日本で描かれた作品とも、北欧で描いた作品を集めた『森と湖と』で取り上げられた作品とももまた違う、印象を抱いた。ドイツやオーストリアで描いた作品を集めた本作では、人工物を対象としたものが多いように思え、その中に人の生活の蓄積としての文化が描かれているように感じる。
そこには、その土地で生きる人々への尊敬と、そうした人々が創り出した構造物への尊重が描かれているのではないだろうか。
【第562回】『名画は語る』(千住博、キノブックス、2015年)
なぜ、北欧を旅して、私が心の故郷に巡り合ったのか。北欧の自然と、町と、そこに住む人々に対して、あれほど心を通い合わすことが出来たのか。私の北方的要素は、北方の人でない私、むしろ南の人間であるべき私の上に、積み重ねられたものである。私が根本的に北国の人間であるなら、おそらく光の豊富な南方へ憧れたであろう。だからこういう本質を持つ私が北の風物の中で心を打たれるのは、むしろ、寒さの中での暖かさであり、暗さの中での明るさ、生に対して苛酷な条件の中での生の輝きというように、本当に北方的な極限の姿ではなくて、北の要素の中にほの見える南の要素であるとも考えられる。だから、私は北国が雪と氷に蔽われ、寒風の吹きすさぶ姿を、いっそう北国らしい姿であると見るのだが、私の描いが雪は春を待つ雪であった場合が多い。
あの北欧の旅で私の心を打ったのは、自然と人との営みの中に、静かでつよい生の感動を読みとったからである。(148~149頁)
私は生かされている。野の草と同じである。路傍の小石とも同じである。生かされているという宿命の中で、せいいっぱい生きたいと思っている。せいいっぱい生きるなどということは難しいことだが、生かされているという認識によって、いくらか救われる。(178頁)
夏の早朝の草原の中に、一すじの道がある。
遍歴の果てに、新しく始まる道。
絶望と希望が織り交ぜられた心の道。(「道」(18頁))
弦楽器の合奏の中を
ピアノの静かな旋律が通り過ぎる。(「緑響く」(115頁))
雨が止んで、青く澄んだ嶺々が爽やかな姿を見せる。
谷間からは白い雲が、ためらいながら立ち昇ってくる。(「山嶺白雲」(133頁))

庭は生きている。生きているということは絶えず変化していることを意味する。今日、名園として私達の眺めている庭の多くは、作庭当初の経験とはよほど感じが変ったものであろう。(85~86頁)
私が言いたかったことは、いかなる強烈な色彩の組み合わせも、必ず画面の中で生き生きとバランスよく、ハーモニーを奏でることができるということだ。私はそれを自然から教えられた。(193頁)
色彩こそ、多様な価値観を認め合う行為だ。(中略)異質なものを認め合い、それゆえ自分も個性的であることが許される、という他者を生かして結果的に自分も生きる、他者を引き立て合う調和の構造が生まれる。それが色彩というものだ。(193頁)
越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。(『草枕』Kindle No. 11)
私はこの男の、とにかく生きぬいていこうとする力を感じるのです。ムンクはこの絵によって何かしらの生き続けていく手がかりを見つけ出し、それを私たちに伝えようとしていたのではないでしょうか。(41頁)
芸術とは人が人に対して行う説明不可能と思えるイマジネーションのコミュニケーションのことですから、この作品は極めて本質的な、見えないものさえ見えるようにして、曰く言い難い心を伝えようとした、卓越した芸術作品であると言っていいと思います。(44頁)
色彩こそ、多様な価値観を認め合う行為だ。(中略)異質なものを認め合い、それゆえ自分も個性的であることが許される、という他者を生かして結果的に自分も生きる、他者を引き立て合う調和の構造が生まれる。それが色彩というものだ。(193頁)
この絵は僕につらくても生き続けろと言ったのだ。そしてこの奇跡の中を生きていることを有難く思うがいい、と言ったのだ。(254頁)
この逃避という連鎖をここでやめなければ、僕は永久に、たとえ死んでからもずっと逃げ続けなくてはならない。だからやめたんだ。(254頁)