抑制の利いた筆致で淡々と描きながら、読者に場面を想像させる。余分な力が入っていないからか、読み手としても心地よく読み進められる。SF的な状況設定であるがために、現実との距離感を如何様にも取ることができ、多様な読み方ができそうである。
臓器移植をはじめとした社会的トピックスと紐付けて読めそうなテーマでありながら、個人的には漱石が描いた三角関係を軸とした一連の作品群を思い起こさせた。
主人公であるキャシー、付かず離れずでありながら友情関係を長期に継続するルース、ルースとの恋仲でありながらキャシーと強い友情関係を一貫して持ち続けたトミー。『こころ』でいうところの、先生・K・お嬢さんという三者の関係を想起してしまう。二者ではなく三者であるからこそ、関係性の拡がりと多様な可能性とが展望されるのではないか。
新しい環境に溺れる思いだったわたしたちは、しばらくの間、浮き輪代わりにこの論文にしがみついていたのだと思います。(140頁)
三人が施設から出て、一般社会に出た直後の描写である。施設で出された論文執筆という課題自体には興味を持てない中でも、過去のあたたかい記憶や関係性の名残である論文を精神的な拠り所にするという感覚。大学に入って新しい交友関係を築くことに勤しみながら、中学や高校の友人と会うことを億劫と思いながらも、どこかでそこに安心感を覚えるような感じであろうか。
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