2017年12月31日日曜日

【第791回】『1Q84 BOOK1』(村上春樹、新潮社、2009年)

 少し前に出た作品だと思っていたが、出版されてから十年近くが経っていたことに驚いた。私が勝手に思い描く、著者らしい作品。『海辺のカフカ』を読んでいてわけがわからなくなった、異なる主人公の物語が交互に出てくるパターンの展開である。細かなプロットを追おうとすることを断念し、すらすらと読むとなんとなく心地よい感じがする。日本語がきれいだからなのだろう。

 何かに見えないというのは決して悪いことじゃない。つまりまだ枠にはまっていないということだからね(213頁)

 いかにも◯◯らしいという言葉は褒め言葉で使われることが多いように思う。とりわけ、ある職務役割に習熟してきた若手社員が使われることで、一人前に近づいたという感触を得ることができる言い回しである。しかし、著者は、そうした言説構造に疑問を投げかける。ステレオタイプで描かれないということは、その人の大いなる多様な可能性に目を向けさせるのである。

 世界というのはね、青豆さん、ひとつの記憶とその反対側の記憶との果てしない闘いなんだよ(525頁)

 青豆という登場人物は主人公の一人である。その独特なネーミングはさておき、戦争やテロリズムにおける当事者間の感情についての表現に唸らさせられた。記憶という曖昧なものに基づく闘いであるために際限がなくなり、人によって受け止め方が異なり、また、減衰しながらも世代継承性がある。


 頭で論理的に戦争やテロを正当化することは簡単ではある。しかし、いかなる状況であっても、暴力によって解決を図ろうとすることは、果てしない記憶による闘いを招くことになることを、私たちは重く受け止めなければならない。


2017年12月30日土曜日

【第790回】『不道徳教育講座』(三島由紀夫、角川書店、1995年)

 三島の随筆というのは小説とは毛色があまりに違って戸惑いながらも、その一方で彼の意外な側面が見えて興味深かった。道徳という、ともすると重苦しいテーマについて、皮肉を交えて軽快に述べる。

 何も自信を持てというのではない。自信とは実質を伴う厄介な資格である。誰でもなかなか本当の自信などもてるものではない。しかし己惚れなら、気持の持ちよう次第で、今日からでも持てるのです。(74頁)

 セルフエフィカシー(自己効力感)とセルフエスティーム(自己肯定感)の関係性と捉えればよいのだろうか。成長実感と繋がる自己効力感を私たちは意識しすぎてしまうことがあるが、今の多様な価値観の統合体としての自分自身を認めることを意識したいものである。

 知性を、電気洗濯機や冷蔵庫並みの、生活の便利のための道具と考えているのは、本当の知性の人ではなく、知性の人とは、知性自体の怪力乱神的な働きに、本当の恐怖を感じている人のことをいうのですから。(258頁)


 知性について考えさせられる。効率性や利便性を向上させることが知性なのではなく、その持つ危険性を意識できることが知性であるという三島の言葉に耳を傾けたい。


2017年12月24日日曜日

【第789回】『1973年のピンボール』(村上春樹、講談社、2004年)

 デビュー作に続いて芥川賞候補になった著者の二作目。

 空はまだどんよりと曇っていた。午前中よりそのグレーの色は少しばかり濃くなったようにも思える。窓から首を突き出すと微かな雨の予感がする。何羽かの秋の鳥が空を横切っていった。ブーンという都会特有の鈍い唸り(地下鉄の列車、ハンバーガーを焼く音、高架道路の車の音、自動ドアが開いたり閉まったりする音、そんな無数の音の組み合わせだ)が辺りを被っていた。(78頁)

 漱石の情景描写も好きだが、心象と情景との描写もいいなと思う。少しニヒルな感じもするのだが。私たちが描き出そうとして描き出せないことを、事も無げに、淡々と、しかし共感的に描くのは本当にすごい。

 「あたしは四十五年かけてひとつのことしかわからなかったよ。こういうことさ。人はどんなことからでも努力さえすれば何かを学べるってね。どんなに月並みで平凡なことからでも必ず何かを学べる。どんな髭剃りにも哲学はあるってね、どこかで読んだよ。実際、そうしなければ誰も生き残ってなんかいけないのさ」(97頁)


 ちょっとした教訓めいた書き方もまた、嫌味に思えず、すんなりと入ってくる。単に努力を礼賛するのではなくて、日常の中でちょっとした努力や積み重ねをしたくなる、そんなさりげない書きっぷりである。


2017年12月23日土曜日

【第788回】『風の歌を聴け』(村上春樹、講談社、2004年)

 稀代の小説家がデビュー作で何を語り、どのような物語を展開させるのか。著者のエッセーである『職業としての小説家』を読んで改めて興味を抱き、遅まきながら本作を読もうと思い立った。

 小説の作品の良し悪しが分からない身としては、著者らしい作品だなぁと思いながら読んだ。細かな巧拙はあるのだろうが、著者の後年の作品と同じ文体だと思った。

 「良い小説さ。自分にとってね。俺は、自分に才能があるなんて思っちゃいないよ。しかし少なくとも、書くたびに自分自身が啓発されていくようなものじゃなくちゃ意味がないと思うんだ。そうだろ?」(117頁)

 著者が自身に言い聞かせているのかと邪推してしまうが、どうなのだろう。お節介的な推測はさておき、自分自身が今後まとまった文章を書くのであれば、この言葉は響くし、意識したいなと思った。究極的には読者を意識するよりも、書くというプロセスやその結果としての文章によって自分自身の可能性を拡げ、気づきをゆたかにしたいものだ。

 あらゆるものは通りすぎる。誰にもそれを捉えることはできない。
 僕たちはそんな風にして生きている。(152~153頁)


 著者の淡々とした文章は、変に力が入ってなくて、いいなと思う。他の人に読ませようとか、あからさまに他者を意識しているような文章ではなく、こうした文体を身につけたいものだ。


2017年12月17日日曜日

【第787回】『西田幾多郎の生命哲学』(檜垣立哉、講談社、2011年)

 西田の哲学は難しい。なんとなく惹かれるものがあって書籍に取り組んでも、毎回、そのほとんどが理解できない。だからこそ、こうした解説本で少しずつ理解を補足できることはありがたい。徐々にでも難解な書籍にアプローチできることは嬉しいものである。

 「実践」であり、「働き」であり、「ポイエシス」(制作、創出、作ること)であること。自ら自己形成される世界であること。徹底的に、働きつつ変わりゆく、そうした世界の現場に自らを投げこむこと。そして、そうした「行為」の立場以外からこの世界をみないこと。これは、西田の発想の根本的な基軸をなしているのである。(49頁)

 考えたり内省するといったことが、哲学という概念のイメージとして私にはあった。しかし、西田の哲学は、行為が基本であるという。行為し、世界に対して自分自身を位置付けることで、見えてくるもの感じられるものがある、ということであろうか。

 「純粋経験」とは、西田の表現を借りれば、「個人あって経験あるにあらず、経験あって個人あるのである」(1-6,7)という場面である。「私」という主体(世界のこちら側に設定できる自己)があらかじめ存在していて、客体(世界の向こう側に想定される対象)が描けるのではない。私とは、そもそもが、「私」であるか「世界」であるかも判別できない純粋で未分化な体験を生きている。未分化であるはずのこうした場面に、はじめから区切りをいれてしまうのが、近代的な認識論の装置の誤りである。(50頁)

 行為する哲学から純粋経験という西田特有の概念が出てくる。すなわち、西欧近代における神と対置する主体として「私」が客観的世界を経験するという二分法と異なった世界認識である。理性によって分けることで成り立つ世界観ではなく、私と世界とが未分化な中で、体験を通して自己と一体的な世界を認識するという考え方である。

 「自覚」とは、「行為」のなかで世界と一体化している私が、その「行為」そのものにおいて、自己を「限定」していく「働き」のことだからである。世界と同一視される私は、自己という中心性をはじめからもつものではない。しかしそれは、世界と無限に一体化した運動性のなかで、自己が何であるかを切りわけなければならない。切りわけることによって、私も世界も現れる。この切りわけの「実践」が、「自覚」の運動に託されている。(51~52頁)

 純粋経験では自己と世界との一体化が説明されている。こうした一体化した状態の中から、自分自身を実践を通じて切りわけることが自覚である。一般的な「自覚」の意味合いと、西田における使い方が異なることに留意が必要であろう。


 鈴木大拙との交流が示すように、西田の哲学には、素人からすると禅的な考えが多分に盛り込まれているように思える。こうしたものも、彼の哲学を豊かにしているものであり、西洋哲学との違いを示すものなのではないだろうか。


2017年12月16日土曜日

【第786回】『断片的なものの社会学』(岸政彦、朝日出版社、2015年)

 『ビニール傘』で興味を抱き、著者の書籍を他にも読もうと思っていた。期待を持って読み始めると良くない結果に至ることが多いのであるが、そのような懸念は杞憂であった。社会学と銘打ってはいるが、随筆のようなタッチで書かれているために読みやすく、そうでありながらも、社会学者ならではの絶妙な観点から社会を描き出している。

 断片的な出会いで語られてきた断片的な人生の記録を、それがそのままその人の人生だと、あるいは、それがそのままその人が属する集団の運命だと、一般化し全体化することは、ひとつの暴力である。
 私たち社会学者は、仕事として他人の語りを分析しなければならない。それは要するに、そうした暴力と無縁ではいられない、ということである。社会学者がこの問題にどう向き合うかは、それはそれぞれの社会学者の課題としてある。(13~14頁)

 社会学者という言葉を、定性研究を行う人物と読み替えて読んでも違和感がなく、自分事として読んでしまった。他者にインタビューし、その内容を切り取ってラベル化することは、定性研究の中ではよく行われる手法であり、私自身も行った。

 もちろん、そうした際には恣意的なラベリングにならないように留意に留意を重ねるわけであるが、その断片を一般化する上ではある種のジャンプが生じざるを得ない。それが論理的もしくは恣意的な飛躍にならないように、節度を保ってラベリングを行うことが肝要であるのは間違いない。

 他者の言動をラベル化することは、そのラベル化したものの善悪を判断することにも容易に繋がるだろう。その結果として、客観的・一般的に良いものという価値観を創り出すことにもなりかねない。

 完全に個人的な、私だけの「良いもの」は、誰を傷つけることもない。そこにはもとから私以外の存在が一切含まれていないので、誰を排除することもない。しかし、「一般的に良いとされているもの」は、そこに含まれる人びとと、そこに含まれない人びとの区別を、自動的につくり出してしまう。(中略)
 したがって、まず私たちがすべきことは、良いものについてのすべての語りを、「私は」という主語から始めるということになる。(111頁)

