2017年7月30日日曜日

【第732回】『”ありのまま”の自分に気づく』(小池龍之介、KADOKAWA、2014年)

 基本的には難しい書籍を好んで読む変わり者であるが、すっと理解できて、何となく共感ができる書籍も読みたくなる時がある。特に、前提知識を特に持っていない領域においては、その傾向が強くなる。

 本書は、内容を理解することは難解でないのだが、自分に置き換えて噛み締めながら読み進めると、心にしみてくるものがある。こういう読書体験も心地よい。

 自分自身の真の(弱い)姿を極力見ないで済むようにと、私たちは背伸びして綺麗な自分の姿(それは幻覚!)を、鏡に映して惚れ惚れとしたがっているのです。
 しかしながら、背伸びすることには必ず代償がついてくるものでありまして、無理な背伸びのせいで肩には力が入りっぱなしになり、いつも緊張していて、ホッとひと息つく、安息の時が得られなくなるのです。そして、何よりも重要なことには、いつまでも自分に対し、「もっと良くなりなさい」「ちゃんとしなさい」と命じ続けるせいで、自分が根っこのところで自分の弱い部分を承認できないままになってしまうのです。(4頁)

 書かれていることは至極ごもっともである。しかし、私たちはどうしても背伸びをしてしまいたくなる。目標を持たなければならないという外的プレッシャーもある。少しでも自分を良く見せたいという邪な発想も時に出てくる。自分自身の価値を見出したいがために、他者と比較して秀でている部分を見出して落ち着きたくなる。

 こうした一連の背伸びが私たち自身を苦しめる。深呼吸をしてふと自分の身体に意識を向けてみる。すると、肩が凝っていたり、腰が痛かったり、目が疲れていたりする。背伸びの代償が身体に現れたものであり、精神面に与えたダメージの蓄積もあるだろう。


 自己効力感ではなく自己肯定感を、というメッセージは『「働く居場所」の作り方』をはじめとした昨今のキャリア論で言われることである。これもまた、背伸びを自重し、弱い部分も含めた自分自身を丸めて認めようという本書の考え方のビジネス場面での適用と考えられるだろう。

2017年7月29日土曜日

【第731回】『数学する身体』(森田真生、新潮社、2015年)

 正直に言えば、本格的に数式がふんだんに盛り込まれている書籍を読むのには躊躇してしまう。しかし、それでも時に読みたくなるのが数学に関する書籍であり、そうした意味では、数学の研究者の手になる本書のようなエッセーに巡り会えることは僥倖である。

 起源にまで遡ってみれば、数学は端から身体を超えていこうとする行為であった。数えることも測ることも、計算することも論証することも、すべては生身の身体にはない正確で、確実な知を求める欲求の産物である。曖昧で頼りない身体を乗り越える意志のないところに、数学はない。
 一方で、数学はただ単に身体と対立するのでもない。数学は身体の能力を補完し、延長する営みであり、それゆえ、身体のないところに数学はない。古代においてはもちろん、現代に至ってもなお、数学はいつでも「数学する身体」とともにある。(2頁)

 数学というものに対して、物事を抽象化し、身体という具体的な存在を拡張することで世界を解釈する存在というイメージを持っていた。前者はまさにこうした私のイメージを言い表しているが、後者はその反対である。両者を兼ね備えていることが数学の可能性であり、ともすると忘れてしまう後者に焦点を当てて、丁寧に綴られているところに本書の存在価値がある。

 数学の道具としての著しい性質は、それが容易に内面化されてしまう点である。はじめは紙と鉛筆を使っていた計算も、繰り返しているうちに神経系が訓練され、頭の中で想像上の数字を操作するだけで済んでしまうようになる。それは、道具としての数字が次第に自分の一部分になっていく、すなわち「身体化」されていく過程である。
 ひとたび「身体化」されると、紙と鉛筆を使って計算をしていたときには明らかに「行為」とみなされたことも、今度は「思考」とみなされるようになる。行為と思考の境界は案外に微妙なのである。(39~40頁)
 抽象化と具体化の統合は、思考と行動の垣根の融解に繋がる。私たちは思考と行動とを二項対立の関係にあるかのように考えてしまう。しかし、その違いをいざ指摘しようとすると、どこまでが思考で、どこからが行動かを言い当てることは難解である。ことほど左様に、思考と行動とは離れた概念ではなく、相補的な存在なのである。

