2014年9月28日日曜日

【第345回】『愛するということ』(エーリッヒ・フロム、鈴木晶訳、紀伊國屋書店、1991年)

 NHK教育の「100分 de 名著」で興味を抱いていた本書。少し前に『自由からの逃走』(『自由からの逃走』(E・フロム、日高六郎訳、東京創元社、1951年))を読んで著者の書籍への関心はより強くなっていたため、満を持して読んだ。

 この本は読者にこう訴えるーー自分の人格全体を発達させ、それが生産的な方向に向くよう、全力をあげて努力しないかぎり、人を愛そうとしてもかならず失敗する。満足のゆくような愛を得るには、隣人を愛することができなければならないし、真の謙虚さ、勇気、信念、規律をそなえていなければならない。これらの特質がまれにしか見られない社会では、愛する能力を身につけることは容易ではない。実際、真に人を愛することのできる人を、あなたは何人知っているだろうか。(5頁)

 原題は「The art of loving」であり、直訳すれば「愛する技術」といったところであろうか。著者は、愛するためにはなぜ技術が必要であると考えたのであろうか。その理由として、社会が近代化する過程において、愛を巡る状況に変化が生じたからであるようだ。主なものを二つほど挙げてみよう。

 自由な愛という新しい概念によって、能力よりも対象の重要性のほうがはるかに大きくなったにちがいない。(14頁)

 前近代的な社会においては、身分による制約や家による制約といった要因によって、結婚には不自由がつきものであった。親や社会が決めた相手と結婚するのが当たり前の社会においては、決められた結婚相手との結婚生活をいかに良くするかという能力に意識が向かうことになる。しかし、近代になると、自由な愛による結婚が実現することになり、自由に選べる結婚相手という対象に目が行くようになる。ために、能力ではなく対象の優先順位が高まるのである。

 何もかもが商品化され、物質的成功がとくに価値をもつような社会では、人間の愛情関係が、商品や労働市場を支配しているのと同じ交換のパターンに従っていたとしても、驚くにはあたらない。(16頁)

 次に、愛の商品化が挙げられている。つまり、自分自身という商品を鑑みて、自分にとって「お得」な価値のある相手を選ぶことが合理的な結婚であると見做される。自分自身の商品価値と共に、相手の商品価値を客観的に把握して、獲得し得る最大の効用を実現できる結婚を目指そうとするのである。

 こうした近代化以降の愛を取り巻く言説構造を俯瞰した上で、愛そのものについて、著者は主張を進めていく。

 人間が孤立した存在であることを知りつつ、まだ愛によって結ばれることがないーーここから恥が生まれるのである。罪と不安もここから生まれる。(25頁)

 まず、人間とは孤立した存在であることを前提として置いている。孤立した存在として、他者との愛によって結ばれていない状態において恥、罪、不安といった概念が生じるとしている。

 共棲的結合とはおよそ対照的に、成熟した愛は、自分の全体性と個性を保ったままでの結合である。愛は、人間のなかにある能動的な力である。人をほかの人びとから隔てている壁をぶち破る力であり、人と人とを結びつける力である。愛によって、人は孤独感・孤立感を克服するが、依然として自分自身のままであり、自分の全体性を失わない。愛においては、二人が一人になり、しかも二人でありつづけるという、パラドックスが起きる。(40~41頁)

 孤立した存在として個人は、他者との成熟した愛に基づく関係性を持つことによって、全体への結合感を得ることができる。しかしそれは、未熟な愛が時に起こすように、対象を偏愛するあまり忘我的に自己を喪失することを伴うわけではない。自分自身という個性を失わずに、かつ全体性をも有するというアンビバレンスな状態が成熟した愛としているのである。

 こうした成熟した愛を育むためには、愛される価値がある対象からの愛を受動的に待つのではなく、能動的に活動することが求められると著者は主張する。

 愛は能動的な活動であり、受動的な感情ではない。そのなかに「落ちる」ものではなく、「みずから踏みこむ」ものである。愛の能動的な性格を、わかりやすい言い方で表現すれば、愛は何よりも与えることであり、もらうことではない、と言うことができよう。(42~43頁)

 「fall in love」という英語表現に端的に表れているように、「愛に落ちる」という感覚を愛の理想であるかのように私たちは思いがちだ。しかし著者は、愛の能動性、特に他者に対して無償の愛を与えることの重要性をここで指摘している。

 もらうために与えるのではない。与えること自体がこのうえない喜びなのだ。だが、与えることによって、かならず他人のなかに何かが生まれ、その生まれたものは自分にはね返ってくる。ほんとうの意味で与えれば、かならず何かを受け取ることになるのだ。与えるということは、他人をも与える者にするということであり、たがいに相手のなかに芽ばえさせたものから得る喜びを分かちあうのである。与えるという行為のなかで何かが生まれ、与えた者も与えられた者も、たがいのために生まれた生命に感謝するのだ。とくに愛に限っていえば、こういうことになるーー愛とは愛を生む力であり、愛せないということは愛を生むことができないということである。(46頁)

 愛における能動性とは、他者に愛という感情を与えるということである。さらに言えば、愛を与えることによって、他者に何かを生み出すということを信じる態度が必要なのであろう。かつ、そこに見返りを求めないこと。見返りを求めた愛は、他者に愛を生み出さない。見返りを求めずに他者に愛を与えることが、逆説的に、他者から愛が与えられることを可能にする。

 愛の能動的性質を示しているのは、与えるという要素だけではない。あらゆる形の愛に共通して、かならずいくつかの基本的な要素が見られるという事実にも、愛の能動的性質があらわれている。その要素とは、配慮、責任、尊敬、知である。(48頁)

 「与える」も含めて、愛の能動的性質をここで端的に著者は述べている。こうした要素をもとにして、自分自身と異なる他者との間における能動的な愛について、著者は主張を進める。以下では、異性愛、自己愛、神への愛という三点について詳しく見ていこう。

 まずは異性愛について。

 私たちはみな「一者」だが、それにもかかわらず、一人ひとりはかけがえのない唯一無比の存在である。他人との関係にも、それと同じパラドックスが見られる。私たちは一つなのだから、兄弟愛という意味では私たちはすべての人を同じように愛する。しかし、それと同時に私たちは一人ひとり異なっているから、異性愛は、一部の人にしか見られないような、特殊な、きわめて個人的な要素を必要とする。(91~92頁)

 愛とは他者一般に開かれたものであると同時に、特定の他者への愛も存在するという愛のアンビバレンスがここでも示されている。普遍的な愛と個別特殊的な愛とがこの世の中には存在するのである。

 異性愛には、もしそれが愛と呼べるものなら、一つの前提がある。すなわち、自分という存在の本質から愛し、相手の本質と関わりあうということである。(90頁)

 異性愛の前提には、かけがえのない特殊な個人としての自分自身を愛することが前提として存在すると著者はする。そうした愛が存在することによって、個別的な自分と個別的な特定の他者との間にある関わり合いが強化されるのである。