 一般的に良いということは、「そうではないもの」つまり普通でないものを創り出す。語り手にそうした意識がなくても、受け手は、自分自身が「そうではないもの」と判断される内容であれば、否定されたという意識を持ってしまう。

 ことほど左様に、普通と普通でないということの分断は、必ずしも悪意のある言葉によって生じるのではない。私たちのさりげない「良識」に基づく言葉が、普通でないものを創り出す。では「普通」とは何か。少し長いが、引用してみたい。

 多数者とは何か、一般市民とは何かということを考えていて、いつも思うのは、それが「大きな構造のなかで、その存在を指し示せない/指し示されないようになっている」ということである。(中略)
 マイノリティは、「在日コリアン」「沖縄人」「障害者」「ゲイ」であると、いつも指差され、ラベルを貼られ、名指しをされる。(中略)
 一方に「在日コリアンという経験」があり、他方に「日本人という経験」があるのではない。一方に「在日コリアンという経験」があり、そして他方に、「そもそも民族というものについて何も経験せず、それについて考えることもない」人びとがいるのである。
 そして、このことこそ、「普通である」ということなのだ。それについて何も経験せず、何も考えなくてよい人びとが、普通の人びとなのである。(170頁)

 「普通ではない」ものがラベル化され、ステレオタイプなものとして意味づけが為される。結果として、そうではない状態が「普通」となるのであるが、それは「普通でないもの」の反対概念ではなく、色付けされていない無色透明のものに過ぎない。だからこそ、ある事象について「普通」である人々は、自分自身の特異性を気にせずにいられる存在なのである。


 言葉というものの用い方の難しさに気付かされる作品であった。月並みだが、言葉は暴力になり得る。意識していなくても、相手に悪意として伝わることはある。価値中立性を重んじる研究においてもそうである。研究は難しい。しかし、言葉に力があると考えれば、研究というものは尊い行為にもなり得るのではないか、とも思えるがいかがであろうか。


2017年12月10日日曜日

【第785回】『サピエンス全史(下)』(ユヴァル・ノア・ハラリ、柴田裕之訳、河出書房新社、2016年)

 上巻では人類自体に焦点が当てられがちだったのに対して、下巻では、近代西洋諸国がなぜ覇権を握るに至ったのかに焦点が当てられている。近代に至るまでの地域における覇権国家と異なった特徴とは何だったのか。

 ヨーロッパ人が特別なのは、探検して征服したいという、無類の飽くなき野心があったからだ。やろうと思えばできたのかもしれないが、ローマ人はけっしてインドやスカンディナヴィアを征服しようとはしなかったし、ペルシア人はマダガスカルやスペインを、中国人はインドネシアやアフリカをけっして征服しようとはしなかった。たいていの中国の支配者は近くの日本さえも自由にさせた。それは特別なことではなかった。特異なのは近代前期のヨーロッパ人が熱に浮かされ、異質な文化があふれている遠方のまったく未知の土地へ公開し、その海岸へ一歩足を踏み下ろすが早いか、「これらの土地はすべて我々の王のものだ」と宣言したいという意欲に駆られたことだったのだ。(157~158頁)

 飽くなき野心が挙げられている。こうした野心の背景には、上巻であげられた第三の革命である科学革命による技術の裏付けが挙げられるのであろう。科学技術を進展させた西欧近代の人々は、見たかったからではなく、見えてしまったが故に、野心を持ったという側面もあるのではないだろうか。

 一方のスペイン人は、世界は見知らぬ人々の国だらけであることがわかっていたし、よその土地に侵入してまったく未知の状況に対処することにかけては誰よりも経験豊かだった。近代ヨーロッパの征服者にとっては、同時代のヨーロッパの科学者にとってと同様、未知の世界に飛び込むのは胸躍ることだったのだ。(112頁)


 科学革命によって新しい世界を見ることができ、それによって新たな世界へのチャレンジ精神が培われた。チャレンジを続ければ、未知の世界への対応という点で経験値が他の人々よりも格段と上がったのである。


2017年12月9日土曜日

【第784回】『サピエンス全史(上)』(ユヴァル・ノア・ハラリ、柴田裕之訳、河出書房新社、2016年)

 タイトルが示す通り、気宇壮大な書籍である。人類の歴史における三つの革命として、認知革命、農業革命、科学革命を挙げ、それぞれが生じた背景とそのインパクトについて丹念に述べられている。詳細を細かく理解するというよりも、歴史の大きな流れを追うことで、ダイナミックに私たちの来し方を把握することができる。

 この精神的限界のせいで、人類の集団の規模と複雑さは深刻な制約を受けた。特定の社会の人口と資産の量がある決定的な限界を超えると、大量の数理的データを保存し処理することが必要となった。人間の脳にはそれができないので、体制が崩壊した。農業革命以降、人類の社会的ネットワークは何千年間も、比較的小さく単純なままだった。
 この問題を最初に克服したのは、古代シュメール人だった。(中略)紀元前三五〇〇年と紀元前三〇〇〇年の間に、名も知れぬシュメール人の天才が、脳の外で情報を保存して処理するシステムを発明した。(中略)シュメール人が発明したこのデータ処理システムは、「書記」と呼ばれる。(157~158頁)

 認知革命に関して、文字の発明が与えたインパクトの大きさは、淡々と書かれながらも説得力がある。私たちが当たり前のように活用している言葉や文字というものの抽象性と、それに伴う汎用性がよく理解できる。言語を用いた抽象度の高いコミュニケーションが、ホモ・サピエンスを他の動物たちとを分けたのである。

 認知革命を境に、ホモ・サピエンスはこの点でしだいに例外的な存在になっていった。人々は、見ず知らずの人と日頃から協力し始めた。彼らを「兄弟」や「友人」と想像してのことだ。だが、この「兄弟関係」は普遍的なものではなかった。どこか隣の谷には、あるいは山脈の向こうには、相変わらず「彼ら」の存在を感じられた。最古のファラオであるメネスが紀元前三〇〇〇年ごろにエジプトを統一したとき、エジプトには国境があって、その向こうには「野蛮人」が潜んでいることは、エジプト人たちには明らかだった。野蛮人はよそ者で、脅威であり、エジプト人が望んでいる土地あるいは天然資源をどれだけ持っているかに応じてのみ、関心を惹いた。人々が生み出した想像上の秩序はすべて、人類のかなりの部分を無視する傾向にあった。(212~213頁)


 認知革命は他者とのコミュニケーションを変えただけではなく、連帯のあり方をも変えた。これがコミュニティの範囲を大きく変え、自らが住む地域以外への想像を可能とし、見たこともない人々との間接的な協働を可能とした。


2017年12月3日日曜日

【第783回】『哲学の使い方』(鷲田清一、岩波書店、2014年)

 哲学とは問いだ。ともすると、哲学は難解な思想や考え方が述べられたものであり、私たち「普通」の人々には理解しがたいもののように思えてしまう。実際に、いわゆる哲学書を一冊通して読み通すことは難しく、特に著名な過去の偉大な哲学者に手になる書籍はおよそ解読不能とまで思えてしまう。

 まずは問いのなかに飛び込むこと。以降のプロセスを歩み抜く知的耐性は、問いを問いつづけるなかではじめてついてくる。(iv頁)
 哲学はむしろすすんで初心者であろうとする。「なぜ?」という問いを連発する子どもたちと連帯しようとする……。なんとも不思議な知的いとなみである。(23頁)

 単に学問領域として哲学を捉えるのではなく、問いを発する際のヒントとして哲学を用いてみる。こうしたカジュアルな発想であれば、哲学を生活の中で活かし、ゆたかに生きるためのきっかけにできそうな気がしてくる。

 ほんとうのプロというのは他のプロとうまく共同作業できる人のことであり、彼/彼女らにじぶんがやろうとしていることの大事さを、そしておもしろさを、きちんと伝えられる人であり、そのために他のプロの発言にもきちんと耳を傾けることのできる人だということになる。(123頁)
 哲学とは知の「すべてに気をくばる」べきものとしていた。中井が右で指摘していたようなたがいに異質な複数の知をつないでゆく、そういう機能が哲学にはもとめられている。広範な知識をもって社会を、そして時代を、上空から眺める高踏的な「教養」ではなく、むしろ何がひとの生において真に重要であるかをよくよく考えながら、その実現に向けてさまざまな知を配置し、繕い、まとめ上げてゆく技としての哲学である。(125~126頁)


 生活に活きるだけではなく、哲学は、他者との協働、プロフェッショナル同士の協働に活きる。社会が多様化しているという。「他者性」の強い多様なステイクホルダーと関わる現代において、他者に問いを投げることができ、また他者からの問いに対してオープンに率直に回答できることが、私たちに求められている。現代において、哲学を使うことの効用は高まっているのではないだろうか。


2017年12月2日土曜日

【第782回】『職業としての小説家』(村上春樹、スイッチ・パブリッシング、2015年)

 著者の小説は、決して苦手ではないのだが、好んで何度も読むということはこれまでなかった。しかし、それでも長編小説はわりと読んでおり、気になる存在ではある。このような「なんとなく気になる」というのもファンの一つであろうから、私も著者のファンであったようだ、やれやれ。

 本書はエッセーであり、誠実なモノローグという印象だ。特に興味深かったのは、彼が自身の小説における文体を創り上げる過程で、まず英語で書いてそれを翻訳するという手法を取ったという以下の箇所である。

 机に向かって、英語で書き上げた一章ぶんくらいの文章を、日本語に「翻訳」していきました。翻訳といっても、がちがちの直訳ではなく、どちらかといえば自由な「移植」に近いものです。するとそこには必然的に、新しい日本語の文体が浮かび上がってきます。それは僕自身の独自の文体でもあります。僕が自分の手で見つけた文体です。そのときに「なるほどね、こういう風に日本語を書けばいいんだ」と思いました。(47頁)

 英語で書いてから日本語に「翻訳」する。文体はどのように生み出されるのかが詳らかにされることは珍しいことであろう。シンプルに書くことの秘訣は、シンプルに書かざるを得ない状況を作り出すことにあるのかもしれない。

 以前、英語でアウトプットする訓練をしている際に、英語で書こうとすると言葉が限られざるを得ないので同じような印象は持った。但し、それを日本語に翻訳するとどのような効果があったかまでには意識が全く及ばなかったし、訳してみても著者のような文体にはほど遠かった。文体を構築するための装置は人それぞれによって異なるということであろうが、印象的な発想法ではある。

 自分の体験から思うのですが、自分のオリジナルの文体なり話法なりを見つけ出すには、まず出発点として「自分に何かを加算していく」よりはむしろ、「自分から何かをマイナスしていく」という作業が必要とされるみたいです。(中略)
 それでは、何がどうしても必要で、何がそれほど必要でないか、あるいはまったく不要であるかを、どのようにして見極めていけばいいのか?
 これも自分自身の経験から言いますと、すごく単純な話ですが、「それをしているとき、あなたは楽しい気持ちになれますか?」というのがひとつの基準になるだろうと思います。(98頁)

