上巻に続き、私たちの<当たり前>が揺さぶられる、刺激的で示唆に富んだ内容である。判断や評価に日常的に接する機会の多い身として、身につまされる思いがすると共に襟を正される思いもする。著者が長年の研究で明らかにしてきたエッセンシャルな内容を、私たち一般の読者がわかるように噛み砕いて説明してくれる贅沢な書籍である。
個人的に興味深かった点を中心に内容を見てみたい。まずは、プロフェッショナルの直感について。
専門的スキルの限界を認識していないことが、エキスパートがしばしば自信過剰になる一因だと考えられる。(20頁)
直感が十分に規則性の備わった環境に関するものであって、判断をする人自身にその規則性を学習する機会があったのなら、連想マシンがすばやく状況を認識して正確な予想と意思決定を用意してくれるだろう。この条件が満たされているなら、あなたはその人の直感を信用してよい。(21頁)
著者が明確に述べているのは、プロフェッショナルによる正しい直感と、そうでない直感とを峻別せよ、ということである。プロフェッショナルの卓越したスキルを重視する研究者との共同研究の結果として、直感が正しく機能する条件を明らかにした上記の引用箇所は非常に示唆的である。
判断の根拠となる状況を認識・予想できる条件下での直感的な判断であれば正しく機能する可能性がある一方で、そうでない場合には留意が求められる。プロフェッショナルと呼ばれる人々の意見を私たちは盲信するのではなく、どのような条件で提示された意見であるかを検討することが有効なのである。
次に興味深いのは、参照点、感応度逓減性、損失回避性という私たちの意思決定時の三つの基準に基づいていること(76頁)を明確にしたプロスペクト理論である。この理論を用いた現実的な意思決定の基準を噛み砕いて書いてくれているのがありがたいものである。以下の図13(126頁)のまとめが非常にわかりやすい。
利得 | 損失 | |
高い確率 確実性の効果 |
95%の確率で1万ドルもらえる 万一の落胆を恐れる リスク回避 不利な調停案も受け入れる |
95%の確率で1万ドル失う なんとか損を防ぎたい リスク追求 有利な調停案も却下する |
低い確率 可能性の効果 |
5%の確率で1万ドルもらえる 大きな利得を夢見る リスク追求 有利な調停案も却下する |
5%の確率で1万ドル失う 大きな損を恐れる リスク回避 不利な調停案も受け入れる |
パフォーマンス・マネジメントにおいて目標をいかに設定し合意を得るかということは肝であるとともに難しい点である。その際に、被評価者側と評価者側がお互いにどのように目標を検討するか、ということは上記のマトリクスに現れているように思える。
【第819回】『ファスト&スロー(上)』(ダニエル・カーネマン、村井章子訳、早川書房、2012年)
【第729回】『人材開発研究大全』<第3部 管理職育成の人材開発>(中原淳編著、東京大学出版会、2017年)
【第701回】『人事評価の総合科学【2回目】』(高橋潔、白桃書房、2010年)
【第425回】『人事評価の「曖昧」と「納得」』(江夏幾多郎、NHK出版、2014年)
0 件のコメント:
コメントを投稿