2012年1月15日日曜日

【第64回】『アフォーダンス 新しい認知の理論』(佐々木正人、岩波書店、1994年)

 アフォーダンスとは知覚心理学者であるジェームス・ギブソンが提唱した概念であり、本書では「環境が動物に提供する「価値」のこと」と定義されている。元々は認識論に関する知見として提示された理論であるが、現在ではAI(人工知能)やインダストリアル・デザインの領域でも応用されている。

 アフォーダンス理論の特異性は、それ以前の認識論であり、現代社会においても主流と言えるデカルトの近代的認識論との比較を試みると分かり易い。デカルト流の近代的認識論が主体を自己に置くのに対して、ギブソンのアフォーダンス理論は主体を環境に置く。つまり、情報とは人間の内部に生起するものではなく、人間の周囲にあると考えるのである。したがって、人間が知覚することは情報を直接的に入手する活動であり、脳の中で情報を間接的に創り出すことはない、とする。

 したがって自己と環境との関係性を考えると、近代的認識論とアフォーダンス理論とでは正反対である。近代的認識論は自己が主体で環境を客体と捉えるために、人間社会にとっての手段として環境を捉え、環境を克服可能なものと見做す。こうした認識に基づく施策として、人間社会の予定調和的で単線的な成長を実現するためにともすると環境を酷使することに繋がる。

 これに対して、アフォーダンス理論では環境が主体で自己が客体である。したがってあくまで環境の中にいる人間という関係性である。近代的認識論が環境に対して分析的な思考を用いるのに対して、アフォーダンス理論ではむしろゲシュタルト的な思考を用いる。すなわち、個々の集合体としての環境ではなく、全体として意味をなす環境という考え方である。

 こうしたアフォーダンス理論の知見を用いて産業ロボットや産業製品のデザインが行われているわけであるが、キャリアデザインにも活かせるのではないかと考えている。以下ではキャリアデザインへの応用可能性があると考える点を二点だけ述べる。

 第一に、アフォーダンス理論は変化することで対象が明らかになる、とする。たとえば、ある物体が静止画としてシルエットになっているところを想像してほしい。止まっている状態ではそれが何を表すのか分かりづらいが、それが回転して多面的にシルエットを見ることができれば形を推察できるだろう。変化するものは対象物だけに限らない。ある物体を一つの視点から見ても、それが平面なのか立体なのかすら分からないが、観察者である自分自身が見る視点を変えればその対象を把握することができるだろう。

 以上は認識論上の話であるが、キャリアデザインにも言える話ではなかろうか。すなわち、自分自身の職務を同じ方法で効率的に「こなす」ことだけでは職務を通じてキャリアをデザインすることは難解だ。先の認識論の話でいうところの、一つの視点だけから職務を眺めている状態である。したがって、自ら職務に変化を起こすことが重要である。たとえば、同じ職務の方法を少しずつ工夫して方法を変えたり、顧客とのインタラクションを増やすことで自身の職務を多面的に捉えることができよう。それはすなわち、自身の職務の価値を見出す試みに繋がる。こうした自分起点でのストレッチや、その結果として自身のスキルやマインドのセットの組み替えを行う努力を続けることがキャリアをデザインする、ということではないか。自身のキャリアデザインという視点だけではなく、そうした努力の積み重ねによって顧客への提供価値、自社への提供価値、社会への提供価値も意識することができるだろう。

 第二に、アフォーダンス理論では環境を主体に置くことになるが、環境の中における情報とは無限であり、それは変化し続ける。したがって、環境に内在する情報を入手するための私たちのセンサーも変化し続けることが必要となる。すなわち、知識や情報を蓄えることが大事なのではなく、外界の多様な知識や情報をセンスできるように身体のありようを複雑かつ洗練されたものに組み替え続けることが重要だ。

 その一つの作法として私が参考にしたいと思うのはインダストリアル・デザイナーの深澤直人さんの考え方である。詳しくは深澤さんの『デザインの輪郭』をお読みいただきたいが、彼は、ゴールからリバース・エンジニアリングして〇〇を学ぶ、という発想を取らないと述べている。筋肉を鍛えるという比喩を用いているが、「何をするためにその筋肉を鍛えるかじゃなくて、単に「鍛えている」ということ」を重視するという。鍛えている過程では失敗や苦難などアクシデントが起こるが、「ただ、スッとして、そのアクシデントを許容するということの美学」を掲げている。続けて、そのようにすれば「どんなゴールにでも行ける」としている。

 日本の大学入試や資格試験といった範囲が固定された試験においては、正解からリバース・エンジニアリングして勉強することがゴールへの近道となるであろう。しかし、そうして規格生産された学歴エリートが必ずしも良きビジネスパーソンにならないことが、深澤さんおよびアフォーダンス理論のアプローチを引き立たせる。近代的認識論が間違っているとは思わないが、それはあくまで一つの現実の捉え方にすぎず、一つの最適な解決策にすぎない。アフォーダンス理論の知見を用いて、キャリアもしくはライフキャリアのデザインを試みることの重要性は増してきているのかもしれない。

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