2013年4月28日日曜日

【第152回】『臨済録』(入矢義高訳注、岩波文庫、1989年)


 行き詰まってから何かをするというアプローチでは手遅れになる可能性が高い。そうであるとすれば、焦燥感が薄い状態で、いかにして自身の奥底で引っかかっている何かを自覚するか、が鍵となる。本書は、栄西らが日本に導入した臨済宗で馴染みのある臨済の言行録である。無自覚な心の引っかかりを明示化する、趣き深い一冊だ。

 「いかなる時も、無暗にああこう分別するな。解るというのも解らぬというのも、すべて誤りだ。」(上堂・六より)

 私たちは、解ったか解らなかったかということを常に問われる。学校でも、会社でも、その他の組織でもそうである。つまり、なんらかの事象について0と1で判断することが過度に習慣化されすぎているのではなかろうか。その結果として、ある事象を解ったという感覚を持つことを、リストにチェックを入れるかのように見做す危険性を有する。解ってしまった後にはその対象に対してそれ以上の探求を失うということになりかねないからだ。分別顔という言葉があまりポジティヴに使われないことからも、私たちはむしろ「無知の知」の良さを再認識することが大事であろう。

 「病因は自らを信じきれぬ点にあるのだ。もし自らを信じきれぬと、あたふたとあらゆる現象についてまわり、すべての外的条件に翻弄されて自由になれない。もし君たちが外に向って求めまわる心を断ち切ることができたなら、そのまま祖仏と同じである。君たち、その祖仏に会いたいと思うか。今わしの面前でこの説法を聴いている君こそがそれだ。君たちはこれを信じきれないために、外に向って求める。しかし何かを求め得たとしても、それはどれも言葉の上の響きのよさだけで、生きた祖仏の心は絶対つかめぬ。取り違えてはならぬぞ、皆の衆。今ここで仕留めなかったら、永遠に迷いの世界に輪廻し、好ましい条件の引き回すままになって、騾馬や牛の腹に宿ることになるだろう。」(示衆・一)

 自身のありたい姿と現状とのギャップから課題を見出す。課題を解決するためのソリューションをアクションアイテムに落とし込んで努力を継続する。兎角、後者を行う際に外的な知識やスキルやマインドを新たに取り込もうと私たちはしがちであるが、それは誤っていると臨済は断言する。外部にいたずらに目を向けるのではなく、自分自身の多様な隠れた可能性に目を向けることや、これまでの経験に基づく知恵を統合すること。臨済はその重要性に目を向けさせる。とりわけ引用した最後の箇所は、現代における青い鳥症候群を暗示しているようで興味深く、また身につまされる想いがする。

 「諸君、まともな見地を得ようと思うならば、人に惑わされてはならぬ。内においても外においても、逢ったものはすぐ殺せ。仏に逢えば仏を殺し、祖師に逢えば祖師を殺し、羅漢に逢ったら羅漢を殺し、父母に逢ったら父母を殺し、親類に逢ったら親類を殺し、そうして始めて解脱することができ、なにものにも束縛されず、自在に突き抜けた生き方ができるのだ。」(示衆・一〇)

 おそらくは臨済の言行録で最も有名な箇所であり、過激な言説としても有名な一節であろう。あまりに過激であるが故に誤解を招くこともあるのかもしれないが、ここで述べられている対象はメタファに過ぎない。ポイントは二つであろう。一つめは、先ほど引用した箇所と同じように、答えを他者に求めるのではなく、あくまで自分自身の中から求めることが重要であるということ。二つめは、ここでのメタファに関わるものであり、自分自身に深く埋め込まれており、尊敬しすぎる対象こそ相対化すべきであるということであろう。自分自身に深く埋め込まれたコンテクストを相対化しないかぎり、尊敬は盲従になりかねず、盲従は将来の言い訳に堕しかねない。

 「諸君、言葉の中に求めてはならぬ。」(示衆・一四)

 外的なものへの過度の依存を諌める言葉であり、ここにおける「言葉」を「文字」に限定して解釈すれば、禅宗の不立文字に行き着く。ポランニーや野中郁次郎さんを引くまでもなく、暗黙知をいかに明確化して普遍化するかはたしかに大事である。しかし、そこに限界があることを自覚した上で臨むこともまた、留意すべきだ。本書を読んで感動した私の気持ちを書こうとキーをタッチするごとに、クオリアと呼ぶべき絶対感覚が零れ落ちてしまうのと同じである。

