本書の冒頭において研修転移は、「研修で学んだことが、仕事の現場で一般化され役立てられ、かつその効果が持続されること」(17頁)と定義づけられている。この定義について、著者たちは、一般化と持続という二つの概念に峻別してさらに補足を加える。
一般化とは「研修で学んだことを現場で適用されること」(18頁)であるのに対して、持続とは「現場に適用された内容の効果性が、ただちに失われるのではなく、持続すること」とされている。乱暴にいえば、研修場面での気づきや学びだけにとどまらず、現場で適用可能であり、それを単発ではなく持続的に使えている状態を指していると言えよう。実務の場面においては、研修転移が実現している状態は望ましいものであり、だからこそ、本書が実務家に受け入れられているのであろう。
こうした定義づけを行った上で、研修転移に関する先行研究が整理されて論じられている箇所が勉強になる。研修転移のルーツとして研修評価の研究が存在し、研修評価研究は以下の三つの段階に分けられるという。
(1)4段階モデルの時代:1950年代~1987年
研修評価の先駆けは、有名なカークパトリックの四段階、すなわち、反応、学習、行動、成果の四つである。この中でも、「行動変化の測定がもっとも難しく、また最も重要である」(25頁)とカークパトリックは述べたという。これが、現代の研修転移研究に至るまで課題として取り組まれ続けている点であろう。
(2)ROIの時代:1990年代
ビジネスにおいて投資対効果が厳しく問われる時代になると、企業における研修にも投資対効果が求められるようになった。カークパトリックの四段階が実データで妥当性が検証されなかった(29頁)こともあり、どのような効果が得られるかという点に研修評価研究での注目点が移ったのである。
(3)4段階モデルの洗練化時代:2000年代~
こうして、研修の受講後における行動や成果に着目される流れの中で、既存の研修評価に関する研究のメタ分析が行われ始めた。Powell & Yalcin(2010)では、マネジメント研修の効果のメタ分析によって、行動および成果のレベルには至っていないことが明らかにされている。
では、行動レベルにどのようにインパクトを与えうるか、という点で研修転移研究が2000年代から盛んになってきた。たとえば、Sitzmann et al.(2008)のメタ分析では、研修における講師のスタイルが事後の行動予測に影響を与えているという。
講師が受講生との心理的距離を縮めるようなインストラクションスタイルであったときに、受講生の反応はよくなり、その結果「研修内容を現場で実践できそう」だと考える自己効力感が高まるというのです。(31頁)
また、カークパトリックの四段階を検証したSaks & Burke(2012)の以下の発見事実は、実務家に対する有意義な実践的な含意を有している。
より具体的には、研修受講者に対して受講後に「行動変化の度合い」について質問しで尋ねたり、リマインドをかけたりすることが、現場での実践を促すことを発見したのです。(32頁)
さらには、四段階モデルの提唱者であるカークパトリックの息子であるジェームス・カークパトリックは、Kirkpatrick & Karkpatrick(2005)等で、成果・行動からのリバース・エンジニアリングで研修を企画することの重要性を提唱している。
新カークパトリック・モデルでは、レベル4の成果から研修企画、設計を考え始めるという逆転の発想と、レベル3の「重要な行動」の現場実践を促進する環境要因にも目配りしている点が評価できると思います。(33頁)
このように、ビジネスからのプレッシャーの強い成果の追求と、従来の人材開発部門の主たる領域であった反応・学習との間の橋渡しをする要素が行動である。では、どのように研修で身につけられる求められるべき行動の領域を定義し、それが得られるように研修の企画・実践に落とし込み、事後にフォローを行うか。
受講者への事後のリマインド、受講者を取り巻くステイクホルダーの巻き込み、反転学習による研修に臨むマインドセットの涵養、など企画サイドができることは多い。本書ではそうした事例も盛り込まれており、研究知見と事例から学び、実践に活かして試行錯誤していきたいものである。
【第684回】『フィードバック入門』(中原淳、PHP研究所、2017年)
【第728回】『人材開発研究大全』<第2部 組織参入後の人材開発>(中原淳編著、東京大学出版会、2017年)
【第641回】『職場学習論』(中原淳、東京大学出版会、2010年)
【第269回】『研修開発入門』(中原淳、ダイヤモンド社、2014年)
【第113回】『経営学習論』(中原淳、東京大学出版会、2012年)
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