「工場から出てきたばかりの機械に、大学を卒業した人と同じ条件で肩を並べるのを期待するのは不公平というものである」とチューリングはいう。なぜなら人間は、二十年以上他者と接する中で大いに外部からの影響を受け、それによって行動のルールを繰り返し書き換えさせられているからである。知的な機械をつくろうとするならば、機械もまた、そうした干渉に対して開かれていなければならない。つくるべきは大人の脳ではなく、幼児の脳のような、学びに開かれた機械である。(100~101頁)

 著者が「人工知能の最初のマニフェスト」と称揚する数学者チューリングの至言である。たしかに現代を予言するかのような、人工知能の本質を簡潔に指摘した言葉である。閉じるのではなく、開くこと。可変性こそが、知を生み出し、発展させる必要不可欠な要素なのであろう。

 自分がそのものになる。なりきっているときは「無心」である。ところがふと「有心」に還る。その瞬間、さっきまで自分がなりきっていたそのものが、よくわかる。「有心」のままではわからないが、「無心」のままでもわからない。「無心」から「有心」に還る。その刹那に「わかる」。これが岡が道元や芭蕉から継承し、数学において実践した方法である。(170頁)


 チューリングとともに著者が本書で取り上げている数学者が岡潔である。「わかる」という経験は論理的に導出する、つまりは客観的に把握することではない。主観によって対象に没入し、その後でそれを客観視することによって初めてその対象を「わかる」ことができる。


2017年7月23日日曜日

【第730回】『人材開発研究大全』<第4部 人材開発の創発的展開>(中原淳編著、東京大学出版会、2017年)

 第4部では私企業以外の組織における人材開発の取り組みが扱われている。だからと言って、私企業の人事・人材開発には関係がないということではない。むしろ、様々な観点から異なる組織における取り組みや研究を学ぶことで、マネジメントや人材開発といった事象を一歩引いて見ることができ、射程範囲が分かるようになるのではないか。個人的には、どのような組織であれ、組織と人に纏わる事象は近しいものがあり、学べるものが多かった。

 第33章では、第3部 管理職育成の人材開発で挙げられていた異業種のリーダーシップ開発の取り組みが行われた美瑛町において、参画していた同町の職員にとってどのような学びがあったのかが事例として述べられている。美瑛町の取り組みは、これまで企業目線でしか意識していなかったため、地方職員にとってどのような学びがあったのかは新鮮であり、興味深かった。

 特に、研修終了後に実施された質問紙調査において、「与えられた仕事の「組織にとっての意味」を考えて行動するようになった」という項目で民間企業と地方職員の参加者とで比較すると優位に後者が高くなったという。日常的な業務で裁量の余地が広くない状況が多い地方職員にとって、プロジェクトワークでのアサインメントによって文脈や背景を考えながらゼロから物事を構築していくという学びが得られたのであろう。

 これは何も地方職員だけに限られたものではないだろう。同じような職務アサインメントにならざるを得ない環境の組織にとって、こうした異業種間のプロジェクトワークからマインドセットを学ぶことができると考えられるのではないか。このように考えれば、理論的意義に書かれている以下の箇所は、地方職員に留まらず組織におけるリーダーシップ開発に援用できると考える。

 本研修を通じて、越境型・ワークショップ型の課題解決研修が、地方職員の人材開発に有効に資することが改めて確認された。特に、「与えられた仕事の組織にとっての意味を考える」ことを促し、仕事の意義を再度検討することで、一段俯瞰した広い視点から業務を捉えるとともに、より主体的な関わりを引き出すことが確認された。(845頁)

 もちろん、プロジェクトを異業種からの参加者でワークショップ形式で進めれば効果が担保されるというわけではない。本書の実践的意義で書かれているように、課題の共有や学習コンテンツ以外にも、メンバー間のチームビルディング、内省を促す仕掛け、相互フィードバックの実施といった要素をどのようにデザインするか、が問われる。

 こうした要素を挙げてみると、昨年の秋に伺った女川町での事例が想起される。東日本大震災後からの女川町の復興は、ハーバードでのIXP(Immersion Experience Program)で訪れる地域の一つに選定されている通り、リーダーシップを涵養する事例として有名だ。昨秋に女川町の様々なリーダーとの対話セッションを行って感じたのは、同町では、行政・民間・NPOが立場や年齢を超えて相互に言い合える関係性を構築しているようだった。こうした関係性を基軸にして、共有できる目的を絶え間ざる対話によってすり合わせながら分有したことが、大きな成功要因だったと感じた。


