2013年4月6日土曜日

【第147回】『組織と個人 キャリアの発達と組織コミットメントの変化』(鈴木竜太、白桃書房、2002年)


 本書は学術書である。著者が丹念に検討している組織コミットメントに関する先行研究が極めて秀逸である。それぞれの先行研究の関連性を丁寧に結びつけ、著者の研究テーマへと結びつけている様は、さながら研究のお手本だ。大学院生、とりわけ修士課程の学生にとっては研究プロセスを疑似体験する上で有益な書籍の一冊であると言えるだろう。また、組織コミットメントという事象を検討する際には、本書の第1部を辞書代わりに使えば、必要とされる先行文献とそれぞれの位置づけを把握できるだろう。

 フルタイマーとパートタイマーとの比較、およびフルタイマー内での比較という二つの定量調査からの発見事実から、我々の「常識」と必ずしも一致しない興味深い観点について指摘していく。

 第一に「フルタイマーとパートタイマーの情緒的コミットメントに相違はない」というものがある。情緒的コミットメントとは、功利的コミットメントとともに組織コミットメントを形成する要素の一つであり、今の職場が好きだから働く、といった情緒面に関するものである。「常識」的には、パートタイマーの多くは生活のためにそうした役割を担っていると思いがちであるが、情緒的コミットメントの観点ではフルタイマーとの相違がなかった。なぜか。いつでも辞めるという意識を強く持っているパートタイマーだからこそ、翻って、そこで働きたいから働き続けるという作用が強くなる。言われてみれば当たり前であるが、功利的コミットメントに影響を与える給与や労働条件ではパートタイマーの定着には必ずしも繋がらない、という示唆に富んだ発見事実である。

 第二に、「フルタイマーは、1年目から2年目に情緒的コミットメントは低下し、その後停滞した後キャリアの中期から急激に強くなる」「フルタイマーの功利的コミットメントは、キャリアの所期から中期では停滞し、キャリアの中期以降に急速に発達する傾向をもつ」という二点を挙げたい。要は、組織コミットメントを縦軸に置き、勤続年数を横軸に置くと、その軌跡はJ字型を描くということである。落ち込むタイミングに起こるのがリアリティ・ショックであり、中期以降に急激に高まるのは付属的賭け(首尾一貫した行動を止めると失われるか無価値になると見做される個人が投資した価値)の為せる現象であろう。

 上述した第二の発見事実について、著者はさらに同じようなキャリアを積んでいるフルタイマー間において、組織コミットメントが上昇するパターンとそうならないパターンとをインタビュー調査から明らかにしている。勤続年数に応じて直線上に増加するのではなく、転機を経るごとに非連続的に増加している様子を明らかにしているのである。ここに、入社2年目や3年目時にリアリティ・ショックによって「今すぐにでも辞める」と言っていた社員がその後長く組織に居続ける理由がある。そうした社員のパフォーマンスが高い場合、その後に経験する転機の数は増える。転機で得られる経験の蓄積や成長実感が積み重なることで、組織コミットメントが次第に高まり、結果的に長居することになるのではなかろうか。

 したがって、企業においてハイパフォーマーをいかに定着させるかということを考える場合には、単に正比例的に伸びる勤続年数だけに依存するわけにはいかないことが分かる。勤続年数が伸びても、転機の機会が減るようでは、ハイパフォーマーの退出リスクは増えてしまう。むしろ、非連続的な経験をいかに積ませるか、という上司による職務デザインが問うべき論点であり、また自分自身で職務をデザインさせるように職務充実を図れる余地を設けることが重要となるだろう。高橋伸夫さんの未来傾斜原理と合わせて考えれば、転機となるような非連続的経験を積ませる予感を、いかに実感へと変えるかがハイパフォーマーの定着には利くのではなかろうか。



『自律する組織人』(鈴木竜太、生産性出版、2007年)
『組織と個人 キャリアの発達と組織コミットメントの変化』(鈴木竜太、白桃書房、2002年)
“The Inventurers (third edition)”, Janet Hagberg / Richard Leider

0 件のコメント:

コメントを投稿