榜する傾向があるのではないか。「ティール組織」と銘打った本書がビジネス書としてはベストセラーになっている動きにも同じような危険性を感じる。

 誤解がないように書くと、本書で提唱されている考え方は興味深く、示唆的な内容であると言える。人間の認識形態のパラダイムに対応して、衝動型、順応型、達成型、多元型を経て進化型(ティール)といった組織形態の発達を論じている点は理解できる。

 また、組織の様々な発達段階に優劣があるわけではないという抑制の利いた筆致も快い。「どのパラダイムも前のパラダイムを内包し、それを超えている。」(66頁)という表現は、ティールが現代および今後のパラダイムに適合的であることを示しながらも従来のパラダイムを否定するわけではない。

 私が気持ち悪く思うのは、日本語版の題名を「ティール組織」とした出版に携わったステイクホルダーの意図である。

 原題は「Reinventing Organization」であり、サブタイトルは「A Guide to Creating Organizations Inspired by the Next Stage of Human Consciousness」だ。理想的な組織論を提示するのではなく、組織を動態的で有機的なものとみなし、人間の認識段階に応じていかに組織を再創造するか、という意味合いと理解できる。つまり、人間が主語であり、組織は従属的なものに過ぎない。

 翻って、これを「ティール組織」と銘打つと印象は全く逆になる。あるべきスタティックな組織が存在し、人間は取り替え可能な機械のようにも捉えられる。組織論を前面に押し出した背景には、本書をもとにコンサルをしたい商業主義というステイクホルダーの裏の意図すら感じる。原著者の人間観や組織観と矛盾していると捉えるのは言い過ぎであろうか。

【第851回】『人事管理ー人と企業、ともに活きるために』(平野光俊・江夏幾多郎、有斐閣、2018年)
【第229回】『日本型人事管理』(平野光俊、中央経済社、2006年)

2018年11月10日土曜日

【第901回】『組織開発の探究』(中原淳・中村和彦、ダイヤモンド社、2018年)


 本書を読む前、組織開発という概念には食傷気味だった。数年前に広義の組織開発の手法に依る活動を集中的に行っていた。よかったのだとは思う、特定の個人にとっては。しかし、組織にとって、会社にとって、効果があったのかと問われれば、残念ながら肯定する気にはなれず、企画・運営側の自己満足ではないかという感があった。

 また、「組織開発を志す人々が党派に分かれ、対話を失わせている実態こそが、組織開発の健全な発展を妨げて行くものだ」(63頁)と指摘されている状況にもうんざりしていた。「○○が正しく、□□は誤っている。」とか「〇〇を信じない人間は信じない。」といった言説構造は、端から見ていれば内ゲバ争いに他ならない。そのため、組織開発に対してどこか冷めた目で眺めるようになってきていた。

 しかし、組織開発の歴史的経緯と今後の可能性に対して真摯に向き合おうとする本書を読み、組織開発に改めて取り組み直したいと心の底から思えた。とりわけ「人材開発、リーダーシップ開発……そして組織開発は、理論的には同じルーツを持っている」(6頁)という箇所から、組織開発を毛嫌いする無意味さを理解し、反省させられた。

 学びの多い本書をまとめるのは難しい。ここでは、特に興味深いと感じた、組織開発の理論的な背景と、それを踏まえた実践的な簡潔かつ明瞭なステップについて焦点を当てたい。

 まず、理論的な背景についてであるが、組織開発の3層モデルを見ていただきたい。


 実務家としては、組織開発の手法にどうしても目が向いてしまうが、重要なのは、そうした手法がどのような背景を持っているかである。なぜなら、手法の底流に流れるものが、手法に影響を与えるからである。実施者がその背景に自覚的であろうと無自覚であろうとも、関係はないだろう。

 手法の直接的な背景として、集団精神療法の方法論があり、その考え方の基盤には哲学がある。ここでは、図中の第1層を成す哲学的基盤に焦点を当てる。


 下手の横好きで哲学を好む身としては、組織開発の基盤として、フッサール、デューイ、フロイトが出てくるのは堪らない。デューイは経験からの学習という点、フッサールは経験の意識化という点、そしてフロイトは無意識の意識化という点で、組織開発の基盤となる考え方に影響を与えたという。

