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2019年9月14日土曜日

【第985回】『考える葦』(平野啓一郎、キノブックス、2018年)


 著者の小説を好きな方にはぜひ勧めたい一冊である。三島を好み、また漱石よりも鴎外が好きであるなどといった個人的な見解も随所に見られる。著者が何を好み、何に影響を受けてきたか、ということを知ることは、著者の作品の見方にも影響し、より深く理解することにもつながるのではないか。

 興味深い点は多々ある。ここでは、著者自身が自らの著作である『空白を満たしなさい』をイメージして書いている箇所を引いてみる。

 私自身が近年拘っている話だが、自殺者は、彼の生がいかに複雑な起伏に富んでいたとしても、自殺という最後の決定的な行為によって、「自殺をした人」となり、更には「自殺をするような人」だったと回顧されてしまう。非常にしばしば、彼の生きた軌跡は、その一点からのみ遡って整理されることになる。無論、英雄的行為に及んで広く社会の賞賛を得たならば、彼はつまりはそういう人間だと認知されよう。その後、そうではなかったという暴露話が続くのもお決まりである。しかし、私はそうした単純な人間の見方に、さすがに飽き足らない。(78~79頁)

 近代市民社会におけるアイデンティフィケーションは、それ以前の出自によってアプリオリに決まるのではなく行為の積み重ねによってアポステリオリに構成されると喝破する。こうした行為によってその人間の人間性が決まるということは、他者から見て際立つ行為が、その人物の人間性を規定するということになる。その結果が上記の引用箇所だ。

 行動が個人を規定すると考えると、一つの目立つ行動を以ってその人物を良くも悪くも評価してしまう。この陥穽に陥らないように謙虚な姿勢を保つことが近代を生きる私たちには求められるのではないだろうか。

【第277回】『私とは何か 「個人」から「分人」へ』(平野啓一郎、講談社、2012年)
【第445回】『本の読み方 スロー・リーディングの実践』(平野啓一郎、PHP研究所、2006年)

2019年9月7日土曜日

【第983回】『流されるな、流れろ!』(川崎昌平、洋泉社、2017年)


 荘子をたのしみたいが、なかなか内容が入ってこない。何冊か読んでもその状況が改善されず苦労している。カジュアルな解説本であり、エッセーに近い本書は、荘子に対して新しいアプローチを試せるいい機会だった。

 感情をぶつける相手がいなければ、「私」という人格すらなくなってしまう。「私」がいなければ、そもそも感情すら湧きようがない。喜怒哀楽も不安や悲しみも、それらが変化することも、すべて「自然」の流れなのだから、気にする必要はない。ムリに感情を押し殺そうとするほうが、よほど不自然な生き方だ(37頁)

 内篇・斉物論第二の「非彼無我、非我無所取。」を取り上げた一節。感情を抑制しないと、感情が自身の言動に影響を与えてしまう。だからコントロールするべきである、と考えてしまいがちだ。

 もちろん、感情が言動に影響を与えてしまうのは良くない。しかし、感情を持つこと自体は悪いことではなく、それを押し殺そうとすることには無理が生じてしまう。言動に影響を与えない状況、つまり感情を感情そのものとして受け止めること。これを心しておきたいと思った。

【第968回】『このせちがらい世の中で誰よりも自由に生きる』(湯浅邦弘、宝島社、2015年)

2019年8月25日日曜日

【第980回】『司馬遼太郎『街道をゆく』叡山の諸道II』(司馬遼太郎、朝日新聞出版、2016年)


 比叡山の風景の描写もさることながら、本巻では比叡山の歴史について勉強させられた。最澄が亡くなった後に起こる権力争いは、たぶんに政治的であり、教えを守ろうとする組織がなぜこうなってしまうのか、よくわからない。

 円仁は、終生、横川の山林を愛した。(18頁)

 権力争いには興味を持たなかったが、その卓抜した知識によって座主を務めることになった円仁。円仁は、横川での静謐な生活を楽しみ、結果的に、横川を、東塔・西塔と並ぶ叡山の地域へとすることになった。

 昨年、比叡山を訪れた際にある僧侶の方がおっしゃっていたのは、延暦寺三塔はそれぞれ、東塔=現在、西塔=過去、横川=未来を指すとのことであった。円仁は、彼が生きた時点におけるつまらない政治的な争いという現在にとらわれず、教えの将来における発展に目を向けていたのかもしれない。

【第534回】『空海の風景』(司馬遼太郎、中央公論新社、1978年)

