本書を読む前、組織開発という概念には食傷気味だった。数年前に広義の組織開発の手法に依る活動を集中的に行っていた。よかったのだとは思う、特定の個人にとっては。しかし、組織にとって、会社にとって、効果があったのかと問われれば、残念ながら肯定する気にはなれず、企画・運営側の自己満足ではないかという感があった。
また、「組織開発を志す人々が党派に分かれ、対話を失わせている実態こそが、組織開発の健全な発展を妨げて行くものだ」(63頁)と指摘されている状況にもうんざりしていた。「○○が正しく、□□は誤っている。」とか「〇〇を信じない人間は信じない。」といった言説構造は、端から見ていれば内ゲバ争いに他ならない。そのため、組織開発に対してどこか冷めた目で眺めるようになってきていた。
しかし、組織開発の歴史的経緯と今後の可能性に対して真摯に向き合おうとする本書を読み、組織開発に改めて取り組み直したいと心の底から思えた。とりわけ「人材開発、リーダーシップ開発……そして組織開発は、理論的には同じルーツを持っている」(6頁)という箇所から、組織開発を毛嫌いする無意味さを理解し、反省させられた。
学びの多い本書をまとめるのは難しい。ここでは、特に興味深いと感じた、組織開発の理論的な背景と、それを踏まえた実践的な簡潔かつ明瞭なステップについて焦点を当てたい。
まず、理論的な背景についてであるが、組織開発の3層モデルを見ていただきたい。
実務家としては、組織開発の手法にどうしても目が向いてしまうが、重要なのは、そうした手法がどのような背景を持っているかである。なぜなら、手法の底流に流れるものが、手法に影響を与えるからである。実施者がその背景に自覚的であろうと無自覚であろうとも、関係はないだろう。
手法の直接的な背景として、集団精神療法の方法論があり、その考え方の基盤には哲学がある。ここでは、図中の第1層を成す哲学的基盤に焦点を当てる。
下手の横好きで哲学を好む身としては、組織開発の基盤として、フッサール、デューイ、フロイトが出てくるのは堪らない。デューイは経験からの学習という点、フッサールは経験の意識化という点、そしてフロイトは無意識の意識化という点で、組織開発の基盤となる考え方に影響を与えたという。
デューイとフロイトについては、個人的には想像が付きやすいが、その両者を繋ぐ存在として現象学で有名なフッサールが描かれているのが興味深い。現象学という、決して理解したとは言えない難解な思想に対して、エポケーをはじめとした概念装置に魅了された身としては、組織開発の基底を成す考え方の一つとして取り上げられると嬉しいものである。
次に、実践的な組織開発の3ステップについて。41頁の図表4にある端的かつ簡潔に描かれたモデル図を見ていただきたい。
見える化のステップで重要なことは、潜在的な問題を顕在化させることが見える化であり、誰もが認識している問題を図やチャートにすることではない。きれいな図やモデルにすることを見える化と捉えがちだが、現場に存在する有象無象な潜在的問題を可視化することが求められるのである。
ガチ対話のステップでは、何かを決めたり判断するのではなく、お互いの意見や考えの相違を明らかにする。そのためには、腹を括ってお互いが真剣に対話することが求められる。
ガチ対話を経て発散的にアイディアが出て、お互いの意見の背景となる考えを理解しあった後で収束する。これが未来づくりである。組織としてまとめるために未来におけるビジョンを共同して創り分有するということであろう。
実務においては、組織開発の3層モデルでその基底に流れる背景(Why)を念頭に置きながら、組織開発の3ステップを基にワークショップを設計(What)したいものである。
【第559回】『入門 組織開発』(中村和彦、光文社、2015年)
【第209回】労働政策研究・研修機構「特集 人材育成とキャリア開発」『日本労働研究雑誌』Oct. 2013 No. 639
【第862回】『研修開発入門「研修転移」の理論と実践』(中原淳・島村公俊・鈴木英智佳・関根雅泰、ダイヤモンド社、2018年)
【第113回】『経営学習論』(中原淳、東京大学出版会、2012年)
【第641回】『職場学習論』(中原淳、東京大学出版会、2010年)
【第292回】『探究Ⅱ』(柄谷行人、講談社、1989年)
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