 「好きこそ物の上手なれ」とまとめるだけではもったいない。情報が氾濫している状況の中で、いかに情報を精査し、シンプルな表現形態を見出すかというプロセスにおいて、「楽しい気持ち」という基準を用いている。こうしたオリジナリティの創出方法は、小説家ではない私たちの多くにとっても参考になるだろう。というのも、提案であったりプレゼンテーションといった、何かをアウトプットするという文脈に照らし合わせてみれば、応用できるのではないか。

 大事なのは、書き直すという行為そのものなのです。作家が「ここをもっとうまく書き直してやろう」と決意して机の前に腰を据え、文章に手を入れる、そういう姿勢そのものが何より重要な意味を持ちます。それに比べれば「どのように書き直すか」という方向性なんて、むしろ二次的なものかもしれません。(151頁)

 この箇所も、私たちの日常におけるメールをはじめとした文字コミュニケーションに適用できるように考えるがいかがだろう。たとえば、即興性を楽しむSNSと比べてやや長い文章を表現するメールを思い浮かべてほしい。

 他の方から届いたメールを一読して何らかの印象を私たちは持つ。その際の印象の差異は、意志や心がそこにこもっているかどうかであり、それは、送り手が頭の中で充分に練ったり推敲しているかどうかの差なのかもしれない。反対に言えば、真剣に何かを伝えよう、他者に理解してもらいたい、という気持ちがあれば、推敲するというのは自然なのかもしれない。

 いろんな種類の本を読み漁ったことによって、視野がある程度ナチュラルに「相対化」されていったことも、十代の僕にとって大きな意味あいを持っていたと思います。本の中に描かれた様々な感情をほとんど自分のものとして体験し、イマジネーションの中で時間や空間を自由に行き来し、様々な不思議な風景を目にし、様々な言葉を自分の身体に通過させたことによって、僕の視点は多かれ少なかれ複合的になっていったということです。(209頁)


 読書の効用について触れられた箇所も面白い。インプットという基礎体力があるからこそアウトプットができるとした上で、上述した箇所では、なぜ大量のインプットが必要かということが述べられている。大量に幅広く読むことで中立的な立地点を見つけることができるという点は納得的である。


2017年11月26日日曜日

【第781回】『忘れられた巨人』(カズオ・イシグロ、土屋政雄訳、早川書房、2015年)

 私たちにとって、記憶とはどれほど大事なものなのだろうか。記憶が不鮮明だと気持ちが悪いし、記憶が失われることに私たちは恐れを抱く。また、記憶を共有していることが、他者どうしを結びつける要素にもなり得る。

 本書は、人々から記憶を失わせる竜を巡る物語である。竜を倒そうとする者、不便は感じながらも安定した社会を守るために竜の存在を守ろうとする者、記憶を失って路頭に迷う者。そうした人々と交流しながら、主人公の老夫婦は、偶発的な経緯で竜を倒す旅に同道することとなる。

 二人で一緒に歩いてきた道ですもの、明るい道でも暗い道でもあるがままに振り返りましょう。(364頁)

 いざ竜が亡くなって記憶が戻るかもしれないという時に、夫婦は、喜びとともにあるいはそれ以上に不安を抱く。しかし、不安を抱きながらも、記憶がどのようなものであろうとも、お互いが歩んできた道は変わらず、そこに喜びを見出す。


 当たり前に私たちにあるものを、大事にしたいと思った。


2017年11月25日土曜日

【第780回】『武士の家計簿』(磯田道史、新潮社、2003年)

 家計簿とは生活の有り様を数値で表したものである。したがって、ある時代の人々の生活を理解するためには、その時代の家計簿を見ると良いのだろう。本書では、江戸時代末期の武士の家族における明治維新以降までの家計簿をもとに、当時の武士の生活、および時代の大きな転換前後で生活がどのように変わったのかが詳らかにされている。新鮮な発見に満ちた書籍であり、古本屋でこの家計簿が含まれた文書を見つけた著者の興奮の様子が伝わったくるようである。

 武士と百姓町人の家計簿を比べたとき、最も違いがあらわれるのは交際費である。武士家計では交際費の比率がずば抜けて高い。猪山家の場合、祝儀交際費が消費支出の一一・八%になる。生活必需品以外の支出としては家族配分銀についで多い。(74頁)

 支出の中で交際費の占める比率が高いと聞くと「武士は食わねど爪楊枝」という言葉が頭に浮かぶ。しかし、自分自身のプライドや娯楽で交際費が高かったわけではないと著者は述べる。

 現代人からみれば無駄のように思えるが、この費用を支出しないと、江戸時代の武家社会からは、確実にはじきだされ、生きていけなくなる。つまり、その身分であることにより不可避的に生じる費用であり、私はこれを「身分費用」という概念でとらえている。逆に、その身分にあることにより得られる収入や利益もある。これを「身分利益」とよびたい。つまり、身分利益=身分収入マイナス身分費用という構造式を考えることができる。(75~76頁)

 武士同士の社会における交際にコミットしなければ、武家社会から排出されてしまうから、交際費がかかるというのである。この指摘は、戦乱の絶えなかった室町後期や戦国時代と比較すれば分かりやすいだろう。つまり、戦乱が多かった時代であれば、他者との付き合いよりも戦場で手柄を立てることによって立身出世ができたのに対して、平和状態が長く続いた江戸時代では手柄を戦場で立てる機会がほとんどなかったのである。そうなると、武士同士での安定的な社会の中で認められることが必要だったのである。

 この身分利益という概念を用いれば、なぜ明治維新後に士族の反乱がマイノリティーで、多くの士族が唯々諾々と武士階級の解体に応じたかがわかる。

 今日、明治維新によって、武士が身分的特権(身分収入)を失ったことばかりが強調される。しかし、同時に、明治維新は武士を身分的義務(身分費用)から解放する意味をもっていたことを忘れてはならない。幕末段階になると、多くの武士にとっては身分利益よりも身分費用の圧迫のほうが深刻であった。明治維新は、武士の特権を剥奪した。これに抵抗したものもいたが、ほとんどはおとなしく従っている。その秘密には、この「身分費用」の問題がかかわっているように思えてならない。(77頁)


 江戸末期においては、身分費用が増加したことに伴って身分利益が圧迫していたという。だからこそ、身分費用の負担に耐えられなくなっていた多くの武士にとって、わずかな身分収入にしがみつく理由は、少なくとも生活面では弱かったのであろう。


2017年11月23日木曜日

【第779回】『漱石論集成 増補』(柄谷行人、平凡社、2001年)

 万人に推奨する書籍ではない。しかし、著者の他の書籍が好きで、かつ漱石を読破している方にはオススメのコアな一冊。「こういう読み方があるのか」「この作品とあの作品はこのように繋がっているのか」といった知的興奮に満ちた読書経験に誘われることだろう。

 『行人』の前半では、われわれはいまにも三角関係が行きつくところまで行くようなスリルを感じる。しかし、なにごとも起らないばかりか、弟の二郎の方も「自己と周囲と全く遮断された人の淋しさを独り感じ」る男になっている。小説は唐突に一郎の内的世界に移行してしまい、嫂の問題は忘れ去られてしまうのである。これは『門』の宗助が妻をそっちのけにして参禅してしまうのと同じことである。『夏目漱石』のなかで、江藤淳はそれを他者からの遁走であり、自己抹殺=自己絶対化の論理であると批判している。だが、事実はそうではない。これらの小説の主人公たちは、元来倫理的な相対的な場所にいたのだが、ある時点から漱石固有の問題をかかえこんでしまい、まったく異質の世界に移行してしまったのだ。彼らは倫理的に他者にむかうことを放棄したが、ひとは倫理的であるためにはまず自己の同一性・連続性をもちえていなければならない。(31~32頁)

 『行人』の最後の唐突かつ長い手紙も、『門』で宗助が突如として参禅する最後のエピソードも、なんでこうなるのだろうと疑問に思う読者は多いだろう。少なくとも私はそのように単純に疑問を持っていた。なぜ漱石はそれらのエピソードを最後に持ってきたのか。著者の仮説は納得的であるし、このように捉えれば漱石の他の作品における作品構造も推測できそうであり、著者は以下のように続ける。

 漱石の小説は倫理的な位相と存在論的な位相の二重構造をもっている。それはいいかえれば、他者(対象)としての私と対象化しえない「私」の二重構造である。他者としての私、すなわち反省的レベルでの私を完全に捨象してしまったとすれば、そして純粋に内側から「私」を了解しようとすればどうなるか。それを示しているのが『夢十夜』だ。この「夢」は漱石の存在感覚だけを純粋に暗示するのだが、われわれは漱石のどの作品にもこういう「夢」の部分を、すなわち漱石の存在感覚そのものの露出を見出すことができるのである。『坑夫』の出口のない地底の迷路もそうだし、『それから』の冒頭と最後にあらわれる「赤」の幻覚にしても然りである。(38頁)


 現実と夢、倫理と存在論。この二つの対比軸によって捉えると、それぞれの作品における漱石の物語の描き方を垣間見ることができるのではないか。こうした思考の補助線を持ちながら、漱石の作品を読み直すと面白そうである。


2017年11月19日日曜日

【第778回】『龍馬史』(磯田道史、文藝春秋、2010年)

 龍馬の生涯を語れば、そのまま幕末史の生きた教科書となります。幕末史は複雑ですが、龍馬を主人公にしてみてゆけば、それが何であったのか、はっきりした像が見えてくるはずです。(7頁)

 近世史を専門とする著者が本書を著した目的はここによく表れている。土佐藩を脱藩し、江戸や京都といった時代の中心を為した地域に精通し、薩長をはじめとした雄藩の人物との接点になった坂本龍馬。だからこそ、彼をつぶさに見ていけば、幕末史が見えてくるのであろう。

 龍馬を生んだ時代背景から著者は論を進めている。

 江戸時代は、教科書的には既に兵農分離が済んだ時代だとされています。しかし、実際は兵農分離が進んでいる地域とそうでない地域との差が大きかったのです。(中略)
 土佐や長州は郷士が非常に多く、学校教科書が教える兵農分離の社会とはほど遠い。また、南九州も郷士が多く、熊本藩、人吉藩、薩摩藩、佐賀藩などは郷士だらけといってもいい状態です。(中略)
 後に明治維新の原動力となったような西南雄藩は、郷士が多く兵農分離が進んでいなかったという傾向が明らかです。(中略)そして、戊辰戦争において、新政府軍に抵抗した東北諸藩も郷士が多い。さらに言えば、維新以後に、いわゆる士族の反乱が起こった地域も、そこに重なってくるのです。(13~14頁)

