2017年5月14日日曜日

【第709回】『日本型人事管理(2回目)』(平野光俊、中央経済社、2006年)

 スリリングな読書は心地よい。

 もちろん、推理小説を読む過程で誰が犯人なのか、もしくはどうやって犯人を追い詰めるのかを考えながら読むのもエキサイティングである。しかし、そうしたケースにおいては、ひねくれた言い方をすれば、筆者が創り上げたシナリオに基づいた、いわば予定調和的な読書とも言えなくはない。

 翻って、学術書を読むという行為は、筆者の理論構成を読み解くという意味合いでは、推理小説を読むことと相違ない。それはそれで充分に面白いものである。しかし、実務において潜在的に感じていた問題意識が言語化されることで自覚され、論理的な探究アプローチに感化されて実務への応用の可能性が着想される時の心地良さは格別である。

 本書は、修士以来何度も読んでいる。修士の時分には、事業会社での勤務経験がなかったからか、その内容自体に知的好奇心が湧き、修士論文を執筆する上でも参考にさせていただいた。その後、事業会社の人事や人材育成に取り組む上では、実務を想起しながら、本書の結果というよりも過程に共感を覚えることが多くなった。読む度に考えさせられるポイントが少しずつ変わってくるというのがまた面白い。

 今回、特に感銘を受けたのは、異動およびそれに付随する人事情報に関する筆者の問題意識である。

 情報を異動に使える形に処理するには2種類の人事固有の特殊能力が要求されるのである。ひとつは、彼/彼女に関わる評判や本人との日常の会話から、本人の潜在能力や志といった定性的な情報を収集し異動に反映させる情報処理能力である。2つ目は、彼/彼女と仕事を適切にマッチングさせるための仕事の内実に関する精確な知識である。(9頁)

 人事パースンであれば、前者には日常的に意識が向き、システムを構築して人事情報を収集してラインマネジャーとコミュニケーションを取ることを行うだろう。しかし、後者に関しては、どれだけリソースを割いて、情報を収集して異動や昇進といった人事に活かせているだろうか。私にとっては、頭の痛い、しかし的確な指摘であり、今後取り組むべきと思える指摘であった。

 人事部とラインの人材の転出・転入の駆け引きは「隠れた人事情報」(hidden personnel information)を媒介して繰り広げられるのではないか。異動の際によく観察される人材の抱え込みや玉石混交人事という現象は、人事部とラインの間の人事情報の非対称性によってもたらされるのではないか(11頁)

 上述したように、ラインと建設的にやり取りするためには、人に関する情報とともに仕事に関する情報が必要とされる。さらには、それぞれについて、現状の情報と、将来における情報という幅広な時間軸での情報が求められるだろう。こうした人・仕事という内容軸と、現在・将来という時間軸でプロットされる様々な情報について、ラインと人事とで保有する内容に差異が生じることは自明であろう。こうした人事情報の非対称性をめぐって、ラインと人事との交渉が生じることは致し方ないことであり、ではどのように対応するかということを考える必要があるだろう。



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