『「論語」人間、一生の心得』(渋沢栄一著、竹内均解説、三笠書房、2011年)
『論語』(金谷治訳注、岩波書店、1963年)【2回目】
『善の研究』(西田幾多郎)

2013年4月27日土曜日

【第151回】『自律する組織人』(鈴木竜太、生産性出版、2007年)


 著者の先行文献でも議論されている通り、組織コミットメントには功利的コミットメントと情緒的コミットメントとがある。経済情勢や企業における制度といったハード面が功利的コミットメントに影響を与え、ソフト面は情緒的コミットメントに影響を与える。本書で著者が研究を進めている点は、情緒的コミットメントの中に二つの要素があるという点である。第一は、仕事の豊かさや役割の状況といったものであり、これは組織と働く個人とが一対一の関係であることを念頭においた捉え方である。第二は、いわば職場の雰囲気であり、こちらは組織と自分とが多対一の関係として見た場合の捉え方となる。

 組織コミットメントは、横軸に時間(t)を置いた場合にJ型になることが著者の研究から言われている。その最初の落ち込みの原因がリアリティ・ショックである。入社前に抱いていた組織像・仕事像と現実とのギャップにより組織コミットメントが低下する現象である。その対処方法として調査の結果示唆されている点が興味深い。第一がギャップが解消されるケースであり、これは当初抱いていた期待を下方修正することで現実に適応させるということである。第二の個人による先送りと、第三の規範的な理由による先送りという対応を行うと、組織コミットメントは修正されずにそのまま低いままとなる。

 こうした第二と第三の対処はキャリアの停滞へと繋がるリスクを内包する。それらを解決するために、キャリア自律が一つの解決策として本書では提示されている。組織コミットメントを研究し続けている著者が、自律的にキャリアを捉えることが組織コミットメントの強化に繋がることを提言している点が興味深い。キャリア・ディベロップメントと組織コミットメントに関する調査から、二十代後半から三十代にかけて自分のキャリアを考える人がそれほどいないと著者はしている。こうした驚くべき状況からすれば、キャリア自律を積極的に企業ですすめることは重要であろう。

 キャリア自律をすすめるということは、組織と個人との関係性を双方向で捉えることに繋がる。従来、組織と個人とは一方向で捉えられがちであった。組織人間と揶揄されるように、組織から個人への捉え方が日本の大企業では当たり前であった時代があった。また、個人のエゴにより個人が組織を利用するという側面ばかりが重視されるケースも最近ではあった。しかし、著者が主張するのは、キャリア自律によって組織と個人とがお互いに建設的な双方向の関係性を築けるということである。会社から見た「組織と個人の関係観」と個人から見た「組織と個人の関係観」を結びつけるという視点である。

 このような関係性から考えれば、本書のタイトルにもある「自律する組織人」の理念型が二つ導かれると著者は結論づける。一つは、「自分のアイデンティティを強く持ち、それにより組織ときちんとした距離にいる存在としての組織人」である。もう一つは、「組織を背負っていくような形での自律する組織人」である。キャリア自律と組織コミットメントの関係性は一義的ではない。それぞれの理念型をどのように組織としてマネジメントしていくかは、企業の置かれている環境やビジネスモデルによって異なる。また、多様な個人の側の対応によっても変わるのである。個人の側にとっても、組織の側にとっても、いかに環境変化に合わせてそれぞれの関係性を柔軟に捉えて適合させることが必要であろう。

『組織と個人 キャリアの発達と組織コミットメントの変化』(鈴木竜太、白桃書房、2002年)
『関わりあう職場のマネジメント』(鈴木竜太、有斐閣、2013年)
キャリア・ドメイン(平野光俊著、千倉書房、1999年)

2013年4月21日日曜日

【第150回】DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー「最高のキャリアを目指す」(2013年5月号)


 キャリアやワークスタイルといった領域のトレンドを俯瞰する上で、本書は最適なテクストであろう。簡潔に、読み易く、テーマが網羅的に整理されている。換言すれば、新しいキャリアや働き方を学術的に深掘りするためには、本書を手引きとしながら、それぞれの著者をはじめとした書籍を紐解くことをお勧めしたい。

 ここでは三つの記事を取り上げたい。

 第一は「組織の歴史は変革リーダーの武器になる」という、自社の歴史を用いることで変革を実現するという記事。将来を展望する上では、ゼロから将来像を描くよりも、過去を振り返った上で将来像を描く方が、より長期に渡り、かつ多様な領域について描けるという心理学上の実験が有名だ。この知見から鑑みれば、本論考の主張は非常に理解し易いと言える。さらに、本論考では、ドラスティックな企業変革においてこうした歴史を用いることが有効であることを述べている点に注目すべきだろう。創業者の理念や行動指針といった抽象度の高い文言を用いることで、自社のあるべき姿に即したかたちで現状のビジネスを変える、というロジックで企業変革を推進できるとしている。とりわけマイランが事例として取り挙げられている点が、グローバルで競業関係にある企業に勤める身として大変興味深く読むことができた。