2019年8月24日土曜日

【第979回】『司馬遼太郎『街道をゆく』叡山の諸道I』(司馬遼太郎、朝日新聞出版、2016年)


 比叡山には一度だけ訪れたことがある。使い古された霊験あらたかという形容がいかにも当てはまるような静謐とした所であった。もう一度訪ねてみたいと思い、司馬遼太郎さんの解説を読もうと、本書に手が伸びた次第である。

 もっとも、最澄に対して神秘性を付加したり、個人崇拝をしないということも叡山文化のめでたさであり、同時に坂本の風のよさでもあるにちがいない(39頁)

 比叡山の門前町である坂本に関する著者の形容である。歴史の教科書にも太字で必ず出てくる最澄という人物を、いたずらに特別視しない町の風土に心地よさを感じる。

 子規と最澄には似たところが多い。どちらも物事の創始者でありながら政治性をもたなかったこと、自分の人生の主題について電流に打たれつづけるような生き方でみじかく生き、しかもその果実を得ることなく死に、世俗的には門流のひとびとが栄えたこと、などである。書のにおいが似るというのは、偶然ではないかもしれない。(41頁)

 最澄の書を見ての所感である。様々な歴史的人物を創作の対象としてきた著者ならではの慧眼といえよう。『坂の上の雲』も読み返したくなってしまう。

【第534回】『空海の風景』(司馬遼太郎、中央公論新社、1978年)

2019年8月4日日曜日

【第974回】『ラ・ロシュフコー箴言集』(二宮フサ訳、岩波書店、1989年)


 ラ・ロシュフコーとは、一七世紀のフランスの貴族であり、幾多の戦争を経験した人物である。その人物が、自分自身の人生を省みながら書き連ね、加筆と修正を加えたものがこの箴言集である。本書には、箴言集から除かれたものも記載されていて、なぜ削除したのか、反対になぜこれが残ったのか、とあれこれ自由に考えながら読み進めるのも一興であろう。

 物事をよく知るためには細部を知らねばならない。そして細部はほとんど無限だから、われわれの知識は常に皮相で不完全なのである。(106)

 知識の重要性と、探究しながらも常に不足している状態に対する謙虚な態度が述べられているように思える。無知の知といったところであろうか。

 狂気なしに生きる者は、自分で思うほど賢者ではない。(209)

 狂という概念には否定的な意味合いしか以前は持っていなかったが、論語における狂や吉田松陰・高杉晋作にみる狂に触れてみるとあながちネガティヴなものだけではないようにも感じていた。ラ・ロシュフコーも狂を否定的には捉えていないようだ。もう少し考えてみたい。

【第216回】『孔子伝』(白川静、中央公論新社、1991年)
【第320回】『世に棲む日日(一)』(司馬遼太郎、文藝春秋、2003年)

2019年1月20日日曜日

【第923回】『ビジネスエリートの新論語』(司馬遼太郎、文藝春秋社、2016年)


 著者が亡くなられて十数年後に出版されたためか、出版社サイドの付けたタイトルに品位を感じられなずに気になりながら読まず嫌いだった一冊。

 「論語」をタイトルで語っておきながら論語はあまり扱われていない点は差し引くとしても、著者のエッセーとして割り切れば面白い。とりわけ新聞記者時代の若い時分の著者が何を考え、何を論じようとしていたかを勝手に想起しながら読むと興味深かった。

 運命は、神の考えるものだ。人間は人間らしく働けばそれで結構だ。(139頁)

 出典は残念ながらわからないのだが漱石の言葉らしい。努力をすることは大事だし、目的に向かおうとすることも大事だろう。しかしその結果に固執するのではなく、結果は神に委ね、うまくいったら運命のおかげにし、私たちは自分自身の営為に集中する。考え方として健康的であり、結果に一喜一憂せずに済む。

【第518回】『すらすら読める論語』(加地伸行、講談社、2005年)
【第340回】『ドラッカーと論語』(安冨歩、東洋経済新報社、2014年)
【第92回】『論語』(金谷治訳注、岩波書店、1963年)

2018年11月11日日曜日

【第902回】『コンテンツの秘密』(川上量生、NHK出版、2015年)


 ドワンゴを設立し、当初は着メロでビジネスを進展させ、2000年代半ばにはニコニコ動画の運営にまで携わった著者。現在は、同社の会長を務めながら、スタジオジブリのプロデューサー「見習い」というユニークなキャリアを持つ方である。