 次に自己愛を取り上げよう。

 聖書に表現されている「汝のごとく汝の隣人を愛せ」という考え方の裏にあるのは、自分自身の個性を尊重し、自分自身を愛し、理解することは、他人を尊重し、愛し、理解することとは切り離せないという考えである。自分自身を愛することと他人を愛することとは、不可分の関係にあるのだ。(94頁)

 自分自身を愛することができなければ、他人を愛することはできない、とここで著者は強く断言する。

 自分自身の人生・幸福・成長・自由を肯定することは、自分の愛する能力、すなわち気づかい・尊敬・責任・理解(知)に根ざしている。もしある人が生産的に愛することができるとしたら、その人はその人自身をも愛している。もし他人しか愛せないとしたら、その人はまったく愛することができないのである。(96頁)

 愛の能動的性質として挙げられていた四つの特徴が、ここでも挙げられていることに留意したい。他者を愛するだけではなく、自分を愛する上でもこうした四つの特徴が求められ、自分自身を愛することができることによって、自分自身を理解することができる。そうすることによって、他者を愛することができるようになるのである。

 第三に、神への愛について見てみよう。

 逆説論理学の一般原理については、老子が明確に説明している。「厳密に真実である言葉は逆説的であるように見える」。また、荘子の説明ではこうだ。「一つであるものは一つである。一つでないものもまた一つである」。これらの公式は「……であり……でない」というふうに肯定的だが、「……はこれでもなく、あれでもない」といった否定の公式もある。(114頁)

 非常に興味深いのは、西洋人である著者が、神について述べる上で、老荘をアナロジーとして用いている点である。もう少し深掘りしてみよう。

 道教の考え方では、インドやソクラテスの思想と同じく、思考が達しうる最高の段階は、自分の無知を知ることである。「知っていながら知らない〔と思う〕ことは病気である」。
 この考え方を押しすすめれば、当然、最高な神には名前がつけられないということになる。究極の現実、究極の「唯一者」は、言葉や思想では捉えられない。老子がいうように、「踏みしだくことのできるような道は、恒久不変の道ではない。名づけられるような名は名ではない」。(115~116頁)

 ソクラテスの「無知の知」との共通点を言うために、老子や道教がここでも例示されている。一つであって一つでないというアンビバレンスに目を向けた上で、そうした唯一にして唯一でない存在は名前を持たないということが指摘されている。

 逆説的思考は、寛容と、自己変革のための努力を生み、アリストテレス的な姿勢は、教義と科学を、すなわちカトリック教会と原子力の発見を生んだのである。(121頁)

 西洋哲学によって、カトリックの教えが科学的に正当づけられ、原子力をはじめとした近代科学文明を生み出したとしている。それに対して、名づけられない絶対的な神という考え方は、寛容と自己変革とを生み出したとしているのだから、興味深い。つまり、前者は神を神として尊敬するのではなく、神を科学によって尊敬するのにすぎないと、著者は暗に否定しているのである。

 最後に、能動的な愛をいかに涵養できるか、その修練について見てみよう。

 自分自身を「信じている」者だけが、他人にたいして誠実になれる。なぜなら、自分に信念をもっている者だけが、「自分は将来も現在と同じだろう、したがって自分が予想しているとおりに感じ、行動するだろう」という革新をもてるからだ。自分自身にたいする信念は、他人にたいして約束ができるための必須条件である。そして、ニーチェが言ったように、約束できるということが人間の最大の特徴であるから、信念が人間が生きてゆくための前提条件の一つである。(183~184頁)

 自分自身を信じること、つまりは自分に対して信念を持つこと。自分に信念を持つということは自己確信を意味し、自分が近い将来においても他者を愛することができるという確信をも意味する。だからこそ、信念こそが能動的な愛を涵養することの第一の前提条件としてここに提示されているのである。

 愛に関していえば、重要なのは自分自身の愛にたいする信念である。つまり、自分の愛は信頼に値するものであり、他人のなかに愛を生むことができる、と「信じる」ことである。(184頁)

 さらに言えば、自分自身の中に閉ざされたものとしての信念ではなく、そうした信念に基づいて愛を他者の中に生むことができると信じることである。

 他人を「信じる」ことのもう一つの意味は、他人の可能性を「信じる」ことである。(184頁)

 自己に対する信念だけではなく、他者に対して開かれた信念がここで指摘されている。つまり、自分自身を信じるだけではなく、他者および他者の可能性をも信じるという開かれた信念が重要であるとされているのである。

 本論考を終えるにあたって、私たちに勇気を与えてくれる印象的な箇所を引用することとしよう。

 信念と勇気の習練は、日常生活のごく些細なことから始まる。第一歩は、自分がいつどんなところで信念を失うか、どんなときにずるく立ち回るかを調べ、それをどんな口実によって正当化しているかをくわしく調べることだ。そうすれば、信念にそむくごとに自分が弱くなっていき、弱くなったためにまた信念にそむき、といった悪循環に気づくだろう。また、それによって、次のようなことがわかるはずだ。つまり、人は意識のうえでは愛されないことを恐れているが、ほんとうは、無意識のなかで、愛することを恐れているのである。
 愛するということは、なんの保証もないのに行動を起こすことであり、こちらが愛せばきっと相手の心にも愛が生まれるだろうという希望に、全面的に自分をゆだねることである。愛とは信念の行為であり、わずかな信念しかもっていない人は、わずかしか愛することができない。(189~190頁)


2014年9月27日土曜日

【第344回】『芭蕉雑記・西方の人 他七篇』(芥川竜之介、岩波書店、1991年)

 芥川があまりに早い自死へと到る最晩年の五年間におけるエッセイを集めたものが本書である。以下では、表題にもなっている「芭蕉雑記」「西方の人」の二つのエッセイについて私の所感を記していく

 まずは「芭蕉雑記」について。

 芭蕉の語彙はこの通り古今東西に出入している。が、俗語を正したことは最も人目に止まりやすい特色だったのに違いない。また俗語を正したことに詩人たる芭蕉の大力量も窺われることは事実である。(18頁)

 松尾芭蕉の特徴の一つとして、彼の生きた時代では俗語と見做されていた言葉を巧みに用いた点が挙げられている。

 白楽天の『長慶集』は『嵯峨日記』にも掲げられた芭蕉の愛読書の一つである。こういう詩集などの表現法を換骨奪胎することは必ずしも稀ではなかったらしい。たとえば芭蕉の俳諧はその動詞の用法に独特の技巧を弄している。(30頁)

 芭蕉は、俗語を俳句に用いただけではなく、中国の古典からも学んで活用したと著者は指摘している。具体的には、以下に述べる、あまりに有名な俳句もそうであったようだ。

 閑さや岩にしみ入る蝉の声(30頁)

