2014年9月15日月曜日

【第338回】『日本人のための憲法原論』(小室直樹、集英社、2006年)

 橋爪大三郎、大澤真幸、宮台真司といった現代を代表する社会学者を何人も輩出した小室ゼミ。その主催者である著者が語る社会科学の本質は、端的で、鋭い。

 私が社会科学を研究しているのは、気の利いた「意見」を言うためではありません。学問とは本来、それぞれの人間が自分の意見を持つための「材料」、言い換えれば議論の前提となるものを提供するためにあるのです。それが学問の使命です。(15頁)

 社会科学の一つとされる法学。中でも最上位の法と位置づけられる憲法に関して、本書ではその生み出された背景とその影響について丹念に述べられている。まず、憲法とは何を対象とした法律であるのか。

 憲法とは国民に向けて書かれたものではない。誰のために書かれたものかといえば、国家権力すべてを縛るために書かれたものです。司法、行政、立法……これらの能力に対する命令が、憲法に書かれている。(53頁)

 大きな権力を持つ国家を制約するために憲法はあり、そうした権力の暴走を守るための役割を担っている。私自身も、学部の時に学んだ憲法学でそのように習ったものであり、憲法学においても主流の考え方なのであろう。著者は、こうした基礎的な考え方に基づきながら、予定説、契約という二つの重要な論点について述べ、それらを踏まえて日本における天皇教について最後に述べている。

 第一に、予定説について見てみよう。

 神様の選考条件は人間には絶対に分からない。しかし、救われることになっている人であれば、その人は間違いなく予定説を信じている。(中略)
 だから、予定説を信じてプロテスタントになることだけでも、あの絶対にして万能の神様のお導きがあったればこそ。そこに「神の予定」を感じるではありませんか。(130頁)

 予定説とは、ルターと並んで宗教改革の旗手と称されるカルヴァンが唱えた説である。最後の審判において、救われるかどうかは予め定められており、それは誰にも分からない。しかし、救われる必要条件として予定説を信じていることは求められることが導き出される。そうすることで神という存在を身近に感じられるというメリットもあるとしている。

 予定説を信じると、その伝統主義もまた色あせて見える。
 なぜなら、神の絶対を信じているプロテスタントからすれば、「昨日まで、そうやって来たから」という理由では納得できない。彼らにとって何より大事なのは、それが神の御心に沿っているかどうかだけです。だから、神様のためなら社会の仕組みなんてぶち壊して、作り替えてもかまわない。(中略)
 近代の歴史は革命の歴史と言ってもいいわけですが、その革命もまた予定説の産物だった。(152頁)

 偉大なる過去からの延長としての現在を描こうとする伝統主義・保守主義に対して、予定説はその時間軸におけるパラダイムを百八十度変換させる。こうした起こるべき未来という視点に立った予定説の考え方によって、そうではない現在の社会を正統に否定するための革命権が生み出される。近代における市民革命を正当化するロジックが予定説によって導出されたのである。

 予定説を信じる人々が登場したことによって、そうした特権は「人権」へと変貌した。一部の人だけが特権を持つのではなく、誰もが同じ特権を持っている。それを人権と呼ぶようになったわけです。(150頁)

 時間軸から生み出された革命権に加え、空間軸、つまりは最後の審判の時点で神の前において平等に立たされるという観点から特権が否定される。その上で、あまねく人々が平等に持つ人権という概念が生み出された。

 近代民主主義の平等や人権という概念が生まれるのには、人間の価値を徹底的に否定する予定説の教えが必要だったと、この講義の冒頭で述べました。
 近代資本主義の成立もまた同じです。利潤を追求する資本主義が誕生するには、まず金儲けそのものが徹底的に否定される必要があった。その資本否定の思想とは、他でもない、あの予定説なのです。(163頁)

 革命権、人権に加えて、資本主義もまた予定説の産物であると著者はしている。神の前における人間の価値の否定が翻って人間の存在性を重要視する人権を生み出したのと同様に、金儲けを徹底的に否定することで利潤を最大化する資本主義が生み出されたのである。この転回的な発想はやや難解であるため、ウェーバーを基にしながら著者は詳細を説明している。

 近代以前の人間なんて、どこも似たようなものです。ことに当時のヨーロッパでは、キリスト教特有の金銭倫理があるから、必要以上にカネを稼ぐのは悪徳だと思われていた。だから、最低限の労働でいいのです。
 ところが、予定説を信じている人たちは違います。この人たちは、安息日以外の週6日、働きづめに働く。
 というのも、予定説においては、すべての人間の人生はあらかじめ神が定めたもうたこと。ならば、自分の職業もまた神が選んでくださったものに違いないという考えが生まれたのです。(172頁)

 これが天職という考え方に繋がるわけであり、プロテスタントがなぜ勤労に励むのか、そうした結果として逆説的にお金が貯まり資本主義の源泉となったのである。

 第二に、契約について考えてみよう。

 ロックは自然人と自然状態という2つを仮定することによって、「人間というのは、放っておいても、じきに契約を交わして社会を作るようになるのだ」ということを理論的に“証明”したというわけです。(192頁)

 自然を所与の条件として、自然状態においても契約を人々は交わし合うということをロックは導き出した。

 ロックの考えはまさしく現在の憲法や民主主義の思想につながるものです。国家権力はかならず肥大化して暴走する。それをくい止めるのが憲法であり、民主主義なのです。(194頁)

 自然状態ではない国家権力は、自己の持つパワーによって肥大化する傾向を持つ。そうした肥大化を牽制し抑制するのが憲法であり、契約に基づいて人々が平等に結びつく民主主義であると著者はする。

 「神との契約は絶対に守るべきものである」という概念が、聖書を通じて教えられていたからこそ、欧米の人たちは人間同士が結ぶ契約についても、やはり同じように守らなければならないと考えたというわけです。
 また、聖書においてモーゼに与えられた律法などを見て、「契約とは言葉で定義するものだ」という考えを持つようになった。(254頁)

