2017年7月17日月曜日

【第728回】『人材開発研究大全』<第2部 組織参入後の人材開発>(中原淳編著、東京大学出版会、2017年)

 第2部では企業に属する社員に対する人材開発が扱われる。但し、マネジャーを対象とした人材開発、企業間を横断した取り組み、企業以外の組織における育成、といったイシューは第3章および第4章で取り上げられているようだ。

 まず私たちが充分に意識しなければならないのは、第1部でも論じられているように、組織参入以前における取り組みとの結節である。参入後の状態を見て人材開発の施策を企画・検討・実行しても、各社員にとって必ずしも適したものにはならない。社員それぞれの参入前の状態に応じてカスタマイズをしたり、対象を絞って実施することが求められる。もちろん、カスタマイズによって得られる利点とコストとはトレードオフにあるため、現実的にはどこまで行うかということは頭の痛い問題ではあるが。

 保有している特定の知識やスキル、大学での専攻を問わない日本企業の採用基準に基づけば、投資対効果の観点から重要な対象となるのは組織参入直後の社員、つまりは新入社員になる。業務に必要な経験を持たない、新卒や第二新卒と呼ばれる新入社員に対する育成のオーナーシップを持つのは現場であり、そのメインとなる行動はOJTであろう。以下では、OJTに関する二つの章を取り上げる。

 第10章では、経験学習理論を用いながら松尾睦さんがOJT担当者に求められる指導について論じている。経験を糧に学びを深めるためには、挑戦的仕事の追求、批判的内省、職務エンジョイメントという三つの要因が重要である。学習の主体である個人に求められる三つの要因をそれぞれ支援する行動が、OJT担当者が行うことで効果的に新入社員の育成が進展する。

 OJT担当者に対する質問紙調査を分析した結果、目標のストレッチ、進捗のモニタリング、内省の支援、ポジティブ・フィードバックの提供という四つの指導方法が明らかになったという。目標のストレッチは挑戦的仕事の追求に、進捗のモニタリングおよび内省の支援は批判的内省、ポジティブ・フィードバックの提供は職務エンジョイメントにそれぞれ対応していることに留意したい。

 尚、第10章の基となる知見は、著者の『「経験学習」入門』に詳しいのでそちらを参照いただきたい。読み比べると微細な定義や内容が異なることに気づき、研究者がどのように研究を積み重ねてご自身の研究を広げていかれるのかを学ぶこともできるだろう。

 第12章では保田江美さん・関根雅泰さん・中原淳さんがOJT指導員に求められる行動や能力に関する指摘をしている以下の部分が示唆的である。

 指導員の「委譲・人脈拡大」という支援行動は、単独では、新人の「業務遂行」能力に影響を及ぼしていないことから、指導員の「組織コミットメント」が、新人の「業務遂行」能力の向上に資する「委譲・人脈拡大」という支援行動を引き出しているといえる。(304~305頁)

 まず「委譲・人脈拡大」は、言うは易く行うは難しである。委譲については、新入社員の失敗をOJT担当者が負うリスクを持つ。したがって、第10章で述べられているようなサイクルを意識しながら丁寧に進めることが求められる。また、人脈拡大を支援するためには、自分自身が社内にネットワークを持っており、かつ既存のものでは足りないであろうから改めて広げていくオープンマインドが求められる。

 次に、「委譲・人脈拡大」だけでは新入社員の業務遂行能力に影響を及ぼせないというのだから難しい。高い組織コミットメントを併せ持ってることが必要なのである。OJT担当者を任せるためには、能力とマインドセットの二つが必要であり、求められる行動レベルも高い。したがって、マネジメント行動の疑似体験として、将来の管理職候補をアサインすることが効果的であろう。

 第2部を通じて感じたのは、人材開発の主体は誰が担うのか、という問いである。「社会化エージェントを複数人として捉えた研究においても、それぞれの社会化エージェントがどのような役割を果たしているのか、その役割分担にまで踏み込んだものは少ない」(270頁)のが現状である。

 このことは、多くの日本企業において、各育成主体における育成の実情が、各主体の中に閉じている可能性が高いことを示しているように思える。たしかに、中原淳さんが『『職場学習論』で示しているように、上司、上位者、同僚・同期という主体が、精神支援、内省支援、業務支援という支援行動を分担しながら育成を進め、効果が出ている企業もあるだろう。


 しかし、そうした例は残念ながら多くはなく、育成のブラックボックス化が進み、人材育成の二極化が進行してしまっているのではないか。したがって、ブラックボックス化を防ぐためには、現場での育成状況を見える化し、現場と人事として情報の共有を進めることが必要であり、その音頭をとるのはやはり人事ではないだろうか。


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