 地方だからとか、公務員だからとか、中小企業だからとか、ビジネス環境が良くないから、といった外的な要因によってリーダーシップ開発ができない理由を述べても意味はない。どのような状況でも、上述したような要素を組み合わせることで、現状に即したリーダーシップ開発ができるのではないか。自分への警句として書き留めておきたい。


2017年7月22日土曜日

【第729回】『人材開発研究大全』<第3部 管理職育成の人材開発>(中原淳編著、東京大学出版会、2017年)

 第3部では管理職育成に関する人材開発に関する様々な研究が扱われており、個人的には最も興味を持って読み進めた。

 まず取り上げたいのは舘野泰一さんの「越境学習」(第22章)である。肌感覚としては、自社内でのOJTやOff-JTに頼る人材開発には限界がある。企業が用意した開発プログラムによって現場や研修会場で育成できるものは、予見できる領域に限られがちだからである。しかし、多様なメンバーからなるチームを率いる現代の管理職に求められるものは、予期できない文脈の中で価値を創り出す能力である。

 このように考えると、予測不能な変化の中で、異なる文脈を理解して乗り切るためのプログラムが必要となる。そのための一つの重要な手段の一つが、慣れ親しんだ自社のビジネスや仕事の仕方が通じない越境学習となる。

 では実際に越境学習によって学べるものは何か。著者は、社内の部門横断的な会への参加の有無、社外で開かれた会への参加の有無、という四象限に分けて分析を行った。その結果として、社外での学びによる効果として、キャリア成熟だけではなく業務能力の向上にもポジティヴな影響があったと結論づけている。

 さらに興味深いことは、社外に出ている人が組織に対して愛着を持っていないわけではない、という点である。加えて、こうしたオープンな学びを行っている人の中でも、より明確な目的意識を持って参加している人は、社外での学びから得られる成長実感が高いという結論も興味深い。

 これらの点を綜合して、拡大解釈を覚悟で述べれば、自身の現在や今後の業務における課題意識があり、それを解決することで自社に貢献したいからこそ、社内の視点に捉われない開かれた学びによってキャリア上の視点や業務の視点を拡げようとするのではないだろうか。その結果として、自身にとっての成長やキャリア展望が進み、中長期的な視点で自社の業務にもポジティヴな影響を与えると考えられる。

 こうした個人が主体となる越境学習を、複数の企業が集まってデザインしている先進的な取り組みが第23章で扱われている。著者らが取り組んでいる異業種5社による美瑛町での地域的課題の解決策を提案する次世代リーダー候補の管理職研修である。

 以前から羨望の眼差しで注目していた取り組みであり、本章ではその事後における効果測定の結果も述べられている。研修終了6ヶ月後の職場における研修効果の分析の結果を端的に述べている。

 多様なメンバーとの協働経験が、仕事の意味づけや課題の本質について思考すること、相手の主張に耳を傾ける行動と相関を示し、新たな試みができないかを考えるようになったという思考習慣の涵養、新しいビジネススキルを積極的に学ぶようになったことや、会社の将来の課題について社内のメンバーと話し合うようになったという行動は、ロジスティック回帰分析で優位を示した。定性的な評価においては、相手目線の意識や対話の工夫など、多様な参加者との議論を円滑に行うスキルを身につけていることがうかがえた。(604頁)


 第22章でも述べられていた越境学習の効果が、リーダーシップの涵養を目的としたセッションでも認められたようだ。リーダーシップは6ヶ月で効果が出るような短期的な学びを目的としたものではないし、定量的に効果を測ることは難しいだろう。しかし、そこで得られるものの萌芽が本章では描かれているし、何よりこうした新しい試みをしてその効果を明示しようという取り組み自体が素晴らしい。


2017年7月17日月曜日

【第728回】『人材開発研究大全』<第2部 組織参入後の人材開発>(中原淳編著、東京大学出版会、2017年)

 第2部では企業に属する社員に対する人材開発が扱われる。但し、マネジャーを対象とした人材開発、企業間を横断した取り組み、企業以外の組織における育成、といったイシューは第3章および第4章で取り上げられているようだ。

 まず私たちが充分に意識しなければならないのは、第1部でも論じられているように、組織参入以前における取り組みとの結節である。参入後の状態を見て人材開発の施策を企画・検討・実行しても、各社員にとって必ずしも適したものにはならない。社員それぞれの参入前の状態に応じてカスタマイズをしたり、対象を絞って実施することが求められる。もちろん、カスタマイズによって得られる利点とコストとはトレードオフにあるため、現実的にはどこまで行うかということは頭の痛い問題ではあるが。