 こうした契約の特徴として、言葉で定義されるべきものであると、モーゼを引き合いに出しながら述べられている。こうした感覚は、キリスト教圏では自然な感情として持てるのであろうが、非キリスト者には実感として分かりづらい。分厚い契約書がアメリカの映画で映し出されると私たちの多くは違和を感じるものだ。しかし、あれは契約とは文字に書かれたものである、という文化においては理解できるものなのだろう。

 結局のところ、民主主義とはひじょうに効率の悪い政治システムです。
 何でも投票と議論で決めなければならないから、なかなか物事がスムーズに動かない。それに比べれば、ボナパルティズムやファシズムでは独裁者1人が何でも決めるのですから、決断が早いし、失敗したときの修正も早く行なえるというものです。
 ですから、政治がうまく動かなくなれば、大衆は英雄を求めます。(295頁)

 契約の概念から生み出される民主主義はなにも薔薇色のものではない。時間とコストが掛かる民主主義のしくみに対して、それが機能不全に陥ると独裁制を私たちは求めてしまうことは歴史が示している通りだ。

 「戦争はイヤだ」「戦争はよくない」という平和主義こそが、独裁者を増長させ、大戦争を引き起こしたのです。逆に「戦争もやむなし」という覚悟があれば、かえって戦争は避けられた。これこそがチャーチルの言いたかったことなのです。(332頁)

 前者の例として、ナチスの膨張主義を厭戦意識の強かったヨーロッパ諸国が認めたために第二次大戦は起きた。後者の例として、著者はキューバ危機を用い、戦争を辞さないケネディの強硬姿勢によって核戦争が避けられたとしている。後者については異論もあろうが、平和主義には独裁者を結果的に許容してしまうというリスクを内包していることに、私たちは留意する必要があるだろう。

 第三に、日本に目を転じてみよう。

 文明開化とは要するに日本経済を資本主義にすることです。資本主義こそが主権国家へのパスポートなのです。
 日本を資本主義国にするというのは、明治政府のもう1つの方針である国防の強化にもつながります。資本主義の工業力がないかぎり、日本は国防力を持つことはできません。そこで官民挙げて、明治の日本は資本主義への道をひた走ることになったというわけです。(380~381頁)

 明治期における日本の資本主義化は、主権国家として欧米列強から独立を勝ち取ることと、そうした独立国家である列強から自国を守るために必要とされていた。そのために、資本主義化が金科玉条とされたのである。では、明治期の日本は何をもって資本主義の旗印にしたのであろうか。

 国家元首たる天皇を、日本人にとって唯一絶対の神にすること。天皇をキリスト教の神と同じようにするというアイデアです。
 すなわち「神の前の平等」ならぬ、「天皇の前の平等」です。現人神である天皇から見れば、すべての日本人は平等である。この観念を普及させることによって、日本人に近代精神を植え付けようと考えた。(386頁)

 キリスト教における神を前にした平等という概念を、天皇を前にした平等に擬したのである。これが著者が天皇教と呼ぶ所以である。

 では、天皇教の教義とは何か。
 その主な柱は2つです。1つは先ほども述べた「天皇は現人神にして、絶対である」という教義です。この教義から「天皇の前の平等」という考えが生まれてくる。
 もう1つの重要な柱は「日本は神国である」という思想です。(中略)
 天皇教で言う「神の国」とは、ユダヤ教における「約束の地」と同じ意味を持つ、重大な概念です。(390頁)

 前者は、先述した天皇の前の平等である。後者では、神との契約における約束の地に擬して神の国を創出されたのである。では、こうした現人神を中心に据えた神国日本という民主主義の装置が、憲法の崩壊とあの戦争を招いたのか。著者は明確に否定し、異なる理由を提示する。

 昭和15年、帝国議会はみずから言論の自由を封殺した。そして、軍部を批判した斎藤隆夫を除名処分にしてしまった。議会は任務を放棄してしまったのです。
 日本の運命を決定したのは、憲法でもなければ、制度でもありません。ドイツと同じように議会が自殺してしまったことこそ、日本にとって致命的なことであったのです。(424頁)

 神の国や現人神といった民主主義を擬製しようとしたシステムがあの戦争を招いたのではなかった。そうしたシステムを基にして、権力の暴走を牽制する力を有していた議会が、自らの権力を自らの手で放棄したことが、民主主義を、憲法を亡きものにしてしまったのである。そうした議会を自死に追い込んだ主体がさらにあると著者は主張する。

 では、よい政治家を作るにはどうしたらいいのか。どうやったら、真のリーダーシップが生まれてくるか。
 その答えは言うまでもありません。「よい政治家を作るのはよい国民だ」ということです。(472頁)

 当時の国会議員をして斎藤隆夫を除名処分にしたのは、世論であると著者は喝破する。戦争を肯定し、軍部の膨張主義を後押ししていたのは世論であり、世論を気にする国会議員は斎藤を除名するのを世論の反映と判断したのである。過去の事例をもとに私たちの特徴を理解することで、同じような状況に陥った時に同じ轍を踏まないように心に留めたい指摘である。


2014年9月14日日曜日

【第337回】『春宵十話』(岡潔、光文社、2006年)

 著者は日本を代表する数学者である。以前読んだ小林秀雄との対談が面白く、著者の本を他にも読んでみようと思った。本書もまた、含蓄があり、読み応えのある興味深い一冊であった。

 数学者である著者が、数学という学問をどのように捉えているのか。私にとっては、甚だ意外な表現をもって説明をされている。

 数学とはどういうものかというと、自らの情緒を外に表現することによって作り出す学問芸術の一つであって、知性の文字板に、欧米人が数学と呼んでいる形式に表現するものである。(3頁)

 情緒や芸術といった、およそ数学が持つ堅いイメージとはかけ離れた言葉で表現されている。さらに、数学と芸術について、著者はその共通点を別の箇所で記している。

 数学の目標は真の中における調和であり、芸術の目標は美の中における調和である。どちらも調和という形で認められるという点で共通しており、そこに働いているのが情緒であるということも同じである。だから両者はふつう考えられている以上によく似ている。(164頁)

 数学と芸術の共通点は調和を具現化するものであるとしている。調和を重んじる学問であるのだから、本来は人を重視するものであると著者は述べた上で、現状の学問に対して警鐘を鳴らす。

