本号は、イチローが今期のメジャー出場がなくなるというニュースが出る前のイチローへの取材記事が掲載されている。今となっては、その後の心境や新しい契約への想いについて触れたいという気持ちもあるが、イチローのプロフェッショナルとしての考え方や行動について考えさせられる。彼のインタビュー記事は、毎回、異なる学びがあるから興味深いし、考えて行動し続けてきた足跡が彼の言葉となって現れているのであろう。
ーーでも、泰然という状態は「プレイヤーとしても人間としても常にそうでありたいという、目指すべき状態」だと仰っていましたよね。
「そこは矛盾してるんですけど、焦ることができる自分も時には必要だったりするんです。マリナーズと契約した直後の会見で『オフの間、心が折れることはなかったか』と訊かれたとき、『そういうことがあったら泰然とは言えない』と答えたんですけど、でも神戸で寒い中、一人で打っていたら、そりゃ、心、折れますよ(笑)。(中略)でも、やればよくなるという結果が見えているから、続けられるんです」(20頁)
泰然という精神状態は、イチローのみならず私たちにとっても理想的と思われる状態と言えるのではないか。イチローはそれを理想としながら、焦ることがなかった自分自身に対して違和感をおぼえてもいたという。
それでも、自分自身がより良くなれるという積み重ねられた自信を基に、努力を黙々と続けて、マリナーズ復帰というチャンスを得た。もちろん、努力を重ねても外部環境が整わなければ実らないことは多々あるだろうが、努力によって準備が整っていなければチャンスを結実させることはできない。言い古されたことではあるが、イチローの言葉を読んでいくと感じ入ることがある。
ーーそれだけ心が折れる出来事が重なりながら、結局はそれを乗り越えていく……。
「よく、人より頑張ったからとか、何倍も練習してきたからこういう結果が出るんだって言われますけど、そうじゃない。人の何倍もの努力なんて、できっこないんです。ただ、自分の限界を少しだけ超えることを重ねてきたんです。自分なりの歩みを進めていくということを、ただただ重ねてきた。そうやって歳を積み重ねてきただけの自信があったから、心が折れようとも泰然としていられた、ということなのかもしれません」(20頁)
イチローの小学生の頃の作文はあまりにも有名であり、彼の努力量に対して疑う人は誰もいない。その彼自身が、努力の量ではなく、「限界を少しだけ超える」という努力の質について示唆していることに刮目すべきだろう。
管理職トレーニング等で、ストレッチ・アサインメントという概念がよく言われる。これは、上司による部下へのアサインメントの際に、少しチャレンジングな内容を含ませることで部下の成長を促すというものである。しかし、イチローの言葉を借りれば、自分自身で少しチャレンジを心がけ、それを続けることこそが、努力するということの意味なのかもしれない。
【第828回】Number950「大谷翔平 夢の始まり。」(文藝春秋、2018年)
【第449回】『イチロー・インタヴューズ』(石田雄太、文藝春秋、2010年)
【第411回】『屈辱と歓喜と真実と』(石田雄太、ぴあ、2007年)
【第197回】Number836「イチロー 不滅の4000本。」(文藝春秋、2013年)
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