 第二に「バーチャル・ワーク 第三の波」を取り挙げよう。『ワーク・シフト』(ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉)で著名なリンダ・グラットンの寄稿論文である。基本的には同書のさわりを扱った内容であるため、こちらの論文を読んで興味を持った方は同書を一読されることをお勧めする。改めて大事であると感じた点は、働く個人の働き方やキャリアが多様化してきている現実である。人事を担う部門の人間は、そうした多様なキャリアやワークスタイルを支援するために、従来の画一的な人事制度の運用を変更する必要が増していることに留意すべきであろう。従来、人事制度の基本は公平・公正な運用であった。その基軸をときに逸脱することが求められている現状に対してどのように取り組むか。人事としては非常に頭の痛い問題であるが、静観するわけにはいかない。

 最後に「ドリーム・チームは機能するか」という記事について。優秀なタレントは個性が強すぎるために機能しないと言われることが多い。WBCでアメリカ代表が負け続けることや、2006年のワールドカップにおいて史上最強と言われた日本代表が無惨に敗退したことなど枚挙に遑がない。しかし、同じスポーツの領域においても、バルセロナ五輪で初めて結成されたアメリカにおけるバスケットボールのドリーム・チームは見事な圧勝劇で金メダルを獲得した。ドリーム・チームが空中分解しないために必要なポイントとして三つの点が挙げられている。一つめは、エゴを排除してチーム・プレイに徹する人材を集めるというメンバーの資質に関するものである。どれほどプレイが優秀であってもチームプレイができない者は排除するべきであると著者は断言する。二つめは、ドリーム・チームの中にいる相対的にパフォーマンスが低い(ただし通常では並以上のパフォーマンスを発揮するタレント)に疎外感を抱かせずに参画意識を持たせることである。三つめはリーダーの選抜に関するものである。具体的にはメンバーからリーダーへのフィードバックを頻繁に設け、場合によってはリーダーの変更も辞さないことである。


『ワークシフト』(L・グラットン著、池村千秋訳、プレジデント社、2012年)
キャリア・ドメイン(平野光俊著、千倉書房、1999年)
Luck is no accident 2nd edition(John D. Krumboltz, Impact Publishers, 2010)
“TRANSITIONS”(William Bridges, Da Capo Press, 2004)
“Creative Decision Making –Using Positive Uncertainty- ”(Gelatt, H.B. and Gelatt, Carol ,Crisp Series, 2003)

2013年4月20日土曜日

【第149回】『ワークシフト』(L・グラットン著、池村千秋訳、プレジデント社、2012年)


 企業を取り巻く環境が変われば職務や働き方は異なる。あまりにも自明なことであるが、自分自身がそうした変化のただ中にいて変化を自ら起こすことは、安定を求める人間の性の抵抗に合い、自らを変えられないことが多い。本書では、著者自身のこどもたちが働き始める時期を想定して、こどもたちに対して近未来におけるキャリアや働き方の変化についてアドバイスを行うという形式で書かれている。ために決して悲観的すぎず、また楽観的すぎず、一歩引きながらも切実な筆致が読んでいて爽快である。

 近い将来における職業人生を充実させるために、私たちが考え方をシフトさせなければならないものとして著者は三つの固定観念を挙げている。その変化のありようを解説しながら、どのような対応策が考えられるかについて示唆を与えている。

 第一に、ゼネラリスト的な技能を尊ぶ考え方を問い直すべきだと言う。ブロードバンドが当たり前のネットワーク環境となる近い将来においては「なんでもできる便利な人」は他国の安くて効率的なアウトソーサーに淘汰される可能性が高い。したがって、新しい時代においては大前提として専門技能の習熟に土台を置くキャリア形成が求められる。さらに、土台となる専門技能の周辺領域における「専門技能の連続的習得」を通じて自分自身の価値を絶えず高め続けていくことが必要となる。