 媒体ビジネスを経て、コンテンツビジネスに携わる著者だからこそ、コンテンツについて語る言葉にハッとさせられる。

 まずコンテンツにおける情報量という概念を、主観的情報量と客観的情報量とに分けて考えることの重要性を指摘する。主観的情報量とは「人間の脳が認識している情報の量」(50頁)であり、客観的情報量とは「客観的基準で測れる情報の量」(50頁)としている。

 私たちの多くは、情報という言葉に対して客観的なイメージを持つ。あえて主観的情報量という言い方をしているところからもわかるように、著者は、主観的情報量の使い方が重要であるとしている。

 むしろ人間が現実を学ぶ教材として、現実の代替を務めるのがコンテンツであると考えるなら、少ない客観的情報で多くの主観的情報を提供するのがコンテンツであるということになるのではないでしょうか。(69頁)

 「情報が多すぎてごちゃごちゃしている」と否定的に捉えられるコンテンツは、客観的情報が多すぎるのであろう。他方で、情報が複層的で立体的に形成されていると言われる場合には、多様な主観的情報を統合的に形成できているのであろう。

 著者は、映画をはじめとした視覚的なコンテンツを対象にして述べているが、おそらくは活字のコンテンツ、つまりは小説やノンフィクションについても同様なのではないか。登場人物が多すぎてメッセージが伝わりづらい作品がある一方で、人物は少ないが関係性が複雑で様々な登場人物に感情移入できる作品もある。

 どのようなジャンルであれ、表現する以上は、主観的情報に注意したいものだ。

【第234回】『モバイルミュージアム 行動する博物館』(西野嘉章、平凡社、2012年)
【第161回】『キュレーション 知と感性を揺さぶる力』(長谷川祐子、集英社、2013年)

2018年9月22日土曜日

【第885回】『漱石先生ぞな、もし』(半藤一利、文藝春秋社、1996年)


 夏目漱石の義孫であり近現代史を扱った評論の多い著者が、漱石の作品やその背景について「歴史探偵」として迫った作品。著者の歴史評論の鋭さを基にして、漱石好きには堪らない細かな推理が展開される。

 著者がなぜ漱石を改めて紐解こうとしたのか。それは単に漱石について調べるというよりも、漱石が生きた時代考察を進める過程で半ば副産物として出てきたようだ。

 漱石の作家としての出発となった『我輩は猫である』の一章が発表されたのは、旅順陥落と前後する明治三十八年一月、そしてその死は大正五年十二月九日である。漱石は、わたくしのいう「転回点」の時期をそっくり小説家として生きた人であった。時代とのかかわりにおいて、これ以上に恰好の明治人はいないではないか、とばかりに、ほんとうに久しぶりに「漱石」のページをつぎつぎにくることとなった。(296頁)

 昭和史を研究していくと明治維新にまで遡行すると著者は述べ、明治を生きた夏目漱石の作品に着目したという。その上で漱石の講演を基に歴史を学ぶ者が陥りやすい過ちを279頁で以下の四点に集約した。

(一)現在をすべての基準にして、歴史的価値を裁断してしまうこと。
(二)現在の必然ばかりを強調し、偶然性や想像性を捨て、複雑なことを一筋化してしまうこと。
(三)主義の名に固執し、異なった事象や変化を同一視してしまうこと。
(四)形式的な分類によってすべてを律してしまうこと。

 謙虚に歴史を学び、謙虚に歴史に学ぶことの重要性が指摘されている。耳が痛い部分もあるが、心して読みたい箇所だ。

 上に引用した歴史に関する考察の要諦は、漱石作品に関する考察にも反映されている。とりわけ『三四郎』に関する以下の分析が興味深い。

 はたして野々宮さんが真に恋のライバルなのかどうか、分明でないところに『三四郎』の面白さがある。それをはっきり示さずに、「野々宮」と呼び捨てにすることで三四郎の一方的な心理の焦りをだす。そんなところに、漱石の見事な小説作法があるように思うのであるが、どうであろう。まるっきりの誤診かな。(164頁)

 美禰子を巡り三四郎といわば三角関係にあった野々宮。著者のつぶさな分析によれば、野々宮宗八どの、野々宮宗八さん、野々宮さん、野々宮君、野々宮、という異なる呼称が、三四郎の気持ちの現れとして使い分けられているという仮説を立てている。

 三四郎の美禰子に対する気持ちを直接的に表現せず、呼称によって読者に無意識に想像させる。明治の文豪・夏目漱石の凄みに迫る、著者の考察の凄みも感じさせる箇所ではないだろうか。

