2015年6月13日土曜日

【第452回】『戦略的人的資源管理論』(松山一紀、白桃書房、2015年)

 優れた教科書とは、私たち読み手が意識していなかった内なる思考を喚起するものであり、既存の知識どうしの繋がりを顕在化させるものではないか。本書は、人事・人材開発の領域における新たな優れた教科書の一冊であろう。本書では、HRMが組織戦略・組織成果・組織文化といった組織に対して与える影響や、組織における人々にどのような影響を与えるかが丹念に述べられている。読み進めていくことで、HRMは、外部環境や組織、そこで働く社員と相互依存関係を持ちながら、時代とともに発展している様を読み取ることができるだろう。

 テーラーによれば、管理の主な目的は使用者の最大繁栄とあわせて、従業員の最大繁栄をもたらすことにある。そして、その繁栄は個々人が最高度の能率を発揮することによって実現すると考えていた。にもかかわらず、当時の労働者たちは組織的怠業によって、経営者に抵抗していた。成り行き任せの無管理がもたらした結果であった。テーラーによる科学的管理法は、こうした無管理状態を払拭し、目に見える管理状態をもたらすことを目的としていたのである。
 テーラーによれば近代科学的管理法において、最も大切なことは課業観念である。組織的怠業を克服するために、テーラーは数々の観察および調査を行い、課業の重要性を認識するようになる。(52頁)

 まず興味深く読んだのが、人事・労務管理から人的資源管理へと至る学問領域を歴史的に著述している第2章から引用した上記の部分である。「科学的管理法は戦前の考え方であり、現代のビジネス現場には適用できない」と現代の視点から捉えるのではなく、当時の視点に立った上で現代における価値を見出すこと。これが歴史から学ぶという態度であり、研究のリテラシーであろう。仮に組織的怠業が起きてしまっている職場環境であったら、テーラーのアプローチは、そのデメリットを踏まえておけば現代のビジネス環境においても有用な解決策になり得る。ある理論が生まれた背景と、その射程範囲を捉えることで、私たちの思考や視野の範囲は広がるものであり、事象を捉える視点がゆたかになるのではないか。

 HRM諸政策が従業員の福利、企業の業績、社会の福利の向上に役立っているか否かを評価していくにあたり、4つのCを適用していくことができるとしている。それが、従業員のコミットメント(commitment)、能力(competence)、コスト効果性(cost effectiveness)、整合性(congruence)である。(中略)
 これら4つのCはもちろんHRM政策の成果とも言えるが、HRM政策と長期的成果を結ぶ媒介要因という意味合いをも有している。(69頁)

 HRMにおける施策と組織における成果との関係性に関して、著者は、ハーバード・モデルを用いて上記のように述べる。ここで重要なのは以下の二点であろう。第一に、HRMの施策と成果との関連性を捉えるフレームワークについて理解することである。第二に、その関係性が必ずしも直結しているのではなく、HRM施策がなんらかの媒介要因となって長期的成果へと繋がるという関係性に留意することである。たしかに、成果を意識して何らかのHRM施策を導入したり改訂することは重要である。しかし同時に、中長期的な成果に繋げる上での一つの媒介要因に過ぎないという節度を保つことが人事には求められるのではないか。

 最後に組織文化とHRM施策との関係性に関する記述が印象的であったため、その部分について触れておきたい。著者は、Kotter & Heskett(1992)を用いて、長期的業績と企業文化との関係性から三つのタイプに分けて解説している(126頁)。私たちは時に、ビジネスにおける唯一無二の正解があると考え、それを探し求め、安易にベスト・プラクティスと称して摸倣しようとする。こうした視点を著者は、普遍的パースペクティブという文言で著し、第一の「強力な企業文化」と整合する捉え方であるとする。次に、第二の類型である「戦略に合致した企業文化」は、適合パースペクティブ、つまり「様々な変数間の適合度が組織成果に正の影響を及ぼす」(108頁)という捉え方に対応する。「強力な企業文化」および普遍的パースペクティブが静的な捉え方であったのに対して、第二の類型ではビジネスにおける動的な側面が着目されている。そうした変数の捉え方をさらに広い視野で捉えたものが第三の類型である「環境に適応する企業文化」である。これは「企業が環境変化を予測し、それに適応していくことを支援し得る文化だけが、長い間にわたり卓越した業績を支え続けるという考え方に基づいて分類された企業文化」(126頁)である。


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