2013年1月26日土曜日

【第135回】『微分・積分30講』(志賀浩二、朝倉書店、1988年)


 小学校から高校に至るまで、一貫して数学は最も得意であり、かつ好きな科目であった。なにより、自然に数学を生活の中で用いていた、というのが私にとっての日常であった。小学生の頃にカードゲーム等に興じる際には確率を計算することが自明な行為であり、単に勝ちたいという一心からである。考えながら行動するのか、行動しながら考えるのか。どちらがふさわしい形容なのかは分からないが、今でも、何かのアクションの際には常に頭の中で計算をしているように思う。

 しかし、大学進学以降は数学にほとんど触れることがなく、十数年を過ごしてきた。三十路を過ぎて数学を学び直そうと思ったことには二つの理由がある。

 一つめは物理を学びたいと思ったときに、現状の私自身の数学レベルにギャップを覚えたからである。「MIT白熱教室」は面白く観られるし、Newtonレベルの科学雑誌に書かれていることは概念としては理解できる。それをもう少し深掘りして理解するために書店に出向いたところ、高等数学が必要となることを思い知らされたのである。

 さらに二つめの思いがだめ押しとなった。数学を学ぶことによって、OSとでも呼べそうな思考における統合能力を強化したい欲求が高まったからである。知識や情報を得ることはたしかに必要であるが、それを統合するベースとなるOSを最近では鍛えられていない。大学院での研究活動以降、なんとかしたいという思いが強くなっていた頃であった。

 要は、いくら元々好きであったとしても、勉強することを怠けすぎた、ということである。

 そこで2013年の前半に「数学30講シリーズ」を読むことをまずは目標として掲げている。このシリーズの第一弾が本書である。いわゆる「ビセキ」だ。様々な書評から判断すると、本書は大学での教養課程レベルのものだそうだ。本格的に研究しようとするならば話は別であるが、上述した私のような学習目的であれば、非常に説明が分かり易く、イメージし易い書かれ方がなされている点が心地よい。第二弾以降も楽しみながら読んでいきたい。

2013年1月20日日曜日

【第134回】Number820「選択の人間学。」(講談社、2013年)


 『不動心』を読んでから松井秀喜さんに強く関心を抱いていたため、彼の今回の引退に関連するキャリア選択には興味を持っていた。彼の今回の選択についてのエピソードも書かれているとのことだったので、竹富島や石垣島でのんびり読もうと本誌をすぐに購入した。率直に記せば、松井さんに関する記事はあまり引き込まれるものではなかったのであるが、アスリートの決断をテーマにした本号は興味深いものであった。とりわけ印象的であった三人のアスリートに関する記事について感想を記すこととする。

 まずは三浦知良さん、キングカズである。とても共感できる点は高校進学の際の心境である。特待生として入学した高校を中退することになるのであるが、入学した時点でブラジルへのサッカー留学を目標にしていたという。ではなぜ特待生として日本の高校へ入学したのか。その理由として彼は、ブラジルでのビザ申請が許可されるまでの「つなぎ」として高校に入学したのだという。高校生の時点でこうした意思決定ができる点は驚嘆しかないが、俯瞰して考えればキャリア選択という点で私たちにも参考になる。おそらく、彼はブラジルのビザ申請が許可されなかったとしても、日本の高校を経てプロフェッショナルとなったのではないか。すなわち、目標を明確にしつつも、現実的な対応策も打っておくことがキャリア選択においては重要だからである。こうした、こだわりつつも柔軟に選択するという点は示唆に富んでいる。

 次に武豊さん、日本競馬界を長く牽引している現役のジョッキーである。彼の特筆すべき点は、一つのレースに臨む際、パドックで馬に跨がってからゴール後に厩務員に馬を引き渡すまで100回以上の選択を繰り返している、という言葉に尽きる。競走馬に跨がるどころか乗馬体験もないために馬に乗る際の決断については想像の域を出ないが、レースである以上、常に選択を伴うということは分かる。さらにその選択の粒度を細かくすればするほど精度が上がることも推察できる。彼に言わせれば選択の多くは間違いであるそうだ。しかし、選択肢の中に正解が含まれる比率は経験によって高まった、という彼の言葉が重要だ。競馬という非常に短い時間の中で行われる一つひとつの選択は、瞬時に対応する行動へと結びつく。選択と行動を繰り返し、その検証作業を繰り返すことによって選択の精度があがっていく。日頃の職務の中での少しの工夫と検証作業を繰り返すことで、節目におけるキャリア選択の精度が上がる、と置き換えるのは飛躍であろうか。