【第866回】『ノモンハンの夏』(半藤一利、文藝春秋社、2001年)
【第46回】『昭和史1926−1945』(半藤一利、平凡社、2009年)

2018年7月28日土曜日

【第858回】『伝わる・揺さぶる!文章を書く』(山田ズーニー、PHP研究所、2001年)


 新卒で入社した会社では、著者のブログや書籍が流行っていて、入社当時はバイブルのように読んだものである。対象の違いはあれども、教育を志すという共通の想いと、若手のビジネスパーソンとして大小の壁にぶつかる私たち読者が共感できる内容だったからであろう。

 年齢を重ねるにつれて、いつしか著者の文章から離れていたが、しばらくぶりに読んで心地よい感じがした。以前読んだときに印象的だったために線を引いている箇所とは違うところに感銘を受けることが多かった。この気づきもまた、興味深い。

 著者は、自分で考えて、自分で書くことを一貫して主張する。別に考えなくてもいいし、書かなくてもいいとも思えるのだが、その主張の背景には以下のような想いがある。

 それでも思考を前にすすめたとき、見えてくるのは、他のだれでもない「自分の意志」だ。
 さらに、自分の意志を書き表すことによって、人の心を動かし、望む状況を切り開いていけるとしたら、こんなに自由なことはない。(24頁)
 自分自身に納得し、その結果として他者に何かが伝わることを目的として、私たちは考え、書くことが求められる。考え、書くことを通じて、自由を手にすることができる、という箇所には、著者の想念のようなものを感じる。

 エゴから発した表現が人の心を動かすことはない。そういう気持ちにとらわれた時は、書くのをやめ、少し、根本思想が変わるのを待つ。根本に人や、社会に対して、温かい、ポジティブなものがわいたら、また書きはじめる。(105頁)

 考えて書いた結果として、書き手の根本思想が伝わる。それは良くも悪くもということなのであろう。邪な想いで真剣に書かれたものからは、曰く得体の知れない怨念のような気持ちの悪さが読者には伝わってくる。現実的な私たちの方針として、ポジティヴな明るい想いが出てくるまではアウトプットを控えるという指摘はありがたい。

 自分の想いを語れば、孤立する。自分の考えで行動すれば、打たれる。そのどこが自由なのか、と言う人がいるかもしれない。でもそれは、他ならぬ自分の内面を偽りなく表し、自分として人に関わっていけるということは、極めて自由なことだと私は思う。(中略)
 だからこそ、早いうちから、自分の意志を表現して打たれ、失敗を体の感覚にやきつけていかなくてはならない。表現力を磨き、成功体験を重ね、熟練して、自分の意志で人と関わっていけるようにしていくのだ。そういう自由を私は欲しい。そのための思考力・表現力の鍛錬なのだ。(219~220頁)

 表現することには多大な影響力があり、それは、ポジティヴにもネガティヴにも大きな作用をもたらす。だからこそ、努力して、アジャストできるように、表現力を練磨していくことが私たちには求められる。著者にとっては、そうした人たちをサポートすることが、表現力を鍛える根本思想なのではないだろうか。

【第10回】『「働きたくない」というあなたへ』(山田ズーニー、河出書房新社、2010年)

2018年7月22日日曜日

【第857回】『対話のレッスン』(平田オリザ、講談社、2015年)


 対話という概念がよく使われるようになったのは二十年くらい前からであろうか。なぜ対話が現代において求められるのか。著者は会話と対話との定義の違いを端的に述べ、その必要性を展開している。

 「対話」(Dialogue)とは、他人と交わす新たな情報交換や交流のことである。「会話」(Conversation)とは、すでに知り合った者同士の楽しいお喋りのことである。では何故、演劇には、対話が重要な要素となるのだろうか。
 日常会話のお喋りには、他者にとって有益な情報はほとんど含まれていない。演劇においては、他者=観客に、物語の進行をスムーズに伝えるためには、観客に近い存在である外部の人間を登場させ、そこに「対話」を出現させなくてはならない。(16~17頁)

 他者に対して開かれたコミュニケーションが対話であり、知り合い同士の閉じたコミュニケーションが会話だと著者は定義する。他者性が多様化する現代において、対話が求められることは自明であろう。

 私たちが創り出さなければならない二一世紀の対話のかたちは、曖昧で繊細なコミュニケーションを、省略したり記号化したり、あるいは機能的にするのではなく、そのままの豊かさをかねそなえながら、しかも他者(たとえば外国人)にも判りやすく示す者でなくてはならない。(59~60頁)

