2018年3月24日土曜日

【第820回】『一体感のマネジメントー人事異動のダイナミズムー』(林祥平、白桃書房、2018年)


 企業組織における異動・配置を、合理的かつ納得的に企画・運用することは難しい。対象となる社員のデモグラフィックデータを詳細に把握し、異動元および異動先の部署の人員構成や職務要件を踏まえて対象を選定する。また、実施のタイミングを最適化し、実施によって生じる「玉突き人事」も計画する。それと同時に、対象社員本人の意向や希望との整合性をインタビューや個人が提出した資料を基に擦り合せる。

 さらには、ライン部門のマネジメントの思惑と、スタッフ部門としての人事の案との間には相違があることが通常であり、ディスカッションを通じて合意を形成するためにはタフな交渉も求められる。もちろん、異動に伴う部署のマネジメントの不満や懸念に対応することも必要不可欠だ。

 このように、たしかに異動には、定性的・定量的なデータを基にしているという側面は大きい。しかしそれ以上に、多岐にわたるステイクホルダーとのタフなやり取りを考えれば、KKD(経験・勘・度胸)が最後には物を言うという側面も大きいのではないか。

 これまで、合意形成のためにKKDを用いるという建てつけで自身を納得させていたが、本書を読んで、改めて熟慮を持って異動に臨まねばならないと襟を正させられた。

 「どういった異動を経験すると従業員は能力を獲得してそれを上手く仕事で発揮するのか、そして組織の中核を担うことのできる人材に育っていくのか」(ⅱ頁)という視点で編まれた本書は、異動に携わる人事部門やラインのマネジメントにとって、参考となるものが多いだろう。

 上記の問題意識を基に著者が設定した三つの課題(3~4頁)は以下の通りである。

(1)異動経験が組織的同一化に与える影響
(2)職務経験から多重アイデンティティを形成・選択するメカニズム
(3)アイデンティティの意味形成とそのマネジメント

 定量的・定性的な分析を経て三つの課題に対する著者の結論をそれぞれ見ていく。

 (1)については、部門を超えた異動である非連続異動よりも部署間の業務上の親和性の高い連続異動の方が、組織的同一化に効果的であったとしている。つまり、短期的に自分自身のそれまでの部署での経験や知識が応用しづらい異動よりも、応用が効きやすい近場への異動が組織的同一化にとっては望ましいということである。異動という施策の費用対効果の観点からすれば「組織的同一化によって企業にとって様々な望ましい態度を引き出すために連続異動の方が都合が良い」(178頁)のである。

 (2)については、「組織アイデンティティの顕現を左右するのは当人の役割認識で合った」(178頁)と結論づけられている。つまり、異動に伴って変化する周囲からの役割期待と、自身の役割認識とのコンフリクトをどのように調整するか、またそうした調整を組織としてどのようにサポートするか、が鍵となるのである。

 (3)は、個人における意味形成と、本書の課題である中核認識を個人が持つように組織としてどのようにマネジメントするかという内容に分かれる。(1)の結論が短期的な社員側の意識であったのに対して、(3)の結論は個人としての長期的な意味づけであり、組織としてそれをどのようにマネジメントするかに焦点が当てられている。その上で、「中核認識は、組織アイデンティティの色々な側面を多用な職務経験から学び、比較し、その共通点を見極めるということでしか手に入れられない。すなわち、非連続異動が最も適した手段ということになる。」(180頁)と結論づけている。

 したがって、短期的な効果という観点では(1)にあるように連続異動が効果的であり、長期的な中核認識のマネジメントという観点では(3)にあるように非連続異動が効果的である、という棲みわけに私たちは留意が必要であろう。このように捉えれば、実践的含意にあるように社員全員に非連続異動が求められるのではなく、「限られた従業員(マネジメント人材)を戦略的に異動させ(非連続異動)、組織アイデンティティの中核に同一化させること」(187頁)が組織・人事マネジメント上の眼目となることは自明であろう。

【第729回】『人材開発研究大全』<第3部 管理職育成の人材開発>(中原淳編著、東京大学出版会、2017年)
【第627回】『経営理念の浸透』(高尾義明・王英燕、有斐閣、2012年)
【第425回】『人事評価の「曖昧」と「納得」』(江夏幾多郎、NHK出版、2014年)
【第146回】『関わりあう職場のマネジメント』(鈴木竜太、有斐閣、2013年)
【第805回】『越境的学習のメカニズム』(石山恒貴、福村出版、2018年)

0 件のコメント:

コメントを投稿