2012年9月8日土曜日

【第105回】『リーダーシップ入門』(金井壽宏、日本経済新聞出版社、2005年)


 リーダーシップとは、実務家による実践と、理論家による研究の両者がないまぜとなって言語化される現象である。本書では、実践から生まれ、実践を導いている理論のことを持論と呼び、研究者が調査研究や実験・観察から生み出すものを理論と定義されている。こうした定義じたいが大事であるのではなく、理論と持論とを同時に扱うことがリーダーシップ開発においては重要なのである。

 持論が自覚されていない状況であれば、希有な経験をしたところで経験の結果としての現実と自分の考えとの擦り合わせが充分に為されない。その結果、せっかくの経験がリーダーシップをより深めることに繋がらなくなってしまう。したがって、持論を持った上でアクションをすること、またアクションをしながら持論に基づいて内省することがリーダーシップ開発には必要なのである。

 こうした自分自身の持論はなにも一つの固定的なものではない。様々な場面において、それまでの自分の持論を試してチャレンジする中で、その持論が通用しない場面や、複数の持論が矛盾してしまうこともあるだろう。そうした一見して矛盾が生じる場面をいくつも経験し、持論が試されることによって、選択が自分にとってしっくりくる持論へと深化していくのである。これはいわば、どのような場面においてどの持論が適切であるかというように、持論がメタレベルへと至る。

 このように持論を持ち、リーダーシップを開発していくためには、自分自身の内省とともに、他者からのフィードバックが重要な要素となる。本書では、ペプシコでの事例を紐解きながら、CEO自らによる一対一でのフィードバックの重要性が指摘されている。ここで誤解してはいけないことは、CEOが自分自身のクローンを養成するためにフィードバックをすることではない、という点である。あくまで多様な個人と多様なリーダーシップのあり方を前提とした上で、ペプシコならではのペプシコに求められるリーダーシップという観点でフィードバックが為される。

 フィードバックは、フィードバックをされる側にとってのリーダーシップ開発にとって有用なことは言うまでもない。しかし同時に、フィードバックをする側にとっても、貴重な学習機会となる点も見逃せないだろう。自分が話すことではじめて、自分が何を大事にしているのかということが導き出させるのである。この結果、フィードバックは両者にとっての学習機会となり、さらには、企業であれば方向性を共有することでサクセッションプランを進めるというメリットもあるだろう。

 他方で、自社におけるリーダーシップのあり方についてトップに任せるだけでは不十分であろう。むしろ、人事や人材育成を担うスタッフが、自社において理念を体現するハイパフォーマーたちへとインタビューをすることで、ボトムアップでリーダーシップのあり方を言語化する努力もまた必要である。そうしたボトムアップのアプローチと、トップによるトップダウンのアプローチとをすりあわせることで、自社にとって求められるリーダーシップの姿を明らかにするのである。これは、人事や人材育成のスタッフが、信念を持ってやり遂げるべきものであろう。

 ではリーダーシップ開発を継続した後になにがあるのか。それを上昇志向のように感じることは誤解であると著者は指摘する。そうではなく、人間力を深化させる方向へと自分自身を発達させることであるという。これはCCLが主張している「円熟したリーダーシップ」と親和性が近いと言えるだろう。多様なフォロワーの相矛盾する利害を人間力で止揚して見えないものをともに見ようとしつづける姿勢が、リーダーシップを持続的に開発するということなのかもしれない。

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