2012年4月8日日曜日

【第78回】『教育効果測定の実践 企業の実例をひも解く』(堤宇一編著、日科技連、2012年)


 企業における人材育成の効果測定は難しい。それを文章にすることはさらに難しく、実務に役立つ書籍はなかなか見当たらない。そのような状況の中で、編著者の前作である『はじめての教育効果測定』は、私にとって教育施策の効果測定における数少ない優れたテクストであった。本書もまた、前作の議論を踏襲しつつ、副題にもある通り具体的な企業での事例をふんだんに用いた意欲作となっている。

 私にとって大きな学びとなったのは以下の四点である。

 第一に、特定の教育イシューについて、門外漢である場合は専門家と協同するということである。企業内での人材育成担当として、また外部のコンサルタントという立場として育成に携わってきたが、外部の専門家と協同した経験は決して多くない。時間がないという理由でつい省きがちな視点であるが、著者が指摘する通り、専門家と協同することで教育施策が解決すべき問題点をクリアにできる。問題点を正確に把握できていなければ、どんなに分かり易いコンテンツでも意味はないのであるから、専門家と協同することの効用は計り知れないであろう。

 第二に、受講者の上司を研修実施の前の時点で巻き込むである。著者が指摘するのは二つのメリットである。一点目は、私自身も意識して実践してきたものであるが、受講者本人が修得したスキルを現場で発揮し定着することを支援するためのものである。研修の最後に行動計画を作成し、それを人材育成部門とともに現場の上長にも報告する、ということが典型的な例であろう。二点目は、受講者本人を起点にして職場レベルでの実践の担保を行なうということである。そのためには、研修を行なう前の時点から、研修の狙いや学習項目を事前に上司に伝え、それを中長期的にどのように展開していくのかを丁寧に説明する必要があるだろう。これは、単に教育施策だけではなく、職場開発や組織開発と呼ばれる領域にも広がる大きな可能性を有した取り組みといえるのではないだろうか。

 第三に、事前課題の効用である。研修を行なうためになんとなく事前課題を設けるということが時折見られるが、意図のない事前課題では意味がない。そうではなく、研修開始の時点で、受講者全員が同じような課題意識を持ち、もっと言えば同じレベルでのレディネスを持たせるために事前課題を用いるべきなのである。受講者の中に、研修への温度感が低かったり、適切ではない期待を持って参加する者がいると、研修に前向きに取り組もうとしている受講者の意欲を殺ぐことになりかねない。研修の場をしつらえるために、事前課題が果たす役割は存外大きいのである。

 第四に、事務局の研修への参加である。この点は、とりわけ私がコンサルタント時代に研修のオブザーバーを勤める際に読んでおきたかったポイントであり、読んでいていたく反省しきりであった。著者によれば、研修の受講者から見れば、講師だけでなくオブザーバーを含めた全ての人間が研修の場を構成するメンバーなのである。したがって、オブザーバーが文字通り客観的に引いた視点のみである場合、受講者が研修の場で本音を語ることの障壁となりかねない。

 このように列挙してみると、本書がいわゆす研修「後」のアンケートをはじめとした教育効果測定に特化した書籍でないことが明らかであろう。アンケートをはじめとした効果測定は、事前の全体のデザインを為してこそ初めて意義を見出せるものなのである。研修後についでのようにアンケートを取るような粗相がないよう、自分自身に強く言い聞かせたい。

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