 次に「西方の人」について見てみよう。

 クリストは第一にパンを斥けた。が、「パンのみでは生きられない」という注釈を施すのを忘れなかった。それから彼自身の力を恃めという悪魔の理想主義的忠告を斥けた。しかしまた「主たる汝の神を試みてはならぬ」という弁証法を用意していた。最後に「世界の国々とその栄華と」を斥けた。それはパンを斥けたのとあるいは同じことのように見えるであろう。しかしパンを斥けたのは現実的欲望を斥けたのに過ぎない。クリストはこの第三の答の中に我々自身の中に絶えることのない、あらゆる地上の夢を斥けたのである。この論理以上の論理的決闘はクリストの勝利に違いなかった。(107~108頁)

 聖書におけるキリストの言動の意味がよく分からず、聖書は難しいと感じてきた。しかし、著者が述べるように、そうした彼の一見して矛盾していたり一貫していない言動を弁証法のアプローチとして認識すれば把捉できることもある。彼が何を結論として述べたり行動したりしたというよりも、弁証法のアプローチにこそ、キリスト教の深みはあるのではないだろうか。

 我々は唯我々自身に近いものの外は見ることは出来ない。少くとも我々に迫って来るものは我々自身に近いものだけである。クリストはあらゆるジャアナリストのようにこの事実を直覚していた。花嫁、葡萄園、驢馬、工人ーー彼の教えは目のあたりにあるものを一度も利用せずにすましたことはない。「善いサマリア人」や「放蕩息子の帰宅」はこういう彼の詩の傑作である。抽象的な言葉ばかり使っている後代のクリスト教的ジャアナリストーー牧師たちは一度もこのクリストのジャアナリズムの効果を考えなかったのであろう。(114頁)

 真のジャーナリストとは、宗教の創始者なのかもしれない。聴衆に合わせて巧みにアナロジーを用いて、相手に分かるように自身の思う真実を伝える存在をジャーナリストと呼ばずして、いかに形容できるだろう。

『聖書の読方 来世を背景として読むべし』(内村鑑三、青空文庫、1916年)

2014年9月24日水曜日

【第343回】『昭和史の教訓』(保阪正康、朝日新聞社、2007年)

 教訓を教訓として理解するには相応の感性と理性が必要である。その感性と理性に欠けている限り、教訓そのものが存在することさえわからない。つまり過去の歴史と向きあう姿勢をもちあわせていないということでもある。(5頁)

 歴史を教訓とできるかどうか。その鍵は、過去の歴史と真正面から向き合うという、ともすると見たくない目を向けざるを得ない覚悟を私たちが持てるかどうかにある、と著者はしている。では、昭和史から何を私たちは教訓とできるのか。三つの観点から眺めていこう。

 第一に、二・二六事件を挙げてみたい。

 二・二六事件は昭和初年代の時代の空気を「因」とすれば、その「果」であった。どのような意味で「因」が存在するのか。私はそこにはさしあたり三つの視点が存在するといっていいように思う。
 (一)動機が正しければあらゆる行動が許される
 (二)天皇神格化による臣民意識の涵養運動
 (三)国際的孤立からくる心理的、政治的な閉塞感(27頁)

 昭和十年代に起きたあの一連の戦争へと招いたものは何であったのか。著者が掲げている簡潔にして明瞭な三つのポイントは、納得的である。

 二・二六事件が「因」となっての「果」は、こういう形であらわれていた。そのことがわかってくると、きわめてあたりまえのことだが、歴史は人によってつくられるが、その人の重用を誤るととんでもないことが起こりうるとの教訓が引きだされてくるように思うのだ。理性的な判断より感情的、情緒的判断に終始し、とにかく自分の殻に閉じこもっていく。悪いのはつねに相手であり、自らには何の責任もないというのが、東條の性格であり、東條に戦時下にとりたてられた軍人たちに共通の性格であった。(51頁)

 先述した三つのポイントを招いた主要な原因の一つは人事であった。二・二六事件が東條をして首相の座へと近づけたという結果を招いたことを考えれば、その歴史的な事件としての多面性に私たちは留意するべきだろう。

 この二・二六事件のもつ多面性を見ずに、この事件を青年将校のエネルギーの暴発と見るだけの失敗論や昭和天皇が激しく怒ったという聖慮重視論だけでは、事件の本質はつかめないということがわかるのではないだろうか。暴力を軸に、そしてそれに伴っての恫喝を用いながらこうして軍事ファッショ体制は確立していった。(54頁)

 二・二六事件は、青年将校による単なる暴発であり、昭和天皇から否定されたことによって失敗したクーデター未遂であると私たちは学校の歴史で学ぶ。しかし、それだけでは、この事件の本質を理解したことにはならないと著者は指摘する。歴史から教訓を紡ぎ出すためには、東條による人事や、その後の出来事への波及効果を鑑みる必要性がある。

 第二は主観主義について。

 総力戦の構想は、第一次世界大戦を学んだ軍人たちの共通のテーマであった。日本にこのテーマをもちこんだ軍人たちは、戦争がこれまでの軍人、兵士が特定の地域で軍事行動を競い、その結果で勝敗が分かれるという時代から、国家のあらゆる組織、機構が戦時体制に切りかわる時代に変わっていくことを実感した。(123~124頁)

 まず、軍部が総力戦による戦争へと突き進んだ動因として、第一次大戦における国民による総力戦の強靭さが挙げられている。一部の軍事エリートだけではなく、国民をも戦争へと巻き込むようにするためのインセンティヴが第一次大戦の結果として生み出されたのである。

 庶民からの国民史は、むろん前述のような近衛内閣の国策の基本要綱と直結していくこともわかる。下から近衛内閣が突きあげられていくとの構図もわかる。そのことは下部構造のナショナリズムがきわめて単純で素朴な言語空間によって生みだされ、それが実はあまりにも簡単な自己礼賛のみでしかないことにも気づいてくるのである。(119頁)

 軍の暴走を防ぐ役割を果たし得る議会は、国民の世論から影響を受ける存在である。その国民の一人である女性教師が、東京日日新聞が1940年に募った国民史への投稿内容が本書では引用されている。非常にナショナリスティックな内容であり、軍部からと国民からとの双方からの突き上げにあって、議会も戦争肯定へと意識を向けざるを得なかった側面があった状況が理解できる。私たち国民一人ひとりの意識と態度が、政府や軍隊の暴走に歯止めをかける国会への働きかけに繋がることを、いま一度心に留めたい。

 第三は、軍隊に対する意識である。

 <中国の国情、歴史、その置かれている現状などを詳細に分析して戦いを始めたわけではない。つまり戦うべき相手(この時代では「国」ということだろうが)のことは自らの頭の中でしか存在していない。客観的に彼我の力関係を分析するのではなく、自らの尺度でのみ政治的、軍事的現実を分析している。つまりはそれは思いこみと偏見でえがかれる分析であった>(165頁)

 第二のポイントとして挙げた主観主義を基に、満州事変以降の中国への進出における客観的分析の欠落が指摘されている。ではこうした動きをドライヴした動きとは何であったのか。

