2014年2月22日土曜日

【第254回】『知識経営実践論』(妹尾大・阿久津聡・野中郁次郎、白桃書房、2001年)

 本書は、野中先生をはじめ、知を経営に活かす取り組みを理論的にも実践的にも行っている意欲的な研究者の方々の編著である。「はしがき」からも編著者陣の意欲や想いが伝わってくる。

 知識経営の本質は新知識の創造にある、というのがわれわれの見解である。巷で流行している「ナレッジ・マネジメント」は、われわれの目からすると、どうしても既存知識の共有ないし再利用ばかりを強調しているように見えてならず、情報システムを売り込むためのセールストークに過ぎないのではないかとさえ思えた。共有はあくまでも創造の前提であって目的ではない。この点での食い違いが、経営を知という切り口でながめることがなかなか根付かない一因となっているように思える。(ⅰ頁)

 『知識創造企業』が上梓されてから間もなく一大ムーブメントとなったIT革命と呼ばれた事象が生じたことが、知識経営をハウツー的に限定理解させる原因になったのであろう。知を経営に活かし、経営を知に変えるという絶え間ざる往還関係を築き上げるという目的をいつの間にか私たちの多くは忘れてしまったのである。それは、既存の知識や情報を収集し共有するしくみをITによって実現するという手段の目的化に拠るところが大きいようだ。日本発の経営理論と言われた『知識創造企業』の意義を矮小化し、ITシステムによって矮小化を加速させるような疎外状況に風穴を空けようとする本書の編著者の取り組みに反省とともに共感をおぼえる。

 著者たちが取り挙げる知識経営の事例の中でも、とりわけ感銘を受けたセブンイレブンの事例をここでは取りあげる。同社におけるOFC(Operation Field Counselor)、CVSやGMSでは一般的にスーパーバイザーと呼ばれる方々を巻き込んだ経営の取り組みに焦点を当てながら見ていくこととしたい。

共同化(S):消費ニーズの変化は常に明示的になっているわけではない。消費者自身も自覚しておらず表現できないような暗黙的ニーズを掘り起こすためには、消費者と接し、消費者の立場に立って物事を考えなければならない。本部社員は現場重視のOJTによって共感能力を高め、加盟店の店長や店員はOFCの巡回指導や基本4原則によって常にお客様の立場に立つように導かれる。「ブラブラ社員」も本部が市場の暗黙知を感知するための仕掛けのひとつと捉えることができる。(40~41頁)

 同社では情報の大切さは重視しつつも、 OFCが情報をオフィスで入力する時間は最小限にし、店舗を回る時間をより長くするようにしているという。一日に複数の店舗を訪ねるということは、車での移動の際に各店舗の商圏内を観察し、場合によっては少し車を降りて消費者の生の行動を観察して一次情報を得ることにもなる。こうして得られた多様な暗黙知が前提となり、SECIモデルの次の段階である表出化に繋がるのである。

表出化(E):消費者との密な接触の中で生まれた「気づき」から仮説を構築することが、発注担当者に求められる。各店舗のオーナーだけでなく、パートタイマーにも「仮説づくり」を奨励しているのが、セブンーイレブンの分散発注のコンセプトである。仮説づくりは店舗だけでなく、本部の日常業務においても常に行なわれている。毎週行なわれる各種の会議での対話や、チームMDにおける異業種との対話がその仮説づくりを促進している。(41頁)

 OFCであれば、車を運転したり歩いたりしながら、得られた暗黙知をもとにして仮説を考え、その仮説に基づいて現場を観察し、修正を加えたり新たな仮説を立てる、といったことが行なわれているのであろう。さらにOFCや店舗のオーナーだけではなく、パートタイマーという現場に近い存在にも仮説作りを奨励していることが同社の取り組みの顕著な点であろう。知を閉ざすのではなくオープンにすることで、暗黙知を形式知にするダイナミクスを加速的に生み出すことを促進しているのであろう。

連結化(C):自分の気づきを仮説にした発注担当者は、POSシステムを用いた現状分析や、巡回指導するOFCとの意見交換などによって仮説を練り上げていく。セブンーイレブンが蓄積してきた豊富なノウハウは、現場で発注する誰もが容易にアクセスでき、仮説に応じたデータ処理が迅速に行なえるように整備されつづけている。優れた仮説は新たなノウハウとして蓄積され、次の仮説づくりを支援することになる。(41頁)

 POSレジは、端末から得られる定量的な情報をもとに分析が行なわれ、「売れ筋」や「死に筋」が導出されるためのツールと想起されがちだ。無論そうした作用もあろうが、上述した箇所からは、暗黙知を形式知化するという作用自体を結びつけ、それをもとにした分析が為されているように読み取れる。情報という静的なコンテンツだけではなく、仮説化という動的なプロセスをも結びつけることが他社と差別化された知識創造に繋がる。さらには、そうした動きとシステムが連動することによって、自律的な知識創造の循環的なサイクルが築き上げられているとも解釈できるだろう。

内面化(I):消費者との直接接触から作られた仮説は、数字の裏づけを得ることでより検証可能性を増す。仮説に基づいて発注することがすなわち「実施」することであり、その結果はPOSを通じて発注担当者に迅速にフィードバックされる。自分の頭で考え抜いた仮説を、市場で実験することで、売れ筋発見の経験が血肉化するのである。(41頁)

 創造された知識をすぐに実践し、その検証結果を素早く収集して、次の仮説づくりに活かして改善を行う。こうした一連のプロセスを短時間で回せることは、仮説づくりから手応えを得ることを容易にし、次の仮説づくりへと内発的に動機づけられるという効果もあるだろう。知識創造に動機づけられた社員が増えることは、知のオープンネスと相俟って、組織的な知識創造を加速させる。


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