2017年7月15日土曜日

【第726回】『豊饒の海(四)天人五衰(2回目)』(三島由紀夫、新潮社、1971年)

 そこまで目を放つことこそ、透の幸福の根拠だった。透にとっては、見ること以上の自己放棄はなかった。自分を忘れさせてくれるのは目だけだ、鏡を見るときを除いては。(19頁)

 他者や対象物を見ることは、客観的に物事を捉えることである。客観的に把捉することを望むことは、自身を省みたくないことの表れとも言えるだろう。さらに言えば、自分自身に向き合いたくないという心理作用がなせることなのかもしれない。「鏡を見るときを除いては」という但し書きを著者がわざわざ述べている点から、こうした踏み込んだ解釈まで行ってみたくなる。

 第一巻の松枝清顕から始まる転生の兆候が見えた安永透という少年を描写しながら、それはもう一人の主人公である本多繁邦の描写でもあったのではないか。清顕からの転生を、時には熱情を持って関与しながらも、客観的に見続ける存在。折に触れて他者やその内面を観察しようとする本多の人物像が、透に反映されていると解釈できよう。

 このような文脈で捉えれば、透が、自分もしくは自分であったかもしれない転生の物語を省みて、視力を失ったことには、本多にも深い意味がある。つまり、目を失うことで、物事と距離をとって客観的に捉えることを放棄するという心情は、不治の病を感じさせる本多の終盤の心の有り様と通じるものがある。

 だからこそ、物語の最後における本多のモノローグには心を打つものがある。

 我が在ると思うから不滅が生じない、という仏教の論理は、数学的に正確だと本多には今や思われた。我とは、そもそも自分で決めた、従って何ら根拠のない、この南京玉の糸つなぎの配列の順序だったのである。(308頁)

 人は死んだらどうなるのか。子供の頃にそうした思いに駆られて不安で仕方がなかった時分がある。程度の差はあれ、今でも思うことである。自分という存在がなくなったら、外界を把握する存在であり、断片的な把握から世界を構成する主観の保有者がいなくなれば、世界は果たして存在できなくなるのではないか。

 しかし、本多に語らせている上記の箇所を読むと、こうした考え方は自己本位なものに過ぎないと思えてくる。自分が客観的に世界を捉えられているというのは奢りであり、その構造を勝手に可視化させて解釈しているのである。したがって、自分という存在がこの世からいなくなっても、ある人材が会社を辞めてもその会社のオペレーションが変わらず続くのと同様、この世界は続くのであろう。

 そうであるからこそ、一日や一瞬において、縁をいただいた他者と交流できるということがありがたいものなのではないか。自分という存在に固執せず、他者や世界に開くということが重要に思えてくる。

 門跡の目ははじめてやや強く本多を見据えた。
 「それも心々ですさかい」(341頁)


 この最後のシーンにおける、本多と月修寺の門跡となった聡子との対話で、聡子が語る言葉が味わい深い。


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