 郷士に対する著者の分析が興味深い。郷士が多かった地域におけるエネルギーの大きさとまとめれば良いだろうか。維新を起こした側も維新に抵抗した側も、郷士が多かった藩でであるいうのだから面白いではないか。固定された身分制度ではなく、流動性があることが、社会にエネルギーをもたらし、変化をもたらす動因となるのであろう。

 大政奉還と武力倒幕は、一般的には対立する概念と思われていますが、そうではありません。いきなり幕府を軍事力で倒すとなると、土佐藩のような親幕府的な心情を抱いている藩はなかなか踏み切れません。大政奉還を経ての新政権構想を掲げることで、土佐藩のみならず各藩を次々と巻き込み、事実上、幕府を無きものとしてしまう、それが、薩土盟約を実現した段階での、龍馬の構想だったのではないでしょうか。(98頁)

 これこそが戦略的思考というものであろう。正直に言えば、なぜ江戸末期において、大政奉還を経てから武力倒幕がなされたのか、もっと言えば、大政奉還の意義はなんだったのか、がよくわからなかった。結果が分かっている現代の視点から見れば、大政奉還は無駄であり、戊辰戦争だけでよかったのではと思えたのである。

 しかし、大政奉還によって徳川家を全大名と同じ地位にした上で、薩長土が天皇を担いで官軍となれば、他の諸藩が天皇の名の下に味方になりやすくなるのである。反対に言えば、徳川幕府が続いていればいくら弱体化していても、変化によって既存の大名勢力がどうなるかわからないような権力主体の変更運動に協力することは難しかったのかもしれない。だからこそ、大政奉還を慶喜にさせた上で、クーデターのように徳川討伐を官軍として敢行するという二つのステップを踏んだのである。


 たしかに龍馬を眺めることで、江戸末期から明治に向けた変化を理解することができるようだ。


2017年11月18日土曜日

【第777回】『夏目漱石と西田幾多郎』(小林敏明、岩波書店、2017年)

 亡くなった時期が異なるために、両者が同世代だとは気づいていなかった。直接的なコミュニケーションは推測の域は出ないが非常に限られた機会であったようだが、同じ頃の生まれであり、近しい問題意識を持っていたという。

 図らずも、漱石作品のあの執拗な心理描写と西田哲学のあの回りくどい論理表現は同じ苦吟を表現しているが、それは徒手空拳、自分の意思と思考だけを頼りに「近代」と格闘した彼らの「人生」の現場を赤裸々に映し出しているのだ。(11~12頁)

 小説と哲学という異なるフィールドでありながら、近代という新しい時代精神に対する意識が共通していたようだ。時代の大きな変わり目において、まさに生き死にをかけて取り組んだ両者の作品だからこそ、近代を経て大きく時を経た今日においても、私たちを魅了するのであろう。

 漱石山房や京都学派というような非血縁的な擬似家族共同体ができあがると、彼らはその中心にいて特別な「父性」を発揮した。彼らの手紙や人々の証言を参照すればわかるように、彼らは自分の「弟子」たちに専門知識を教示しただけではなく、目をかけ、可愛がり、叱り、励まし、面倒を見、相談に乗り、ということをじつに小まめにやっている。これはやはりひとつの能力というべきである。この「父性」がなかったら、あれだけ多くの「弟子」が彼らのもとに集まってくることはなかっただろう。(146頁)


 漱石の小説の中には、彼の弟子たちをモデルとしたものが多く出てくる。あの描写からもわかる漱石を取り巻くひとつの共同体と、京都学派と呼ばれた西田とその弟子たちによって形成された共同体。こうした共同体は自然発生的なものであるのだから、その中心にいる漱石と西田という存在に特色があることは容易に想像できる。その特徴を父性として見出した上記の箇所は興味深い。


2017年11月12日日曜日

【第776回】『漱石激読』(石原千秋・小森陽一、河出書房新社、2017年)

 文学者や文芸評論家といった専門の方々がどう読まれるかはわからないが、漱石好きの素人としては面白おかしく読めた。長編小説を網羅的に扱ってくれているため、このような読み方があるのだなぁと感心しながら、興味深く読める。

 著者たちの読解が全て正しいとはさすがに思わないが、首肯する部分がとても多い。小難しく捉えない普通の漱石好きであれば、新たな視点や読み解き方に出会い、また読み直したくなるのではないだろうか。

小森 登場人物Aが手紙を書いて、それを小説のなかで読んでいるのは別の登場人物B。しかし、Aが書いた「汝」に読者がなることによって、読者はBの位置に立てる。
石原 そういうことなんです。
小森 つまり登場人物についての小説を読みながら読者がその人物を演じていく、そういう小説内世界への読者の参加の道筋を意識的に開いているのではないかという話でしょう?(28頁)

 『文学論』を基に、漱石が後期三部作で盛んに用いた手紙というメディアを用いる効用を解説しているところに唸った。手紙が出てくる漱石の小説は私が特に好きな作品であり、なぜそこに惹かれるのかの理由が、この部分を読んでよくわかった。それとともに、こうした手法が『文学論』で既に触れられていたということに驚く。

石原 読者が想像力を働かせる空間がぐんと広がった。考えてみれば、『彼岸過迄』は語りの当事者性が奪われた小説です。逆に、その語りの当事者性がもろに出てきたのが『こころ』です。『彼岸過迄』『行人』『こころ』の流れを語りの当事者性で切ってみると……
小森 その読み込み方は面白い。
石原 『行人』は脇にいた人でしょう。『こころ』は本人が語る。
小森 『行人』は脇にいた人がどんどん当事者性を突きつけられていく。
石原 巻き込まれていくということを、全部話が終わってから傍から語る。語りの当事者性をめぐる実験をおこなっている感じがします。その発端となった『彼岸過迄』はいろんな方法意識の玩具箱みたいになっていて、何が出てくるかわからない面白さがあるわけですね。(238頁)

 手紙を書いた主体によって、その印象が変わるというのだから面白い。恥ずかしながら、そこまで全く意識して読んでいなかったが、なるほど、思い返してみると印象が異なるように思える。後期三部作を改めて読み直したい。


2017年11月11日土曜日

【第775回】『しんがりの思想』(鷲田清一、角川書店、2015年)

 リーダーシップ開発の重要性を仕事の中で感じている身として、副題が「反リーダーシップ論」と銘打たれている本書には興味があった。私の印象としては、著者が否定しているリーダーシップは、いわゆるヒロイック・リーダーと呼ばれる、自分自身が正解を持ち野心的な目標を立てて周囲を引っ張るようなリーダーである。したがって、結果的には共感しながら読めた本であった。

 上司の命を待つのではなく、一人ひとりがじぶんで考え、タフに行動する組織がいちばん活力がある。そういう意味では、逆説的な言いまわしになるが、リーダーがいなくてもいい組織を作れるのが真のリーダーだということにもなるかもしれない。(中略)そうだとするとポイントは、リーダーそのひとではなくて、むしろ、仕事をまかされたメンバーがそれぞれに気持ちよく気張れるよううまく調整をするひと、つまりは番頭のような二番手のひとだということになる。(152~153頁)

 著者が否定していたのは、現代における組織において、ヒロイック・リーダーのようなリーダーに対して依存したくなる私たちの傾向でありリーダーシップそのものではない。だからこそ、一人ひとりがそれぞれ他者に影響を与え合いながら、一人ではできない大きなことを成し遂げようとするリーダーシップは重要である。さらに言えば、お互いが認め合うことで、時には他者を支えるフォロワーシップの重要性を著者は指摘しているのである。これが番頭を指しているのであろう。

 専門知というのは、それが適用される現場で、いつでも棚上げにできる用意がなければ、プロの知とはいえないものである。専門知は、現時点で何が確実に言えて、何が言えないか、その限界を正確に掴んでいなければならない。しかし、現場にいるひとの不安や訴えのなかで、自身の判断をいったん括弧に入れ、問題をさらに聴きなおすこと、別の判断と摺り合わせたうえでときにそれを優先させることもしなければならない。ここでは、「この点からは」「あの点からは」という複雑性の増大にしっかり耐えうるような知性の肺活量が必要となる。こうした二様の知性をパラレルに働かせることを、いずれの分野であれ、いまのプロフェッショナルは求められている。(107~108頁)

 誰もがリーダーシップを発揮し、フォロワーシップと相俟って変化に対応しようとする組織においては、専門知の捉え方も以前と異なってくる。いわゆる専門バカのように、自分の保有する知識にだけ造詣があれば良しとされる時代ではなく、他の専門家の主張を理解し、協働できることが求められるのである。

 一般に、制度化された組織では、なすべきことはその分類にしたがってどんどん細分化され、規律化されてゆく。先にもみたトランスサイエンス的な状況においては、それらの間隙を見過ごさないこと、それらをたがいに瓦のように重ね合わせてゆくことが求められる。そのときはたらく知性は、つねに問題の全体をケアするものでなければならない。いいかえると、融通のきかない専門家主義のソリッドな知性に対して、みずからに割り当てられた業務を超えて、他者を案じ、全体に気を配りつつ、そのつどの状況に可塑的に対応できるリキッドな知性こそが、ここでは験しにかけられる。あるいは、既定の制度からは見えない存在、外れてしまう存在、それにも応答してゆこうとするのが「知性の公共的使用」のことだといってもよい。(125頁)


 他者と協働するための条件として、私たちにはリキッドな知性が求められる。専門知は必要条件である。それがなければ、他者に提供できるものがなくなってしまうからだ。しかしそれだけでは足りない。専門知を持つ者同士が対話し、協働するためには、しなやかで柔軟な知性が求められるのである。


2017年11月5日日曜日

【第774回】『マチネの終わりに』(平野啓一郎、毎日新聞出版、2016年)

 すれ違いがテーマとなる作品では、第三者として全体の構造が見える私たちにはもどかしく、しかしだからこそ、その作品に惹きつけられる。

 映画「君の名は。」では、瀧と三葉がひたすらすれ違い続け、最後の最後に初めて出会うからこその感動がある。また、アンジャッシュの「すれ違いコント」では、次第に大きくなる勘違いが笑いを増幅させてオチで最大化する。本作では、二つの大きなすれ違いを経て物語が進展し、やきもきした気持ちを幾度となく抱きながらも、読後には心地よい余韻が残る。

 フロムは、『愛するということ』の中で、愛の性質を与えるという能動性に見出し、配慮・責任・尊敬・知という四つの要素から成り立つとしている。蒔野と洋子は、その出会いの最初から、他の誰よりも相手を理解し、他の誰からよりも理解されていることを、対話を通じて直感的に感じ取っている。したがって、両者の間に愛という関係性があったことは間違いないだろう。

