2011年7月31日日曜日

【第36回】『デザイン思考が世界を変える』(T.ブラウン著、早川書房、2010年)

 よく多様な分野の専門家が一つの組織にいると強い、と言われる。しかし筆者によれば、それが機能するためには単なる複数分野の専門家であるだけでは足りないようだ。なぜなら、そうした専門家集団においては、それぞれが自身の専門分野の擁護者となり、潤滑なコミュニケーションが取れずに空中分解するか中途半端な妥協に落ち着いてしまいがちであるからだ。

 では、多様な分野の専門家が組織として機能するためには、よく言われるT字型人材であることが求められる。「T字型」であることは他者とアイディアや文脈を共有するために必要なのである。したがって、単なる複数分野の人材を集めることではなく、異分野での連携ができるT字型人材が集まることが大事なのであろう。

 こうした多様な人材が集まる組織がアイディアについて考え続ければ良いアイディアが出る、ということではない。頭で理想的なものを考えるのではなく、プロトタイプをすぐに製作し、カタチになったものに基づいてフィードバックを得ることが大事である。

 さらに言えば、頭の中で考えるものから得られるフィードバックと、実際にカタチにしてから得られるフィードバックとでは質的な違いがある。頭の中で考えるとアイディアにのめり込むことになる。アイディアに過剰にのめり込んでしまうと、問題があるものもポジティヴに解釈してしまいアイディアを守るための防衛的なフィードバックになってしまうことが多い。

 しかし、プロトタイプを創ると建設的なフィードバックを得られる。なぜなら、一度カタチにすると新たなアイディアを盛り込んで次々と改善するという方向に進むからである。プロトタイプを創って検証すること。仕事の中でも大事にしたい考え方である。

2011年7月24日日曜日

【第35回】『いつでもクビ切り社会』(森戸英幸著、文藝春秋社、2009年)

日本企業の伝統的な人事管理システムは、新卒一括採用、年功賃金、終身雇用などからなると言われる。このシステムの根幹を成すのが定年制度である。大学卒業とともに入社した新卒社員を、市場価値に比べて相対的に安い賃金で一律に働いてもらい、年功にあわせて給与を上げる。そして、市場価値に比べて相対的に高くなりすぎた状態の人材をポストオフするために必要な手段として定年が存在する。

しかし、この定年が年齢要件による差別として見られるようになってきている。最近の労働の政策としては、再雇用制度を設ける、定年の開始時期を65歳まで引き伸ばす、定年をなくす、のいずれかが企業に求められている。三つ目のものを導入する企業が少ないのが現状であるが、日本マクドナルド社が導入して話題となったことは記憶に新しい。

では、こうした定年制度をなくすいわばエイジフリーと呼ばれる施策に問題はないのだろうか。エイジフリーというと年齢に関わらず働けるというポジティヴな意味合いに聞こえるが、それは同時に年齢に関わらずクビになるということを意味する。これまでは定年がいわば公明正大なクビの宣言という機能をも果たしていたのであるが、定年がなくなれば、常にクビのリスクにさらされることになる。恐らく、こうした企業の現実に合わせるために、労働法規は解雇制限の緩和化へと軸足を移すのではないだろうか。

こうした問いに対する著者の結論はシンプルだ。日本がエイジフリー社会になる可能性は高い。したがって、それに備えることが必要だということである。

とりわけ、20代~30代はエイジフリーの波に臆することなく、むしろそれを追い風にすべし、という著者のアドバイスはその通りだろう。高度経済成長期のように景気上昇に合わせて企業業績が向上してポストが増える、という状況とは全く異なるが、何れにしてもポストが空くことは機会に違いないだろう。

2011年7月17日日曜日

【第34回】『教育研修ファシリテーター』(堀公俊+加留部貴行著、日本経済新聞社、2010年)

 職業柄、企業における教育研修をデザインし実行することが多い。しかし、そのポイントを言語化して他者に伝えるということは難しく、「自分でできる」と「他者ができるようにする」の間には大きなギャップがある。

 前職で研修スキルを強化するための研修も仕事にしていたわけで、誤解がないように言い訳がましく記すが、ある程度は伝えられると思うが、本当に相手が自信を持って研修できる、というレベルまで到達してもらうことは難しいと感じていた。

 こうした言語化することの難しいテーマに対して、正面から意欲的に立ち向かっているのが本書である。かゆいところに手が届くような言い回しや、図を用いての整理は分かり易い。特に、三つの主要な学習モデル(学習転移モデル、経験学習モデル、批判的学習モデル)をもとにして、集合研修の三つのスタイル(知識伝達型、問題解決型、省察型)を整理している点は、個人的に腑に落ちた。

 また、具体的なレベルにまで落とし込まれているのが実務者としてはうれしいところである。特に「話し合い」を展開させる手法の部分に感銘をおぼえた。私自身は本書でいうところの拡大型と呼ばれる、個人で考える⇒ペアで話し合う⇒グループで話し合う⇒全体で共有する、という基本の流ればかりを重視していたことに気づかされた。

 しかし、本書によればそれ以外にも縮小型(全体討議⇒グループ討議⇒個人検討)、内省型(個人検討⇒グループ/全体討議⇒個人再検討)、共有型(全体討議⇒グループ/個人検討⇒全体討議)、創発型(グループ討議⇒全体/個人検討⇒グループ討議)という合計5つのものが取り上げられている。全体像を把握し、それぞれの特徴を比較検討することで、研修の流れに応じてどれが適しているかを判断することができる。

 このように、自身の教育研修の考え方や手法を内省して気づきを与えてくれる、という意味で本書は活用できる。もちろん、教育研修にはじめた携わる方が読んで、一通りの基本型を理解するという読み方もあるだろう。



2011年7月10日日曜日

【第33回】DRIVE(Daniel H. Pink, Canongate Books Ltd, 2010)

In this book, Mr. Pink says there are three types of work motivation, Motivation 1.0, Motivation 2.0, and Motivation 3.0.