 三番目は元F1ドライバーで現在はINDY参戦中の佐藤琢磨さん。私が惹かれた点は失敗から学ぶ姿勢である。失敗と一口に言っても、ホワイトカラー・サラリーマンの失敗と、トップ・ドライバーの失敗とでは身体が蒙るダメージのギャップは大きい。一つ間違えば死に至る中でも彼はアタックの可能性があればそこを追い求める。むろん、ダメージのヘッジはしているだろうが、アタックの結果としての失敗によって傷だらけになる。しかし、そうした傷がかさぶたになるたびに、かさぶたの下には着実に分厚い皮膚が形成される、という言葉が逞しい。失敗をどのように糧にするか。否、どのように、ではなく、何としてでも糧にするという強い精神が、私たちのキャリアをすすめることに繋がるのではないだろうか。

 最後に、大谷翔平さんの日ハム入団に至る経緯に関する記事も興味深かったので少しだけ触れたい。メジャーリーグ挑戦表明から日ハム入団への決断に至るまでの彼の行動はともすると否定的に取られているようだ。しかし、彼の考え方としては、メジャー挑戦ということではなくドジャースへの入団ということだったのだという。その理由は、自身の好不調に関わらず高校入学からずっと自分を見てくれて評価し続けてきたのがドジャースのスカウトだったからだそうだ。そうしたスカウトの方への信頼感の結果として、入団の本命をドジャースにし、すなわちメジャー挑戦を表明するというロジックだったのだ。極めて合理的であり、共感できる意思決定であると私は思うし、これは高校生の意思決定なのである。こうした一人ひとりのキャリア選択の背景には複雑かつ深遠なストーリーがあることに私たちは留意し、何か言うときには慎んで発言するべきであろう。

2013年1月19日土曜日

【第133回】『ブレイン・ルール』(ジョン・メディナ、小野木明恵訳、NHK出版、2009年)


 脳は柔軟性を重んじる存在である。ポッツ教授の変動選択理論を引きながら、人類の祖先は、進化の過程において柔軟性のない人間を嫌うようになっていったと著者は言う。そうであるにも関わらず、進化のプロセスを無視するかのような学校や職場における丸暗記を強いる学習環境に対して著者は警鐘を鳴らす。そうした学習は、学校のテストで良い点を取るためには有用であろうが、現実の仕事や生活において役に立つという意味での学習としては適していない。

 では学習とはそもそも何か。著者は端的に、脳の配線が変わること、と定義している。このように考えると柔軟性がなぜ大事かという点と繋がる。すなわち、何かをインプットしてそのままアウトプットさせる丸暗記は、著者の定義する学習に該当せず、いわば作業とでも呼ばれよう。学習とはそれまでの自身の知識・経験と新たなインプットが相乗効果を生み出すためのスループットを経ることが重要であり、それが脳の配線が変わることなのであろう。

 学習の定義をこのように捉えるのであれば、それに合わせて学習のスタイルも考える必要があるだろう。著者は、一夜漬けではなく徐々に知識を積み込む学習を是とする。基礎的な脳科学の知見でも明らかなように、記憶には長期記憶と短期記憶とがある。一夜漬けは短期記憶にポジティヴな影響を与えるのではあるが、一定期間を空けて学び直すよりも非効率であることが本書でも指摘されている。したがって、あたかも予防接種を追加で定期的に接種させるように、同じことを一定期間を空けて常に学び直し続けることが重要である。

 さらには、そうした学習スタイルの方が学んでいてたのしいものではないだろうか。おそらく、学ぶことが嫌いという人の中には、丸暗記型の無機質な学習スタイルのみしか知らないというタイプではないだろうか。もしそうであるのであれば、日本の学校教育のあり方に問題があると言わざるを得ないだろう。むろん、学校や学校教育という外部の問題だけではなく、丸暗記型以外の学習スタイルを試みようとしない個人の意識や意思の問題も極めて大きいことは言うまでもない。

 こうした考え方に関する著述の他に、具体的な実行のためのアイディアも本書では紹介されている点が特徴的である。職業柄、講義計画に関する著者の極めて具体的な指摘は興味深かった。まず教育に携わる人間として愕然とする前提として、著者によれば人間の集中力は十分間しか続かないという。その上で、大学の五十分間の授業を例にとれば、五つの中心概念を十分間ずつ取り扱うべきであるそうだ。さらに著者は、中心概念を大きな概念、一般的な概念、要約といったモジュールで構成して、それぞれのモジュールは一分間で説明するべきという。企業での研修における感覚的な知見としても、人間の集中力の持続は驚くほど短いため、こうした考え方はぜひ参考にしたい。

 本書の冒頭には、○○すれば頭が良くなるという断定的な主張に対しては疑う目を持つことが重要であるという著者の指摘がある。こうした指摘は大事であろう。本書をはじめとした脳科学に関する「きちんとした」書籍を読めば分かる通り、脳の構造はそれほど単純なものではない。したがって行動と記憶とを一対一対応させるかのような関係性は存在しない。

2013年1月12日土曜日

【第132回】『福翁自伝』(福澤諭吉、富田正文校注、慶應義塾大学出版会、1978年)