 保有している特定の知識やスキル、大学での専攻を問わない日本企業の採用基準に基づけば、投資対効果の観点から重要な対象となるのは組織参入直後の社員、つまりは新入社員になる。業務に必要な経験を持たない、新卒や第二新卒と呼ばれる新入社員に対する育成のオーナーシップを持つのは現場であり、そのメインとなる行動はOJTであろう。以下では、OJTに関する二つの章を取り上げる。

 第10章では、経験学習理論を用いながら松尾睦さんがOJT担当者に求められる指導について論じている。経験を糧に学びを深めるためには、挑戦的仕事の追求、批判的内省、職務エンジョイメントという三つの要因が重要である。学習の主体である個人に求められる三つの要因をそれぞれ支援する行動が、OJT担当者が行うことで効果的に新入社員の育成が進展する。

 OJT担当者に対する質問紙調査を分析した結果、目標のストレッチ、進捗のモニタリング、内省の支援、ポジティブ・フィードバックの提供という四つの指導方法が明らかになったという。目標のストレッチは挑戦的仕事の追求に、進捗のモニタリングおよび内省の支援は批判的内省、ポジティブ・フィードバックの提供は職務エンジョイメントにそれぞれ対応していることに留意したい。

 尚、第10章の基となる知見は、著者の『「経験学習」入門』に詳しいのでそちらを参照いただきたい。読み比べると微細な定義や内容が異なることに気づき、研究者がどのように研究を積み重ねてご自身の研究を広げていかれるのかを学ぶこともできるだろう。

 第12章では保田江美さん・関根雅泰さん・中原淳さんがOJT指導員に求められる行動や能力に関する指摘をしている以下の部分が示唆的である。

 指導員の「委譲・人脈拡大」という支援行動は、単独では、新人の「業務遂行」能力に影響を及ぼしていないことから、指導員の「組織コミットメント」が、新人の「業務遂行」能力の向上に資する「委譲・人脈拡大」という支援行動を引き出しているといえる。(304~305頁)

 まず「委譲・人脈拡大」は、言うは易く行うは難しである。委譲については、新入社員の失敗をOJT担当者が負うリスクを持つ。したがって、第10章で述べられているようなサイクルを意識しながら丁寧に進めることが求められる。また、人脈拡大を支援するためには、自分自身が社内にネットワークを持っており、かつ既存のものでは足りないであろうから改めて広げていくオープンマインドが求められる。

 次に、「委譲・人脈拡大」だけでは新入社員の業務遂行能力に影響を及ぼせないというのだから難しい。高い組織コミットメントを併せ持ってることが必要なのである。OJT担当者を任せるためには、能力とマインドセットの二つが必要であり、求められる行動レベルも高い。したがって、マネジメント行動の疑似体験として、将来の管理職候補をアサインすることが効果的であろう。

 第2部を通じて感じたのは、人材開発の主体は誰が担うのか、という問いである。「社会化エージェントを複数人として捉えた研究においても、それぞれの社会化エージェントがどのような役割を果たしているのか、その役割分担にまで踏み込んだものは少ない」(270頁)のが現状である。

 このことは、多くの日本企業において、各育成主体における育成の実情が、各主体の中に閉じている可能性が高いことを示しているように思える。たしかに、中原淳さんが『『職場学習論』で示しているように、上司、上位者、同僚・同期という主体が、精神支援、内省支援、業務支援という支援行動を分担しながら育成を進め、効果が出ている企業もあるだろう。


 しかし、そうした例は残念ながら多くはなく、育成のブラックボックス化が進み、人材育成の二極化が進行してしまっているのではないか。したがって、ブラックボックス化を防ぐためには、現場での育成状況を見える化し、現場と人事として情報の共有を進めることが必要であり、その音頭をとるのはやはり人事ではないだろうか。


2017年7月16日日曜日

【第727回】『人材開発研究大全』<第1部 組織参入前の人材開発>(中原淳編著、東京大学出版会、2017年)

 「大全」と銘打ってある通り、800頁を越す大部であり、一回のエントリーで全てを書くのはもったいない。せっかくの学びを残すためにも、四回に分けて記してみたい。

 第1部は「組織参入前の人材開発」という名が示す通り、学生時代の経験による学習効果、採用もしくは就職というプロセスにおける人材開発との接点が扱われている。「人材開発」という言葉からは、入社後の企業における現象を想起しがちであるが、入社前から人材開発は行われており、入社後の人材開発といかに繋げるかが人事に問われていると痛感させられた。