 デューイとフロイトについては、個人的には想像が付きやすいが、その両者を繋ぐ存在として現象学で有名なフッサールが描かれているのが興味深い。現象学という、決して理解したとは言えない難解な思想に対して、エポケーをはじめとした概念装置に魅了された身としては、組織開発の基底を成す考え方の一つとして取り上げられると嬉しいものである。

 次に、実践的な組織開発の3ステップについて。41頁の図表4にある端的かつ簡潔に描かれたモデル図を見ていただきたい。


 見える化のステップで重要なことは、潜在的な問題を顕在化させることが見える化であり、誰もが認識している問題を図やチャートにすることではない。きれいな図やモデルにすることを見える化と捉えがちだが、現場に存在する有象無象な潜在的問題を可視化することが求められるのである。

 ガチ対話のステップでは、何かを決めたり判断するのではなく、お互いの意見や考えの相違を明らかにする。そのためには、腹を括ってお互いが真剣に対話することが求められる。

 ガチ対話を経て発散的にアイディアが出て、お互いの意見の背景となる考えを理解しあった後で収束する。これが未来づくりである。組織としてまとめるために未来におけるビジョンを共同して創り分有するということであろう。

 実務においては、組織開発の3層モデルでその基底に流れる背景(Why)を念頭に置きながら、組織開発の3ステップを基にワークショップを設計(What)したいものである。

【第559回】『入門 組織開発』(中村和彦、光文社、2015年)
【第209回】労働政策研究・研修機構「特集 人材育成とキャリア開発」『日本労働研究雑誌』Oct. 2013 No. 639
【第862回】『研修開発入門「研修転移」の理論と実践』(中原淳・島村公俊・鈴木英智佳・関根雅泰、ダイヤモンド社、2018年)
【第113回】『経営学習論』(中原淳、東京大学出版会、2012年)
【第641回】『職場学習論』(中原淳、東京大学出版会、2010年)
【第292回】『探究Ⅱ』(柄谷行人、講談社、1989年)

2018年9月17日月曜日

【第884回】『クランボルツに学ぶ夢のあきらめ方』(海老原嗣生、星海社、2017年)


 クランボルツ自体の著作は決して読みづらいものではない。しかし、旧来のジョブマッチング的なキャリア論と異なるために理解が難しく、また誤解しやすい部分もあるようだ。本書は、例示が豊富でかつ考え方のエッセンスに焦点を絞って解説しているため入門書として最適だ。

 クランボルツは、提唱するPlanned Happenstance Theoryのポイントを、好奇心、持続性、柔軟性、楽観性、冒険心の五つにまとめている。この五つを順序立てて、好奇心(面白い)→冒険(やってみよう)→楽観(大丈夫)→持続(納得いくまで)→柔軟(テングにならない)という流れに仕立て直している点(46頁)は興味深い。

 では、タイトルにも謳われている「夢のあきらめ方」とは何か。

 「あきらめる」をgive upとして否定的に捉えるとクランボルツの理論を誤解することにつながる。クランボルツのいう「あきらめる」は、よく言われるように、仏教用語の「明らかに見極める」として捉えるべきであろう。

 この表現をさらに咀嚼して、夢はしっかりと代謝するべきであると述べ、その要諦を、上述した五つのポイントと絡めて以下の三つにまとめている。

①まず踏み出すこと。踏み出すというのは、冒険心や好奇心や楽観性が必要です。
②そして一から始める。これは柔軟性が必要です。
③そして、続けること。これは持続性ですね。あっちこっちつまみ食いしたら、夢は葬れません。(92~93頁)

 この箇所は、クランボルツの理論を理解していると思っている方々にも響くのではないだろうか。なかなか言い得て妙なアナロジーであり、考えさせられるものである。
 
【第172回】『「働く居場所」の作り方』(花田光世、日本経済新聞出版社、2013年)
【第441回】改めて、キャリアについて考える。

2018年8月12日日曜日

【第863回】『さあ、才能に目覚めよう(新版)』(トム・ラス、古屋博子訳、日本経済新聞出版社、2017年)

 統計分析を一時的に生業としていた身としては、診断ツールに関する信頼性と妥当性の重要性を意識してしまう。ストレングス・ファインダーを受験する機会があり、十数年前との比較とはいえ、まったく同じなのか、変わるとしたら何か、興味深く受験してみた。

