2011年8月14日日曜日

【第38回】『こんな上司が部下を追いつめる-産業医のファイルから』(荒井千暁著、文藝春秋、2008年)


まず本書を読むタイミングの注意点を述べる。気持ちが落ち込んでいる時には読まない方が良いだろう。なにしろ、本書の冒頭に出てくる事例で何人もの方が亡くなる。ハラスメントについて学ぶ上では大事な事例ではあるが、物語としてとても重たく、気持ちが思わず滅入ってしまう。したがって、メンタルが元気なときに本書を読むことをお勧めしたい。
 
先述したとおり、最初の数件の事例が極めて重たい。読んでいて感情移入してしまい、こちらがもの悲しくなってしまう。と同時に、ここまで激しいパワーハラスメントやセクシャルハラスメントを目の当たりにしたことがない我が身はなんと幸運な人間なのだろうかと期せずして感謝したくらいである。このような私の境遇に近い方、つまり幸運にもハラスメントに遭遇していない方、には、本書のような生々しいケースを読むこと自体にも意義があるのかもしれない。
 
では、こうした苛烈な労働環境に対して、どのような打ち手があるのか、というのが本書の問いである。それに対して、産業医である著者のアプローチが示されている。
 
まず、昨今の労働の変化の激しさと雇用関係の複雑化とが絡み合う中で、ハラスメントが置き易い環境が出現している、という著者の指摘はその通りであろう。つまり、基本的な大前提として、職場におけるコミュニケーションの難易度が、以前に比べて高くなってしまっているのである。その結果として、以前であれば些細なこととして看過されていたようなことまでが、「ハラスメント」として認定され、実際に働く社員の人々にとって悪い影響を与え得る状況になってしまっているのである。これはなにも、「最近の若者は我慢が足りない」とか「世代が違うと価値観が異なってやりづらい」といった言説とは異なる問題であることを付記しておく。
 
では、どうするのか。おそらく、全ての企業に適合するような解決策は存在しない。前述したとおり、コミュニケーションが複雑化しているということは、個別化している、ということに近いわけである。したがって、マニュアルに基づいて対応することは厳しいといわざるを得ないだろう。むろん、必要最低限のことをマニュアルによって対応することに意義はある。しかし、文脈を過度に排除してやってはいけないことをリスト化することは、適切な言動をも排除してしまう可能性がある。
 
したがって、現場としてまず押えるべきは判例であろう。どういう状況で、どのような言動を取ったら、どういった事態が生じ、その結果としてどのような訴えを起こされて、どのようなペナルティが生じるのか、というやや抽象化した理解をすることが必要であると考える。こうしたことを理解するきっかけとしての入門書として、本書は適した良書であろう。

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