 しかし、すれ違いによって、両者の愛が異性愛の一つのゴールとも呼べる結婚へと繋がらなかったことを、軽々に運命のいたずらによる悲劇と片付けてよいものかどうか。私には、両者が夫婦として存在し得なかったことをもって悲しい物語と位置付けることはできない。悲劇であったのであれば、読後に残る余韻の心地よさの説明がつかないからである。

「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでいる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?」(29頁)

 この蒔野の発言に洋子は共感し、その後も物語のポイントごとに思い出している。すれ違いによって相手の言動の背景を誤解してしまった過去や、それに伴って下した決断という過去であっても、その事実自体は変えられなくても解釈は変えられる。そうした可変的な過去解釈を自身が行うことで自分自身だけではなく他者との関係性も含めて将来に活かすことができるのではないか。

 それは愛およびその喪失の過程においても同様である。洋子は、戦時下での現地取材で負ったPTSDに苛まれ、その後に離婚まで経験しながらも、ジャーナリストとして新しいフィールドを見出している。蒔野も、洋子との出会いの前から悩まされたキャリア・プラトーの状況から、環境要因にも因るブランクを経て自身の演奏表現を再構築し、復活を果たしている。


 帯では「恋の仕方を忘れた大人に贈る恋愛小説」と謳われているが、異性愛だけに留めてはもったいないのではないか。やや大袈裟な物言いになることを承知の上で言えば、人間愛あるいは人間の多様な可能性についての示唆にも富んだ小説として読み解きたい。


2017年11月4日土曜日

【第773回】『わたしを離さないで』(カズオ・イシグロ、土屋政雄訳、早川書房、2006年)

 抑制の利いた筆致で淡々と描きながら、読者に場面を想像させる。余分な力が入っていないからか、読み手としても心地よく読み進められる。SF的な状況設定であるがために、現実との距離感を如何様にも取ることができ、多様な読み方ができそうである。

 臓器移植をはじめとした社会的トピックスと紐付けて読めそうなテーマでありながら、個人的には漱石が描いた三角関係を軸とした一連の作品群を思い起こさせた。

 主人公であるキャシー、付かず離れずでありながら友情関係を長期に継続するルース、ルースとの恋仲でありながらキャシーと強い友情関係を一貫して持ち続けたトミー。『こころ』でいうところの、先生・K・お嬢さんという三者の関係を想起してしまう。二者ではなく三者であるからこそ、関係性の拡がりと多様な可能性とが展望されるのではないか。

 新しい環境に溺れる思いだったわたしたちは、しばらくの間、浮き輪代わりにこの論文にしがみついていたのだと思います。(140頁)


 三人が施設から出て、一般社会に出た直後の描写である。施設で出された論文執筆という課題自体には興味を持てない中でも、過去のあたたかい記憶や関係性の名残である論文を精神的な拠り所にするという感覚。大学に入って新しい交友関係を築くことに勤しみながら、中学や高校の友人と会うことを億劫と思いながらも、どこかでそこに安心感を覚えるような感じであろうか。

2017年11月3日金曜日

【第772回】『劇場』(又吉直樹、新潮社、2017年)

 芥川賞受賞作である『火花』も良かったが、個人的には本作の方がさらに良かった。前作では肩に力が入っているように見受けられる箇所がいくつかあったのに対して、本作ではそのような箇所が見当たらない。物語の展開を引っかかりがなくすらすらと読み進められ、二作目にして既に文体が完成の域に達しているかのようだ。

 帯にも書かれているので、いわゆる恋愛小説ということなのであろう。「僕」を主体にした物語展開であり、恋人との関係性が初期の時点から過去形で語られるため、その終焉を予期しながら読者は読み進めることとなる。

「そうじゃなくて、正直すぎて感情をどれかひとつに絞られへんねやと思う」(53頁)

 私たちは、他者から質問を受ける際に何らかの唯一の解答があるかのように思う習性があるのかもしれない。「なぜあなたは弊社を志望したのか?」と問われれば何らかの決定要因があるように考えるし、「AとBではどちらが好きか?」と尋ねられるとどちらも好きでも一方を選んでしまう。

 しかし、ある人物の中に、ある一時点における感情は、本来複数あるのであろう。なぜなら、自分を取り巻く事象は多様であり、それぞれに対する多様な感情がないまぜとなって今という自分の雰囲気を形成するからである。

 表現方法や程度の差はあれども、このような複雑な内面を表現することは他者に対する信頼が前提となる。良い面も悪い面も含めて、感情を共有できるということがお互いの信頼関係であり、そのプライベートの要素が大きくなれば恋愛関係を形成することになるのかもしれない。

 金もないのになぜ腹が減るのだろう。人の親から送られた食料を食べる情けない生きもの。子供の頃、こんなみじめな大人になるなんてこと想像もしていなかった。どこかで沙希の親に好かれたいと願う自分がいた。どちらかというと礼儀正しい方だし好かれるんじゃないかと期待していた。だが、大事な娘と暮らす甲斐性のない男を好きになる親など存在するはずがない。好きな仕事で生活したいなら、善人と思われようなんてことを望んではいけないのだ。恥を撒き散らして生きているのだから、みじめでいいのだ。みじめを標準として、笑って謝るべきだった。理屈ではわかっているけれど、それは僕にとって簡単なことではなかった。(71~72頁)

 終焉を予期しながら読むために、少し関係性がギクシャクするような箇所を読むと過剰に反応してしまう。こうした展開を創り出せるのも、小説家の力量なのであろう。

 デフォルメされてはいるが、過剰に描かれた「僕」の言動を通じて自分を内省させられる。ここまで自分は酷くないという安全地帯を用意されながら、同時に、その安心感の中で自身の言動に向き合わさせられるというような経験である。安心しながら軽くショックを受けるという不思議な感じを得られるのが小説を読む醍醐味の一つであろう。

「沙希ちゃん、セリフ間違えてるよ。帰ったら沙希ちゃんが待ってるから、俺は早く家に帰るねん。誰からの誘いも断ってな。一番会いたい人に会いに行く。こんな当たり前のことが、なんでできへんかったんやろな。沙希ちゃんが元気な声で、『おかえり』っていうねん。言えるよな?大きな犬も俺の肩に飛びついてきて、ちょっと肩噛まれるけど、その時は痛み感じへんくらい俺も犬好きになってるから」(206頁)


 この最後のやり取りは切ない。誰かが悪いとか、あの言動が拙かったとか、そうした箇々別々の評論ではなく、お互いたお互いを尊重し合っていても結果的にうまくいかないことはあるのだろう。反省し、後悔している「僕」が、最後に別れをきれいに受け容れたのは、お互いの人間性に対する尊敬があったからなのではないか。


2017年10月29日日曜日

【第771回】『里山資本主義』(藻谷浩介・NHK広島取材班、角川書店、2013年)

 数年前に著者の『デフレの正体』を興味深く読み、本書が出た時には意外なテーマを扱っていると感じていつか読もうと思いながら何年も経ってしまっていた。清々しい書籍である。

 タイトルからすると、地域の活性化や環境問題について肩に力が入った議論が展開されるのかもと思ったが、そのようなことはなかった。テーマとしては地域経済や環境が扱われるが、取材やインタビューで展開される論旨は、おおらかで心地よい。

 こうした清々しい展開は、里山資本主義の定義にあるのではないか。以下の定義に目を通してほしい。

 里山資本主義は、経済的な意味合いでも、「地域」が復権しようとする時代の象徴と言ってもいい。大都市につながれ、吸い取られる対象としての「地域」と決別し、地域内で完結できるものは完結させようという運動が、里山資本主義なのである。
 ここで注意すべきなのは、自己完結型の経済だからといって、排他的になることではない点だ。むしろ、「開かれた地域主義」こそ、里山資本主義なのである。
 そのために里山資本主義の実践者たちは、二〇世紀に築かれてきたグローバルネットワークを、それはそれとして利用してきた。自分たちに必要な知恵や技術を交換し、高め合うためだ。そうした「しなやかさ」が重要なのである。(100~101頁)

 地域における資源の活用を重視するとともに、内側に閉じるのではなく、利用できる外部のリソースやテクノロジーは十分に活用するしなやかさ。これが里山資本主義であると著者たちは述べているのである。

 こうしたオープンな姿勢は、IターンやUターンで地域が活性化して注目されている周防大島町の椎木町長の以下の言葉に表れている。

「私は行政のなかにいる人間ですが、一番不足しているのは、やる気があってもアイディアが薄い点。自分でも反省しているのですが、外のまったく違うタイプの方々のアイディアをいただけたら、もっと面白いものができるのではないかと期待しています」(174頁)

 地方都市においては、そこに住む人々が外から来る人々に対して排他的な姿勢を示すことが多いと言われる。いわゆるムラ社会に対して多くの人々が抱くイメージであり、現代においても決して現実とかけ離れたものではないだろう。

 しかし、活気のある地域においては、周防大島町長のようなマインドセットを持った方々が活躍されているのではないか。上記の言葉は、いろいろな可能性を感じさせてもらえる。

 里山資本主義は、マネー資本主義の生む歪みを補うサブシステムとして、そして非常時にはマネー資本主義に代わって表に立つバックアップシステムとして、日本とそして世界の脆弱性を補完し、人類の生き残る道を示していく。(303頁)

 しなやかな態度で捉えれば、里山資本主義と現代におけるマネー資本主義とは、トレードオフの関係ではなく補完関係にあるという最後の結びをよくかみしめたい。



2017年10月28日土曜日

【第770回】『浮世の画家』(カズオ・イシグロ、飛田茂雄訳、早川書房、2006年)

 ノーベル文学賞を受賞した著者の書籍を恥ずかしながら読んだことがなかった。本読みの名が廃ると思い、近所の図書館に所蔵してある書籍をまずは借りてみた、というのが事の次第である。

 時制が突然にして変わる文体に慣れるのがなかなか大変ではあったが、そうしたストレスを感じながら読むというのも趣深いと後半では思えるようになった。戦前に国策に合致した作品で著名になり、戦後にその過去の「遺産」に対する周囲の目を意識する主人公を描いた物語である。重たいテーマであるにもかかわらず、すらすらと読めるのだからすごい。おそらくは、役者の力量もあるのだろう。

 「少なくともおれたちは信念に従って行動し、全力を尽くして事に当たった」後年に至って、自分の過去の業績をどう再評価する事になろうとも、その人生に、あの日わたしが高い峠で経験したようなほんとうの満足を感じるときが多少ともあったと自覚できれば、必ず心の慰めを得られるはずだ。(304頁)

 過去にとらわれ、苦悩しながらも、旧友と対話をしながら、過去の信念に対する是非ではなく、信念に準じて悔いのない行動をとったことに誇りを持つという結論に至った主人公。その是非はなんとも難しいことではあるが、悔いなく、真剣に何かに取り組むという点には魅きつけられる。

