人事とは、極論すれば経営者のサポート役として、企業にとって求められる人財に関する企画を立案し遂行する役割を担う存在である、と少なくとも私は考えている。間違ってはいないと思うが、本当にそれでいいのか、という思いは常にあり、最近ではそうした思いが強くなってきた。
なぜなら、そうした立ち位置で行われる施策は、ともすると多様な人財を十把一絡げに画一化して捉え、画一的な施策になりがちだからだ。モノカルチャーにおいては機能するかもしれないが、ダイバーシティが叫ばれる現代の組織においては、機能不全に陥りかねない。
そうした問題意識を抱いている際に、社員側の立ち位置で施策を捉え直そうとするEmployee Experience(EX)という概念を遅まきながら知る機会があった。企業ではなく、個人の側に立って人事施策を考える上で役に立つ考え方が、本書では明快な論旨で論じられている。
There will always be a gap. Our challenge is to be aware of it, understand it, manage it, and minimize any damage. (Kindle No.1138)
まず、私たちが組織に対して抱く期待と、現実との間には必ずギャップが存在する事実を理解しなければならない。ギャップがない状態を目指すことは非現実的であり、さらに必要なことは、一人ひとりでそのギャップの内容や程度が異なることを理解することであろう。したがって、人事として対応すべきことは、どうアラインメントを取ることを目指すことになる。
EA is the level to which employees’ expectations for their experience in the workplace line up with their perceived, actual experiences. Without EA, a transformational EX cannot be built. (Kindle No.1371)
では、アラインメントを取る上で重要な要素は何か。著者は以下の六つの柱(Kindle No.1557)を提示している。
(1) Fairness
(2) Clarity
(3) Empathy
(4) Predictability
(5) Transparency
(6) Accountability
六つはそれぞれに納得的なものであるが、全てを網羅しようとすることは難しい。著者の現実的な提案としては、このうちの四つをケアすることが重要(Kindle No.1587)であるという。
ではどのようにケアすることが求められるのか。アラインメントをする対象は、社員が企業組織に対して抱く期待と現実に対する認識とのギャップである。こうしたギャップを軽減するためには、ブランド契約、取引契約、心理的契約という三つの契約をいかにメンテナンスするかにある。
Consider our easier analogy that a Contract is like an iceberg. The visible part above the water is the Brand Contract and the Transactional Contract. The mass lurking below the waterline, hidden from view, is the Psychological Contract. (Kindle No.3135)
ブランド契約および取引契約が外部から見えやすいものであるのに対して、心理的契約は見えづらい。それを水中に隠れている氷山のようなものとして喩えられているのが絶妙だ。人事として、そうした見えづらい、また常に変化し続ける一人ひとりの社員による経験をいかにデザインするか。簡潔明快な本書が投げかける問いは、重たい。
【第728回】『人材開発研究大全』<第2部 組織参入後の人材開発>(中原淳編著、東京大学出版会、2017年)
【第151回】『自律する組織人』(鈴木竜太、生産性出版、2007年)
【第147回】『組織と個人 キャリアの発達と組織コミットメントの変化』(鈴木竜太、白桃書房、2002年)
【第257回】R. Babineaux and J. Krumboltz, “fail fast, fail often”
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