本書に目を通すのは二度目である。再読し終えて改めて感じたことは、キャリアとは学際性の高い学問領域である、ということである。いかに働くか、はいかに生きるかに通じるのであり、個人の内面に関わる学問領域が関わる。それだけではない。個人としてどうありたいか、ということは自分の外界、すなわち他者や組織からの影響を受けざるを得ない。したがって、キャリア論は組織の中でどうあるべきかという組織社会化の概念、所属する組織からの影響を与えられるというコホート研究、といった幅広い領域を射程に入れる必要がある。
そうした多面的な領域の理論に基づき、抑制しながら理論構築を行なうことがキャリアという領域では特に必要である。なぜなら、キャリアという文言はバズワード化しやすく、単なる恣意的で安易な人生論に堕す可能性を内包していると思えるからである。その点で、筆者の問題意識から先行研究、リサーチデザイン、調査方法および考察に至るまでの網羅的な理論の整理は、いわば学術的な抑制の美すら感じる。キャリアに関するコーチングやアドバイスや執筆を生業とされる方が多い現在、本書は、優秀で誠実な方と残念ながらそうでない方との見極めをするための一助となるだろう。これは知識の量の問題ではない。アプローチの問題である。
こうした多面的な先行研究を踏まえた上で筆者が提示している主張の新規性は、経営戦略論におけるドメインという概念をキャリア理論に用いている点であるだろう。ドメインという概念は、ともすると空間の広がりのみを意味すると捉えられがちであるが、榊原(1992)によればそれに加えて時間の広がりと意味の広がりを含む概念である。かつ、三つの領域が必ずしも広ければ良いというものでもない。本書におけるキャリアのドメインについても、キャリアの広がり(分化)は必ずしも広ければ良いというものではなく、意味を見出せる(統合)レベルであることが示唆されている。つまり、本書はドメインというアナロジーを用いることで、キャリアに意味を見出すという動的なアプローチを提示したことが新規的なのではないか。金井(2002)もまた、キャリアの定義として意味づけやパターンといった言葉を使っており、意味を見出すという動的なアプローチの重要性は現在に至るまでキャリア理論において主流となっている。
本書が出される以前は、キャリアは、職業のマッチングやキャリア上の目標から逆算してプランを立てる、といった静的なアプローチで捉えられることが多かった。しかし、職業をマッチングで捉えることは、人間の発達性や開発といった動的な要素を無視している。つまり、仕事や学習を通じて成長するという人間の積極的な営みを視野に入れていないのである。同様に、キャリアゴールから逆算してプランを立てるというリニアなアプローチにも静的な側面が色濃く見える。なぜなら、これだけ変化の激しい時代においては、会社や事業が変化するのに加え、仕事じたいも変化する(高橋、2000)。もちろん、短期的に自分の望む職業に向けて計画を立てることは依然として有効であろう。しかし、キャリアゴールを静的に固定して、長期的なキャリアプランを立てて行動することに、果たしてどれだけ意味があるのだろうか。
このようにキャリアを考える上で大きな意義を持つ本書であるが、研究上の限界もある。その一つは、過去の業務を回顧し将来を展望する、という統合のロジックに内包されている。つまり、現時点での業務や生活の中でいかに成長実感を得るか、という現在の視点が射程に入っていない。しかし、本書が上梓された1999年から十年を経た現在、稲泉(2010)の定性調査などが示唆するように、とりわけ20~30代の若手社員にとって、成長実感はキャリアを考える上で外せない要素である。私自身、修士課程論文で現在の視点を統合した研究を行なったが、今後のさらなる理論化が俟たれる領域であると言えるだろう。むろん、私自身も理論の発展に実務的な観点から寄与していきたい。
<参考文献>
稲泉連『仕事漂流』プレジデント社、2010年
金井壽宏『働くひとのためのキャリア・デザイン』PHP研究所、2002年
榊原清則『企業ドメインの戦略論』中央公論新社、1992年
高橋俊介『キャリアショック』東洋経済新報社、2000年
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