 対話の重要性が述べられる際に、日本人が得意としないローコンテクストでのコミュニケーションの重要性が指摘されることが多い。実際に、私たちはローコンテクスト文化に基づいたコミュニケーションを学ぶ必要性はあるだろう。しかし、それとともに情況に応じてハイコンテクストなコミュニケーションの良さを対話に活かすという著者の指摘は面白い。

 コミュニケーションの曖昧さや繊細さを残すということは、多様な他者が織りなすコンテクストを理解し、コミュニケーションを調整するということではなかろうか。その際に、何を発話するか、どのように聴くか、だけではなく、問いかけに対するセンスも求められる。

 人間には問いかけてはならない問いというものがあるのだと私は思う。(196頁)

 質問することは他者への関心を示すものであり、他者の気づきを促すというポジティヴな作用がある。しかし、「問いかけてはならない問い」という著者の指摘にハッとさせられた方もいるのではないだろうか。少なくとも私はそうであった。

【第443回】『ダイアローグ』(デヴィッド・ボーム、金井真弓訳、英治出版、2007年)
【第291回】『探究Ⅰ』(柄谷行人、講談社、1992年)
【第10回】『「働きたくない」というあなたへ』(山田ズーニー、河出書房新社、2010年)

2018年5月5日土曜日

【第833回】『森と湖と』(東山魁夷、新潮社、1984年)


 著者の日本の各地を描いた風景画は美しい。風景画というジャンルが同じであれば、日本であろうと、海外であろうと、描かれた作品は変わらない、と思っていた。しかし、本書で描かれている北欧の景色を眺めていると、素人考えとしては「これが東山魁夷の作品なのか」と驚かされた。

「静暁 東山魁夷」の画像検索結果

 海外、特に北欧を著者が描こうとしたのはなぜなのか。その理由は本書の最後に端的に記されている。

 なぜ、北欧を旅して、私が心の故郷に巡り合ったのか。北欧の自然と、町と、そこに住む人々に対して、あれほど心を通い合わすことが出来たのか。私の北方的要素は、北方の人でない私、むしろ南の人間であるべき私の上に、積み重ねられたものである。私が根本的に北国の人間であるなら、おそらく光の豊富な南方へ憧れたであろう。だからこういう本質を持つ私が北の風物の中で心を打たれるのは、むしろ、寒さの中での暖かさであり、暗さの中での明るさ、生に対して苛酷な条件の中での生の輝きというように、本当に北方的な極限の姿ではなくて、北の要素の中にほの見える南の要素であるとも考えられる。だから、私は北国が雪と氷に蔽われ、寒風の吹きすさぶ姿を、いっそう北国らしい姿であると見るのだが、私の描いが雪は春を待つ雪であった場合が多い。
 あの北欧の旅で私の心を打ったのは、自然と人との営みの中に、静かでつよい生の感動を読みとったからである。(148~149頁)

 横浜で生まれて神戸で育った著者は、北国育ちではない。だからこそ、北国の環境の厳しさ、そこで生きる人々の強靭さに魅かれたのだという。そうして著者の想いが込められた作品だからこそ、それを鑑賞する私たちに響くものがあるのだろう。

【第562回】『名画は語る』(千住博、キノブックス、2015年)

2018年4月29日日曜日

【第832回】『風景との巡り合い』(東山魁夷、新潮社、1984年)


 言わずと知れた日本を代表する風景画家の一人である著者が、なぜ風景画を描くことになったのか。また、風景を描き続けたのはなぜか。以下の一節にその答えがあるように私には思える。自然を描きながら、自然の中に自身を位置付け、自然を通じて自分自身の内奥を描いていたのではないだろうか。

 私は生かされている。野の草と同じである。路傍の小石とも同じである。生かされているという宿命の中で、せいいっぱい生きたいと思っている。せいいっぱい生きるなどということは難しいことだが、生かされているという認識によって、いくらか救われる。(178頁)

 自身の作品に著者自身が言葉を添えながら構成されている本作。頭と心で、じっくりと味わいたい一冊である。

 夏の早朝の草原の中に、一すじの道がある。
 遍歴の果てに、新しく始まる道。
 絶望と希望が織り交ぜられた心の道。(「道」(18頁))
「東山魁夷 道」の画像検索結果

