マネジャーを題材にした書籍は多く、私自身も、職業柄、好んで読んできた。先行する文献と比較した場合、本書の特徴は、プレイヤーからマネジャーへの移行に伴う役割変容に焦点を当てている点と、その変容のために学習や育成を重視している点であろう。
まず著者は、マネジャーの役割を「Getting things done through others」(30頁)として定義づけている。非常に興味深いのは、othersを部下だけに留めず、マネジャーの上司や他部門の部門長や経営者を含めた「雑多な存在」(32頁)としている点である。マネジャーが自身の役割を遂行するためには、部下だけではなく、まさに360度に渡るステイクホルダーを活用しながら行なうことが求められているのである。
マネジャー受難の時代と言われることも多い現代日本の企業において、以下の5つの環境変化がマネジャーへの移行を困難にしている(76頁)と著者はしている。
①突然化:ある日、いきなりマネジャーになる
②二重化:プレイヤーであり、マネジャーでもある
③多様化:飲み会コミュニケーションが通用しない?
④煩雑化:予防線にまつわる仕事が増える
⑤若年化:経験の浅いマネジャーの増加
特に注目したいのは②二重化であり、いわゆるプレイング・マネジャーとしてマネジメント行動を行なうことの難しさが指摘されている。とりわけ、著者たちが行なった調査において、「プレイングに過剰に時間を当てているマネジャー」は、一般的なマネジャーよりも、職場業績が低い(60頁)という点に着目するべきであろう。
この点は、マネジャーの挑戦課題として挙げられている以下の七つの点(114頁)と合わせて考えてみると良い。
①部下育成
②目標咀嚼
③政治交渉
④多様な人材活用
⑤意思決定
⑥マインド維持
⑦プレマネバランス
先述したプレイング・マネジャーの難しさが、マネジャーの挑戦課題の⑦プレマネバランスという課題として挙げられている。七つの課題のうち、特にマネジメント行動に悪い影響を及ぼすのは①部下育成、②目標咀嚼、⑦プレマネバランスの三つだという。すなわち、部下に対して目標を咀嚼して提示できないと、部下が効果的に育成されず、いつまでも部下に任せられないためにマネジャーがプレイヤー化する、というデフレスパイラルが生じる(109頁)。その結果として、自部署のパフォーマンスの結果が低くなるという先述したデータが導かれるのではないだろうか。
このデフレスパイラルについて深掘りすれば、プレイングマネジャー化の問題に直接的に影響を与えるのは、部下育成ができないということであることを導き出せるだろう。では、どのように部下を育成するべきなのか。ここで著者は、マネジャーだけが部下を育成するという点の部下育成から、部署全体として協力的に育成を行なうという面による育成が重要である(134頁)とする。部下育成の主体として私たちは、上司であるマネジャーのみを想定しがちであるが、育成の主体は、上司という点ではなく職場という面であるという意識転換は現実的である。
それぞれの育成主体がどのように職場におけるメンバーを育成するのかという点についてより深く理解されたい方は、著者の『職場学習論』(職場学習論―仕事の学びを科学する)を紐解くことをお勧めしたい。同書による知見を端的に引用すれば、以下の三つの主体が異なる支援行動を行なうことで、メンバーの能力向上に影響を与えるようだ(103頁)。
・上司:内省支援、精神支援
・上位者:内省支援
・同僚・同期:内省支援、業務支援
マネジャーが育つためには、マネジャー自身をいかに企業として支援するか、という観点を見逃すわけにはいかない。まず、直接的な育成を支援する管理職研修については、その学習効果の分散の値が大きい点に留意が必要である(238頁)。つまり、受講者であるマネジャーの職場における現状を理解した上で、学習内容を吟味することが必要だ。
さらに、研修だけでマネジメント行動が身に付くわけではない。したがって、マネジャーになった時点での研修とともに、その後のフォローアップとしてメンタリングが有効である(227頁)。メンタリング自体が有効であるとともに、メンタリングの結果として、マネジャーが気軽に相談できる他者やネットワークができることの効果もまた、大きいのである。
『マネジャーの実像』(H・ミンツバーグ、日経BP社、2011年)【2回目】
『成長する管理職』(松尾睦、東洋経済新報社、2013年)
『経営学習論』(中原淳、東京大学出版会、2012年)
『組織内専門人材のキャリアと学習ー組織を越境する新しい人材像ー』(石山恒貴、日本生産性本部、2013年)
Linda A. Hill and Kent Lineback, “Being the boss”
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