 学問にしろ教育にしろ「人」を抜きにして考えているような気がする。実際は人が学問をし、人が教育をしたりされたりするのだから、人を生理学的にみればどんなものか、これがいろいろの学問の中心になるべきではないだろうか。(11頁)

 学問は人を大事にするべきものであり、機械のように自動的に為されるものではない。さらには、動物との違いという観点でも考えるべきであると著者は続ける。

 人は動物だが、単なる動物ではなく、渋柿の台木に甘柿の芽をついだようなもの、つまり動物性の台木に人間性の芽をつぎ木したものといえる。それを、芽なら何でもよい、早く育ちさえすればよいと思って育てているのがいまの教育ではあるまいか。ただ育てるだけなら渋柿の芽になってしまって甘柿の芽の発育はおさえられてしまう。渋柿の芽は甘柿の芽よりずっと早く成育するから、成熟が早くなるということに対してもっと警戒せねばいけない。すべて成熟は早すぎるよりも遅すぎる方がよい。これが教育というものの根本原則だと思う。(12頁)

 人を重んじ、調和を為そうとする数学という学問。そうした学問を涵養しようとするためには、促成栽培のように子どもを教育するのではなく、じっくりと成熟するように教育することが大事であると著者は述べる。成熟するということは、人の心を理解するということである。

 人の心を知らなければ、物事をやる場合、緻密さがなく粗雑になる。粗雑というのは対象をちっとも見ないで観念的にものをいっているだけということ、つまり対象への細かい心くばりがないということだから、緻密さが欠けるのはいっさいのものが欠けることにほかならない。(15頁)

 人の心を理解するということは、緻密さが必要であると著者は述べる。物事に対して粗雑に対応するということは、徒に観念的に対応するということに他ならない。緻密に対応するには非常な時間が掛かるわけであり、それが成熟するということなのである。

 全くわからないという状態が続いたこと、そのあとに眠ってばかりいるような一種の放心状態があったこと、これが発見にとって大切なことだったに違いない。種子を土にまけば、生えるまでに時間が必要であるように、また結晶作用にも一定の条件で放置することが必要であるように、成熟の準備ができてからかなりの間をおかなければ立派に成熟することはできないのだと思う。だからもうやり方がなくなったからといってやめてはいけないので、意識の下層にかくれたものが徐々に成熟して表層にあらわれるのを待たなければならない。そして表層に出てきた時はもう自然に問題は解決している。(36~37頁)

 むろん、成熟には時間が掛かる。したがって、辛抱強く、ひたすら、考え続け、行ない続けることである。何度も失敗を繰り返してあきらめそうになっても、もう少しだけ踏ん張って考え、工夫して取り組んでみること。そうした果てしない努力の結果として、時に、取り組んでいる対象のかたちが見えてきて、対象が姿を現す。問題が対象として現出すれば、その解決の方向性も自ずと見えてくる。では、こうした取り組み姿勢をどのように涵養することができるのであろうか。

 動物性の侵入を食いとめようと思えば、情緒をきれいにするのが何よりも大切で、それには他のこころをよくくむように導き、いろんな美しい話を聞かせ、なつかしさその他の情操を養い、正義や羞恥のセンスを育てる必要がある。(82頁)

 人を大事にするためには、情緒を育むことが肝要であり、情操、正義、羞恥のセンスを育むことが必要である。こうした他人のこころを理解するためには、他者の悲しみを理解することが重要であるようだ。

 道義の根本は人の悲しみがわかるということにある。自他の別は数え年で五歳くらいからわかり始めるが、人の感情、特に悲しみの感情は一番わかりにくい。(90頁)

 他者の悲しみを分かるようになるということが、情緒を育むことの重要な点である。人のうれしさやたのしさといったポジティヴな側面ではなく、悲しみという一見してネガティヴな側面への理解に焦点を当てるというのは趣き深い。こうした他者への慮りこそが、理性の本質である。

 何かについて述べた意見を人がよく聞いてくれそうになったり、書物を書いてよく売れたりしたときに、朝ふと目がさめて自分のいっていることに不安を感じる。この不安な気持が理性と呼ばれるものの実体ではないだろうか。ところがその不安、心配、疑惑を取り去ってしかも理性らしい頭の働かせ方をすると観念の遊戯といったものになる。近ごろ、本を出すといったことはかなり流行しているが、それらはかなり前から観念の遊戯になっているのではないかと思えるふしがある。(102頁)

 観念の遊戯へと堕すことないように、理性には慎み深さが求められるのであろう。自戒を込めながら、噛み締めたい珠玉の言葉である。


2014年9月13日土曜日

【第336回】『青の時代』(三島由紀夫、新潮社、1971年)

 光クラブ社長自殺事件を素材にしたと言われる本作品。独特の文体と視点により、三島の世界が展開される。

 誠がカントかぶれの機械的な生活を固執したのは、知的探究というものは、合理的な生活を、つまり知識の合理的な体系の投影のような生活を要請し、それによってわれわれを否応なしに道徳的ならしめると考えたからであったが、彼が認識と道徳との困難な割りふりに手こずって考え出したこの解決法には、後年の彼の無道徳の因になった道徳に関する固定的な考え方が歴然としており、それはおそらくしらずしらずうけていた父親の影響でもあり、その影響の脅かしに対する反応でもあった。(53頁)

 理とは武器である。武器であるのだから、理とは本来、意識的に使うものであるし、自分を守るために、他者を攻撃するための手段である。主人公である誠の場合には、自覚的に理を用いているのではなく、父親の影響で無自覚のままに理を用いているという点が独特なのであろう。無自覚に用いているために、理を用いる対象についての考察が伴わない。そのため、ここで仄めかされているように、道徳律に反する行為をも理によって正当化するという後年における誠の暴走を招いてしまうのであろう。理とは、他者だけではなく、自分をも傷つけるものである。

 この頑固さの喜びは、彼にとって一つの人生経験の胡桃のような頑固な皮殻を、割らずにただ掌にころがしている、そういう喜びにちかかったのだ。(66頁)