 わが国は、過去にどんな過ちを犯したとしても、いまやあらゆる面でよりよい道を進む新たなチャンスを与えられているのだと思う。わたしなどはただ、あの若者たちの前途に祝福あれと心から祈るだけである。(306頁)

 自身の過去に対するこだわりからある程度抜け出た後に、後世に対する優しい眼差しと、社会の将来に対する明るい展望とを見出した主人公。戦後すぐの時代における時代精神も含まれているであろうし、本書が最初に出版された1986年というジャパン・アズ・ナンバーワンの時代精神も反映されているようだ。今、著者が主人公に最後を語らせるとしたら、どのような発言になるのだろうか。



2017年10月23日月曜日

【第769回】『福岡伸一、西田哲学を読む』(池田善昭・福岡伸一、明石書店、2017年)

 異なる分野の碩学同士の真剣な対話はスリリングである。真剣であるからこそ、分からない点を端的かつ鋭く質問し合うために読み手にとって理解がし易くなる。福岡氏の動的平衡論も、池田氏が解説しようとする西田哲学も、どちらも興味がありながら理解が追いついていなかった。本書で徹底的に質疑応答をしてくれているため、理解が進んだように思え、今後も繰り返し読み解くことで理解を深めたいと思える一冊である。

福岡 先ほど、西田哲学はそれ自身で、すでに「科学」としても扱えると発言したのですが、今回、西田哲学に正面から向き合ってみて、私は、生物学、物理学、化学、数学、言語学、歴史学……といったさまざまな学問が西田哲学において融合しているといった印象を強くいたしました。(271頁)

福岡 科学でなんでもできると思っていたら、それは時としてとんでもない災いや誤りを招く。西田哲学はそれを戒めてくれている学でもある、と私は思います。先ほど池田先生は「自然に謙虚に」と言われたのですが、科学者のみならず、およそ研究者というものは、常に自分や自分の研究していることに対して懐疑的な視点を持つことも大切です。西田哲学は、そうしたことをあらためて私たちに思い起こさせてくれる学でもあると思います。(282頁)

 徹底的な対話を経て西田哲学と自身の動的平衡との統合的理解を得た福岡氏が最後の対談で述べた一言に、学際研究の必要性が端的に示されているように思える。近代西洋科学が批判的に捉えられる存在というわけではない。しかし、西洋科学中心で物事を捉えすぎることによる危険性を著者たちは指摘し、様々な学問領域を統合し、自然を中心に据えて謙虚に物事を捉えることの重要性を説く。

 冒頭で著者たちが導き出したのは、自然に還ることの必要性である。

福岡 ヘラクレイトスが「万物は流転する」とか、「相反するところに最も美しい調和がある」と言ったように、自然本来のあり方をとらえようとする立場がある(ピュシスの立場)。一方、それを忘れて、いわゆる「存在者」というものだけでものを語ろうとする立場がある(ロゴスの立場)。プラトン以降の哲学はロゴスの立場に基づくもので、それが続いてきたことに対する一種のアンチテーゼとして、西田は「ピュシスの世界に還れ」という旗印を言わば行間に掲げて、独自の考えを深めていった。(47頁)

 近代西洋科学をロゴスの立場とし、そこからだけ眺めるのではなく、自然に立ち返ることが重要であると両者は述べる。その上で、福岡氏が着目している生物と無生物や内側と外側の「あいだ」の概念が、西田哲学における絶対矛盾と近しい関係にあることが述べられている。

 続いて、ピュシスを基にして、時間と空間をどのように捉えるかというテーマへと両者の対談は進む。

池田 そもそも時間と空間というものを考えることができなくなってしまうんですよ。時間と空間というものはまったく矛盾していますから。片一方は流れていくものだし、もう一方は流れない。しかし、現実においては時間と空間というのは一つになっている。
 そのことを「(絶対)矛盾的自己同一」と西田は言っているわけです。矛盾したものが一つになっている、と。(89頁)

池田 そういう矛盾しているものが自己同一(している)と説かれるわけですけれども、このことを言葉を変えて、「逆に限定されている」とか「逆限定」とも言うんです。
 ですから、「逆限定」と「絶対矛盾的自己同一」というのは、ほとんど同じことを言っている概念なのです。(89頁)

 時間と空間という捉え方は、日常生活を送っていると当たり前の概念として何気なく認識してしまう。ある場面を表現する際に、緯度と経度で空間を同定し、年月日で時間を同定することでその場面を把捉できているように思える。しかし、本来的に流れの概念である時間を年月日で捉えた場合にはそれは「時刻」であると著者たちは指摘する。

 したがって、私が上述したような認識は時間と空間とを一つのものとして捉えられていないものであり、必要とされるのが逆限定という概念である。この概念の難しさは福岡氏ですら本書の対談内で苦闘しているので私自身も分かったとは容易には言えない。しかし、苦闘の末に至った福岡氏の以下のまとめは私たちの理解を促すうえで役に立つだろう。

福岡 逆限定においては、「環境が年輪を包む」ということは同時に「環境が年輪に包まれる」ということも含んでいて、それは「包む・包まれる」という言い方で、ーーこれは「作る・作られる」という言い方に置き換えてもいいのかもしれませんがーー、つまり、ピュシスにおいては、環境が年輪を作ると同時に環境は年輪によって作られている、と。(134頁)

池田 環境が樹木を「包みつつ」樹木に「包まれ」、樹木は、場に「包まれつつ」場を「包む」という逆限定的な関係がここには(見えないながらも)現れているのですが、「逆限定」あるいは「絶対矛盾的自己同一」とはつまり、環境と樹木の「あいだ」のことであって、そこにおいて環境と樹木とは相互に否定し合っています。こうした相互否定関係のうえに成り立つピュシスの働きというものが「歴史的自然の形成作用」ということになるのです。(144頁)

 樹木の中にある年輪と、樹木を取り巻く環境との相互作用についてここでは述べられている。ある一時点をスナップショットで収めると、樹木とその周囲の環境というものはたしかに存在する。そうした空間における両者の存在に、時間という流れを加えると、お互いに影響を与え合う関係性が見えてくる。ある一時点において観測したものを基に私たちは思考を進める傾向があるが、流れという時間を想定して時間をも捉えることが必要なのである。こうした時間論について、対談のテーマは移っていく。

福岡 個体は絶えず交換されるジグソーパズルのごとき細胞によっておぼろげな全体としても存在している、ということが西田においても言われていると思います。
 ですから、「多の自己否定的一」という表現について、「多」というのは多細胞の「多」であり、細胞の構成要素であるというふうに考えると、その構成要素が自己否定している、と言われているわけです。絶えず生まれ変わる。壊されながら作られる。分裂しながら死んでいくのですけれども、また新たなものが生み出される。そういった自己否定性の中に「多」というものはある、と読むことができます。
 けれども、それが同時に「一」であるところの全体というものを構成していて、さらに「一の自己否定的多」としてその逆の働きにも言及されています。そして、「多の自己否定的一」が時間的であり、「一の自己否定的多」が空間的である、と続く。つまり、ここで時間と空間が対比されているわけですけれども、このとき西田先生が言われている時間というのは、合成と分解の繰り返しという動的平衡によって生ずる流れとしての時間ですよね。(156~157頁)

池田 時間を考える場合に、多くの人は過去から未来へという方向に着目し、未来から過去へという反対の方向にはほとんどの人が目を向けることがないわけですけれども、引用文中に「作られたものから作るものへ、作るものから作られたものへ」という表現がありますね。「作られたもの」というのは、要するに過去のことです。「作るもの」というのは未来のことなんですけれども、世界においては両者が絶えず、逆限定的に作用しているんです。
 で、こうした矛盾的自己同一というあり方がすべてにわたって徹底していくところに西田の論理性が現れているのですが、従来、西洋哲学にはこうした論理は存在しなかったわけです。(160~161頁)

 絶対的矛盾的自己同一における時間と空間との関係性は、西田哲学における円環的な時間論へと繋がっていく。

池田 西田では、それは絶対矛盾の自己同一ということになり、ここにおいて、福岡さんの「先回り」(動的平衡)と「絶対矛盾的自己同一」とが完全に重なることになるのです。
 そして、時間というのはただ直線に進むむだけじゃなくて、円環する性格もあるはずだ、ということを西田は明言しています。
 「先回り」という概念が西田においてもしもあったとすれば、直線じゃなくて、円環……、戻って来るという、そういう時間について語られるものでなければならない。そう西田は暗に語っているわけですね。(218~219頁)

 ここまでざっと著者たちの対談で印象に残ったところを関連付けながら引用してきた。しかし、正直に言えば、改めて読み直してみるとあまり理解できていないようである。もう少しじっくりと読みたいと思う。


 その際には、本書で述べられてきた生命というものを、企業組織やそこで働く社員へのアナロジーとして捉えられないかと考えている。というのも、しばしば、企業組織は生命体として捉えられる。そうであれば、ピュシス、時間と空間の「あいだ」、絶対矛盾的自己同一/逆限定、円環する時間論、といったものは、企業組織でも援用できるのではないかと考えるからである。機会を作って、もう少しじっくりと取り組んでみたい。


2017年10月22日日曜日

【第768回】『これからの「正義」の話をしよう』【2回目】(マイケル・サンデル、鬼澤忍訳、早川書房、2010年)

 唐突なタイミングで衆院選が行われることとなった。やや不謹慎なのかもしれないが、政治は面白い。わくわくする。もちろん大事な選択であり、どの政党に入れるべきか、どのような見識を持った候補者に投票するべきかを真面目に考えたい。そう思った時に、本書を読み直そうと思った。

 改めて読み解いていくと、あれほど感銘を受けたのに内容をいかに忘れていたかに気づかされる。リバタリアニズム、リベラリズム、コミュニタリアニズムという三つを軸にしながらの論理展開は読み応え十分である。ハーバードでの著者の講義をもとに書籍化しただけあって、ライブ感があって読みやすい。

 人間に特有の能力である言語は、快楽や苦痛を表現するためだけにあるのではない。何が正義で何が不正かを断じ、正しいことと間違っていることを区別するためにあるのだ。人間はそうしたことを沈黙のうちに把握してから言葉を当てはめるのではない。言語は、それを通してわれわれが善を識別し、熟考するための媒体である。(253~254頁)

 哲学とは、語ることとの親和性が高い。プラトンによるソクラテスの対話の物語を例に出すまでもないだろう。言語を「善を識別し、熟考するための媒体」と喝破した著者の定義にはハッとさせられる。月並みではあるが、言葉を大事にして使いたいと思った。

