2013年5月19日日曜日

【第159回】『これが物理学だ!マサチューセッツ工科大学「感動」講義』(W・ルーウィン、東江一紀訳、文藝春秋、2012年)


 昨年の秋から冬にかけて、著者のMITでの特別講義がNHKでシリーズで行われていた。大学で行われる物理学というと高等数学を用いた難解な授業を思い浮かべるが、そうしたイメージを良い意味で覆すものであった。講堂内で行われる奇想天外な実験の数々と著者の独特の言い回しにすっかり魅了された。シリーズの感動をもう一度味わいたく、またテレビを通して得られた興味を知識として少しずつでも定着しようと本書を読むことにした次第である。

 全体を通して著者が繰り返し述べているのはニュートンの三つの法則である。第一の法則は慣性の法則であり、「物体は、外部から加えられた力によって状態が変化しない限り、静止状態か、等速直線運動を貫く」ということを意味するものである。宇宙空間において、一人の飛行士が投げたものをもう一人が取り損ねてしまったら、そのまま真っすぐ進んでいってしまい二度と戻ってこない、というものだ。

 第二の法則は、F=maとしてシンプルに表される。これは「ある物体に働く正味の力Fは、物体の質量mに、物体の正味の加速度aを乗じた値になる」ということを意味する。この法則については、ラグビーのスクラムや相撲の立ち会いを想起すれば分かり易いだろう。小兵でも、相手よりも素早く動いて相手に当たることができれば、相対的に強い力を生み出すことができるのである。

 第三の法則は、「すべての作用には必ず、大きさの等しい逆方向の反作用の力が存在する」として提示される。金槌で釘を打つと釘は板に埋め込まれるが、その際に釘から金槌へ反作用が生じ、私たちの手にジンと痛みが伝わる。あの忌まわしい痛みこそが反作用の力である。

 著者は、こうした一見すると難しいように思える法則や実験を、聴衆に興味を持ってもらえるように工夫を凝らす。生前のスティーヴ・ジョブズのように、講演の直前には何度もリハーサルを行い、入念な準備を怠らない。そうした努力は、物理学のたのしさを伝え、一人でも多くの人に興味を持ってもらうためだ。

 ここまでの執念を掛ける主な理由は、物事を見る視点を増やすことであると著者は言う。それは、美術を学ぶことで美術鑑賞の際の視点を増やすことと同じであるそうだ。美術を学ぶ前と後とでは、同じ絵を鑑賞する際の着眼点や感受の度合いが異なる。これを物理学という学問領域でも目指そうとして奮闘する著者の姿勢こそ、教育に携わる人間に必要な姿勢であろう。

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