 第1章では、採用学で有名な服部泰宏さんが日本企業で行なわれている採用について述べている。新卒採用において、企業側も求職者側もお互いへの期待が曖昧であり、それ故に企業が評価する基準も曖昧になり、その結果として多くの日本企業で採用手法とフローとが同質化するという課題の提示は納得的である。

 そうした状況の中で、新しい取り組みを行っている企業を取り上げた研究の知見は、毎年のように変化する経団連の新卒採用ガイドラインに対応する上で注目するべきであろう。変化に対応するという受け身の意識ではなく、採用活動において工夫を凝らすこと。そうすることによって、優秀な人材を見抜くだけではなく優秀な人材を明確に定義するという採用の側面に光を照らしている点が興味深い。

 現在の売り手市場において企業側で採用に携わっていると、他社内定をもらえるような優秀な人材の数を確保することで汲々としがちだ。こうした状況が、同質的なプロセスにより同質的な人材を市場に大量に生み出すことにつながっているのではないか。そうではなく、採用担当者が、自社に求められる人材を定義し、それに即した採用プロセスを創り込むこと。そうすることで、入社時点に留まるのではなく、入社後に活躍でき得る人材を育てる礎ができるのではないかと考えられる。

 次に取り上げたいのは、舘野泰一さんと中原淳さんの共著による第3章である。ここでは、入社後に影響を与える大学時代の経験についての考察が為されている。

 初期キャリアにおいて個人に求められる組織社会化に必要とされるプロアクティブ行動に影響を与える学生時代の経験についての知見が示唆深い。尚、プロアクティブ行動については、先行研究における「組織内の役割を引き受けるのに必要な社会的知識や技術を獲得しようとする個人の主体的な行動全般」(66頁)という定義を用いている。

 調査の結果、プロアクティブ行動に影響を与えているものとして、大学生活の充実、授業外コミュニティへの参加、参加型授業への参加の影響度、という三つが明らかにされている。まじめに勉強し、インターンシップ・サークル・アルバイト・社会活動といった多様なコミュニティで活動し、プロジェクト型の授業に参加してきた学生を評価するのは採用担当者の傾向と合致するだろう。特に目新しくないと感じる方もいるかもしれない。しかし、企業におけるプロアクティブ行動を促すために、学生時代において求められる経験を有していても、入社後にその経験を適用できない人材が多いこともまた事実である。

 そこで着目したいのが著者たちによる示唆である。第一に、企業の人事担当者のマインドセットとして、大学での経験と企業での経験とを関連して捉える必要がある。「大学時代の経験は忘れろ」というメッセージを発する企業はさすがに現代ではないだろうが、学校で培った経験を企業での経験に活かせるようサポートすることが私たち人事には求められているのである。

 第二に、採用部門と人材開発部門との緊密な連携である。第一の示唆を実現するためには、採用時に得られる情報を人材開発においていかに活用するかが求められる。つまりは、採用担当者、人材開発担当者、配属部門における上司や先輩、での情報をいかに融通して相互に活かすか、である。

 採用内定を出した後は人材開発の責任、新入社員教育が終われば後は現場の責任、配属後に育たなければ採用と導入時研修を担当した人事が悪い。三者三様で責任を押し付けあっても意味がない。人材に関する情報を、機能や部門をまたいで共有し、活用していくか、が人事に問われているのではないだろうか。

 最後に取り上げたいのは、高崎美佐さんが第8章で述べている初期キャリアに対する就職活動の影響についてである。肌感覚としては、就職活動が入社後のキャリアに何らかの影響を与えていることはわかるが、その内容について示唆的に述べられた興味深い論考である。

 特に興味深かったのが、第一希望の企業へ入社することよりも、「就職活動を通じた変化」が入社後の能力発揮や活躍に必要な可能性が高い、という考察である。「就職活動を通じた変化」とは、「働くことへのポジティブイメージ」「仕事に関する自己理解の促進」「業界・仕事理解の促進」という三つの因子から構成されている尺度である。つまり、面接対策をしたり就職セミナーでハウツーを学ぶといったことからだけでは得られないものであることに留意したい。自分自身、仕事、企業、業界といったわからないことに対して真摯に取り組むという意味での就職活動を経ることで、入社後の能力発揮や成長に繋がるのである。


 さらに後半の研究結果から著者は細かく分析を加えている。「就職活動を通じた変化」は、「仕事への自信」に直接繋がると共に、配属部署での「関係構築行動」を媒介して「仕事への自信」に間接的に影響力を与えるという。つまり、結果的に入社一定期間後に自信を持って仕事に取り組めるという中長期の成長面でのインパクトと共に、良好な関係構築を行えるという短期における退出リスクを軽減できると解釈できるのではないだろうか。

