2016年2月14日日曜日

【第547回】『虞美人草』(夏目漱石、青空文庫、1907年)

 やや難解な作品であった。漱石にしては登場人物が多いように感じ、誰がどういった役割なのかを把握することが難しかったようだ。内容に深くは馴染めなくとも、それでも読ませるのだから、漱石は凄い。

 山門を入る事一歩にして、古き世の緑りが、急に左右から肩を襲う。(Kindle No. 1172)

 燐寸を擦る事一寸にして火は闇に入る。(Kindle No. 1599)

 上記の二つの引用箇所はそれぞれ節の書き出しである。場面の転換とともに情景の描写が見事である。

 二人はまた歩き出す。二人が二人の心を並べたままいっしょに歩き出す。双方で双方を軽蔑している。(Kindle No. 3889)

 古くからの仲ではあれども、同一の対象をめぐり静かな闘いを繰り広げる二人の緊張感がよく伝わってくる。物理的にいっしょに歩きながらも、心の乖離の様子がイメージできる。


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