2012年6月18日月曜日

【第88回】『マネジャーのキャリアと学習』(谷口智彦、白桃書房、2006年)


 優れた学術書は最良のテクストである。

 学術書は、リサーチ・クエスチョン、調査、考察、実践的含意から成り立つが、その前段として研究結果の正当性および新規性を明らかにするために先行研究が行われる。学術書を読むとは、その研究成果を学ぶだけではなく、そこに至る先行研究を学ぶことが学習効果を高めることとなる。本書における先行研究は、経営学、とりわけ組織行動論を学ぶために適していると言えるだろう。

 先行研究とは単に自身の研究に先行する論文を羅列するということではない。否、客観的に羅列するということは土台できないものであり、研究者の興味・関心の影響を必然的に受けることにならざるを得ない。そこに研究者の力量が表れるとも言えるだろう。

 本書の場合、心理学、社会学、経験、学習理論という四つの観点をもとに企業というコンテクストにおけるキャリアと学習について丹念に先行研究がなされている。その中で、特に興味深いと思われた点は、以下の二点である。

 第一に、若林(1987)を引用し、初期キャリアにおける垂直交換関係、すなわち上司との関係性がその後のキャリアに影響を与える点を強調している。具体的には、「上司への近づきやすさ」「上司が自分に示す柔軟性」「上司が支持や配慮をしてくれる度合い」「上司が自分の希望や問題点を理解してくれる程度」といったものが上司との関係を示す尺度として描かれている。私の場合、こうした配属当時の直属上司とこういった緊密な役割上の交換関係を経験することができたことはありがたい限りである。

 第二に、Schon(1983)が述べている実践家の実践に関する技術的合理性モデルと反省的実践家モデルである。既に確立された目的に合わせて解決策を導き出す前者では環境変化の激しい現状には対応しきれず、後者のモデルの重要性が増している。すなわち、意味が不確かな状況の意味を認識する場合には、注意を向ける事柄を名付け、その事柄に注意を向ける文脈に枠組みを与えることを相互に行う過程を通じて問題じたいを設定する必要があるのである。

 こうした先行研究を踏まえての研究成果もまた興味深いものである。

 実践的インプリケーションの部分で著者は、「いくら課題が与えられてもそれを無意味なものと捉えると、もはや学習は進まない。課題をイベントとして捉え、前向きに対処し、課題実行のプロセスを経る必要がある。そして、その過程は「心理的な揺れ」が存在するため、上司、部下、同僚など周りの人間から様々なサポートを得ることもまた重要である。」とする。

 こうした職務に主眼を置いた視点も大事であるが、それと同時に個人に主眼を置いた視点もまた大事であろう。すなわち、従業員個人の中長期的な成長を支援するために、成長のいわばロードマップを従業員と上司とが設定するのである。その中に企業にとって求められるものを入れこむことができれば、個人が求めるものと企業が求めるものとを統合することができるだろう。

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