2017年7月15日土曜日

【第726回】『豊饒の海(四)天人五衰(2回目)』(三島由紀夫、新潮社、1971年)

 そこまで目を放つことこそ、透の幸福の根拠だった。透にとっては、見ること以上の自己放棄はなかった。自分を忘れさせてくれるのは目だけだ、鏡を見るときを除いては。(19頁)

 他者や対象物を見ることは、客観的に物事を捉えることである。客観的に把捉することを望むことは、自身を省みたくないことの表れとも言えるだろう。さらに言えば、自分自身に向き合いたくないという心理作用がなせることなのかもしれない。「鏡を見るときを除いては」という但し書きを著者がわざわざ述べている点から、こうした踏み込んだ解釈まで行ってみたくなる。

 第一巻の松枝清顕から始まる転生の兆候が見えた安永透という少年を描写しながら、それはもう一人の主人公である本多繁邦の描写でもあったのではないか。清顕からの転生を、時には熱情を持って関与しながらも、客観的に見続ける存在。折に触れて他者やその内面を観察しようとする本多の人物像が、透に反映されていると解釈できよう。

 このような文脈で捉えれば、透が、自分もしくは自分であったかもしれない転生の物語を省みて、視力を失ったことには、本多にも深い意味がある。つまり、目を失うことで、物事と距離をとって客観的に捉えることを放棄するという心情は、不治の病を感じさせる本多の終盤の心の有り様と通じるものがある。

 だからこそ、物語の最後における本多のモノローグには心を打つものがある。

 我が在ると思うから不滅が生じない、という仏教の論理は、数学的に正確だと本多には今や思われた。我とは、そもそも自分で決めた、従って何ら根拠のない、この南京玉の糸つなぎの配列の順序だったのである。(308頁)

 人は死んだらどうなるのか。子供の頃にそうした思いに駆られて不安で仕方がなかった時分がある。程度の差はあれ、今でも思うことである。自分という存在がなくなったら、外界を把握する存在であり、断片的な把握から世界を構成する主観の保有者がいなくなれば、世界は果たして存在できなくなるのではないか。

 しかし、本多に語らせている上記の箇所を読むと、こうした考え方は自己本位なものに過ぎないと思えてくる。自分が客観的に世界を捉えられているというのは奢りであり、その構造を勝手に可視化させて解釈しているのである。したがって、自分という存在がこの世からいなくなっても、ある人材が会社を辞めてもその会社のオペレーションが変わらず続くのと同様、この世界は続くのであろう。

 そうであるからこそ、一日や一瞬において、縁をいただいた他者と交流できるということがありがたいものなのではないか。自分という存在に固執せず、他者や世界に開くということが重要に思えてくる。

 門跡の目ははじめてやや強く本多を見据えた。
 「それも心々ですさかい」(341頁)


 この最後のシーンにおける、本多と月修寺の門跡となった聡子との対話で、聡子が語る言葉が味わい深い。


2017年7月9日日曜日

【第725回】『豊饒の海(三)暁の寺(2回目)』(三島由紀夫、新潮社、1970年)

 対照的な人物とはいえ、ここまでの二作では「日本人」の「男性」という共通項があった。そうした中で、前作までで暗示があったとはいえ、「異国」の「女性」というこれまでとかけ離れた人物へ転生が為される。それでも、前二作を受け継いでストーリーを紡いでいるところが著者の力量の為せる技であろう。

 清顕が時代を動かさなかったように、本多も時代を動かさなかった。そのむかし感情の戦場に死んだ清顕の時代と事かわり、ふたたび青年が本当の行為の戦場に死ぬべき時代が迫っていた。その魁が勲の死だった。すなわち転生した二人の若者は、それぞれ対蹠的な戦場で、対蹠的な戦死を遂げたのだった。(23頁)

 感情の赴くままに時代を生き、一気に死へと突き進んだ清顕と勲。転生した二人と関わりながら、感情を動因として動くことのない本多との好対照が端的に記されている。興味深いのは、清顕と勲という彼ら自身もあまりに相容れない人物同士であるにも関わらず、感情によって激烈に動くという公約数を持って一括りにし、本多との対比を鮮明にしている点である。

 色彩の皆無が、本多の心を寛ろがせた。(中略)
 石窟の冷気のなかに一人でいて、本多は周囲に迫る闇が、一せいに囁きかけて来るような心地がした。何の飾りも色彩もないこの非在が、おそらく印度へ来てはじめて、或るあらたかな存在の感情をよびさましたのだ。衰え、死滅し、何もなくなったということほど、ありありと新鮮な存在の兆を肌に味わわせるものはなかった。いや、存在はすでにそこに形を結びはじめていた。石という石にはびこった黴の匂いの裡に。(100頁)


