2019年11月2日土曜日

【第999回】『ある男』(平野啓一郎、文藝春秋、2018年)


 タイトルが意味深であるが、読み進めていくとなるほどと思え、これ意外には想像できないほどのタイトルである。著者が2010年頃の作品からテーマとしてきた分人主義とは趣が異なり、戸籍を売買することに伴う人格の有りようが問われる。「人格」を扱う本作は、分人主義からの試行的発展を目指す著者の方向性が示唆されているのかもしれない。

 彼はグラスの底に残った、もう気の抜けてしまったビールを飲んで、唇を噛み締めた。そして、今のこの人生への愛着を無性に強くした。彼は、自分が原誠として生まれていたとして、この人生を城戸章良という男から譲り受けていたとしたなら、どれほど感動しただろうかと想像した。そんな風に一瞬毎に赤の他人として、この人生を誰かから譲り受けたかのように新しく生きていけるとしたら。(319~320頁)

 本作でも、思わずため息が出るような美しい文体で物語が展開される。物語自体の興味深さとともに、その文章の美しさにも魅了される一冊である。

【第995回】『決壊(上)』(平野啓一郎、新潮社、2011年)
【第996回】『決壊(下)』(平野啓一郎、新潮社、2011年)

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