 日中戦争を追いかけていくとわかるが、常に軍事が先行し、それを政治が追認しているという状態がくり返されている。実際に政治の側が行うべき和平工作や終戦工作は、明確な方針を打ちだすことができず、軍事にひきずられているどころかときには軍事以上に強硬なこともあるというのが現実の姿であった。軍事がどのようにしてこの戦争を終結させるかとの戦略をもっていないことがわかると、近衛内閣の閣僚の側が強硬策に変わっていったのがその例である。(170頁)

 主観主義に基づく場当たり的な軍事の暴走を、政治は追認するしかなかったというのだから、恐ろしい話である。しかし、先述したように、中国への膨張主義は国民世論にも合致するものであったために、行政機関もまた、強い反対をできないままに追認したというのが現実であろう。

 本来、国自体がバランスよく成長しているのであれば、軍隊はつねにそれを守るという防禦の軍隊ということになる。ところが軍人たちのこのような「戦争を欲する感情」は、「結局は侵略性を帯びてしまう」ことになるといってもいい。戦争がなければ存在を明らかにできないこの屈折した感情こそ、帝国軍人のもっとも忠君愛国を支えた心情ということになるのではないか。(174頁)

 日本軍が海外への膨張主義を取ってしまった背景には、軍隊とは新しい領土を得たり、多額の賠償金を得ることを目的とした組織である、という暗黙の了解があった。つまり、そうした目的をレゾンデートルとした日本軍は、日本を守るという自衛の軍隊ではなく、諸外国と戦争をするという侵略を目的とした軍隊であった。日清戦争で多額の賠償金を獲得し、日露戦争で領土を得た、という成功体験が、日本人をして軍隊に対して侵略的な機能を付与した。私たちが意識したくはないが、これが私たちにとって学ぶべき教訓である。


2014年9月23日火曜日

【第342回】Number861「革命を見逃すな。」(文藝春秋、2014年)

 テニスの錦織圭選手とプロ野球の大谷翔平選手を特集した本号。若いホープの活躍に魅せられるのは相変わらずで、タイトル買いしてしまった。特に印象に残ったのは大谷選手に関する以下の三点。

 「確かに、今年はここに投げなきゃいけないとか、こういう球を投げなきゃいけないという部分を、あまり考えなくなりました。自分がやってきたリズムやフォームに集中して、こう動いて、こう投げると、きっとこういう球がいくと考えて投げれば、別にどういう球がいこうとも気にしません。去年は、一人一人に対して、どう投げなきゃいけないかってことばかりを考えて投げていたんですけど、今年は自分の球をしっかりと投げればいいのかなと、割り切って投げてます。そこは、相手のことよりも、しっかりと自分の持ってるものを出そうということです」(31頁)

 彼自身のこの言葉には、練習やルーティンといったプロセスに対する自負と自信が垣間見えるようだ。プロセスに対して意識のぶれがないため、結果としての投球に対して過敏に反応をしない。投手という繊細なアスリートにとって、こうした自信と大胆さとが合わさったことが、二年目の飛躍に繋がったのではないだろうか。

 「大谷は花巻東にいたころから、場面と状況によって自分を使い分けていました。投手の大谷と打者の大谷とは違うし、試合の局面によっても変わる。プレー中は攻撃的なところを剥き出しにしますが、私やチームメートと話すときは穏やかで淡々としてるんですよ。そんなメンタルの強さがあるから、何を言われても落ち着いていられるんじゃないか」(48頁)

 二刀流というこれまでの日本のプロ野球史では非常に希有な存在であっても、高校野球では実質的に遂行している選手も多い。彼もまたその一人であった。それぞれの役割において意識を使い分け、また場面ごとによっても自分自身の意識を変えていた、と高校時代の監督に言わしめるのだからすごい。こうした投手と打者とでの意識の違いについては、以下の栗山監督の言葉にも現れている。

 バッターの翔平は、何を言っても素直に聞くし、「ここは送らなくていいんですか」と訊いてくる。でもピッチャーの翔平ときたら、どれだけこっちの言うことを聞かないか(笑)。ピッチャーをやると、翔平は試合に入り込んじゃうんだ。あの負けず嫌い、頑固さは責任感の表れなんだろうね。チームを絶対に勝たせるという先発ピッチャーとしての責任感があるから、誰が何を言っても聞かない。いいと思うけどね、そういう翔平も……。(36頁)

 投手と打者。役割が異なればメンタリティーも異なるものだ。それを、自然なのか演技なのかはわからないが、巧みに使い分ける。彼の今後がたのしみでしかたがない。


2014年9月22日月曜日

【第341回】『単純な脳、複雑な「私」』(池谷裕二、講談社、2013年)

 脳が支配する体側は左右交差しますね。だから人の顔を見るとき、左側の視野で見たものは、交差して右脳に届きます。これでおわかりですね。私たちが見たものを判断するのは「左側」の視野が中心。
 たとえば、(中略)本やポスターは左側のイラストや写真を載せた方が印象に残ります。もっと身近な例では、魚料理もそう。頭を左に向けて置きますよね。(50頁)

 著者の書籍を読むのは数年ぶりである。久々に読んでみて、改めた読んでいて心地よいと感じた。最初に引用した箇所に現れているように、科学的な知見を説明した後で、相手がイメージし易いように、記憶に残るような例示を重ねているからであろう。本書が、著者の出身高校の学生への講義録であるということもあろうが、読者や聴き手を意識した言葉の選択が、著者の書籍における魅力の一つであろう。

 まず著者は、冒頭の部分において、科学とりわけ脳科学の基本的な考え方について、説明を行なっている。

 私たちの心には、「意識できるところ」と「意識できないところ」があるってことです。意識と無意識ですね。そして、どっちの世界が広大かといえば無意識。つまり、私たちの行動や思考のほとんどは無意識的な振る舞いです。
 でも残念なことに私たちは、意識できるところしか意識できないですよね。まあ、それが意識の定義だから、当たり前ですけど。だから、その意識できている自分こそ、自分のすべてであると思い込んでしまいがちなんですよ。
 でも本当はそんなことはない。無意識のレベルで私たちはたくさんのことを考えたり、判断したり、決断したり、欲情を生んだりと、いろんなことをしているんです。
 だから、自分が想像しているほど、自分のことは自分ではわからないんです。「自分のことは自分が一番知っている」なんて思い込みは、ちょっと傲慢で、危険ですらある。他人の方が、案外、自分のことを理解してくれていたりするでしょう。(20~21頁)

 意識できる領域と無意識の領域とでは、後者の方が広大であると説明した上で、私たちが意識できている世界の小ささを指摘している。したがって、自分たちが自分たちの認識している世界をコントロールしているかのような夜郎自大になることに警告を投げかけている。無意識の領域に意識を向けることで、謙虚な気持ちを持つこと、そうした制約の中における私たちの心理や行動を科学することが大事なのであろう。

 私がとくに強調したいことは、サイエンス、とくに実験科学が証明できることは、「相関関係」だけだということです。因果関係は絶対に証明できません。(中略)
 では、科学的に因果関係を導き出せないとすると、この世のどこに「因果関係」が存在するのでしょうか。答えは「私たちの心の中に」ということになります。つまり、脳がそう解釈しているだけ。因果とは脳の錯覚なわけです。(28~29頁)