 こうした描写も美しい。と同時に、本多に語らせるインドおよびその地での仏教の原風景に魅せられるシーンである。


2017年7月8日土曜日

【第724回】『豊饒の海(二)奔馬(2回目)』(三島由紀夫、新潮社、1969年)

 最初に本シリーズを読んだ時も感銘を受けたものだが、二回目というのもいいものだ。一回目の時には読み飛ばしていたり、繋がりがわかっていなかった部分に気づくことができている、と思う。

 第一巻の主人公の生まれ変わりである飯沼勲という人物に対して、個人的には全く共感できない。にも関わらず、彼の推進力というか気持ちの持ちように、なんとなくのめりこんで読んでしまうし、生き様に心地よさを感じるのだから不思議である。

 どうしても三島の死に方と、飯沼勲の死に方とを結びつけて私は考えてしまう。前者の死に方には破滅というかネガティヴな印象を受けるが、後者の死に方には破滅の匂いがせず、清々しいものすら感じてしまう。これが、現実と創作との違いであろうか。

 もろもろの記憶のなかでは、時を経るにつれて、夢と現実とは等価のものになってゆく。かつてあった、ということと、かくもありえた、ということの境界は薄れてゆく。夢が現実を迅速に蝕んでゆく点では、過去はまた未来と酷似していた。
 ずっと若いときには、現実は一つしかなく、未来はさまざまな変容を孕んで見えるが、年をとるにつれて、現実は多様になり、しかも過去は無数の変容に歪んでみえる。そして過去の変容はひとつひとつ多様な現実と結びついているように思われるので、夢との境目は一そうおぼろげになってしまう。それほどうつろいやすい現実の記憶とは、もはや夢と次元の異なるものになったからだ。(9~10頁)

 上に引用した箇所は、最初に読んだ時と全く同じ箇所に感銘を受けていて、そのこと自体に驚いた。現実とは一つではなくて多様に解釈できるものであり、過去の中にある記憶すら多様に解釈可能である。だからこそ、私たちはそうした多義性をもとにして、未来を深く多様に考えることができる。大人になることは可能性が減ることだと若い時分には考えていたが、そうでもないことが、ここに示唆されているように読み取れる。

 勲は自分の世界を信じすぎていた。それを壊してやらねばならぬ。なぜならそれはもっとも危険な確信であり、彼の生を危うくするものだからである。
 もし勲が計画どおりに決行し、暗殺し、自刃していたとしたら、彼の一生は、誰一人、「他人」に出会わずに終る生涯になったであろう。(中略)
 今こそ、勲は憎しみを知っただろう。それこそは彼の純粋世界にはじめてあらわれた異物の影だった。どんな切れ味のよい刃も、どんな駿足も、どんな機敏な行動も、ついに統括しえず制御しえないところの、したたかな外界の異物だった。すなわち彼は、彼がその中に住んでいた金甌無欠の球体に、「外部」の存在することを学んだのだ!(462~463頁)

 未成熟な状態とは、清濁併せ持つことができない状態であり、存在しえないイデアに殉じようとして、それでいて何も実現できないということなのかもしれない。それは、美しいものなのでは決してなく、未熟であるだけなのではないか。自分で自分を満足できないのみならず、他者に対しても貢献できない夜郎自大になってしまう可能性がある。


 だからこそ、自分のビジョンの中に他者との関係性や他者からのフィードバックを踏まえて入れ込むことが肝要になるのだろう。他者という自分が想像できず、自分でコントロールできな存在を対置することで、翻って自分という人間の価値を見出す頃ができるのではないか。こうした気づきを得た主人公が、それでも最後に自刃へと至るからこそ、彼の主義主張や政治思想に共感できないにも関わらず、何かに魅せられるのであろう。


2017年7月2日日曜日

【第723回】『豊饒の海(一)春の雪(2回目)』(三島由紀夫、新潮社、1969年)

 優れた小説は、読み返すたびにその面白さを感じ取ることができる。同じプロットでも、繰り返すことで読み取れるポイントが異なってくる。半ば自分に信じ込ませている部分もあるが、何より、読むことが楽しいから、もう一度読みたくなるということである。

