美しい文章で、読んでいて清々しく、また主人公が結婚し子供が生まれていく中で次第に人間味を増していくストーリーが心地よい。しかし、そうであるからこそ、その最期を描くラストシーンは、読んでいて切なくなる。分かってはいても、アンハッピー・エンドは辛い。
「今さら、なにをいうのだ加藤、きみのお父さんはきみが人並みではないといっているのではない。より以上人間として進歩してくれと願っているのだ。きみは今のきみのままでいいのだ。なにもいまさら生活態度をかえることはない。加藤は加藤らしい生き方をすればいい。きみは少しは変わっているさ、きみのようにいろいろと変った考え方を持った人が集まってこそ会社は成り立っていくのだ」(207頁)
父の死に目に会えず、今際の際の言葉として父が婚約者に対して「人並みの人間にしてやってください」(204頁)と懇願していた様を兄から聞いて主人公はショックを受ける。その気持ちをメンターのように関わってくれている会社の先輩に話したところ言われたのが上記の引用箇所である。
月並みだが、人の縁の大事さを感じる。精神的に落ち込んでいる時、自分に運が回ってきていない時、何をやってもうまくいかない時。こうした逆風の中であっても、自分から離れずに、むしろ親切にしてくれる人がいることで私たちはふと少し元気になれるのではないか。
【第766回】『八甲田山死の彷徨』(新田次郎、新潮社、1978年)
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