 どのような学問領域であれ、科学的な研究に携わった人間にとって、因果関係を証明することはできず、相関関係の有無を証明することしかできないことは自明である。著者はこの点を脳科学という観点からさらに深掘りし、因果関係を創り出しているのは私たちの心の中であると指摘する。

 哲学では「存在とは何ぞや」と、大まじめに考えていますが、大脳生理学的に答えるのであれば、存在とは「存在を感知する脳回路が相応の活動をすること」と、手短に落とし込んでしまってよいと思います。つまり私は「事実(fact)」と「真実(truth)」は違うんだということが言いたいのです。
 脳の活動こそが事実、つまり、感覚世界のすべてであって、実際の世界である「真実」については、能は知りえない、いや、脳にとっては知る必要さえなくて、「真実なんてどうでもいい」となるわけです。(37頁)

 ここに、脳科学における射程範囲が明確に書かれている。つまり、脳が認識できる事実を明らかにすることが脳科学が詳らかにする範囲であり、その範囲を認識しておくことで他の学問領域との協働の可能性が見えてくるのであろう。

 こうした基礎的な考え方を踏まえた上で、以下からは、各論について印象的であった部分を列挙して所感を記していく。

 錯誤帰属なんて、はじめて聞く言葉ですね。これは、自分の行動の「意味」や「目的」を、脳は早とちりして、勘違いな理由づけをしてしまうということです。(62頁)

 脳は先んじて何かを意図するというよりも、自分自身が行なった行動の意味付けを後から行なう。自分自身の生きている意味や、行なった行動を正当化するために、自身の言動に意味を見出そうとするのである。

 直感もひらめきも、何かフとしたときに考えを思いつくという意味では似ているのですが、その後、つまり、思いついた後の様子がまるで違うのです。「ひらめき」は思いついた後に理由が言えるんですよ。(中略)
 一方、「直感」は自分でも理由がわからない。「ただなんとなくこう思うんだよね」という漠然とした感覚、それが直感です。そんな曖昧な感覚なのですが、直感は結構正しいんですよね。(中略)
 脳の部位でいうと、理由がわかる「ひらめき」は、理屈や論理に基づく判断ですから、おそらく大脳皮質がメインで担当しているのでしょう。一方の「直感」は基底核です。(79頁)

 私のような素人には似たような概念として捉えてしまいがちな直感とひらめきについて、その違いを内容面と扱う部位の面から分かり易く述べている。ひらめきについては、先に引用したように、後から脳が理由を創り出すというポイントと近いことに留意するべきであろう。

 情報はきちんと保管され、正確に呼び出されるというよりも、記憶は積極的に再構築されるものだってこと。とりわけ、思い出すときに再構築される。思い出すという行為は、単に蓄えられた情報をそのまま引き出すだけでなく、想起を通じて記憶の内容を組み換えて新しいものにする。それが再び保管されて、次に思い出すときにも、同様に再構築されていく。(146頁)

 記憶とは過去の事実をそのまま再現できることではない。過去を振り返ることによって、事実とは異なる新しいものへと変更が為される。つまり、過去の複数の事象を振り返ることによって、私たちは新しい組み合わせを生み出すことができ、そうしたものから創造的な発見が生み出されるのであろう。

 きっとね、行動や決断に「根拠がない」という状態だと、不安で不安でしょうがないという心境になるのだろうね。理由がないと居心地が悪い。だから、いつも脳の内側から一生懸命に自分の「やっていること」、もっと厳密に言えば「やってしまっていること」の意味を必死に探そうとしてしまう。(169頁)

 私たちは過去を探究するために振り返るだけではない。ここでは、理由を創り出すために私たちは過去に目を向けることがあるが示唆されている。そうすることによって、私たちの行動に意味があることを見出して自分自身を納得させることができるのである。

 そういえば、若者たちには、ときどきおもしろい行動を取る人がいるね。「自分探し」とかいって奇妙な旅に出かけちゃう人。自己存在の理由を求めたいんだろうね。
 でもさ、そうやって発見した「自分」が本当の自分だという確証はあるんだろうか。だって脳は作話だらけだから。ウソで塗り固められた虚構を「真の自分だ」と妄信するのは、うーん……まあ、本人の勝手か(笑)。(175頁)

 不安であるが故に理由を探す、という脳の特徴は、「本当の自分」という虚構としての自己の理由を探す自分探しという現代的な現象をも生み出したのであろう。

 「共感」もまた痛みの転用の結果だと言えるね。「疎外感」だけでなく、相手を思いやる温かい気持ちも「痛覚」から生まれるなんて、なんだかホントおもしろいね。そうやって、僕らの「心」の働きは、動物たちが長い進化の過程でつくり上げてきた脳回路を巧妙に使い回して、その合わせ技の上に成立している。(186頁)

 脳の特徴として、同じ領域において異なる複数の感覚を担当しているという点が挙げられている。違う言い方をすれば、限られた領域の中において、可塑性のある豊かで多様な感覚を生み出す工夫を私たちの脳は行なっているのである。

 普通の感覚だと、自由意志は、「行動する内容を自由に決められる」という感じで、あくまでも「行動の前に感じるもの」だと思いがちだけど、本当は逆で、自分の取った行動を見て、その行動が思い通りだったら、遡って自由意志を感じるんだね。結果が伴わない限り自由はない。
 つまり、自由の発生順が逆なんだ。自由というと君らは「未来」に向かって開かれているような気がするでしょ?でも実際には、自由は「過去」に向かって感じるものだ。
 ここで僕が論じたかったのは、「自由意志が存在するかどうか」という問いは、その質問自体が微妙なところがあって、今の議論のように、むしろ、自由を「感じる能力」が私たちの脳に備わっているかどうかという疑問にも変換しうる。つまり、自由意志は、存在するかどうかではなくて、知覚されるものではないか、とね。(282~283頁)

 自由という感覚は、未来ではなくて過去に向けて、存在するのではなく知覚するものである、と著者はする。過去に向かって知覚するということは、自分自身の豊かな認識に対して開かれているというようにも読み替えられるだろう。このように考えれば、私たちは、どのような境遇であっても自由を感じる能力を、脳によって与えられているのかもしれない。

 最後に、脳科学の学際性について。脳科学の有する可能性について触れて、本稿を終わりにしたい。

 脳科学というのは、今までまったく無縁だった学問、たとえば、哲学とか心理学とか社会とか、そういったものを結びつける接着剤の役割を担える分野なんだ。最近では、経済や政治、倫理学、芸術や奇術などにも、脳科学は接近しているんだよ。(432頁)

『ダンゴムシに心はあるのか 新しい心の科学』(森山徹、PHP研究所、2011年)

2014年9月21日日曜日

【第340回】『ドラッカーと論語』(安冨歩、東洋経済新報社、2014年)