 絵画もいいが、言葉に考えさせられた。新しい道というものにポジティヴな清新さを感じていたが、希望とともに絶望が混ざっているというところが唸らさせられる。

 弦楽器の合奏の中を
 ピアノの静かな旋律が通り過ぎる。(「緑響く」(115頁))
「東山魁夷 緑響く」の画像検索結果

 好きな作品の一つ。白馬を「ピアノの静かな旋律」と形容しているところがすごい。絵画の中に音を見出すという感覚は残念ながら持ち得ないが、解説を受けるとそのように感じることもできる。

 雨が止んで、青く澄んだ嶺々が爽やかな姿を見せる。
 谷間からは白い雲が、ためらいながら立ち昇ってくる。(「山嶺白雲」(133頁))

「東山魁夷 山嶺白雲」の画像検索結果

 意識して鑑賞したのはおそらく初めてである。思わずページをめくるスピードが弱まり、じっくりと見てしまった。なんというか、気持ちが洗われる感じがする作品である。


2018年4月14日土曜日

【第827回】『京洛四季』(東山魁夷、新潮社、1984年)


 京都に引っ越すことが決まってから、改めて京都への興味が増してきた。歴史的な建物や文化に目が向きがちであったが、その風景の美しさに、魁夷の作品を通じて感じ入った。
 本書では、京都の風景を四季に分けて配列している。どの季節にも、違った美しさがあり、日本の四季の素晴らしさに気付かされた。

「東山魁夷 砂紋」の画像検索結果

 庭は生きている。生きているということは絶えず変化していることを意味する。今日、名園として私達の眺めている庭の多くは、作庭当初の経験とはよほど感じが変ったものであろう。(85~86頁)

 自然を私たちの作為によって変えようとするのではなく、自然の有り様と私たちの有り様を調和させようとすること。そのためには、自然な悠久の変化を所与のものとして、その変化を楽しみながら、接することが求められる。

 庭園一つにも、私たち<日本人>の考え方や感じ方が表れているのかもしれない。

【第562回】『名画は語る』(千住博、キノブックス、2015年)

2018年2月17日土曜日

【第809回】『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎、岩波書店、1982年)

 名著の誉れが高く、また現在コミック版の流行もあってベストセラーとなっている本作。恥ずかしながらまだ読んだことがなかったため、流行に乗り遅れていることを自覚しながらも読み進めてみた。

 おそらくは中学生以上の学生を想定読者として、哲学者である著者が噛み砕いて読み聞かせるように書かれている。最初に書籍化されたのは1937年であるが、現在の日本社会においても適用可能な普遍的な考え方が提示されている。いわば「道徳」と呼ばれる学問領域は戦前と戦後とで大きく異なっていると誤解していたのであるが、今読み解いても共感しながら認識を新たにできる内容であることに新鮮な驚きを覚えた。

 中学生である主人公が、自身で問いを作って考え続けたり、叔父との対話で学びを得たり、というプロセスはさながら哲学である。哲学者の碩学である著者の力量が凝縮された一冊である。

 人間である限り、過ちは誰にだってある。そして、良心がしびれてしまわない以上、過ちを犯したという意識は、僕たちに苦しい思いをなめさせずにはいない。しかし、コペル君、お互いに、この苦しい思いの中から、いつも新たな自信を汲み出してゆこうではないか、ーー正しい道に従って歩いてゆく力があるから、こんな苦しみもなめるのだと。(256頁)

 失敗をした時、しかもそれが自分自身の良心に気づきながらもそこにコミットして一歩踏み出す勇気を出せなかった時。私たちは自分自身を裏切ることで自分自身を傷つけ、それによって壊れた(と思ってしまう)他者との関係性の修復に取り組むことに二の足を踏んでしまう。


 誰しもが少なからず経験したであろうことを巧みにエピソードとして提示しながら考え方を述べている。過ちを認めることの大切さと、良い結果をたとえ得られないかもしれないとしても非を詫びることの尊さ。そうすることは、過去の事実は変えられないとしても、少なくとも将来の自分自身の糧として活かすことに繋がる。


2017年12月30日土曜日

【第790回】『不道徳教育講座』(三島由紀夫、角川書店、1995年)

 三島の随筆というのは小説とは毛色があまりに違って戸惑いながらも、その一方で彼の意外な側面が見えて興味深かった。道徳という、ともすると重苦しいテーマについて、皮肉を交えて軽快に述べる。

 何も自信を持てというのではない。自信とは実質を伴う厄介な資格である。誰でもなかなか本当の自信などもてるものではない。しかし己惚れなら、気持の持ちよう次第で、今日からでも持てるのです。(74頁)

