2011年1月16日日曜日

【第8回】『学習意欲をデザインする』(J.M.ケラー、北大路書房、2010年)

 結論から端的に記す。本書は、企業だけではなくあらゆる組織の教育に携わる人々にとっての必読書であろう。ただし、じっくりと何度も読む類いのものではない。むろん、最初に一通り目を通すことは必要であろうが、その後は必要な箇所を必要なときに、いわば辞書のように活用するのが良いのではなかろうか。

 今回はとりわけ優れていると思った三点について私見を述べた後に、既存の学習理論との関係性について整理を試みることとしたい。

 一点目は、持論(もしくは素人理論)を整理・補強してくれる点である。教育に携わる人間であれば、何を準備するか、どういうときはどうするか、どういう相手にはどのように接するか、といった暗黙的な知識や技能がある。こうした暗黙知を形式知化することが本書を通じてできるのである。さらに、筆者が以前から主張しているARCSモデルという包括的な枠組みに基づいて述べられているため、教育を行なう際に何をすればよいのかを網羅的に理解できる。したがって、準備や実行の際のヌケモレを防ぐことができるというメリットがある。

 さて、上記のようなポイントであればID(Instructional Design)理論で事足りるのではないか、と思われるかもしれない。IDもたしかに教育コンテンツを作成したり、それを実行する際に役に立つ。しかし、受講者を動機づけするという視点がIDには欠落している。それに対して本書のベースとなるARCSモデルは、受講者をどのように動機づけるかという視点が強調されており、いわばID理論とは補完関係にあると言えるだろう。実際、本書の69頁ではID理論とARCSモデルの関係性が述べられているので、興味・関心がある方はご参照いただきたい。

 二点目はTo Doのレベルにまで落とし込まれている点である。教育をデザインするステップを10に絞り込んだ上で、それぞれのステップでなにをするべきかに関するチェックリストが記されている。したがって、自身が扱う教育をデザインする際に、最初から順を追ってプロセスを回すことができるし、また自身がこれまで行なってきたプロセスと比較して特徴を整理することができる。

 三点目は狭義の教育に限定されるだけでなく、部下指導や後輩指導にも活用できる点である。相手を動機づけながら教育を行なうことが求められることは、日常的な職場で起こることである。したがって、上司や先輩にとっても、本書は役に立つのである。たとえば、ジョブエイド(作業補助)やマニュアルを作成する際にも有効であるとの指摘が本書でもなされているのである。

 最後に、学習理論における位置づけについて述べる。学習理論の射程は時間軸によって分かれると考える。ここでは短期、中期、長期という三つの軸で考えたい。

 まず短期的なものとしては、本書が扱うARCSモデルやIDの典型的なモデルであるADDIEモデルなどが挙げられるだろう。相手に学んでもらいたいものを効果的に効率的にいかに学んでもらうか、ということを扱うものである。

 もう少し長いスパンで見ていくと、中期的な成長を視野に入れた学習理論がある。たとえば中原先生は他者との関係性を通じてどのような学習経験を経て、成長するのかについてその最新の著書で述べられている。

 さらに長いスパンでの学習を通じてキャリアへと結びつけたのがクランボルツ教授である。開かれた学習行動の結果として、偶然の機会を活かし、自身のキャリアをすすめるという視点で書かれている。

 本書は、上述したとおり短期的なスパンに関する学習行動に関する書であり、とりわけ学習におけるモティベーションに関して述べられている。私自身としては、もう少しスパンを伸ばし、先行研究を参考としながら中長期的な学習におけるモティベーションについて検討したい。

<参考文献>
中原淳ら『企業内人材育成入門』ダイヤモンド社、2006年
中原淳『職場学習論』東京大学出版会、2010年
J.D.クランボルツ『その幸運は偶然ではないんです!』ダイヤモンド社、2005年

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