 ドラッカーの大著『マネジメント』と、孔子やその弟子たちによる言行録である『論語』。時空を超えた二つの書籍を読み比べるという斬新な試みを行う本書は、私の知り合いの複数の方々の推奨の声もあったので、以前から気になっていた書籍である。期待が大きいと裏切られるリスクもまた大きいものであるが、本書の場合は、良い意味で期待を裏切られた。

 両者は、同じ問題、すなわち人間社会の根幹であるコミュニケーションの統御をいかに行い、それによって組織をいかに正しく運営するか、という問題についての、深い考察の書である、という結論に至った。(kindle ver. No. 21)

 冒頭で著者は、二つの書籍の共通点を「人間社会の根幹であるコミュニケーションの統御をいかに行い、それによって組織をいかに正しく運営するか、という問題についての、深い考察の書である」とした。後段にある組織マネジメントに関する部分は、私たちの多くが想像している通りである一方、前段についてはいささか意外に思われる方もいるのではなかろうか。

 私見によれば、ドラッカーのマネジメント論の要点は以下の三つである。
 ①自分の行為のすべてを注意深く観察せよ、
 ②人の伝えようとしていることを聞け、
 ③自分のあり方を改めよ。
 自らの世界に生じているものごとの本質に触れたなら、世界の見え方は一変する。世界の見え方が変われば当然、そのなかにいる「自分」のあり方も改まる。この時まさしく、パッと目の前が大きく開けた感じになり、自然と涙があふれてくる。そこには「恐れ」はない。(kindle ver. No. 241)

 まず『マネジメント』について著者は、上記のように端的に要諦を指摘する。管理職研修において、ManagementはPeople ManagementとTask Managementとに大別されるとよく言われる。しかし、Managementの大家であるドラッカーのマネジメント論の三つの要点は、人の管理や仕事の管理と聞いて私たちがイメージがするものとは印象が異なる。むしろ、自分自身を知ること、他者を知ること、自分と他者との関係性を知る、という深い人間観察と人間関係への思慮が挙げられていることに留意するべきであろう。

 同じ趣旨のことが『論語』でも指摘されていることを、著者は以下の部分で述べている。

 彼(引用者註:孔子)が着眼していたのは、儒教による人間の相互依存関係を前提とした倫理観である。
 ご存知のように、儒教の倫理においては、君臣、父子、夫婦、長幼、兄弟、朋友というように人間関係を分類し、それぞれの関係において、それぞれにふさわしい振る舞いをすることが「誠実」とされる。これはつまり、関係が一方通行ではないということである。(kindle ver. No. 311)

 『マネジメント』と『論語』が共通したポイントを取りあげていることをここまで見てきた。両者ともにもはや古典と呼ばれる存在である。著者は、特に『論語』に焦点を置きながら、古典を読む重要性について触れている。

 古典というものに、絶対的に正しい解釈などというものはそもそもありえない。その価値は、読む者が、自らの問題を考え、乗り越えるための手がかりを与える、ということにある。
 とはいえ、それは勝手に読めば良い、ということではない。それでは自分の思い込みを正当化する手段にしかならず、新しい発見の手がかりとして機能しないからである。できる限り古典の本来の姿に肉薄する、という姿勢がなければ、自分の思い込みを乗り越える手がかりとはならない。(kindle ver. No. 363)

 含蓄に富んだ表現であると同時に、アンビバレントな物言いであることに着目するべきであろう。まず古典の価値の一つとして、自らの関心や視座に惹き付けて古典を自ら工夫して糧にするということが挙げられている。他方で、その古典が述べようとしている本質は何かを考え抜き、無手勝流の自己正当化に堕さないように誠実に解釈することもまた求められると指摘する。こうしたアンビバレントな試みを経て、古典から自分なりの知見を引き出すことができる可能性が出てくるのであろう。

 「学び」だけでは、取り込んだ情報に振り回されるだけだ。その情報がいつしか、しっかりと身について生きた知識となるなら、これが「習う」だ。「学び」を完全に自分の一部にする。「復習をする喜び」などより、遥かに人間にとって普遍的な喜びではないだろうか。
 かつて取り入れた古い「学んだこと」が鍛錬の末、新しい自分を育む。それを、親しい友人が遠くから思いがけなくたずねてくる喜びにたとえられているのではないか。つまり、古きをたずね、新しきを知る。「温故知新」である。(kindle ver. No. 429)

 温故知新に関する著者の解釈である。学びを頭のレベルのみで留めるのでは、空理空論をかざすのみに留まってしまう。頭で理解したものをもとにして、自分自身で工夫を試みながら自身の経験や体験に結びつけてみること。それは自分自身の内に存在する多様な潜在的可能性の萌芽を見出すことである。時にそうした可能性の発見は、過去の自分の経験や体験を脅かす存在にもなり得るが、可能性の発見は現在や将来における喜びでもあろう。

 孔子が生きたのが、中華世界史上初の大規模組織が生まれ、官僚組織の運営というまったく新しい問題に直面した時代だということは前にも触れた。この難題に対して、孔子が出した答えこそが「仁」、つまり、学習回路を開くことができる者たちによる統率である。(kindle ver. No. 447)

 温故知新に求められる態度こそが仁であり、仁とはすなわち学習回路を開くことである。『論語』はともすると、保守主義のように旧弊を墨守し、制度に固執するというイメージを持たれる。しかし、自分自身の学習回路を他者に対しても自分に対しても開くことが重要視されているという指摘に私たちは刮目するべきであろう。

 「仁」という『論語』とドラッカーに共通する概念が見えてくると、『マネジメント』の要求する経営者の資質とは何か、という問いかけの答えもおのずと見えてくる。
 「學而時習之」にも「フィードバックを通じた学習」にも共通して必要なことは、成功も過ちもすべてひっくるめて自分の身の回りに起きた出来事すべてを成長の機会だととらえることだ。(kindle ver. No. 493)

 学習回路を開くという『論語』における仁の要素は、『マネジメント』におけるフィードバックを通じた学習と相通ずるポイントであると著者は指摘する。さらに深掘りを行い、自分自身の周囲に対してオープンマインドで接し、柔軟に対応することの重要性を指摘している。

 「苦手克服」は絶対にやってはならない、という指摘は、特に重要である。そんなことをすると惨めになって自尊心を損ない、自分を見失うからだ。自分を見失うことなく、試行錯誤を常に繰り返して成長をしていく。このような不断の努力を貫く姿勢を、我々はすでに見ている。そう、これが『論語』のいうところの「仁」であり、学習回路が開いた状態であることは前も述べた通りである。つまり、「己を知る」という行為も、やはりドラッカー思想の根幹をなす「フィードバックと学習」を進めていくということなのだ。(kindle ver. No. 812)

 学習回路が開いた仁の状態とは、フィードバックと学習を進められる状態に通ずる。この考え方を踏まえて、ドラッカーが述べている弱点克服ではなく強みの強化という点にまで主張をすすめていっている。では「己を知る」とはどのように行うのか。