 セルフエフィカシー(自己効力感)とセルフエスティーム(自己肯定感)の関係性と捉えればよいのだろうか。成長実感と繋がる自己効力感を私たちは意識しすぎてしまうことがあるが、今の多様な価値観の統合体としての自分自身を認めることを意識したいものである。

 知性を、電気洗濯機や冷蔵庫並みの、生活の便利のための道具と考えているのは、本当の知性の人ではなく、知性の人とは、知性自体の怪力乱神的な働きに、本当の恐怖を感じている人のことをいうのですから。(258頁)


 知性について考えさせられる。効率性や利便性を向上させることが知性なのではなく、その持つ危険性を意識できることが知性であるという三島の言葉に耳を傾けたい。


2017年12月2日土曜日

【第782回】『職業としての小説家』(村上春樹、スイッチ・パブリッシング、2015年)

 著者の小説は、決して苦手ではないのだが、好んで何度も読むということはこれまでなかった。しかし、それでも長編小説はわりと読んでおり、気になる存在ではある。このような「なんとなく気になる」というのもファンの一つであろうから、私も著者のファンであったようだ、やれやれ。

 本書はエッセーであり、誠実なモノローグという印象だ。特に興味深かったのは、彼が自身の小説における文体を創り上げる過程で、まず英語で書いてそれを翻訳するという手法を取ったという以下の箇所である。

 机に向かって、英語で書き上げた一章ぶんくらいの文章を、日本語に「翻訳」していきました。翻訳といっても、がちがちの直訳ではなく、どちらかといえば自由な「移植」に近いものです。するとそこには必然的に、新しい日本語の文体が浮かび上がってきます。それは僕自身の独自の文体でもあります。僕が自分の手で見つけた文体です。そのときに「なるほどね、こういう風に日本語を書けばいいんだ」と思いました。(47頁)

 英語で書いてから日本語に「翻訳」する。文体はどのように生み出されるのかが詳らかにされることは珍しいことであろう。シンプルに書くことの秘訣は、シンプルに書かざるを得ない状況を作り出すことにあるのかもしれない。

 以前、英語でアウトプットする訓練をしている際に、英語で書こうとすると言葉が限られざるを得ないので同じような印象は持った。但し、それを日本語に翻訳するとどのような効果があったかまでには意識が全く及ばなかったし、訳してみても著者のような文体にはほど遠かった。文体を構築するための装置は人それぞれによって異なるということであろうが、印象的な発想法ではある。

 自分の体験から思うのですが、自分のオリジナルの文体なり話法なりを見つけ出すには、まず出発点として「自分に何かを加算していく」よりはむしろ、「自分から何かをマイナスしていく」という作業が必要とされるみたいです。(中略)
 それでは、何がどうしても必要で、何がそれほど必要でないか、あるいはまったく不要であるかを、どのようにして見極めていけばいいのか?
 これも自分自身の経験から言いますと、すごく単純な話ですが、「それをしているとき、あなたは楽しい気持ちになれますか?」というのがひとつの基準になるだろうと思います。(98頁)

 「好きこそ物の上手なれ」とまとめるだけではもったいない。情報が氾濫している状況の中で、いかに情報を精査し、シンプルな表現形態を見出すかというプロセスにおいて、「楽しい気持ち」という基準を用いている。こうしたオリジナリティの創出方法は、小説家ではない私たちの多くにとっても参考になるだろう。というのも、提案であったりプレゼンテーションといった、何かをアウトプットするという文脈に照らし合わせてみれば、応用できるのではないか。

 大事なのは、書き直すという行為そのものなのです。作家が「ここをもっとうまく書き直してやろう」と決意して机の前に腰を据え、文章に手を入れる、そういう姿勢そのものが何より重要な意味を持ちます。それに比べれば「どのように書き直すか」という方向性なんて、むしろ二次的なものかもしれません。(151頁)

 この箇所も、私たちの日常におけるメールをはじめとした文字コミュニケーションに適用できるように考えるがいかがだろう。たとえば、即興性を楽しむSNSと比べてやや長い文章を表現するメールを思い浮かべてほしい。

 他の方から届いたメールを一読して何らかの印象を私たちは持つ。その際の印象の差異は、意志や心がそこにこもっているかどうかであり、それは、送り手が頭の中で充分に練ったり推敲しているかどうかの差なのかもしれない。反対に言えば、真剣に何かを伝えよう、他者に理解してもらいたい、という気持ちがあれば、推敲するというのは自然なのかもしれない。