 結果は以下の通りである。

【2004年】
(1)学習欲
(2)最上志向
(3)目標志向
(4)未来志向
(5)内省

【2018年】
(1)学習欲
(2)調和性
(3)内省
(4)収集心
(5)分析思考

 過半数は不変かと予想していたため、信頼性を疑ってみたくも思ったが、結論としては、妥当性が担保されていて、信頼性も一定程度はある、と考える。強みは仕事や生活を重ねることで以前のものを基にしながらも日々更新するものであり、中長期的には変わるものだと考えるからである。このように考えた場合、以前の受験から今回の受験までの生活上の変化やキャリアの変遷をとらえれば、個人的には納得できるものであった。

 では、前回と今回との相違からの気づきについて記してみる。

 まず、みなさんの目を引き、かつ私を知っている方からは「当たり前」とも言われそうな点が、前回と今回とで変わらず堂々たる第一位を連覇した「学習欲」であろう。前回の受験時は、修士に入る前の段階で、日々忙しく勉強に飢えていて学びたい欲求が高かった時期なので納得だが、実は今回は意外な気がしている。知人・友人からは「学習欲がトップに来るのは当たり前」「自分のことをわかっていない」と笑われそうだが、そのようなものなのである。

 ただ、過去を顧みれば、高校生の途中段階で学ぶたのしさを感じてからずっと、学習欲求はたしかに落ちていない。そのインプットする領域が拡がったり、アウトプットすることで自分の血肉にしようと外部に保管するべくブログに著しているのは【収集】の為せるわざであろう。

 修士時代には、先行研究が途中からたのしくなってしまい、ひたすら論文を渉猟して自身の研究領域を同定するのに自然と時間をかけた。(おかげで期日までに論文を書き終えられるかヒヤヒヤした…)

 読書については、2005年頃から脳科学やデザイン、2010年頃からは小説(明治・大正期)・古典(特に中国)・宗教学、2015年頃からは現代小説・歴史といったように分野を拡げたのは【収集】と【学習欲】の合わせ技によるものだろう。

 次に興味深いのは二番目にランクした【調和性】である。

 前回受験した際、自分の書籍には、この【調和性】には×の印がついており、おそらく自分には強みとして存在しないものと自身で考えていたようである。当時はコンサル営業をしており、顧客との関係が主な業務であり、チーム内でも上司・先輩に教えていただくジュニアな状態だったから発揮されていなかったのであろう。

 その後、事業会社に移り、プロマネとしてミーティングで合意を得て前に進めること、チームメンバーの納得を得ながらチームとして成果を出すこと、HRBPとしてステイクホルダー間の利害を調整してファシリテーションすること、といった経験を経て、それぞれの場面での難局を乗り切る礎としてこの強みが顕在化したのではないか。研修時のファシリテーションを想起しても【調和性】があるのは納得的であり、悪く言えば、自身の弱みを生み出している強みでもある。

 三番目の驚きは、あれほど上位にいた「志向」系が軒並みベスト5から落ちている点で
ある。若い時分には理想家肌で向こう見ずな側面があり、それが三つの「志向」を強みにしていたのであろう。

 反対に、【分析思考】が前回入っていなかったことには驚きである。この十数年の間に、人事内での多様な職種や職場環境に挑戦しアジャストするうえで、論理性ほど役に立った汎用的なスキルもなかった。自身のそれまでの文脈から一歩引いた仕事が求められる中で、論理性がより強化されたのかもしれない。

【第172回】『「働く居場所」の作り方』(花田光世、日本経済新聞出版社、2013年)
【第252回】『組織内専門人材のキャリアと学習ー組織を越境する新しい人材像ー』(石山恒貴、日本生産性本部、2013年)
【第441回】改めて、キャリアについて考える。
【第538回】『ソース』(マイク・マクマナス、ヒューイ陽子訳、ヴォイス、1999年)

2018年8月11日土曜日

【第862回】『研修開発入門「研修転移」の理論と実践』(中原淳・島村公俊・鈴木英智佳・関根雅泰、ダイヤモンド社、2018年)


