2012年9月9日日曜日

【第107回】『リーダーシップ・チャレンジ』(J・M・クーゼス B・Z・ポズナー、海と月社、2010年)


 リーダーシップは一部の特殊な人に関係する現象であると思われることが多いが、リーダーシップと無縁でいられる人はいない、と著者は述べる。なぜなら、リーダーシップは複数の人物の間における影響を表すものであり、社会的な存在としてのヒト(つまりは人「間」)である限り、私たちは身の周りの人々に対して影響を与える。したがって、私たちは自分が意識せずに発揮しているリーダーシップの質や結果に対してもっと自覚を持つ必要があるとも言えるだろう。

 本書ではこうした著者の考え方により、リーダーシップを発揮している人物として「普通の人」が多く取り挙げられている。部門の組織風土を変えようとしている人、新しいプロジェクトを立ち上げようとしている人、顧客への提供価値を改革しようとしている人、などである。むろん、企業組織を経営する立場にあるCEOも登場しているが、各々の立ち位置は異なれども、模範的なリーダーの行動パターンは五つに収斂するそうだ。

 第一の行動パターンは「模範となる」である。肩書きではなく実態によって影響を与えるのがリーダーの要件であるからには、行動や態度を伴わなければメンバーの敬意は得られない。メンバーに進んで望ましい行動を取ってもらうためには、行動の指針となる価値観を明確にしなければならないだろう。ここで留意すべきは、リーダー個人の価値観を語ることではない、という点だ。リーダーは自分の意見をそのまま述べるのではなく、組織のために語り、組織のために行動する、ということが重要なのである。そのためには、リーダー自身が日常的に自覚的にも無自覚的にも発しているシグナルについて鋭敏でなければならないだろう。そうしたシグナルが模範的な行動と合っていなければ、メンバーからは言行不一致とみなされ模範的な行動が望ましいものであると思われなくなってしまう。

 第二のポイントは「共通のビジョンで鼓舞する」である。ビジョンとは将来という時間軸の絵姿である。しかし著者は、過去を省みることで自分の人生にあらわれるテーマを明らかにし、ビジョンを描くというパターンが本質的であるとしている。実際、南カリフォルニア大学のオマル・A・エル・サウイ教授の実験によれば、未来の自分に起きることのリストを挙げるというテーマにおいて、いきなりそれをリストアップしたグループよりも、過去に実際に起きたことのリストを挙げた後にリストアップしたグループの方が、約二倍の遠い未来の出来事を挙げたという。リーダー自身のビジョンを描くことは大前提であるが、それをもとにチームとしてのビジョンを描くためには、メンバー個々のビジョンを熟知した上で共に創り上げそれぞれに合った言葉遣いで鼓舞することが重要だ。

 第三は「現状を改革する」である。私たちが思い描くリーダーシップ行動とは、大きな変化を起こしたファクターのみに注視しがちである。しかし、改革とはこれまでの延長線上にない小さな変化を積み上げていく中で実現するものである。小さな変化を積み上げることで、チームとして大きな改革を実現させる自信を高めていくのである。そのためには、リーダーは各メンバーが起こそうとする小さな変化の価値をいち早く認め、その行動に伴うリスクや失敗を許容することが求められるだろう。

 第四は「行動できる環境をつくる」である。現在のビジネス環境においては、リーダー自身の行動だけで大きな変化を起こすことはできない。したがって、すべてのメンバーが自分の行動に自信を持って熱意を持って仕事に取り組めるような環境を整える必要がある。そのためには、リーダーとメンバーとが同じ目線と温度感で取り組めるようなマインドセットが求められる。事実、著者がインタビューしたリーダーは、「私」という言葉よりも「われわれ」という言葉を約三倍も多く使っていた、というのは興味深い。たしかに、チームとして成し遂げた成果をあたかも自分一人のものとして上司に報告するリーダーにメンバーはついていこうとしないだろう。

 第五に「心から励ます」というポイントが挙げられている。「心から励ます」のであるから、それは真剣な行為である。うわべだけの、抽象的な賞賛では、メンバーにとってむしろ逆効果となるだろう。まずメンバーの具体的な仕事に対して真剣に感謝を述べること。次にそのメンバーの仕事が組織の価値観とどう結びついているかを納得的に説明すること。最後にそうした素晴らしい行動をチームとして祝う文化を根付かせること。こうしたことを通じて「心から励ます」チームを創り上げることがリーダーには求められていると言えよう。

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