 自分が自分のことを知らないことに気づく。
 これがすべての大前提である。これに気づくことで「知」というフィードバックと学習の過程が始まる。その結果として以下の作動が起きる。
 ①真剣に自分を知る努力をする。
 ②他人のことを理解することができるようになる。
 ③その結果、自分を他人に理解してもらうことができる。
 これを図式で表すと、こうなる。
 己知己→己知人→人知己
 これは『論語』の議論の構造と同じである。学習を重んじる両者が、深い洞察の上で同じく「己知己」という結論に至ったというのは、ある意味では自然の流れである。(kindle ver. No. 868)

 他者から自分が全うに評価してもらえないと私たちは嘆くことがある。他者から評価されるためには、評価されたい他者がどのような評価軸を持っているのか、他者の人となりはどのようなものなのか、という他者を理解することが必要である。次に、他者をありのままに理解するためには、自分自身の視座を理解し、自分の有り様を理解することが必要だ。自分の有り様を理解していなければ、自分というレンズを通じて他者を理解することなどできないからである。したがって、まず自分自身を真剣に知ろうとすることが重要なのである。

 新しく学んだものを習得したということは、“新しい自分”になったとも言える。つまり、「学習」とは自らを新しくつくり変えていく作業でもある。その新しくなった自分は、自らの関わるコミュニケーションのあり方に変化をもたらす。これこそが、ドラッカーが唱える「イノベーション」である。(kindle ver. No. 1122)

 ここまでの著者の論旨を踏まえれば、学習というものが現在の自分を所与のものとしてそこに何かを付与するということでないことは自明であろう。つまり、学習によって自分自身を更新しつづけ、変り続ける自分と他者との接点についても更新し続けることが必要なのである。そうした自分自身の変化、それに伴う人間関係の変化が、ドラッカーの述べるイノベーションの本質なのである。

 とどのつまり、『マネジメント』とは、「学習」に着目し、いかに「自由な社会」をつくるのかという道を模索した思想書であり、その本質において、同じく「学習」による社会秩序を求めた『論語』と一致している。(kindle ver. No. 1608)

 個人という視点から学習の重要性を説くということは、それを組織の視点から捉えれば、組織における個人の学習をいかに促すかという視点が生じる。こうした、組織における個人の学習を促す作用がマネジメントなのである。

 続いて著者は、現代における情報および知識との関係性についてテーマを移行させている。

 データを情報に転換するには、たゆまぬ「学習」が必要不可欠であるということだ。データに「関連性と目的」を与える、という行為は、実はデータそのものと独立にできることではない。事前に想定した関連性・目的にこだわっていると、有効な意味を生成することはできない。データとの対話のなかで、それにふさわしい関連性・意味を見出し、その対話を通じて自分を新しくしていく。このプロセスに身を任せてこそ、データは「情報」たりうるのだ。(kindle ver. No. 1756)

 データそのものは価値中立的なものであり、私たちにとって意味のあるものではない。そこに関連性と目的を与えようとして、自分たちとデータとの関係性を創り出そうとする営為を加えることによって、私たちにとって意味のある情報になる可能性が生まれる。

 これからの組織にとって本当に大切なことは、情報をたれ流すことではない。いかにしてメディアを機能させ、コミュニケーションを生み出すかが重要である。(kindle ver. No. 1879)

 データを情報へと変容させる努力を行う個々人が集まることで組織は形成される。では、組織としてはそうした情報の蓄積をどのように活用するのか。組織は、情報を発信するだけでは、その受け手にとって必ずしも意味があるものにはならない。そうではなく、情報の受発信が起こるようなメディアを設え、それによって組織内外でのコミュニケーションを発生させるしかけこそが肝要なのである。このように考えると、インターフェイスとしてのインターネットの可能性が見えてくるだろう。

 インターネットで「外の世界の情報」を得る目的は「学習」である。だから、大切なのはいかに多くの情報を得るかでも、いかに多くの情報を流すかでもない。目的と関連性とを明確にしてコミュニケーションを創出することにある。そのような本来の目的を見失ってしまうと、情報に基礎を置く組織をつくることができない。(kindle ver. No. 1945)

 こうしたメディアを考える上で、インターネットの持つ最大の可能性の一つが学習であると著者は喝破する。単に情報を蓄積したり開示することにインターネットの利用を限定するのではなく、それを通じて双方向のコミュニケーションが生じるように、換言すればオープンな学習が生じるようにすることが、情報を重視した組織づくりなのである。むろん、インターフェイスとしてのインターネットの可能性は大きいが、オフラインの領域でも多様なインターフェイスを設えることはできる。

 孔子が主張したことは、社会の様々の場所に君子が出現し、自分の身の回りに秩序を形成することが、社会を秩序化する唯一の道だ、ということである。これはつまり、個々の主体が、社会に参画するなかで、秩序化された社会のサービスを受け取るばかりではなく、自分自身が社会を秩序化するサービスの提供者たるべきだ、という主張である。(中略)
 では、何をすれば社会は秩序化されるのだろうか。それは本書をここまで読まれた読者であれば、もうおわかりであろう。学習回路を開くこと、これである。それが「仁」である。(kindle ver. No. 2468)

 『論語』は君主について扱ったものと誤解されることがあるが、そうではなく君子について扱ったものであると著者は明確に断言する。組織において一人しか存在しない君主に対して、君子はあらゆる場所に複数現れるものである。そして君子とは、仁としての存在であり、学習回路を開いた状態を継続している人のことである。

 孔子は、そういう隠者になることを拒絶する。そして、自分自身に向き合い、自分自身のコミュニケーションを統御する。遠くから友だちがたずねてくれることを楽しみにしつつ。自分自身を場として開き、仁を志す人々と、命がけでつながっていく。それが社会を秩序化するP2P型の倫理である。二一世紀を生き抜くためには、そうやっていくしかない。
 それがドラッカーの教えであり、孔子の教えである。(kindle ver. No. 2482)

 仁としての存在である君子がいたるところにいる理想の状態を創り出すことを考えれば、社会を悪しきものとして忌み嫌い隠者として生きる道が否定されることは自明だろう。隠者とは、閉じた状態の存在だからである。どのような社会や組織で生きている場合であっても、自分自身を開き、常に自己を更新しつづけて、他者との関係性も更新しつづけること。そうすることが苦境を招くこともあるだろうが、懸命に粛々と努力するプロセスじたいをたのしむことで、コミュニケーションがゆたかなものになるのであろう。そうしたプロセスの中でこそ、「朋あり、遠方より来たる、亦た楽しからずや」(論語 巻第一 學而第一・一)という僥倖が時に訪れるのではなかろうか。

 本書を読み、『論語』や『マネジメント』を改めて読んでみたくなった。


2014年9月20日土曜日

【第339回】『大君の通貨』(佐藤雅美、文藝春秋、2003年)

