2018年5月5日土曜日

【第833回】『森と湖と』(東山魁夷、新潮社、1984年)


 著者の日本の各地を描いた風景画は美しい。風景画というジャンルが同じであれば、日本であろうと、海外であろうと、描かれた作品は変わらない、と思っていた。しかし、本書で描かれている北欧の景色を眺めていると、素人考えとしては「これが東山魁夷の作品なのか」と驚かされた。

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 海外、特に北欧を著者が描こうとしたのはなぜなのか。その理由は本書の最後に端的に記されている。

 なぜ、北欧を旅して、私が心の故郷に巡り合ったのか。北欧の自然と、町と、そこに住む人々に対して、あれほど心を通い合わすことが出来たのか。私の北方的要素は、北方の人でない私、むしろ南の人間であるべき私の上に、積み重ねられたものである。私が根本的に北国の人間であるなら、おそらく光の豊富な南方へ憧れたであろう。だからこういう本質を持つ私が北の風物の中で心を打たれるのは、むしろ、寒さの中での暖かさであり、暗さの中での明るさ、生に対して苛酷な条件の中での生の輝きというように、本当に北方的な極限の姿ではなくて、北の要素の中にほの見える南の要素であるとも考えられる。だから、私は北国が雪と氷に蔽われ、寒風の吹きすさぶ姿を、いっそう北国らしい姿であると見るのだが、私の描いが雪は春を待つ雪であった場合が多い。
 あの北欧の旅で私の心を打ったのは、自然と人との営みの中に、静かでつよい生の感動を読みとったからである。(148~149頁)

 横浜で生まれて神戸で育った著者は、北国育ちではない。だからこそ、北国の環境の厳しさ、そこで生きる人々の強靭さに魅かれたのだという。そうして著者の想いが込められた作品だからこそ、それを鑑賞する私たちに響くものがあるのだろう。

【第562回】『名画は語る』(千住博、キノブックス、2015年)

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