 三島ならではの表現のように思える。先に引用した箇所にある、主人公の論理的頑迷性が表出した一例であるが、その独特な表現が興味深い。

 過度の軽蔑はほとんど恐怖とかわりがない。誠はこの五十をすぎた男のなかに、彼自身の幻影を見るのが怖かったのである。(112頁)

 いわゆる心理学における投影と同じような現象ではあろう。自分に起きているものと近しい現象を他者の中に見出す、という心理的現象である。しかし、軽蔑が恐怖心と同じ意味であるというのは、投影よりも空恐ろしい現象のように私には思え、こうした感情こそ人間の持つ恐ろしさを表しているのではないだろうか。

 事実の生起は名状すべからざるものである。或る人にとっては革命であり、或る人にとっては単なる債権の取立てであり、或る人にとっては理不尽な強奪であり、或る人にとっては面白い見せ物であり、或る人にとっては職業的なスポーツの一種であり、また或る人にとっては何物でもないところの、この騒々しい祭典がこうして終った。(161頁)

 単なる借金の取り立てという事象を、立場が異なることで異なる世界観が現出するということを表現している。ただし、私が「借金の取り立て」と解釈するのも、ある一側面を観察者である私が切り取ったものにすぎないのであろう。

 誠はあらゆるものの上に、或る単調なしぶとい具体性、昨日は今日に似、今日は明日に似ているところの具体性、誠が今まで一度として持つことを肯んじなかった具体性の匂いをかぐのであった。街はこの具体性に充満し、ふてぶてしく輝き、それ以外のあらゆるものに抽象の極印を押しつけてふんぞり返っているように思われた。(172頁)

 理に聡い人物、とりわけ若い時分から無自覚に論理的な人間というのは、自身の抽象的な世界解釈に驚く瞬間が訪れるのであろう。良い悪いということではないが、具体性を伴わない理性というものは、諸刃の剣ではないか。主人公を見ていて空恐ろしさを感じざるを得ない。


2014年9月8日月曜日

【第335回】Rita Gunther McGrath, “The end of competitive advantage”

Stability, not change, is the state that is most dangerous in highly dynamic competitive environments. (kindle ver No. 306)

In traditional MBA courses, most of the cases are based on static environment. When we prepare and discuss such cases, we only have to analyze them from the future and static viewpoint. Such old fashioned MBA viewpoint can’t always adjust to the current dynamic competitive environments.

Then what should we do to do with these changing environments? The author suggests that we should throw away industry perspective, and put on arena perspective instead. Cited as below is the comparison between two perspectives.


Indeed, Fuji Film has been adjusting changing business environments successfully through tremendous internal changes by itself.

Yet, ultimately, it was Fuji’s approach -- investing in new advantages and pulling resources from declining ones -- that proved to be more robust in the face of change. It didn’t get it right every time, and sometimes the transitions were painful. But the company didn’t get trapped by its past. (kindle ver No. 264)

In order for company to change continuously by itself, each company, the author says, should provide and deliver trainings.

Smart companies recognize that continuous training and development is a mechanism to avoid having to fire people when competitive conditions shift, and they invest in training even as they pursue deployment. (kindle ver No. 855)

It seems strong supports to me that developing employees and delivering trainings are key factors to make company accomplish continuous change. And also, I, as a professional of learning and development, have to regard my position as a key success factor to make our company sustainable one.


2014年9月7日日曜日

【第334回】『山本七平の日本の歴史<下>』(山本七平、ビジネス社、2005年)

 『こころ』におけるKと後醍醐天皇。奇想天外とも言える組み合わせをもって、日本人が理想とする典型と見做す著者の考察が、上巻から引き続いて展開される。

 後醍醐帝にとっては一種の「理想」の追究であり、この理想的体制の追究と実現において帝はまことに「則理想去私」であって、そのためには天下の動乱も身の破滅も考慮していない一種の理想主義だといえる。(58頁)

 道に殉じる「則道去私」を体現したKと同じように、「則理想去私」で理想に殉じた後醍醐天皇。中心に道や理想を掲げる静謐とした存在がいることによって、周囲はどのように反応することになるのか。そこには特徴があると著者は指摘する。

 結局、動乱を収拾して権力を手中におさめるという点では帝は全く無能であり、最終的には、日本国のどこにも身を置く場所さえない、という状態を自ら招来するにすぎない。彼が命ずれば命ずるだけ、指示すれば指示するだけ、事態は混乱していく。(59頁)

 理想に突き進む中心の存在が周囲を混乱させ、振り回すことに繋がるのであるから、皮肉なものである。理想を振りかざし、理想に基づいて指示や命令を下せば下すほど、混乱を招くというのはマネジメントの悪夢ではないか。そこには、思想と実情との対比的な関係性が作用していると著者はしている。

 多くの人はその時代時代の正統思想をただ絶対の権威として生きている。しかしなぜその思想を絶対視するのかと問われれば、それを権威とする人は常に答え得ないのであって、答え得ないが故にそれは「思想」でなく「権威」となるわけである。
 そして「権威」となったとき、実は「思想」は死ぬ。(中略)
 同時に「権威」は常に権威の弱みをもつ。というのは権威は讃美と嘆賞の対象としてのみ存続しうる。従って「社会主義」が権威であるためには、社会主義国は失敗を許されないという矛盾を負う。そこでもし失敗したなら、その理由を「主義」以外の他者に求めねばならない。(中略)
 すなわち一つの主義を絶対化し権威とすれば、全日本人を、少数の例外を除いて、ことごとく「賊軍」と規定しなければならず、一方その「権威」を否定すれば、後醍醐帝はただ一人の邪魔者として、自ら遁走した者と規定せざるを得なくなるわけである。(77~78頁)

 思想は権威に繋がるが、権威になった時点で思想は死ぬ運命にある。なぜなら、思想が現実の文脈に置かれた時点で、思想と相反する多数を「賊軍」として排除しようとする。「賊軍」はマジョリティであるために、多数に敗れることが許されない思想を守るために権威者は逃げることになる。したがって、思想は、少数の弱い立場の者のみが保有することができるものであり、その担ぎ手は、果てしない純粋化のためにより先鋭化したマイノリティ集団へと変貌し続ける。安保闘争や全共闘といった、過激なセクトを生み出した典型的な事例を考えれば、日本における思想と権威との相補関係を理解できるだろう。

