最新号のNumber PLUSの吊り革広告の中で「ラウール・ゴンザレス「無敵艦隊の悲運を背負った男」」という文言を見たとき、タイトルの持つ力を改めて見せつけられた。それは、サッカーのスペイン代表に2000年頃から心を惹かれてきた人間にとって、胸に悲しく響くタイトルであり、読まずにはおけないものであった。
2012年の現在、スペイン代表はその名の通り「無敵艦隊」と形容されても名前負けしない状態である。2008年にEUROを制し、また2010年にはW杯優勝を成し遂げたため、フットボールファン以外でもスペイン代表の強さは認識されているのではないだろうか。バルサのスタイルを踏襲した圧倒的なボール支配率を誇るポゼッション・サッカーは見た目にも美しく、その魅力的なボール回しもファンを増加させているのだろう。よろこばしいかぎりである。
しかし2008年に至るまで、「無敵艦隊」はどの大会でも優勝候補と言われながら、自国開催以外では主要な国際大会で優勝していなかった。たとえばEURO2004。ややワーカホリックに働いていた新卒二年目の私の平均睡眠時間は4時間強であったが、それを削ってまでスペイン戦を観戦していた。ラウール、モリエンテスの2トップ、トップ下にバレロン、両サイドにビセンテとホアキン、守備陣にはエルゲラとプジョル、守護神にはカシージャス。このメンバーを擁して優勝候補と言われることは身贔屓の分を割り引いても当然であると思っていたところ、あろうことかグループリーグで敗退。
W杯も同様だ。2002年には不可解な判定もあって韓国に足を掬われ、2006年もベスト16止まり。タレントは揃っていても勝てないと言われ続け、懸命に反論しようにも結果としてその通りであるため何も言えない忸怩たる想いを持ち続けてきた。一ファンとしてこうした雌伏の期間が長かったが故に、今のフル代表の栄華をより誇らしく思えるのであろう。これは、1985年以降「ダメ虎」と言われ続け、2003年に溜飲を下げた、前職の同期で阪神ファンのK君と相通ずる部分があるようだ。
では、スペイン代表における2008年以前と以後とでの違いとはなにか。
客観的に見られる事象としては、残念ながらラウール・ゴンザレスの有無であると言わざるを得ない。2006年までは、不動のストライカーとしてキャプテンを任され、「スペインの至宝」と言われたラウールがチームの中心。彼が代表を外れた2006年より以降が現在のチームである。前後の結果面でのコントラストがあまりに鮮明であるからこそ、2000年頃から2008年以前までのスペイン代表の悲運をラウールが背負っていたという表現は、胸にずしりと響くのである。
ラウールが中心に居た時代に代表チームの中で何が起きていたのか。
25歳にしてスペイン代表の歴代最多得点記録を更新し、代表戦102試合に出場して44得点という記録から分かるように、ラウールの個人としてのパフォーマンスに問題はない。さらに、国民的な人気やパフォーマンスに奢ることなく「ケガを押してもピッチに立ち、全力で敵に立ち向かう」という著者の記述にあるように、そのスポーツマンとしてのマインドも文句の付けようがないだろう。しかし、こうしたパフォーマンスとマインドにより、チームの中でもラウールの神格化が生じ、周囲が容易に近づけなくなったというから皮肉なものだ。その結果が、チームとしてのパフォーマンスの低下を招いた一因と考えることは致し方がないのかもしれない。
しかし、ラウールの勝つことに対する不屈のメンタリティーが現在の代表に引き継がれている、という見方もできるだろう。圧倒的な中心選手がいなくなった後に、国際大会や外国のチームで経験を積んだ若い世代の複数の選手が統合され、フル代表にかけたラウールの「意志」を継承した結果が今の代表の成功に繋がっている、と考えることが贔屓目に過ぎるとは思えない。
シャルケでの活躍によって現在でもラウールの代表復帰を望む声は大きいようだ。特に、ラウールの歴代最多得点記録を抜き、EURO・W杯の得点王であるダビド・ビジャが怪我のために代表選出がなくなったという数日前の報道の後にはさらに加熱している。そうした周囲の喧噪に対して、ラウールは冷静に自身の代表復帰について否定的に捉えていると言う。ラウールらしい対応で、個人的には好感が持てる。しかし、ビジャを欠き、トーレスはクラブで出番がなく調子が今ひとつ、ジョレンテとマタは代表の経験不足であり、さらには守備面や精神面での支柱であるプジョルも欠場。こうした状況を考えれば、王者としてのスペイン代表の中でもう一度ラウールを見たい気持ちを捨て去れない。
ラウールのサプライズ招集の有無に関わらず、本大会の開幕は迫っている。本誌の別の記事中でカペッロが「絶対的な主役を演じる」「圧倒的なまでの優位を予想する」とまで称揚するスペインの初陣は6月10日。そのピッチに、ビジャに譲った背番号7を再び巻いたラウールの勇姿を見ることはあるのだろうか。
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