2012年12月15日、FIFAクラブW杯の決勝戦。バルサの高いレベルの試合をリアルタイムで観戦する高揚感は、たった一つのプレイで意気消沈させられることになった。ダビド・ビジャの怪我である。EUROに間に合わなくなる事態によもやなりはしないかという私の不安は、果たして半年後に現実のものとなった。
ビジャがいなくてもフェルナンド・トーレスがいるではないか。しかし、トーレスはチェルシーでの低調なパフォーマンスに終始していて不安を拭えない状況であった。ブンデスでの活躍によりにわかに期待したラウールのサプライズ招集もなし。この状況でデルボスケは誰を「9番」にするのか、全く想像がつかなかった。
そして、彼が初戦のイタリア戦で示した回答は、ゼロトップであった。ゼロトップ、すなわち「9番」としてのストライカーを配置しない布陣を、実質的にぶっつけ本番で採用したのである。
ゼロトップが一つの布陣として機能することは、ローマが結果を出して数年前に流行らせたことから疑いがない。トッティをダミーの「9番」にした布陣は躍動感にあふれ、普段はセリエを見ない私も興味深く見ていたものだった。
しかし、代表クラスで数試合をこなすことなくゼロトップがいきなり機能するものなのか。もし、スペイン代表の主力の大半を占めるバルサやレアルがゼロトップを日頃から用いているのであれば不安は軽減されただろう。そうであれば、ゼロトップの動きに慣れており、そのPros&Consを把握していることが想像に難くないからである。しかし、そうした事実は残念ながらなく、不安を解消する要素は皆無に等しかった。
ダミーの「9番」を担うことになったのはセスク・ファブレガスであった。イタリア戦のスタメンが発表された時に、ゼロトップを採用したことに驚き不安に思ったと同時に、今のスペイン代表ならば、またセスクが「9番」であれば面白いサッカーをするのではないか、と期待を抱いたこともまた事実であった。
実際、イタリアに引き分けた結果自体は満足ではなかったが、その試合内容自体は見応えがあった。大会ナンバーワンと称しても過言ではないのではないだろうか。「カテナチオ」のイタリアが攻撃的なスタイルを貫いてきたというサプライズの為せる相互作用もあったとはいえ、スペインのゼロトップは従来のパスサッカーにアジャストしていたように私の目には見えた。
その後の試合では、トーレスを1トップに起用する試合もあったが、決勝でのイタリアとの再戦でデルボスケがゼロトップを選択したことから勘案すると、ゼロトップが今大会のスペイン代表での第一の選択肢であったということであろう。本誌の記事によれば、慣れない「9番」を担うセスクを支えたのはアンドレス・イニエスタであった。たしかに、今大会のMVPにも輝いたイニエスタの動きは秀逸だった。私のような素人目にもあまりに分かり易いうまさが何よりあり、周囲とのコンビネーションによるパス交換もまた魅力的であった。
イニエスタによる「9番」セスクへのサポートの集大成は、決勝戦での一点目に如実に表れていた。シャビ・エルナンデスからイニエスタがボールを受ける瞬間に裏のスペースへ走り出したセスクへ、イニエスタからのパスが入り、ラインぎりぎりで上げたピンポイントのクロスにダビド・シルバが頭で合わせたゴール。あのゴールはこれからも語り継がれるであろう美しいゴールであったし、スペイン代表のゼロトップの有効性を証明した瞬間でもあった。
今回のゼロトップはフットボールファンに対して好評ではなかったように思う。これを以てスペイン代表の力の衰えを指摘する論調が多く出ていることもいたしかたない。しかし、スペインは途中で敗退したのではなく、優勝したのである。しかも、EURO史上初の連覇であり、EUROとW杯を通じて三連覇をしたのも初の快挙である。
さらにいえば、ゼロトップという選択肢を国際大会の本番の場で「試す」ことができたことも、戦略のオプションを増やすという点では貴重なことだったのではないか。思うにビジャかトーレスが「9番」を担う方がスペイン代表は機能すると思うが、アクセントを加える意味合いとしてゼロトップが次善策として機能することを証明できたのである。
戦略のオプションを増やし、ビジャとプジョールという攻守の二枚看板を欠いても優勝したという事実は大きい。主力の高齢化が心配ではあるが、二年後のブラジルでもまた、無敵艦隊を止められる国は現れないかもしれない。
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