 彼は自分の十八歳の秋の或る一日の、午後の或る時が、二度と繰り返されずに確実に辷り去るのを感じた。(24頁)
 彼は冴え返りながらおもむろに来る春を、予感に充ちた怖ろしい気持で迎えた。(144ページ)

 三島と漱石というタイプの異なる二人の作家を好むのはなぜなのか。自分でもよくわかっていないのであるが、時間の移り変わりに対する美しい描写が共通しているのではないか。これらの部分は特にその典型例である。

 偶然というものが一切否定されたとしたらどうだろう。どんな勝利やどんな失敗にも、偶然の働らく余地が一切なかったと考えられるとしたらどうだろう。そうしたら、あらゆる自由意志の逃げ場はなくなってしまう。偶然の存在しないところでは、意志は自分の体を支えて立っている支柱をなくしてしまう。(129頁)
 自由意志と偶然とは相反する物なのではなく、相補的な関係にあると三島は主人公に語らせている。私たちは偶然をなるべく避けようと意志の力で対応しようとする。しかし、偶然を否定することは、自由意志を存分に発揮することを否定することに繋がりかねない。偶然をなくせば、私たちが自由意志を発揮しようとする勇気を減衰することになるという考え方は興味深い。

 たしかに人間を個体と考えず、一つの生の流れととらえる考え方はありうる。静的な存在として考えず、流動する存在としてつかまえる考え方はありうる。そのとき王子が言ったように、一つの思想が別々の「生の流れ」の中に受けつがれるのと、一つの「生の流れ」が別々の思想の中に受けつがれるのとは、同じことになってしまう。生と思想とは同一化されてしまうからだ。そしてそのような、生と思想が同一のものであるような哲学をおしひろげれば、無数の生の流れを統括する生の大きな潮の連環、人が「輪廻」と呼ぶものも、一つの思想でありうるかもしれないのだ。(283頁)

 本作は輪廻転生をテーマにした連作の第一部である。仏教における輪廻の考え方を基にした思考を主人公に語らせながら、個人と時代という大きな流れとの関係性に目を向けさせる。パラダイムの中で人はどう生きることができるのか、という気宇壮大なことを考えさせられる箇所である。

 『自分たちが交わす言葉は、ただ深夜の工事場に乱雑に放り出された沢山の石材だ。その工事場の上にひろがっている広大な星空の沈黙に気づいたら、こんな風に石材は口ごもるほかはないだろう』(340頁)


 『潮騒』に特徴的に現れるような、三島のこうした詩的な文章も心地よい。


2017年7月1日土曜日

【第722回】『野分(2回目)』(夏目漱石、青空文庫、1907年)

 本作の白井道也とは漱石が自身を投影した人物なのだろうか。最後のシーンで若い学生たちに檄を飛ばす箇所がある。そこでは、社会を痛烈に風刺しながらもウィットに富んでいて、さらには学生たちに対する熱いメッセージも込められていて、晩年の『私の個人主義』のような趣もあるようだ。このように考えていると、この主人公を漱石と見てしまうのである。

 わたしは名前なんてあてにならないものはどうでもいい。ただ自分の満足を得るために世のために働くのです。結果は悪名になろうと、臭名になろうと気狂になろうと仕方がない。ただこう働かなくっては満足が出来ないから働くまでの事です。こう働かなくって満足が出来ないところをもって見ると、これが、わたしの道に相違ない。人間は道に従うよりほかにやりようのないものだ。人間は道の動物であるから、道に従うのが一番貴いのだろうと思っています。(Kindle No. 1816)

 私たちは名前を気にする。名より実と言ってみたところで、名は気になるものだ。では実とは何か。漱石は、道に従うことが肝要だと道也に述べさせている。つまり、自分という枠で捉えるのではなく、無私の地点から捉え直し、そこに専心することが働くことの意味なのかもしれない。

 諸君。諸君のどれほどに剛健なるかは、わたしには分らん。諸君自身にも知れぬ。ただ天下後世が証拠だてるのみである。理想の大道を行き尽して、途上に斃るる刹那に、わが過去を一瞥のうちに縮め得て始めて合点が行くのである。諸君は諸君の事業そのものに由って伝えられねばならぬ。単に諸君の名に由って伝えられんとするは軽薄である(Kindle No. 2437)


 無私の境地になって、名を度外視して働くことで、はじめて私たちは何かに貢献するということができるのであろう。働くということは、崇高な作用を与えうるものなのである。とはいえ、難しく考えすぎる必要はないだろう。ただただ仕事に没頭し、それを提供できる他者だけを意識すること。そうすることが、自分ではなく道に従って生きるということなのではないだろうか。