 そして思考を停止した者にとって、権威の滅亡は同時に自己の心理的滅亡となる。そしてその者には未来は存在してはならないことになる。そしてその場合は、あらゆる災害を「世の終り予兆」として受けとることになる。(82~83頁)

 思想が権威へと変化し、いわば自殺をする運命にあることに加え、そうした一連のプロセスを眺める人々にとって、それは終末論を生み出すことになるという。アメリカの理想であり権威の象徴であったツインタワーにテロリストの操縦する飛行機が突っ込んだ9・11の後に私たちの多くが感じた終末観を想起すれば分かり易いだろう。

 「権威」と「実情」だけで思想のない世界では「権威」と「実情」の分離・分掌が必要なことを、そして両者とも存在理由のあることを、身をもって明確にするには、後醍醐帝が必要だったわけであろう。(98頁)

 権威を実情と結びつけようとすると、権威の周囲に災禍が生じることを歴史的に証明したのが後醍醐天皇による建武の親政であった。したがって、権威の主体である存在と、実情において力を発揮する主体とを切り分けるという、日本独自の権力分離体制を生み出したのもまた、後醍醐天皇と言えるのである。

 建武中興が後代に残した唯一の遺産は「日本的修正主義」により政治的イデオロギーの「白昼夢」を、現実処理政治方式に定着さす方法論だったわけである。(232頁)

 こうした権威と実情とを分離させるための方法論が、日本的修正主義である。借り物の権威を大事にしながら、実情と分離させるために修正を施すことを、私たちは歴史から自然と身につけてきたのである。

 前方に先進国とか先進人民国とかいう自己の未来像を置き、後方には歪んだ歴史という自己の出発点を置く。同時にそれを「善」「悪」と規定する。そして、この二点の間に自己をおく。そのように自己を規定すれば、すべての人間は、後醍醐帝のように行動せざるを得ない。そして、このような形で自己を規定することによって、異常なほど強烈なエネルギーを起させることを全日本人に教え、それを一つの基本的な自己規定として定着させたのが、後醍醐帝の最大の功績であったといえる。そしてこの点では、全日本人が今でも「建武中興」の忠実な子孫である。(281頁)

 善悪を明確に切り分け、 「後方=悪」を省みることなく「前方=善」に向けて猛進する。そのエネルギーが強いために高度経済成長をなした一方で、過去を省みない行動は近隣諸国から非難を浴びる大きな原因となっている。しかし、私たちの多くは、過去を省みないために、なぜ自分たちが非難され続けるのか分からないと感じてしまう。著者は、近隣諸国との政治的な軋轢をも歴史に基づいて予見していたと考えるのは飛躍であろうか。

 『こころ』のKを基にしながら後醍醐天皇とその周囲を描いた本作。最後の締め括りも、『こころ』と『太平記』とを絡めた美しい物言いである。

 特に『太平記』は、以後の各時代が、この書から、どの部分をどのような形で引用したかを調べることによって、その時代が、どの方向に動き出したかを知りうる、最高の指標となった。この指標こそ、同時代が後世に贈った”建武”という「先生の遺書」なのである。(283頁)

2014年9月6日土曜日

【第333回】『山本七平の日本の歴史<上>』(山本七平、ビジネス社、2005年)

 結局私は、漱石の意向とは関係なく『こころ』という作品を、「天皇制のパイロット・プラント」として見ていたということである。それは、私が日本の歴史について何か書くとすれば、私の位置は『こころ』を「天皇制のパイロット・プラント」として見た位置であり、その位置でしか対象を見得ない、ということである。そのことの当否は私には関係ない。見えた通りに書くだけである。従って『こころ』は私の日本史の序説である。(137頁)

 著者の書籍は何冊か読んできた。興味深く読んではきたが、本書ほどのインパクトはなかった。本書で著者は、日本人や天皇制について存分に論じ尽くす。その序説として、『こころ』を取りあげている。この解説が非常に面白い。読み応えがある一方で、端的な筆致でまとめあげられている。

 すべては竹林の薄明のごとく一見まことに明晰であり、自由に踏みこむことができ、どこにも障害がなく、すべては静かで、疾風も怒濤も砂嵐も烈日もない。すべてが温和である。それでいて、奥は見えず、道はなく、始点も終点もなく、自分の歩いた跡すら不明になる一つの世界、そういう世界、それが日本であり、その日本の空間を象徴するものが漱石の『こころ』であろう、と私は考えていた。(27~28頁)

 日本における世界観とは、始点も終点も見えず、中が何も見えない、空洞のような世界である、と著者は端的に述べる。では、なぜ空洞のような、無重量状態における人間という存在が日本では現出されるのであろうか。

 無重力状態の無菌人間にしてはじめて正常な感覚をもち得るのであり、そしてそれによってすべてを明確に感じうる明晰さは、これもまた竹林の薄命に似ている。ここには騒々しい「思想」の主張もなければ、空の盃の献酬に等しい議論もない。(33頁)

 無重力状態において、何からも制約されない存在であるからこそ、世界を正常に感覚することができる。こうした人間像が日本における理想の姿であると著者はしている。このような考え方であるからこそ、時間に対する感覚も日本独自のものとなる。

 時間が過去から未来へと流れれば、未来は既知であり、未来を見れば、そこに「過去」が見えるのである。従ってこういう時間に生きる日本人が「こうなれば、必ずこうなる」と言っても不思議でない。「私はこうするであろう」もなければ「あなたはこうするであろう」でもない。「必ずこうなる」のである。確かに日本人にはそういえるはずだ。従って日本語の時制が不明確だという考え方は正しいとはいえまい。その人がその時間に生きているなら、それはその人の時間だからである。(41~42頁)

 まず時間軸については、過去から将来へという方向性になる。これは「最後の審判」という将来のある時点を基にして過去のすべての人間の行為を裁くというキリスト教的な世界観と真逆である。さらに、「なる」であって「する」ではないという点から、人間の意志や主体性といった存在の欠落も日本における特徴として著者は指摘している。こうした意志のない人間の行為の積み重ねが過去から将来へと連綿と繋がって行く様子は、『こころ』におけるK・先生・お嬢さんという三者の関係に現れていると著者はする。少し長い引用にはなるが、以下をお読みいただきたい。