 帰属には責任が伴う。もしも、自国の物語を現在まで引き継ぎ、それに伴う道徳的重荷を取り除く責任を認める気が無いならば、国とその過去に本当に誇りを持つことはできない。(304頁)


 ロールズの「負荷なき自己」を批判した上で、負荷のある自己について語った箇所である。負荷のある自己とは、自分自身に責任を持ち、自分を形成するコミュニティの持つ歴史に対する責任をも持つ存在である。自国の文化や歴史に誇りを持ちながら、過去の自国の行動に伴う責任を無視しようとする考え方への痛烈な警句である。


2017年10月21日土曜日

【第767回】『今こそアーレントを読み直す』【2回目】(仲正昌樹、講談社、2009年)

 全体主義とは何か。現代においてもその影が何となくちらつくように思えるのは杞憂であろうか。「100分で名著」でアーレントの『全体主義の起原』が扱われていたシリーズを興味深く見て、本書を読み直したくなった。衆院選に向けて、政治を考えるためのテクストでもある。

 以前のエントリーで詳細に各章をまとめたので、以下では、今回読み直して特に印象に残った点のみを扱うこととしたい。

 アーレントに言わせれば、利害のために「善」の探求を放棄してもダメだし、特定の「善」の観念に囚われすぎてもダメなのである。両極のいずれかに偏ってしまうことなく、「善とは何か?」についてオープンに討議し続けることが重要だ。政治的共同体の「善」について様々な「意見」を持っている人たちがーー物質的な利害から解き放たれてーー公共の場でお互いに言語による説得を試み合うことが、アーレントの考える本来の「政治」である。そうした意味での「政治」を通して、暴力とか感情によって相手を支配しようするのではない、「人間」らしい関係性が培われるというのが、アーレントの独特の「人間」観である。まとめて言うと、物質的利害を超えた「政治」的な討議を通して、我々は「人・間」になるのである。(kindle ver. No. 139)

 このアーレントの人間観にハッとさせられる。極端に安易に流れないという姿勢は、孔子の『中庸』のようでもあるし、右翼からも左翼からも批判されるという著者にも通ずるところがあるようだ。極端にならないからこそ様々な異なる価値観を理解し尊重することができるのであり、こうした態度がダイバーシティを重視する社会において求められるのではないか。

 肝心なのは、各人が自分なりの世界観を持ってしまうのは不可避であることを自覚したうえで、それが「現実」に対する唯一の説明ではないことを認めることである。(kindle ver. No. 574)


 両極端にならないようにすることが大事であることが分かりながらも、私たちは自分に独特な考え方を重視してしまう。こうした現実的な人間観を持ったうえで、自分の考え方が全てではないという認識を持つこと。自分の外側にある外形的な多様性だけではなく、自分自身の内側にある多様性を意識することが大事なのであろう。


2017年10月15日日曜日

【第766回】『八甲田山死の彷徨』(新田次郎、新潮社、1978年)

 物語の展開にのめり込みながら、暗鬱とした気持ちになるというのは不思議である。まず英雄譚ではないし、成功に導いた偉大なリーダーと失敗によって隊を全滅させたリーダーとを対比的に論じているのでもない。全員が生還した隊における言動の描写にも首をかしげざるを得ない箇所は随所にみられるのである。

 成功したリーダーはすべてが美化されて一部のネガティヴな部分すらユーモラスに語られるという後付けのストーリー構成は私たち読者に受けがいい。特に、失敗したリーダーを対照的に描写すれば、なおさらそのストーリーは面白いものになる。

 しかし、現実とは、本書に描かれるようなものなのだろう。安易な善と悪という二項対立で論じることは、現実を曲解し、見たいものだけを見ようとする作為なのではないか。このように捉えなおすと、本書のような記録文学の価値というものが改めてわかるような気がする。

「将校たる者は、その人間が信用できるかどうか見極めるだけの能力がなければならない。弥兵衛も相馬村長も信用置ける人間だと思ったからまかせたのだ。他人を信ずることのできない者は自分自身をも見失ってしまうものだ」(69頁)

 何が雪山の走破を可能にした成功要因であり失敗要因であったのかを断じるつもりはない。しかし、困難なプロジェクトであればあるほど、同じ船に乗る人々をいかに信じることができるのかが肝要になるのではないか。

 もしなんらかの形で他者や他者の行動に疑念や疑問が生じると、他のメンバーと一緒に同じ方向を向くということは難しくなる。プロジェクトが困難であればあるほど、少しの疑問がにわかに大きくなり、それによって成功から遠ざかるということはあるのだろう。文字通りそれが生き死に関わるようなシリアスなものであれば尚更だ。

 プロジェクトというとやや無機質な響きもある。しかし、その完遂に向けては、人という有機体、そして人と人との繋がりというものが大きく作用する。このことを改めて考えさせられた。 



2017年10月14日土曜日

【第765回】『<日本人>の境界』(小熊英二、新曜社、1998年)

 自分自身が<日本人>であるということを意識するのは、外国を訪れたり、外国籍の方々とコミュニケーションをとる時に限られるのではないか。それほど<日本人>という概念は「私たち」に内面化しているものであり、この「私たち」という意識もまた曲者である。「私たち」が「私たち」という言葉を普段の生活の中で用いる際には、それはほぼ<日本人>を指しているからである。

 ことほど左様に<日本人>という「私たち」に内面化されたパラダイムを自覚することは難しい。本書では、国民国家の形成過程において<日本人>がどのように創造されたのかについて、日本という国土の境界領域における包摂と排除の歴史を基に論旨が展開されている。<日本人>という自明に思えてしまう概念をエポケーし、<日本人>を基にした現代の日本という国民国家を改めて考える上で適したテクストであろう。

 国民国家という言葉からは、ナショナリズムという概念を想起することも多いだろう。両者は親和性の高い概念であるが、著者は、その用いる主体によって、意味合いと受け手の印象が異なると指摘している。

 現在われわれは、ナショナリズムという言葉に反発を感じることが多い。だがその一方で、ナショナリズムが弱者によって担われたときには、必ずしも非難すべきものとは考えない。(中略)強者が排外と侵略のために掲げるナショナリズムと、弱者が独立と解放のために掲げるナショナリズムは、暗黙のうちに区別されているのである。(524頁)

 世紀が変わってから、その初年に起きた9・11が典型的な事例として、ナショナリズムという言葉が用いられることは増えているように思える。著者が指摘しているように、その言葉を強国が用いる、もしくは用い続けるとメディアや人々から非難される傾向がある。反対に、圧制や強制的な包摂からの独立としてのナショナリズムは共感とともに受け入れられるものである。やや古い事例であるが、ベトナム戦争時における世論の推移を想起すれば分かりやすいだろう。

 では、明治維新以後の日本という後発的な国民国家の形成過程において、<日本人>はどのように形成されたのか。著者は、633頁においてその特徴を三つに整理している。

①外部の脅威を意識して支配地域の確保を重視
②支配対象が近接地域で国境紛争と国民統合の要素が混入
③文化的劣位意識があるため「特殊」な文化を強制するしか依拠する権威がない

 ①は、ヨーロッパ、ロシア、アメリカ等の列強諸国による植民地化を避ける生存戦略である。とりわけ地理的に近いロシアの脅威にいかに対処するかという点で、有力な軍事拠点としての国土を本州から離れた地に確保することが求められた。

 したがって、②で挙げられているように、必要とされる新たな国土は、ヨーロッパやアメリカとは異なり、近接した地域にターゲットが絞られた。先発して国民国家が形成され植民地政策が行われた先進国とはこの点が異なり、国土の拡大戦略はあくまで受け身の対応となったのである。海外情勢への対応という変数に合わせるかたちで、沖縄、北海道、台湾、朝鮮半島といった地域が従属的に選ばれたのである。

 こうした地理的な近さは、文化面での統合という点で日本にとっては固有の難しい側面があった。つまり、儒教や仏教という「借り物」の思想をバックボーンに持っている国家にとって、その輸入元である国家に対して③にあるような劣位意識を持たざるを得なかった。そのため、普遍的な文化に頼らず、日本語の国語化と天皇というシンボルを活用し、国語の強制と天皇への忠誠を強いることで支配の論理を構築しようとしたのである。

 そのため、近代日本においては「ナショナリズムや人種主義は必ずしも政策決定の本質的動機であるとはかぎらず、むしろ他の動機による主張の表現形態にすぎな」かった(651頁)という側面があったことに留意するべきであろう。以上のような歴史的経緯を踏まえて、今の日本に生きる私たちに向けた著者の最後のメッセージをよく吟味するべきであろう。


 本書では、多くの人びとが「日本人」という言葉に込めた、さまざまな願望をみてきた。それは、たとえば精神の支配への欲望であり、国家資源としての計算であり、権利や幸福への期待であり、憎悪と失望の念であり、対話と共存の夢であった。こうした歴史から何を学ぶか、それは人によって異なるかもしれない。だがどのような立場の人であろうとも、今後の時代において、「日本人」にどのような意味をあたえるか、そしてその境界のあり方をどのように好走するかは、われわれの課題であるはずである。なぜなら国家とは、「日本人」とは所与の運命ではなく、それを決める権利は私たちの手の中にあるはずなのだから。(666~667頁)


2017年10月9日月曜日

【第764回】『ローマ人の物語Ⅴ ユリウス・カエサル ルビコン以後』(塩野七生、新潮社、1996年)

 前巻までは文庫版で読み進めてきたが、ここにきてハードカバーで読むと、長い。カエサルが暗殺される本巻まで読み直そうと思っていたが、私にとっての今回の「最終巻」は、話とともに物質的にも重たいものだった。

 ルビコンを渡って後のポンペイウスとの内戦に勝利して絶対的な権力を獲得したカエサル。自身の理想に基づき、奢ることなく民主的な統治を行う様子からは、なぜ暗殺されなければならなかったのかと訝ってしまう。しかし、詳細は本書に詳らかであるので譲るとして、多くの人々にとって善政であっても、そこに疑いや懸念を抱く人は出てくる。さらには、他者からの尊敬を集めれば集めるほど、その人物が絶対的な存在になろうとしていなくても恐怖を覚える人は現れるのであろう。

 わたしが自由にした人々が再びわたしに剣を向けることになるとしても、そのようなことには心をわずらわせたくない。何ものにもましてわたしが自分自身に課しているのは、自らの考えに忠実に生きることである。だから、他の人々も、そうあって当然と思っている(27頁)


 カエサルがキケロに送った手紙の一節だそうだ。寛容をモットーとした政治を心がけたカエサルの想いが詰まっているように思えるし、のちの暗殺も想起させられる。


2017年10月8日日曜日

【第763回】『ローマ人の物語10 ユリウス・カエサル ルビコン以前(下)』(塩野七生、新潮社、2004年)