 「専門技能の連続的習得」が必要とされることが合理的であっても、それを実現することは容易いことでないのは自明であろう。ではどのような態度で取り組めば良いのか。まず、正解をスマートに導き出して最短距離で身につけられるという旧来のパラダイムから脱却することが先決であろう。その代わりに、様々なことを試し、代替策を考え、厳しい選択を行いながら、自分自身の礎となる土台の周りを広めていくという愚直な発想が必要とされる。さらには、連続的に習得した一連のコンピテンシーのセットを、他者から見て分かり易いようにセルフマーケティングすることも求められるだろう。

 第二に、職業生活とキャリアを成功させる礎が、個人主義および競争原理にあるというステレオタイプにグローバリゼーションを曲解するべきではないとする。グローバリゼーションはネオ・コンサバティヴな思想家や政治家が述べる世界とは異なり、人と人との繋がりや協働といった多様な人的ネットワークの重要性を増大させるだろう。そうした世界においては、チャレンジングなプロジェクトを一緒に推進するためのプロフェッショナルのネットワーク、斬新なアイディアを生み出す源泉と鳴る多様なコミュニティが重要となる。自分の軸をしっかりと持ちながら、多様な他者の軸との結節点を見出して競争から共創へとシフトするのである。

 多様な他者という観点で著者が提示している三種類の関係性を豊かにすることが重要になるだろう。同じ志を持つ少数の互恵的な関係性に基づくネットワーク、知り合いの知り合いまで含めた多様な大人数のネットワーク、長期間にわたる友人関係をはじめとした自己再生のコミュニティである。多様な関係性そのものが即座に自身にとって最適なソリューションをもたらすわけではない。そうではなく、多様な関係性は問題解決のための道筋を多様にすることができるというプロセスへの寄与が大きいことが特徴である。

 第三に、大量消費・高級志向といった物質的な消費活動を是とするライフスタイルに基づく職業人生を問い直すべきであると主張する。こうした考え方から、質の高い経験と人生のバランスを重んじる姿勢へとシフトすることを著者は提示している。物事を刹那的に消費することを追求する人生ではなく、情熱的に目の前のことに取り組み続けながら価値を生み出す人生へとの転換が重要なのである。

 なにより未来が予測通りになる保証が全くないことを考えれば、自分が好きなこと、情熱を抱き続けられることを職業やライフスタイルを選ぶことは賢明であろう。このようにキャリアとライフを捉えるとしたら、旧来の単線的なキャリアから、著者の言葉でいうところの「カリヨン・ツリー(組み鐘のタワー)型」のキャリアが適したものとなる。つまり、精力的に仕事に打ち込む期間、留学や研究活動といった学業をメインとする期間、ボランティア活動に注力する期間、私生活を優先させる期間、といったようにジグザグ模様を描きながらキャリアをすすめるのである。著者の考えをさらにすすめるとすれば、こうしたものをゼロサムで捉えるだけではなく、同時に行うという視点を持つことも今後は重要であろう。

 こうした大きなシフトを考えるために適した考え方として著者は「未来はすでに訪れている。ただし、あらゆる場に等しく訪れているわけではない」という警句を挙げている。この言葉を常に意識しておきたい。

2013年4月13日土曜日

【第148回】“Source”, Joseph Jaworski


What is leadership? Jaworski answers this question using U theory and reflecting his experiences in this book. There are many interesting implications when we think about leadership.

At first, he finds out the essence of “the bottom of the U”. At the bottom of the U, we perceive reality of the world by not determinate mind but open one. Knowing itself is based on a sense of unconditional value rather than conditional usefulness. It stresses not the result of decision making but the importance of spontaneous awareness. If you want to understand deeply, please read “Theory U : Leading from the Future as it Emerges” by Otto Scharmer(Theory U: Leading from the Future as It Emerges (Bk Business) ).

Citing some words by David Bohm, author implies that system view is matched even in the world of physics. Though we think that physicists regard the world separated into many trivial parts. Bohm says that everything is connected to everything else. And also, it is certain that there is separation without separateness. I was surprised to read this area, but also I was impressed too.

According to author, there are six essential features to enable enhanced communication with the Source. First one is “The power of Perspective” which stresses the importance of openness to alternative perspectives. Second one is “The Magic of Metaphor”. It seems to me very important that “Utilization of transdisciplinary metaphors to shift the perceived context of the task at hand from a context in which the task seems impossible to one where it is possible, even if unlikely.” Other four features are “The Role of Resonance (Love)”, “The Use of Uncertainty (Surrender)”, “The Case for Conceptual Complementarity”, and “Inner Self-Management”. 