Motivation 1.0 is for our survival. When we want to have a meal, we will think about how to get some food and will do our best to attain it.

Motivation 2.0 is for response to our environment. This way of thinking is to seek reward and avoid punishment.

Motivation 1.0 and Motivation 2.0 are still important for us. But their importance is falling down. In the developed countries, there are so many foods. And if work is inherently enjoyable for someone, the external inducements at the heart of Motivation 2.0 become less necessary for him.

Then Motivation 3.0 becomes more important. Motivation 3.0 is not based on external motivator, and it is based on internal motivator. Mr. Pink suggests that we should focus on our internal motivator, and should make efforts to improve our work more interesting by ourselves.

And finally, Mr. Pink summarizes his suggestion. His way of summarizing is very unique, because he makes three summaries. First one is for tweet on twitter, second one is for cocktail party talk, and the last one is longer than other two versions, he summarize his suggestion chapter by chapter. Of course these three summaries help us to understand his suggestion, but they also make us to understand how to edit.

2011年7月3日日曜日

【第32回】『新しい労働社会』(濱口桂一郎著、岩波書店、2009年)

労働法とは、経営者が守りさえすれば良いという消極的な類のものではない。人事制度や人材マネジメントにプロアクティヴに取り入れるべきものなのではないか。

2005年から2006年に労務管理の分野で政労使を巻き込み話題となったホワイトカラーエグゼンプションに関する背景の説明が分かり易い。著者によれば、ホワイトカラーエグゼンプションには働き方を変える可能性があったと言う。たしかに社員の健康に関わる労働時間規制の一つの施策として、特定の要件に合致するホワイトカラーに残業代規制を掛ける制度とすれば有意味になり得たのであろう。

しかし政府は、ホワイトカラーエグゼンプションを残業代だけではなく、あらゆる労働時間規制からの適用除外とし、かつ仕事と育児の両立を可能にする多様な働き方を支援するものとして捉えた。その無理な解釈がマスメディアの「残業代ゼロ法案」というキャンペーンを招き、結果としてホワイトカラーエグゼンプションを断念することとなった。残業代抑制という世論の批判を回避するために、月八〇時間超の残業の割増賃金率を五割に上げる(現在は月六〇時間超)という、長時間残業を奨励するかのような、労働時間規制の考え方に逆行する施策までが導入されたのである。

おそらくここには職務と報酬に対する誤解があったのではないか。その延長として、グローバルスタンダードに対応すると称して、現在は同一職務同一賃金が人事管理上の主流となりつつある。しかし、それが問題を解決するのであろうか。

古典派以来の経済学の基礎中の基礎である「一物一価の法則」の文脈として同一職務同一賃金を捉えることはもちろん正しい。しかしそれは企業内という閉じたネットワークで対応することではなく、人材市場という開かれたネットワークにおいて対応すべきことなのではないだろうか。この議論は、「同一職務」における「職務」を、それに必要な「スキル」として代替することもほぼ同意である。人材の流動性を支援するしくみを構築することには大きな意義があるが、企業内部で対応する必要はなく、むしろ問題があると考える。

では企業内部で同一職務同一賃金に対応することにどのような問題があるのか。

問題の所存は、なにを測るかという時間軸に対する部分にあると考える。変化の激しい現在の環境において、今の仕事に求められるスキルを測ることで、企業の中長期的な成長戦略と競争戦略を推進するための人材要件をスタティックに捉えることは、企業にとって得策であるとは思えない。

短期的なビジネスに勝つ人材要件の定義づけに違和感を提唱した高橋俊介氏(人材マネジメント論―儲かる仕組みの崩壊で変わる人材マネジメント (BEST SOLUTION))や、短期指向的な成果主義運営を痛烈に批判した高橋伸夫氏(虚妄の成果主義)。彼らが約十年も前に警鐘を鳴らしたことをどれだけの企業が精緻に理解し、制度設計および現場運用を創り込んでいるのだろうか。変化への対応が大事であると言いながら、中長期的な視点を欠いたスタティックな対応に汲々としているとしたら、将来にわたって変化を生み出す人材が育たないことは当然の帰結である。

こうした対応は企業にとって問題があるだけではない。企業で働く社員にとっても悪い影響があるだろう。つまり、現在のビジネスに必要なスペックのみを効率的に修得させることは個人の中長期的な成長を支援するのではない。ある時期に高く「売れる」スキルであっても、時代が変われば「売れなく」なる。時代の変化のスピードが上がっている中、そうした対応のみに注力することはリスクが高いだろう。

こうしたスタティックな能力を測ることの問題点をケアするためには、ダイナミックな能力をいかに測るか、が鍵である。保有能力としてのスキルではなく、健在能力としてのコンピテンシーを測るのである。さらに言えば、職務要件的なコンピテンシーではなく、人間力を測るコンピテンシーである。もちろん、こうしたものだけで企業活動に必要な人材要件を定義できるとは思えない。したがって、細かなメンテナンスにリソースが取られるとはいえ、職務に特化したコンピテンシーとのハイブリッドが現実的な対応になるのかもしれない。


人事上の対応を精緻に行なうためには、人材マネジメントの領域、組織行動論の領域とともに、労働法の領域を押えて学際的に対応することが必要である。こうした思いを改めて強くできる良書であった。