 いろんな種類の本を読み漁ったことによって、視野がある程度ナチュラルに「相対化」されていったことも、十代の僕にとって大きな意味あいを持っていたと思います。本の中に描かれた様々な感情をほとんど自分のものとして体験し、イマジネーションの中で時間や空間を自由に行き来し、様々な不思議な風景を目にし、様々な言葉を自分の身体に通過させたことによって、僕の視点は多かれ少なかれ複合的になっていったということです。(209頁)


 読書の効用について触れられた箇所も面白い。インプットという基礎体力があるからこそアウトプットができるとした上で、上述した箇所では、なぜ大量のインプットが必要かということが述べられている。大量に幅広く読むことで中立的な立地点を見つけることができるという点は納得的である。


2013年6月9日日曜日

【第165回】『走ることについて語るときに僕の語ること』 (村上春樹、文藝春秋社、2007年)

 感化され易いタイプなので、本書を読んでジョギングをしたいと思い始めた。走ることは人生と深い部分で通じる部分があるようだ。

ただ黙々と時間をかけて距離を走る。速く走りたいと感じればそれなりにスピードも出すが、たとえペースを上げてもその時間を短くし、身体が今感じている気持ちの良さをそのまま明日に持ち越すように心がける。長編小説を書いているときと同じ要領だ。もっと書き続けられそうなところで、思い切って筆を置く。そうすれば翌日の作業のとりかかりが楽になる。(17~18頁)

 アウトプットを短距離的に行うと、その後に全くアウトプットできない時期が訪れることがたしかにある。それがスランプの一因なのかもしれない。著者の言うようにアウトプットすることをマラソンとしてとらえれば、こうした態度を取ることも可能だろう。しかし、調子がいいときにアウトプットをやめることには多大な勇気が必要であることは明らかであり、著者のすごみはそこにある。

僕は書きながらものを考える。考えたことを文章にするのではなく、文章を作りながらものを考える。書くという作業を通して思考を形成していく。書き直すことによって、思索を深めていく。(180頁)

 走ることによってアウトプットをする。アウトプットをすることによって思索を深める。とかく、書くべきものが先にあって、それをアウトプットするという順番に思われがちだが、そうではない。手を動かすことによって、自分が何を考え、何をアウトプットしたいのかが形作られていく。

本当に価値のあるものごとは往々にして、効率の悪い営為を通してしか獲得できないものなのだ。たとえむなしい行為であったとしても、それは決して愚かしい行為ではないはずだ。(252頁)

 単なる骨折りや徒労に終わる可能性が高いとしてもアウトプットをし続けること。そうした失敗の積み重ねの先に、自分自身にとって大事なものを得たり、大事な気付きを得たりすることができる。著者のこうした言葉には勇気を与えられる。失敗は成功を保証しない。しかし、失敗を恐れないチャレンジがなければ、何かを掴み取ることはできない。

誰かに故のない(と少なくとも僕には思える)非難を受けたとき、あるいは当然受け入れてもらえると期待していた誰かに受け入れてもらえなかったようなとき、僕はいつもより少しだけ長い距離を走ることにしている。いつもより長い距離を走ることによって、そのぶん自分を肉体的に消耗させる。そして自分が能力に限りのある、弱い人間だということをあらためて認識する。いちばん底の部分でフィジカルに認識する。そしていつもより長い距離を走ったぶん、結果的には自分の肉体を、ほんのわずかではあるけれど強化したことになる。(39頁)

 走ることは自己管理にも活用できるのである。走ることでストレス発散、という安易な発想しか持ち合わせていなかったのがはずかしいくらい、自身の人格を練磨する作用まで走ることによって見出している。先ほどの引用箇所と同様に、長い距離を走り続けることは、謙虚な姿勢を培うためにも有効なのかもしれない。

終わりがあるから存在に意味があるのではない。存在というものの意味を便宜的に際だたせるために、あるいはまたその有限性の遠回しな比喩として、どこかの地点にとりあえずの終わりが設定されているだけなんだ、そういう気がした。かなり哲学的だ。(171頁)


 いや、本当に哲学的だ。目標を設定して目標達成のために一喜一憂する。たしかにそうした姿勢に効用がある部分もある。しかし、マリッジブルーや成功の復讐ということがあるように目標達成じたいが私たちに危機をもたらすこともまた、事実である。ゴールを自身で設定しつつ、そこに囚われないこと。