「人に優しい会社」というような美辞麗句が企業経営では時折謳われる。こうしたスローガンに反対する人はいないであろうが、ではどのようにするのか、という具体的な質問に答えられる人もまた、極めて少ないだろう。本書は、経営学者がその問いに一つの回答を与えている良書である。
人事的な観点から、とりわけ興味をおぼえた三つのポイントについて記していく。
第一に、仕事の意味やキャリアに対する見解である。日常の業務は忙しい。その忙しさをITが軽減してくれると十数年前には信じられていたが、実際にはそれとは正反対の結果が待っていたようだ。忙しさが増す中で、私たちは目の前の仕事に日々汲々としがちであるが、それは健全ではないと著者たちは強く主張している。自分の仕事の意味や希望を見出していくということが必要なのである。
それでは、こうした仕事への思いを持つためにはどのようにするか。本書はここまで議論をすすめている点が素晴らしい。具体的には、自分にとってどのような意味合いがあるのか、というキャリア上の目的意識を持つことであるとされている。さらに、キャリアゴールを静的に決め込んで逆算して粛々とアクション・アイテムをつぶしていくのではなく、フレキシブルな部分を残していつでも修正ができるようにしておく。そのような状況の中で、自身が突き詰めたい問題意識を持ち、知的な面での人脈の結節点を多く持ち、機会に対してオープンに対応する。窮屈な日常業務が多いからこそ、しなやかなオープンマインドがキャリアをすすめる機会を生み出すことに私たちは留意したいものだ。
第二は、従来的なワークライフバランスへの疑問の提示である。ワークとライフを「バランス」させるというのは、時間的・物理的な面でのすみわけの発想である。本書では、ワークとライフについて自身の意識の時間配分の問題として捉える必要があると説く。ワークとライフとが渾然一体となって、自分が大事にしている思いに集中するというのが著者たちが提唱するMBB型のワークスタイルである。これはいわばワークライフインテグレーションと表現しても良いものであろう。
こうした考え方は、なにも経営学者だけが主張しているものではない。古くは松下電器の創業者である松下幸之助の教えの中にも同じような趣旨の発現が見受けられる。彼は『指導者の条件』の中で「心を遊ばせない」と説いた。身体を休めることは大事であるが、心まで休めることは良くない、というのである。ワークとライフを自分の思いによってインテグレートさせる、まさに現代のプロフェッショナルに通底する至言であろう。
こうした考え方を受けて、人事の役割がどのように変わるべきであるか、というのが第三のポイントである。社外のプロフェッショナルやIC(Independent Contractor)の市民権が確立された現代においては、社内の社員どうしだけではなく、社外の知的リソースとのヒューマン・ネットワークの構築とメンテナンスが重要である。社外に開かれた組織であればこそ、内と外との区別に捉われずに社会の共通善が生まれる、という知識創造の第一人者である野中先生の言葉は重たい。これを旗振り役で人事自らが体現することが最初の一歩であろう。
さらには、上記のような取り組みも含めて、MBBの施策を全部門で一斉導入することにこだわらないことも重要だという。そうではなくて、必要な施策がなじむ部門から先陣を切って導入することで、社内のベストプラクティスを創っていく。その結果として、次第にそうしたプラクティスをヨコ展開させていくための絶え間ざる手入れを加えていくことが人事に求められる行動であろう。
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