He also comments about the leadership of entrepreneurs. Through his several interviews with entrepreneurs, he concluded that they perceived in the body and mind “as a certainty” about the “thing” yet to happen. Those things cannot be found by the logical thinking but the intuitions and feelings by them. This shows the big gap between entrepreneurs and other “standard” employees.

At the last part, author suggests us to fell Source. He recommends to us spending time in nature. When we want to feel our Source, we had better spend quiet time in a natural setting. Doing this also brings us to last personal development.



“To sell is human”, Daniel H. Pink
“The Fifth Discipline”, Peter M. Senge
“How will you measure your life?”, Clayton M. Christensen

2013年4月6日土曜日

【第147回】『組織と個人 キャリアの発達と組織コミットメントの変化』(鈴木竜太、白桃書房、2002年)


 本書は学術書である。著者が丹念に検討している組織コミットメントに関する先行研究が極めて秀逸である。それぞれの先行研究の関連性を丁寧に結びつけ、著者の研究テーマへと結びつけている様は、さながら研究のお手本だ。大学院生、とりわけ修士課程の学生にとっては研究プロセスを疑似体験する上で有益な書籍の一冊であると言えるだろう。また、組織コミットメントという事象を検討する際には、本書の第1部を辞書代わりに使えば、必要とされる先行文献とそれぞれの位置づけを把握できるだろう。

 フルタイマーとパートタイマーとの比較、およびフルタイマー内での比較という二つの定量調査からの発見事実から、我々の「常識」と必ずしも一致しない興味深い観点について指摘していく。

 第一に「フルタイマーとパートタイマーの情緒的コミットメントに相違はない」というものがある。情緒的コミットメントとは、功利的コミットメントとともに組織コミットメントを形成する要素の一つであり、今の職場が好きだから働く、といった情緒面に関するものである。「常識」的には、パートタイマーの多くは生活のためにそうした役割を担っていると思いがちであるが、情緒的コミットメントの観点ではフルタイマーとの相違がなかった。なぜか。いつでも辞めるという意識を強く持っているパートタイマーだからこそ、翻って、そこで働きたいから働き続けるという作用が強くなる。言われてみれば当たり前であるが、功利的コミットメントに影響を与える給与や労働条件ではパートタイマーの定着には必ずしも繋がらない、という示唆に富んだ発見事実である。

 第二に、「フルタイマーは、1年目から2年目に情緒的コミットメントは低下し、その後停滞した後キャリアの中期から急激に強くなる」「フルタイマーの功利的コミットメントは、キャリアの所期から中期では停滞し、キャリアの中期以降に急速に発達する傾向をもつ」という二点を挙げたい。要は、組織コミットメントを縦軸に置き、勤続年数を横軸に置くと、その軌跡はJ字型を描くということである。落ち込むタイミングに起こるのがリアリティ・ショックであり、中期以降に急激に高まるのは付属的賭け(首尾一貫した行動を止めると失われるか無価値になると見做される個人が投資した価値)の為せる現象であろう。

 上述した第二の発見事実について、著者はさらに同じようなキャリアを積んでいるフルタイマー間において、組織コミットメントが上昇するパターンとそうならないパターンとをインタビュー調査から明らかにしている。勤続年数に応じて直線上に増加するのではなく、転機を経るごとに非連続的に増加している様子を明らかにしているのである。ここに、入社2年目や3年目時にリアリティ・ショックによって「今すぐにでも辞める」と言っていた社員がその後長く組織に居続ける理由がある。そうした社員のパフォーマンスが高い場合、その後に経験する転機の数は増える。転機で得られる経験の蓄積や成長実感が積み重なることで、組織コミットメントが次第に高まり、結果的に長居することになるのではなかろうか。

 したがって、企業においてハイパフォーマーをいかに定着させるかということを考える場合には、単に正比例的に伸びる勤続年数だけに依存するわけにはいかないことが分かる。勤続年数が伸びても、転機の機会が減るようでは、ハイパフォーマーの退出リスクは増えてしまう。むしろ、非連続的な経験をいかに積ませるか、という上司による職務デザインが問うべき論点であり、また自分自身で職務をデザインさせるように職務充実を図れる余地を設けることが重要となるだろう。高橋伸夫さんの未来傾斜原理と合わせて考えれば、転機となるような非連続的経験を積ませる予感を、いかに実感へと変えるかがハイパフォーマーの定着には利くのではなかろうか。



『自律する組織人』(鈴木竜太、生産性出版、2007年)
『組織と個人 キャリアの発達と組織コミットメントの変化』(鈴木竜太、白桃書房、2002年)
“The Inventurers (third edition)”, Janet Hagberg / Richard Leider