 本書の冒頭において研修転移は、「研修で学んだことが、仕事の現場で一般化され役立てられ、かつその効果が持続されること」(17頁)と定義づけられている。この定義について、著者たちは、一般化と持続という二つの概念に峻別してさらに補足を加える。

 一般化とは「研修で学んだことを現場で適用されること」(18頁)であるのに対して、持続とは「現場に適用された内容の効果性が、ただちに失われるのではなく、持続すること」とされている。乱暴にいえば、研修場面での気づきや学びだけにとどまらず、現場で適用可能であり、それを単発ではなく持続的に使えている状態を指していると言えよう。実務の場面においては、研修転移が実現している状態は望ましいものであり、だからこそ、本書が実務家に受け入れられているのであろう。

 こうした定義づけを行った上で、研修転移に関する先行研究が整理されて論じられている箇所が勉強になる。研修転移のルーツとして研修評価の研究が存在し、研修評価研究は以下の三つの段階に分けられるという。

 (1)4段階モデルの時代:1950年代~1987年

 研修評価の先駆けは、有名なカークパトリックの四段階、すなわち、反応、学習、行動、成果の四つである。この中でも、「行動変化の測定がもっとも難しく、また最も重要である」(25頁)とカークパトリックは述べたという。これが、現代の研修転移研究に至るまで課題として取り組まれ続けている点であろう。

 (2)ROIの時代:1990年代

 ビジネスにおいて投資対効果が厳しく問われる時代になると、企業における研修にも投資対効果が求められるようになった。カークパトリックの四段階が実データで妥当性が検証されなかった(29頁)こともあり、どのような効果が得られるかという点に研修評価研究での注目点が移ったのである。

 (3)4段階モデルの洗練化時代:2000年代~

 こうして、研修の受講後における行動や成果に着目される流れの中で、既存の研修評価に関する研究のメタ分析が行われ始めた。Powell & Yalcin(2010)では、マネジメント研修の効果のメタ分析によって、行動および成果のレベルには至っていないことが明らかにされている。

 では、行動レベルにどのようにインパクトを与えうるか、という点で研修転移研究が2000年代から盛んになってきた。たとえば、Sitzmann et al.(2008)のメタ分析では、研修における講師のスタイルが事後の行動予測に影響を与えているという。

 講師が受講生との心理的距離を縮めるようなインストラクションスタイルであったときに、受講生の反応はよくなり、その結果「研修内容を現場で実践できそう」だと考える自己効力感が高まるというのです。(31頁)

 また、カークパトリックの四段階を検証したSaks & Burke(2012)の以下の発見事実は、実務家に対する有意義な実践的な含意を有している。

 より具体的には、研修受講者に対して受講後に「行動変化の度合い」について質問しで尋ねたり、リマインドをかけたりすることが、現場での実践を促すことを発見したのです。(32頁)

 さらには、四段階モデルの提唱者であるカークパトリックの息子であるジェームス・カークパトリックは、Kirkpatrick & Karkpatrick(2005)等で、成果・行動からのリバース・エンジニアリングで研修を企画することの重要性を提唱している。

 新カークパトリック・モデルでは、レベル4の成果から研修企画、設計を考え始めるという逆転の発想と、レベル3の「重要な行動」の現場実践を促進する環境要因にも目配りしている点が評価できると思います。(33頁)

 このように、ビジネスからのプレッシャーの強い成果の追求と、従来の人材開発部門の主たる領域であった反応・学習との間の橋渡しをする要素が行動である。では、どのように研修で身につけられる求められるべき行動の領域を定義し、それが得られるように研修の企画・実践に落とし込み、事後にフォローを行うか。

 受講者への事後のリマインド、受講者を取り巻くステイクホルダーの巻き込み、反転学習による研修に臨むマインドセットの涵養、など企画サイドができることは多い。本書ではそうした事例も盛り込まれており、研究知見と事例から学び、実践に活かして試行錯誤していきたいものである。

【第684回】『フィードバック入門』(中原淳、PHP研究所、2017年)
【第728回】『人材開発研究大全』<第2部 組織参入後の人材開発>(中原淳編著、東京大学出版会、2017年)
【第641回】『職場学習論』(中原淳、東京大学出版会、2010年)
【第269回】『研修開発入門』(中原淳、ダイヤモンド社、2014年)
【第113回】『経営学習論』(中原淳、東京大学出版会、2012年)