2012年8月11日土曜日

【第96回】『生涯発達の中のカウンセリングⅢ 個人と組織が成長するカウンセリング』(岡田昌毅・小玉正博編、サイエンス社、2012年)


 キャリアのカウンセリングというと、知識と技能を持った専門家が社会人や働く意欲を持つ方々に対して行う、ということをイメージする方も多いだろう。しかし、本書を読んで改めて思いを強くしたのは、そうした専門家はあくまでキャリアカウンセラーの一部にすぎないということである。企業の中における人事部員はもとより、部下を持つ人、メンティーを持つメンター、後輩に慕われている先輩、といった様々な主体もまたキャリアカウンセラーである。多様な人々がそれぞれの視点からフィードバックを与えられることにより、社員個人はキャリア上の気づきを得られるのである。

 では、キャリアカウンセラーに求められる資質とは何か。著者は端的に「「常識ある社会的に成熟した人」をめざすという、キャリア支援者自身の生き方そのもの」が問われていると指摘している。思わずハッとさせられる指摘であり、心に常に留めておくべき指摘であろう。先ほど、他者からのフィードバックが気づきを与える、と記した。気づきにはポジティヴなものとともにネガティヴなものもあることを忘れてはいけない。すなわち、フィードバックを与える側の「生き方そのもの」が問われるということは、心ない一言が社員を退出させるリスクをも内包するのである。

 このように考えると、社会人としての経験が浅くフィードバックを受容しきれない新入社員や若手社員に対して企業としてどのように支援するか、という点が重要であろう。ある組織に入って組織の一員として自他ともに認められるまでの過程を組織社会化といい、予備的社会化、現実との直面、適応という三つのステップを踏むと言われる。新入社員の場合には、入社する前の段階における就職活動、人事や先輩社員との交流、親とのやり取りから形成される入社する企業への期待が予備的社会化に当たる。この段階においては、RJP(Realistic Job Preview)などにより企業が内定者に対してありのままの自然体を示すことが必要となる。

 入社後には現実との直面が否応なく待ち受ける。予備的社会化の段階で抱いていたイメージと入社後のイメージには多かれ少なかれギャップがあるのは当然であり、その結果として抱く感情をリアリティ・ショックという。リアリティ・ショックはとかく否定的に捉えられがちであるが、入社後における自己理解や適性を自覚させる契機につながるというポジティヴな側面があることが論文で示唆されている点は興味深い。ただし、適度なリアリティ・ショックは問題ないが、それが大きすぎることが問題であることは想像に難くない。組織コミットメントと上司への信頼感がリアリティ・ショックを軽減するという先行研究は職場での実感と整合的であり、意識しすぎることはないだろう。

 三つめの段階である適応については、先行研究によれば要求される役割の認識、業務の熟達度、職場への適応、の三点で測ることができる。ここで大事な点は、この三つの指標について新入社員が自身でチェックすることができないということである。すなわち、新入社員の側に立てば、自分の目で自身が適応できているかどうかが分からず、不安を覚えがちであるということである。したがって、新入社員や若手社員に関わる人々は、こうした三つの観点を念頭に踏まえた上で彼(女)らに気づきを与える質問を心がけることが重要であろう。上司の自慢話や過去の成功体験を聞かされることが、彼(女)らにこうした三点を気づいてもらうことに寄与しないことは自明であり、十分に留意するべきである。

 このように配属後における上司との関係性が重要であることは間違いない。しかし、上司の多くがプレイングマネジャーであり、またスパン・オブ・コントロールが大きくなる一方の多くの企業においては新入社員をケアする時間が充分でない。そこで新入社員にメンターをつけることがここ十年ほどで定着してきているが、機能している企業はそれほど多くないのではないだろうか。本書を解釈すれば、その問題の本質は、メンターとメンティーを設定した後は人事が彼(女)らを放置してしまうことにあるように思える。

 ではどうするか。第一に、メンターとメンティーとはお互いに学び合う関係であるという点をとりわけメンターに事前によく理解してもらうことである。メンター自身にとって成長・発達の場であるという点を腑に落としておかないと、メンタリングを継続することへのモティベーションに悪い影響を与えかねない。「忙しくてメンターの面倒を見る時間がない」というのはそうしたモティベーション低下の為せる結果であろう。事前に人事が説明会や研修を行うことで、メンターに心構えと最低限のカウンセリングスキルを身につけてもらうことが必要不可欠であろう。

 第二に、メンティーにも事前にメンターとのコミュニケーションについて説明や研修を行っておく必要がある。この観点を企業では見落とし易い。メンティーである新入社員からすれば、上司や先輩やいつでも忙しく思え、メンターに対しても時間を取ってもらうことを躊躇してしまうものである。俗にいわれるホウレンソウをはじめとした職場コミュニケーションの心構えと、新入社員自身が日常的に業務を振り返るフレームワークを伝えておくことが大事であろう。

 第三に、導入後のフォローアップとして、メンターとメンティーそれぞれに対して事例共有会を実施することである。メンタリングがいざ始まれば、良い事例も悪い事例も出てくる。これらを使わない手はない。事例を個人で抱えるのではなく、他者と共有することで良いものは盗み合い、悪いものは原因分析を行うことができる。さらに、失敗したり悩んですることは自分だけではないという気づきを得ることは、メンターおよびメンティーとしての自分に健全な自信を持つことに繋がるだろう。スキルの強化とマインドの涵養が、メンター制度の持続には欠かせない。

 キャリアカウンセリングというと、カウンセリングを行う側に意識がいくが、カウンセリングを受ける側のレディネスをいかに高めるかが必要条件である。先行研究をもとに本書ではキャリア自律を「自己認識と自己の価値観、自らのキャリアを主体的に形成する意識をもとに、環境変化に適応しながら、主体的に行動し、継続的にキャリア開発に取り組んでいること」と定義している。企業におけるあらゆる社員がキャリア自律するために支援をすることが、今後ますます企業には求められるだろう。

 カウンセリングとは関係性の中でお互いに学び合うことである。論語にも「学べば則ち固ならず」(学而第一・八)とある。多様な学びを得つづけることで、自身に固執せず、多様な他者への共感性を育むことができる。むろん、ここでの「他者」とは内なる他者をも含むものであり、それはすなわち、学びつづけることが自身を拓き、内なる可能性を開発しつづけることである。

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