2017年5月4日木曜日

【第704回】『名画は語る(2回目)』(千住博、キノブックス、2015年)

 絵画を見るとはなく眺めていると、不思議と心が落ち着くことがある。ああでもないこうでもないと考えるのではなく、ただただ見る。ゆとりがあるから絵画を見るのではなく、ゆとりを得るために絵画を見る。何らかの気づきを得ようとするのではなく、ただ見ることで結果的に何らかの気づきを得られることもあるし、何も得られないこともある。どちらでもいい時間を過ごしたと思える。これが絵画鑑賞の醍醐味の一つなのではないだろうか。

 こうした考え方を取っていても、本書のように解説を読むこともまた興味深い。学問という鋳型に嵌めるのではなくとも、知識を持っていることで、引き出しが増える。正確には、引き出しが増えているような気がするのであるが、広い視点で絵画に向き合うことができるのである。

 再読した今回も、結果的には前回も印象深かった作品の一つであるマティスの「金魚」が面白かった。マティスのモノローグという形式で著者が「金魚」について述べている。

 私が言いたかったことは、いかなる強烈な色彩の組み合わせも、必ず画面の中で生き生きとバランスよく、ハーモニーを奏でることができるということだ。私はそれを自然から教えられた。(193頁)

 色彩の持つ意味合いと、それぞれの組み合わせによって形成される自然美について端的に述べられた箇所である。

 色彩こそ、多様な価値観を認め合う行為だ。(中略)異質なものを認め合い、それゆえ自分も個性的であることが許される、という他者を生かして結果的に自分も生きる、他者を引き立て合う調和の構造が生まれる。それが色彩というものだ。(193頁)


 色というものから、価値観へと論が展開されるのが面白い。それでいて納得的である。 異質と調和。一見すると矛盾するような概念にも思えるが、企業におけるダイバーシティ・インクルージョンを考えれば同時に並び立ち得る考え方であることがわかるだろう。


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