 前巻では、カエサルにおける、もしくはリーダーの持つ野心と虚栄とについて考えさせられた。ではカエサルにとっての野心とはどのようなものであったのか。野心とは何かを為すという意志であり、著者によれば、カエサルの野心は気宇壮大なもののようであった。

 ラインとドナウの両大河を視野に入れたカエサルによって、ヨーロッパの形成ははじまったのである。小林秀雄も書いている。「政治もやり作戦もやり一兵卒の役までやったこの戦争の達人にとって、戦争というものはある巨大な創作であった」。ユリウス・カエサルは、ヨーロッパを創作しようと考えたのである。そして、創作した。だが、キケロに代表される首都ローマの知識人たちは、これもカエサルの私利私欲の追求としか見なかった。先見性は必ずしも、知識や教養とはイコールにはならないのである。(37~38頁)

 「ヨーロッパ」を創り出そうとしたのがカエサルの意志であったと著者はここで主張している。もともと存在しないものに絵姿を与え、それによって他者をその夢に巻き込みながら人と組織を引っ張る存在がリーダーであろう。事細かに彼の考えを理解していた人々はあまりいなかったかもしれないが、彼の考えに基づくビジョン提示や戦術の指示に人々は動機付けられたのではないか。


 著者はカエサルを好んでいるからか「私利私欲の追求」とは見なかったのであろうが、私利私欲もあったのではないか。政治とは、100パーセント公的なもので行うものではないように思う。しかし、自分にとっての実利もありながら、公的なビジョンの方により本気で信じていたのであろう。だからこそ、周囲が彼の提示する物語に惹きつけられ、新しいローマの政治体制の構築を実現できたのではないだろうか。


2017年10月7日土曜日

【第762回】『ローマ人の物語9 ユリウス・カエサル ルビコン以前(中)』(塩野七生、新潮社、2004年)

 カエサルが政治の表舞台での活躍を始め、三頭政治を展開している様が描かれている本作。古今東西の稀有なリーダーが、四十に至るまで鳴かず飛ばずであった遅咲きであることも面白く、また不惑を越えて活躍し始めるというのも論語を体現しているようで興味深い。

 野心とは、何かをやりとげたいと思う意志であり、虚栄とは、人々から良く思われたいという願望である。(19頁)

 大学生の時分に初めて本シリーズを読んで最も感銘を受けた箇所である。記憶もしていた。改めて考えると、印象深かったのは三つにまとめられるようだ。

 第一に、野心という言葉をネガティヴに捉えていたのであるが、それ自体は価値中立的な意味合いとして捉えて良いのであろう。もちろん、やりとげたい何かがポジティヴかネガティヴかによって評価は異なってくることにはなる。第二に、虚栄心というものもネガティヴに捉える必要はなく、ニュートラルに捉えれば良いという点も興味深かった。第三に、野心と虚栄とは相互に対立するものではなく、カエサルのように両者を高く持つことができ得るものであるという点である。但し、野心が少しでも虚栄よりも高くないと自分を律することが難しくなるのかもしれない。

 戦争が死ぬためにやるものに変わりはじめると、醒めた理性も居場所を失ってくるから、すべてが狂ってくる。生きるためにやるものだと思っている間は、組織の健全性も維持される。その最もはっきりした形が、一兵卒にもわかるようにはっきりした形が、食料の確保だった。カエサルは、その重要性を生涯忘れていない。(91頁)


 野心家であったカエサルは、理想を追い求めるだけではなく現実を見据えていた。だからこそ兵糧・兵站の重要性を忘れず、その確保を前提とした上で戦略遂行のためのアクションを計画・遂行していたのであろう。これは『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』でも述べられている先の大戦における日本軍の失敗要因の主要な一つを端的に指摘しているとも言えよう。私たちにとって耳が痛い部分であるとともに、社会にとって大事な点は古今東西でも変わらない本質があるのかもしれない。


2017年10月1日日曜日

【第761回】『ローマ人の物語8 ユリウス・カエサル ルビコン以前(上)』(塩野七生、新潮社、2004年)

 本シリーズのハイライトのひとつであるユリウス・カエサルを題材にした最初の巻。彼が檜舞台に立つまでの背景が淡々と述べられている。後に三頭政治として活躍するポンペイウスやクラッススと比して、カエサルの地味なキャリアが鮮明になっている。

 私には、ギリシア人とローマ人のちがいの一つは、この点にもあるような気がする。ギリシア人は、アテネであろうとスパルタであろうと、階級闘争はどちらかが勝利するまでつづけられ、勝ったほうが敗者を従属させることでしか終わらなかった。スパルタ国内の階級は固定したままだったし、アテネでも、平民側が勝てば平民の独裁政体としてのデモクラツィアになり、貴族側の反撃が成功すれば、平民側は貴族の独裁に、黙って従うしかなかった。反対にローマ人の性向は、しばらくは争っても結局は、共存共栄の方向に向うのである。これが、ローマ人に帝国創立とその長期の維持を許した要因ではないか。ちなみに、対決主義で通したギリシア人中唯一の例外は、アレクサンダー大王であったと思う。(53頁)


 階級闘争におけるギリシアとローマの対比。ローマの寛容性がここでも述べられている。元老院の支配する体制を守ろうとする貴族側と、貴族による寡頭制を打破しようとして共和制を目指す平民側との対立構造がローマにおいても見られる。こうした対立構造によって、この後の時代においてカエサルとポンペイウスとの対立が見られるわけであるが、それでも階級闘争が行われても共存共栄に終わることがここで暗示されているのである。


2017年9月30日土曜日

【第760回】『ローマ人の物語7 勝者の混迷(下)』(塩野七生、新潮社、2002年)

 多くの国家が、他国への影響を強めようとする。その手段として、領土を拡大しようというインセンティヴが極大化したことによる帰結が先の大戦であろう。二十世紀に至るまでも覇権国家は領土拡大を志向した。ローマもまた、然りである。

 強国とは、やっかいな立場でもある。ローマの覇権下にない独立国同士なのだから、勝手にやってくれと言って放置することは許されない。(12頁)

 現代のアメリカを想起しても明らかなように、覇権国家は近隣諸国の「警察」のような役割を担わざるをえなくなるようだ。多大なコストが伴う覇権国家にどのような旨味があるのか。よくわからなくなる。

 システムのもつプラス面は、誰が実施者になってもほどほどの成果が保証されるところにある。反対にマイナス面は、ほどほどの成果しかあげないようでは敗北につながってしまうような場合、共同体が蒙らざるをえない実害が大きすぎる点にある。(120頁)

 システム化、マニュアル化、標準化、しくみ化といったものは、企業におけるマネジメントという観点では好ましいものと捉えられることが多いだろう。実際、ある程度そうしたものは求められることは否めないだろう。


 しかし、システムのもつプラスとマイナスの両側面に目を向ける必要があることもその通りであろう。つまりは、状況に応じて、システムがプラスに作用することと、マイナスに作用することとを見極める必要がある。


2017年9月28日木曜日

【第759回】『ローマ人の物語6 勝者の混迷(上)』(塩野七生、新潮社、2002年)

 大きな勝利の後には、挫折や敗北が待ち受けることは、人や組織という単位だけではなく、国家にとっても当てはまるのであろう。人や組織の集合体が国家なのであるから、自明といえば自明である。そうであるからこそ、国家における混迷とその乗り越えの経験は、組織や人といったミクロな存在にとっても有益な事例となるのではないか。

 本作と次の巻ではローマという国家の苦境が描かれることになるようだ。他山の石として他人事のように捉えるのではなく、自分たちにとっての糧として最良の学びの素材としたいものである。

 まったく、「混迷」とは、敵は外にはなく、自らの内にあることなのであった。(113頁)

 混迷という言葉の持つ意味合いは、外的環境にあるのではなく内部環境に問題があることを示すという指摘にハッとさせられる。私たちは、敵という存在を外に求めたがる。それが正しいことも多いのだろう。しかし、問題の所在が自分の内側にある時、私たちは幻としての敵を外に見出そうと躍起になり、問題が見つからずに苦しむ。そうした状況が混迷であり、自分の内側を眺めることの重要性が指摘されている。

 すべての物事は、プラスとマイナスの両面をもつ。プラス面しかもたないシステムなど、神の技であっても存在しない。ゆえに改革とは、もともとマイナスであったから改革するのではなく、当初はプラスであっても時が経つにつれてマイナス面が目立ってきたことを改める行為なのだ。(155頁)


 組織改革、意識改革、制度改革、最近では働き方改革という言葉もある。以前あったものを壊すことに痛快な印象を持つことは、小泉改革で熱狂した私たちにとって決して古い記憶ではないだろう。しかし、改革によって改められる存在は、それが生じたときからマイナスだったものではなく、プラスの意図を持ったものである。そのことを忘れて改革に酔っていると、改革ばかりを志向して高揚感に酔うだけの状態になってしまう。聴き心地にいい言葉には気をつけたいものである。


2017年9月27日水曜日

【第758回】『ローマ人の物語5 ハンニバル戦記(下)』(塩野七生、新潮社、2002年)

 カルタゴのハンニバルの戦略・戦術の継承者が、対立国であるローマのスピキオであったという指摘は面白い。トヨタのカンバン方式を忠実に理論化して継承しようとしたのがアメリカの企業群であったというようなものであろうか。自分に近しい存在や地理的に近い存在は当たり前のように思ってしまい、その凄さの本質が見えにくくなる。対立する組織は、自組織が競争に勝つために必死に相手の良さを観察しようとするものなのだろう。

 年齢が、頑固にするのではない。成功が、頑固にする。そして、成功者であるがゆえの頑固者は、状況が変革を必要とするようになっても、成功によって得た自信が、別の道を選ばせることを邪魔するのである。ゆえに抜本的な改革は、優れた才能はもちながらも、過去の成功には加担しなかった者によってしか成されない。しばしばそれが若い世代によって成しとげられるのは、若いがゆえに、過去の成功に加担していなかったからである。(22頁)

 改革を担う存在はなぜ若年の者が多いのか。それは過去の成功に関与していた度合いが薄いからである。関与していればいるほど、自身の過去の成功を否定してかかることは難しくなる。人間の心理とは、それほど複雑なものではないのであろう。

 介入とは、それが政治的であれ経済的であれ、また軍事的であろうと何であれ、相手とかかわりをもったということである。そして、かかわりとは、継続を不可避にするという、性質をもつものでもあった。(111頁)


 大義名分を掲げようと、それが報復的な意味合いを持つものであれども、対象に対していったん介入すると、自身の都合だけでそこから撤退することはできなくなる。介入する上では、それが中長期的に介入し続けることになることを覚悟するべきであろう。日中戦争、ベトナム戦争、9・11後のイラク戦争など、想起することが容易な例が多いことが、このことの証左であろう。