 慶應に入学する際に大学からいただける本書。当時、SFCに入るのであって結果的に慶應に入るのにすぎない、というひねくれた感覚を持っていた私は本書を読まなかった。学部、大学院、研究所と、合わせて八年以上もお世話になったというのに恥ずかしい限りである。今回、はじめてじっくりと読んでみて、入学式で本書が渡される意味合いがわかったような気がする。本書は学ぶことのたのしさや意義について、彼の半生を通じてイキイキと描かれているのである。

 まず喜怒色にあらわさずという有り様がすばらしい。怒りや嫉妬といったネガティヴな感情を表に出さないという点は分かる。しかし、他者から誉められたり賞賛されてもそれを意に介さないというのである。これはなかなかできない。ありのままの自分を受け容れ、謙虚に他者の意見に耳を傾けるためには、こうした態度を見習うことが重要であろう。

 次に議論についての考え方も興味深い。彼は特定の価値観に基づいて議論を行うことはしなかった。ある問題について、相手が是とすれば非の立場から議論を行い、相手が人するならば是とする立場から議論を行うことを心がけていたというのである。こうした立場や価値観にこだわらない姿勢は幕末および明治維新の動乱の時期にも貫かれることとなった。その結果として、幕府側の人物とも明治政府側の人物とも分け隔てなく付き合うことができ、多様な人的ネットワークを構築することができたのであろう。

 三番目の点として、具体的な目的を持たずに勉強を行うという姿勢に感銘を受けた。とかく、〇〇をするために、〇〇を得るために、という具体的な目的を持った上で学習を行うことを私たちは行い易い。そうした姿勢が悪いということではないが、ともするとそれは本来的には豊かで広がりのある学習範囲を勝手に狭めることとなってしまう。測定可能なゴールへと狭く捉えてしまうことのデメリットであろう。したがって、時に彼のように目的なしに学びを続けるという姿勢を思い返すことは重要ではなかろうか。

 第四に、慶應義塾の精神でもある独立自尊にも触れなければなるまい。独立自尊の精神は個人という意識の涵養のために言われている言葉であると理解していたが、本書によればそうではないようだ。すなわち、日本という国家の独立精神を持つためには、まず個人が独立精神を持つことが主張されている。ここでの独立精神とは、江戸時代における幕藩体制への依存、大政奉還後の明治政府への依存を戒めるところから始まる。現代で言えば、日本政府はもとより、地域社会や企業といったあらゆる組織への過度に依存しない気概を持つことがまずは大事であろう。

 最後に、こうした中立的でオープンな有り様の中であるがゆえに一際異彩を放って見えるのが、門閥制度は親のかたきという強い意思である。『学問のすゝめ』のあまりに有名な「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」にも繋がる考え方であると言えるだろう。おそらく、中立的でオープンであり続けるためのメタな価値観として、門閥を認めることはできないのだろう。政党色を出さず、維新後も官位に付かないという彼の考え方を端的に表す文言であろう。

2013年1月5日土曜日

【第131回】“Makers” by Chris Anderson


Chris Anderson is also famous about his former book “FREE”. I was interested in it, and it taught me about upcoming trend of FREE business about three years ago. Now, I’ve read his new book called “Makers”. It is also interesting and I felt excited while reading this amazing book. There are four points which I was really interested in.

First point is about accessibility to make ourselves entrepreneurs. It means not inventors but entrepreneurs. Consider about more than ten years ago. Of course, there were many people who worked by themselves. But, most of them did only small business, and they could reach their goods and services in very limited areas close to them. At that time they were just inventors, not entrepreneurs.

But as information technologies and other social network became more progressive at the “rabbit” speed, world has changed. They can sell directly to consumers around the world online through their own websites. So, it is easy for  them to public in global market. The point is that the path from “inventor” to “entrepreneur” is so foreshortened it hardly exists at all anymore.

Second point is network effects. Of course, Web enlarged the world wide network dramatically. But what the Web brought us amazingly was the power of “network effects”. It means when we connect people and ideas, they grow by themselves.

So, anybody who have enough talent can make anything though using network effects. It is easy for them to turn his or her prototype into a product, without having to build his or her own factories or even have companies by  himself or herself. And they can give feedbacks from many people easily and quickly. Making and enriching our community, it will become our powerful marketing channel.

Third point is that Web changed the rule of makers. To understand this point, let’s think about China era at 2000s, mass-production era. At that time, China factories made the same one-size-fits-all products. It defined the mass-production era.

But now, in new midsized business, they’re going to be starting with one-size-fits-one and building from there, finding out how many other consumers share their interests, passions, and unique needs. It’s totally different from one-size-fits-all business. According to Anderson, especially considering about midsized manufacturing company, US and Europe companies can compete with low-cost labor in China by using digital manufacturing techniques to automate.

Last point is called Third Industrial Revolution. It is defined as combination of digital manufacturing and personal manufacturing. It has deep impact from the viewpoint of people and work. Web allows people to show what they can do regardless of their educational backgrounds, because they can make network and last to learn by themselves though using Web. And it makes easy to form groups and work together easily outside of a company context, though it is not their formal “jobs”.