 Kは、確かにその「生涯」の一部を、否おそらく全部を「先生」に遺贈した。それが「お嬢さん」であった。だがこの遺贈は、果して、普通の遺贈であったろうか。「先生」が父の遺産を叔父に横領されたように、Kはその「生涯」を「先生」に横領されたのではないであろうか。先生は、横領された遺産を取り戻そうとはせず、むしろ、叔父に横領されるがままにして故郷を去った。同じようにKは、その生涯を「先生」に横領されるがままにして、この世を去ったのではないか。もしそうなら、「先生」は「お嬢さん」と結婚することによって、Kの「生涯という遺産」を一方的に相続したことになる。そして一人の人間の生涯のすべてを遺産として受けとることになるなら、「先生」はKの生涯という資産とその資産の裏づけに等しき負債を否応なく相続したわけである。それを象徴するものがKの墓であり、「先生」にとって「墓」と「奥さん」は、同じようにKから相続した「生涯という遺産」になってしまう。そして確かにそうなった。「先生」はKの遺産をすべて非常に大切にする。奥さんも墓も。だがそのことによって「先生」は、墓の時間すなわち「死者の時間」に立たざるを得ない。だがそうなれば、時間は過去から未来へと流れ、未来を見れば、そこに見えるものは過去になる。そしてそれが先生の生存と生活を規定していく。規定している以上、それは確かに「思想」である。(60~61頁)

 過去から将来へ連綿と続く時間の流れの中で、意志のない主体による行動が結果として立ち現れ続ける。そうした全ての行動が生き残った後世の人間へ引き継がれ、そうした意味において、過去における人物は将来のある時点における人物の中に生き続ける。過去の行為が将来の行為を規定するという意味合いにおいて、そこには意図なき主体における思想であると著者はしている。無責任の体系と言った人物もあるが、こうしたものが日本的な思考様式なのであろう。こうした世界観における理想的な人間像を著者は「純粋人間」と呼ぶ。

 「欲望の無重力状態」における「利害関係の無菌人間」が「道」に対して緊張関係にあるときこれを「純粋人間」と呼び、こういう人間の実在を信じかつ感覚しうる状態にある人びとによって構成される社会が、「天皇制」と呼ばれる社会なのである。(81頁)

 ここで著者は、大胆にも「先生」の友人であるKを天皇のような存在と近しいと喝破する。著者は続けて、その共通点に関する詳説へと移る前に、Kを苦しめた「欲望の無重力状態」の正体に迫る。

 「K」の苦しみは、一に、「恋」と「道」との二者択一であり、この「K」の態度には、「先生」と同じ自明の前提がある。そして両者に共通するこの自明の前提がない限り「精神的向上心のないものは馬鹿だ」という言葉は、「K」の「恋の行手をふさぐ」「一言」とはなり得ないはずである。もし「K」が「先生」のすべてを見通し、「お嬢さんへの恋は精神的向上と対立しないどころか、君と同様に私にとっても、その恋自体が精神的向上の方向にある。私のお嬢さんへの愛も宗教的信仰に等しく、お嬢さんのことを思えば、君同様に私も、気高い気分が乗り移って来るのだ」と言えば、「先生」は一言もないはずである。しかし、こういう返事が来ることは絶対にないことを、「先生」は知っていた。(98~99頁)

 Kと先生との緊張関係は、『こころ』における重要な関係性の一つであろう。柄谷行人は三角関係という鍵概念で説明を試みた(『マルクスその可能性の中心』(柄谷行人、講談社、1990年))のであるが、著者は日本人が抱く「自明の前提」と言う表現で説明を試みているのである。では「自明の前提」とは何か。

 では一体、なぜ「K」すなわち、「純粋人間」にとって恋は裏切りであることが自明の前提であり、また二人が口にする「共通項=人間」が「お嬢さん」なのであろう。ここに「K」の求愛をはばむ「何か」と「先生」を「狐疑させた何か」ーー前述したように、「先生」は確かに「お嬢さん」がほしい、しかしその「お嬢さん」を手に入れる過程において「何か」を失うことを、極端に恐れているーーその「何か」が、実は同質の対象であること、すなわちこれが別の「共通項」であることにここで気づかざるをえないのである。(100~101頁)

 自明の前提とは、Kにとってのものと「先生」にとってのものとどちらにとっても同質な何かであると著者はしている。したがって、「先生」はそれを疑い、Kの死後は自分自身が保有し、将来における「先生」自身の死へと繋がる何かである。こうして『こころ』を序説として、日本人とは何かという論点へと著者の論理展開は繋がっていく。

 日本人には明らかに「純粋国家」という概念がある。個人のもつ基本的な欲望、いわば飲・食・生存といった最低の基本的欲望の充足は、本人の意志を無視する重力の如くに作用すると考えれば、それは、言うまでもなくその個人の集合体である国家にも、その国家の意志を無視する重力の如くに作用するはずである。しかし、純粋人間が、こういう重力=欲望からの無重力状態にあるならば、純粋国家という概念も、この欲望からの無重力状態にあるはずである。第二に、国際間の利害関係および国内におけるさまざまの利害関係の外で培養された「無菌国家」という概念がこれに加わる。さらにこの状態に、何らかの「道」ーーそれが何と呼ばれてもよいし、その内容は全く不明でもよい。何か、たとえば「肇国の精神」「道義国家」「八紘一宇」「平和国家」「文化国家」といったようなものーーとの緊張関係が加わるという状態、この状態が日本人の「純粋国家」という概念であって、それは常にさまざまな衣装をまとい、よそおいを新たにして登場しても不思議ではない。もちろん、こういう純粋国家は、現実には存在しない。そしてそれが存在しえない理由を、日本人は常に、いわゆる「社会の壁」や「国際問題における社会の壁」に求め、それらを排除すれば、純粋国家が出来上ると思ったり、いや、地上のどこかにすでに純粋国家は実在していると夢想したりして、さまざまな国に純粋国家という概念を投影してみたりする。そのうちに、その投影をまた自国に反射してみるようになる。(103~104頁)

