2017年12月24日日曜日

【第789回】『1973年のピンボール』(村上春樹、講談社、2004年)

 デビュー作に続いて芥川賞候補になった著者の二作目。

 空はまだどんよりと曇っていた。午前中よりそのグレーの色は少しばかり濃くなったようにも思える。窓から首を突き出すと微かな雨の予感がする。何羽かの秋の鳥が空を横切っていった。ブーンという都会特有の鈍い唸り(地下鉄の列車、ハンバーガーを焼く音、高架道路の車の音、自動ドアが開いたり閉まったりする音、そんな無数の音の組み合わせだ)が辺りを被っていた。(78頁)

 漱石の情景描写も好きだが、心象と情景との描写もいいなと思う。少しニヒルな感じもするのだが。私たちが描き出そうとして描き出せないことを、事も無げに、淡々と、しかし共感的に描くのは本当にすごい。

 「あたしは四十五年かけてひとつのことしかわからなかったよ。こういうことさ。人はどんなことからでも努力さえすれば何かを学べるってね。どんなに月並みで平凡なことからでも必ず何かを学べる。どんな髭剃りにも哲学はあるってね、どこかで読んだよ。実際、そうしなければ誰も生き残ってなんかいけないのさ」(97頁)


 ちょっとした教訓めいた書き方もまた、嫌味に思えず、すんなりと入ってくる。単に努力を礼賛するのではなくて、日常の中でちょっとした努力や積み重ねをしたくなる、そんなさりげない書きっぷりである。


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