 私たちは幕末における開国を、政治的なイシューとして歴史の授業で学ぶことが多いように思う。しかし実質的な鎖国状態から開国するのであるから、それは経済的なイシューでもあったはずだ。本書では、開国時における円とドルとの為替レートを巡る日本側と英国・米国側との交渉に焦点を当てて描かれた歴史小説である。交渉を取り巻く関係者に関する人物の描写が鋭く為され、経済的な要因が政治的な要因へと繋がる考察が鮮やかに加えられている。

 まずは、駐日総領事として滞在していた米国人ハリスについて見てみよう。私たちが歴史の教科書で日米修好通商条約を締結させた人物として習う、あのハリスである。

 日本に到着した時点でのハリスは、前払いの年俸は別にして蓄えといえるものは一銭もなく、それどころか借金を抱えていた。日本では一銭を惜しんで借金を返し、さらには老後のための蓄えを残すというのが、ハリスが日本へやってきた最大の目的だった。(80頁)

 むろんこの記述には、史実を基にした著者の考察が含まれているはずだ。しかし、日米修好通商条約を締結する総領事という政治的な肩書きから後世の私たちが抱く様とはあまりにかけ離れた人間臭い描写である。歴史上の人物といえども、そこには生活があり、また個々人の性格というものもある。こうした当たり前のことを思い出させてくれる描写であると共に、個人的な要因が交渉において重要な要因となることもまた、世の常である。

 日本のコバングとイチブの金銀比価、とりもなおさず、それが日本の金銀比価であるとペリーの一行は勘違いして、金と銀の価値が異常に接近していると、日本へでかけるハリスに教えた。ハリスは日本へくるとすぐ自分の目で確認した。海外の金銀比価は一対十六である。すると同種同量交換という為替レートを認めさせ、手にしたイチブを公定レートでコバングに替えると莫大な儲けを手にすることができる。そのことに横浜の商人たちと同じようにすぐ気づいた。だがそのまま放置していたら、いずれ日本が本格的に開国したとき、日本の金貨、コバングは流出していく。オールコックがなぜそうしなかったかと懸念を抱いたように、そのことにもハリスは気づいた。
 ハリスは敬虔なプロテスタントで高潔な人格の持主だったといわれている。そうであったならこのとき、彼我の金銀比価の違いを日本側に通告し、金貨が流出しないように対策を講じさせなければならなかった。ハリスは熟達の外交官であったともいわれている。熟達ではなくとも、外交官としての職務に忠実であったなら、やはり彼我の金銀比価の違いを通告し、対策を立てさせなければならなかった。そうすることが外交官の義務であり、本務である。だがハリスはそうしなかった。そうしなかったのはひとえに、才覚も労力もいらずに荒稼ぎのできる千載一遇のチャンスを失いたくなかったからである。(82~83頁)

 まず登場人物や固有名詞について説明を補おう。オールコックとは英国から来ていた初代駐日外交代表であり、ハリスより遅れて日本を訪れた。コバングとは小判のことで一両を指し、イチブとは一分銀である。つまり、金と銀の交換比率が幕末期に海外と日本とで乖離しており、その事実を悪用すればぬれ手に粟で儲けられるゴールドラッシュの構造があったと指摘されているのである。先述していた背景を持って来日していたハリスは、自身の生活のために、この構造を幕府側に伝えず、他の商人たちとともに私腹を肥やしていたのである。その後に、幕府側に金銀のレートの国際ギャップを伝えたことを日本史では「“親切にも”彼我の金銀比価の違いと対策を教えてくれた」(101頁)と教わる。なんともやるせない気持ちにさせられる部分である。

 単にハリス一人の問題に留まるのであれば、明確に法律を破る行為でもないこうしたモラル・ハザードは大きな問題とはならない。しかし、経済的な要因は、政治的な要因を規定するものであり、幕末における日本の政治にも大きな影響を及ぼした可能性が高い。その考察について、一時的に英国に戻ったオールコックに対して、英国大蔵省吏員のアーバスナットが語ったこととして著者は分析を加える。

 「物価がけたたましく騰がっていくとき、商人は価格に転嫁する手段を持っているから、つまり物価上昇分を手持ちの商品やこれから仕入れる商品に上乗せできるからよろしい。転嫁する手段をもたない民間人や、収入を一定の俸禄に頼っている支配階級、武士というのだそうですが、彼らはどうか。くる日もくる日も物価が上昇するという生活苦に悩まされつづけるということです。日本人のほとんどはこの物価が上昇している原理を知らないと思うのですが、となると物価上昇で苦しまされている怒りはどこへ向けられるでしょう。開国と貿易、そしてそれを許可した日本政府、および条約締結国に向けられるということです。外国人が見境なく殺されつづけているということも、日本政府の要人がつぎからつぎへと狙われているということも、このことと決して無関係ではないと思います」(247頁)

 マクロ経済学の基本書でも扱うように、インフレにより影響を受けるのは年金をはじめとした固定収入に依存する世帯である。幕末期に援用すれば、その主体は武士である。原因不明のインフレによる生活苦に伴う行き場のないネガティヴなパワーの蓄積が、武士階級による幕府要人の暗殺や攘夷運動へと繋がったのである。

 「あなたの報告によりますと、日本政府は国土のイチブを支配しているにすぎない大君政府とでもいうべき存在で、それとは別に精神的皇帝、ローマ法王のような存在の帝という勢力があり、一方で大君には必ずしも心服しているわけではない大名という勢力があるということです。であれば物価上昇を惹き起こしたと思われている開国と貿易に反感を持つ大名が、帝を担いで大君政府に反抗するということは充分に予測されます。もしそういうことになるとすれば、きっかけをつくったのは、ほかならぬあなた方というわけです」(248頁)

 さらに、幕府への不満は尊皇思想へ、開国と貿易への不満は攘夷運動へと繋がり、両者を結合する形で徳川幕府を崩壊に至らしめた尊王攘夷運動へと導かれたのである。

 「すでに申しあげたように大君政府は歳入のかなりをイチブを発行することにより賄っていました。金価格を引き上げるということは、それを失うということでもあります。物価が暴騰し終わり、物価調整が終れば、イチブを発行していたことによる益金、歳入はそっくりなくなります。ですから大君政府はいま一方で恐ろしいほどの歳入減に悩まされつづけているはずです。この先もしイチブの大名が帝を担いで大君政府に反抗するとしたら、それはきっと成功するに違いありません。なぜなら、そのとき大君政府は財政面で政府を維持していく能力を失ってしまっているからです」(248頁)

 インフレの結果は幕府の歳入面にも深刻な悪影響を及ぼした。どこまでが史実に基づいた著述であるかどうかは寡聞にしてわからないが、英国で実際にこうした分析が為されていたとしたら、同国が薩摩藩と深い関係を築き、倒幕運動を武器や資金面から下支えしたことは理に適っていたと言えよう。

 したがって、著者の締め括りの言葉は、簡潔にして、明瞭である。

 瓦解の原因はいうまでもない。すべてハリスとオールコックのミス・リードにあり、二人が幕府を倒したーー。
 こういっても、決していいすぎではない。(274頁)