 日本人の理想像は、無重力状態における「純粋人間」であり、その集合体としての日本という国家の理想像は「純粋国家」であると著者はしている。内的に純粋であるということは、外部との接点という観点から「無菌国家」という概念がそこに付け加えられる。これらが結びつくかたちで、理想的な国家形態が創り出され、驚くことにその内容自体には様々に形容される。さらには、そうした理想状態を他国に投影することによってその国家を純粋に憧憬し、自国を蔑視するということにもなる。そうした考え方の帰結は、純粋であるが故に破滅的なエネルギーを生み出すことになる。

 その結果、内外の壁を打ち砕き取り除くため、大規模な軍事行動や小規模な銃撃戦を起す。「純粋機構」の創出する「世論」は、もちろん常にこれに声援を送り、そのためには「策略」も罪悪ではない。しかし「壁」は、前述のように実は、「純粋人間」の逃げ道だから、「壁」をこわすことによって、「壁」のために「純粋」でありえなかったという「生存」のための言いわけを、次々に自らの中でふさいで行く結果になる。その結果は、「K」の如くに自殺するか、一億玉砕という自殺スローガンになるか、「生きていて相すみません」という不思議な「生存の言いわけ」の哲学に生きるか、という状態になる。(104頁)

 他者を殺すか、自分を殺すか。この二つが純粋国家における純粋人間の行動であり、両者を選択できない人間は、どちらも選べずに生き続ける自分を謝るしかないのであろう。息苦しい選択を自分自身で行なう国家というのも、引いた視点で捉えると珍しい国民であろう。こうしたエネルギーの充満する中心に、理想的な純粋人間たる天皇が存在する、とするのが著者の説の中心を為すものである。

 実はこれが「天皇制」のもつエネルギーである。中心に、欲望の無重力状態、人間関係・社会関係における無菌人間を設定して、一種の真空状態を作り出す。これを「去私の人」と言いうるなら、そういって良い。本人は真空であるから、一切の意向はない。いや、たとえあっても、ないと設定される。従って意思決定も決断もない。それが徹底すればするほど、それはますます真空状態を高め、それが周囲に異常なエネルギーを巻き起して台風を発生させ、全日本を包み、東アジアを巻き込み、遠く欧米まで巻き込んで、全世界を台風圏内に入れてしまう。しかし「台風の目」は、静穏であり虚であり、真空であって、ここには何もない。たとえ「目」が非常な早さでどこかへ進行しても、それは、周囲の渦巻が移動させているのであって、「目」が「目」の意向に従って進路を決定しているのではない。(120~121頁)

 究極的な純粋人間、つまりはイデアとしての純粋人間には意志がない。むしろ、そうした中心にいる人物の周囲にいる人間がなんらかの思想を持ち込むことによって、周囲を巻き込んでエネルギーを増幅させていくのである。河合隼雄氏の中空理論を彷彿とさせるような論旨は、納得的である。

 『こころ』を下敷きにして日本人および日本という国家が理想とする純粋性を見出した後に、その源泉を著者は南北朝時代における天皇およびその周辺にあると指摘する。『こころ』に該当する当時のテクストとして著者が指摘しているのが北畠親房による『神皇正統記』である。

 まず自己正当化があり、それに基づく過去の再構成があり、その再構成に基づいてまた自己を「正統化」し、それによってその再構成で同時代の再構成を強行しようという、本稿のはじめでのべた行き方の典型的な一例である。(209頁)

 『神皇正統記』では、南朝の正当性を証明することが主眼とされていた。そのためには、過去を都合の良いように再構成させ、そうして再構成されたものをもとに自己の位置づけを再構成しようとしたのである。多くの歴史書がそうした宿命を持つものであろうが、その典型的な例を『神皇正統記』は提示していると著者はしている。その上で大胆にも、『神皇正統記』と『こころ』とを用いて、後醍醐天皇とKとを近しい位置づけに擬せられた存在であると主張する。

 『神皇正統記』と『こころ』を読み比べていくと、後醍醐天皇と「友人K」とは余り似すぎていて、時には、漱石が後醍醐天皇をモデルにして「友人K」を創作したのではないかという錯覚を抱くほどである。もちろんこれは錯覚だが、こういう錯覚を抱く結果となるのは、この両者の間に全く同じような考え方・生き方をした日本人が無数にいた、そして今もいる、ということの証拠であろう。これは日本教が生み出した、時代と環境と社会的地位を超越した一つのタイプに相違ない。
 後醍醐天皇も「友人K」も共に近づきがたい英才であり、刻苦精励、潔癖で、自己に対して峻厳で、倫理的であり、周囲の人間を感嘆させずにおかない資質がある。(213頁)

 純粋人間として描き出される後醍醐天皇とK。その特徴が共通点として列挙されると首肯せざるを得ない。さらには、後醍醐天皇が生きた時代とKが生きた時代との間に生きていた日本人の中にも、そうした特徴を有していた典型的な純粋人間がいたはずである、と著者はしている。その上で、両作品の近似性について以下のように結論づける。

 二人に共通する点を定義すれば、それは「自己規定の去私の人」という一言につきる。しかし前に述べた通り「自己規定の去私」は存在しえない。存在しえないものは消える。Kは自殺する。後醍醐天皇は生涯そのものが前期天皇制の自殺行為であるといえる。ただし二人とも墓は立つ。そしてこの墓に毎月花を捧げる人がいるように、そしてその人が、「無意識の去私の人」と共にいるように、前期天皇制を自殺へと追い込んでいった一人物が、後醍醐天皇のため壮大な寺を建てて供養するーーその人の名は足利尊氏である。そして、『こころ』の「私」にあたる人物が、その経過を印、その「遺書」を後代に送った。それが『神皇正統記』であり、「私」は親房である。(214~215頁)

『山本七平の日本の歴史<下>』(山本七平、ビジネス社、2005年)

2014年9月1日月曜日

【第332回】『勝負哲学』(岡田武史・羽生善治、サンマーク出版、2011年)

