脳は柔軟性を重んじる存在である。ポッツ教授の変動選択理論を引きながら、人類の祖先は、進化の過程において柔軟性のない人間を嫌うようになっていったと著者は言う。そうであるにも関わらず、進化のプロセスを無視するかのような学校や職場における丸暗記を強いる学習環境に対して著者は警鐘を鳴らす。そうした学習は、学校のテストで良い点を取るためには有用であろうが、現実の仕事や生活において役に立つという意味での学習としては適していない。
では学習とはそもそも何か。著者は端的に、脳の配線が変わること、と定義している。このように考えると柔軟性がなぜ大事かという点と繋がる。すなわち、何かをインプットしてそのままアウトプットさせる丸暗記は、著者の定義する学習に該当せず、いわば作業とでも呼ばれよう。学習とはそれまでの自身の知識・経験と新たなインプットが相乗効果を生み出すためのスループットを経ることが重要であり、それが脳の配線が変わることなのであろう。
学習の定義をこのように捉えるのであれば、それに合わせて学習のスタイルも考える必要があるだろう。著者は、一夜漬けではなく徐々に知識を積み込む学習を是とする。基礎的な脳科学の知見でも明らかなように、記憶には長期記憶と短期記憶とがある。一夜漬けは短期記憶にポジティヴな影響を与えるのではあるが、一定期間を空けて学び直すよりも非効率であることが本書でも指摘されている。したがって、あたかも予防接種を追加で定期的に接種させるように、同じことを一定期間を空けて常に学び直し続けることが重要である。
さらには、そうした学習スタイルの方が学んでいてたのしいものではないだろうか。おそらく、学ぶことが嫌いという人の中には、丸暗記型の無機質な学習スタイルのみしか知らないというタイプではないだろうか。もしそうであるのであれば、日本の学校教育のあり方に問題があると言わざるを得ないだろう。むろん、学校や学校教育という外部の問題だけではなく、丸暗記型以外の学習スタイルを試みようとしない個人の意識や意思の問題も極めて大きいことは言うまでもない。
こうした考え方に関する著述の他に、具体的な実行のためのアイディアも本書では紹介されている点が特徴的である。職業柄、講義計画に関する著者の極めて具体的な指摘は興味深かった。まず教育に携わる人間として愕然とする前提として、著者によれば人間の集中力は十分間しか続かないという。その上で、大学の五十分間の授業を例にとれば、五つの中心概念を十分間ずつ取り扱うべきであるそうだ。さらに著者は、中心概念を大きな概念、一般的な概念、要約といったモジュールで構成して、それぞれのモジュールは一分間で説明するべきという。企業での研修における感覚的な知見としても、人間の集中力の持続は驚くほど短いため、こうした考え方はぜひ参考にしたい。
本書の冒頭には、○○すれば頭が良くなるという断定的な主張に対しては疑う目を持つことが重要であるという著者の指摘がある。こうした指摘は大事であろう。本書をはじめとした脳科学に関する「きちんとした」書籍を読めば分かる通り、脳の構造はそれほど単純なものではない。したがって行動と記憶とを一対一対応させるかのような関係性は存在しない。
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