 サッカーと将棋。全く異なる領域で活躍してきたプロフェッショナルであっても、共通するものはあるものだ。両者ともに、異なる人物との対談を読んだことがあり、対談を通じて両者の暗黙知を形式知にする名手であることを知悉していた。そのため、期待して本書を読みはじめたところ、その期待は裏切られることがなかった。

 まず、勝負勘と呼ばれる、最も言葉にしづらいであろう概念の一つについて見てみよう。

岡田 答えを模索しながら思考やイメージをどんどん突き詰めていくうちにロジックが絞り込まれ、理窟がとんがってくる。ひらめきはその果てにふっと姿を見せるものなんです。(以下略)
羽生 同感ですね。(中略)直観はヤマカンとは異なります。もっと経験的なもので、監督がおっしゃるように、とても構築的なものです。数多くの選択肢の中から適当に選んでいるのではなく、いままでに経験したいろいろなことや積み上げてきたさまざまなものが選択するときのものさしになっています。(22~23頁)

 勝負を左右するひらめきや直感は、ともすると偶然に生まれてくるものと捉えられてしまいがちだ。しかし、両者ともにそれを否定し、経験や論理による積み上げの結果として訪れるものであると結論づけている。この結論は納得的であるとともに、私たち普通の人間にとって励みとなる言葉であろう。

 次に、勝負を左右する要素に関する捉え方について。

岡田 流れを変えるきっかけは、往々にして小さなことですね。マスコミや評論家は勝った負けたの原因をシステムとか戦術論に求めたがるけど、実際には、勝負を分ける要因の八割方はもっと小さなことなんですよ。(中略)技術上のミスや積極的なミス、これはもう仕方ありません。われわれもある程度は織り込みずみで臨みます。怖いのは、不用意なミスというか、消極性や怠惰から生まれる凡ミスです。(中略)そういうミスは、それがたった一度の、じつにささいなものであっても、全体の流れをガラリと変える大きな傷になってしまうことが多々あるんです。(45~46頁)

 マスコミや評論家を対象としている岡田氏の発言は、おそらくは私たち一般人も含まれていると読むべきであろう。実際に勝負をしていない者で、一家言持っている人間は、外から見えるシステムや戦術論をもとに批評してしまう。これは何もスポーツに限ったことではなく、企業組織でも同じであろう。しかし、岡田氏が指摘する個人の小さなミスが流れを変えるという指摘は非常に重たい。私たちが日々起こしている小さなミスが、巡り巡って自分のいる組織の停滞を招いているかもしれないのである。

 ではこうした勝負勘を持った人物は、そうでない人物と比較して何が異なるのであろうか。

岡田 ひとつの部分だけに意識が集中するんじゃなくて、全体に意識を行き渡らせる広い集中力に長けている。それがいい選手の重要な条件のひとつであることはジャンルを問わないことなんでしょうね。(76頁)

 最近では、選択と集中を体現すべく、なにか一つに注力している潔い姿がカッコいいものとみなされる傾向がある。むろん、選択と集中が重要である文脈もあるだろう。しかし、岡田氏が述べるように、周囲を見ながら、鳥瞰図を描くように、大局的な観点から、自分が行なっている領域を突き詰めることが重要だ。プロフェッショナリティとは、他者との信頼関係や全体との整合性が前提条件となるからである。そうしたことを「広い集中力」という独特な言葉遣いで巧みに表現している両者の言語化能力には驚くばかりだ。

 次に、勝負勘を養うために何を行なうべきかについて見てみよう。

羽生 安全策は相対的に自分の力を漸減させてしまうんです。それがイヤなら、積極的なリスクテイクをしなくてはならない。だから私は、経験値の範囲内からはみ出すよう、あえて意図的に強めにアクセルを踏むことを心がけているつもりです。(85~86頁)

 経験を積めば、どこに危険があるかが分かるようになる。そうした経験値は、ミスを減らすというポジティヴな作用をもたらす一方で、リスクを取らないという副作用をももたらす。羽生氏は、そうした経験値の持つ副作用を意識した上で、あえてリスクテイクするようにしているという。リスクを取ることによって、中長期的な観点での自分の力を高めようとしているのである。では、こうしたリスクテイクするべきかどうかをどのように測れば良いのであろうか。

羽生 結果的にうまくいったか、いかなかったかではなく、そのリスクをとったことに自分自身が納得しているか、していないかをものさしにするようにしているんです。後悔をするなら、リスクをとらなかった後悔より、とったことの後悔のほうがはるかにましだと思うからです。そう考えることで、リスクテイクするときの恐怖感もかなり減らせるような気がします。(91頁)

 リスクを取るか否かの選択において結果を指標にしないということは、非常に興味深い。結果を指標にすると、リスクを取らずに安全策で対応するというジリ貧の戦略が合理的になってしまうのである。結果ではなく、自分自身の納得を指標にするというところがミソであり、取らなかったことの後悔を念頭に置くことで、リスクテイクを納得させるという作用があるのではないか。

 最後に、こうした勝負勘をどのように培うのかについて見てみよう。傍から見ると天才のように思える偉業を成し遂げている羽生氏は、頑に自分は天才ではなく普通の人間であると断言し、どのように勝負勘を養ってきたかを以下のように述べる。

羽生 自分の中に「天才」を感じたことは一度もありません。私は必要な能力や技術を反復によって身につけていく人間で、いまの自分をつくったのはくり返しと積み重ねだと思っています。ひとつひとつを自分で考えながら、試行錯誤を重ねて、時間をかけて自分のものにしてきたというのが実感です。ひらめきによって一足飛びにジャンプするということはできません。段階を一個一個踏まないと高いところへは行けないタイプなんです。(204頁)

 ここでの繰り返しや積み重ねといった言葉の意味合いを、リニアな成長と誤読してはいけない。リニアな成長とは、過去の成功体験の積み上げに過ぎず、それでは中長期的に強みを発揮できないというのは前述した通りだ。したがって、ここでの経験とは、リスクテイクを経ての失敗や跳躍をも含めた経験を指し、そうした自分自身での試行錯誤を愚直に繰り返したものと読むべきであろう。努力を繰り返せることが天才だと定義するのであれば、両氏はそうした意味での「天才」と言えるのかもしれない。