「大全」と銘打ってある通り、800頁を越す大部であり、一回のエントリーで全てを書くのはもったいない。せっかくの学びを残すためにも、四回に分けて記してみたい。
第1部は「組織参入前の人材開発」という名が示す通り、学生時代の経験による学習効果、採用もしくは就職というプロセスにおける人材開発との接点が扱われている。「人材開発」という言葉からは、入社後の企業における現象を想起しがちであるが、入社前から人材開発は行われており、入社後の人材開発といかに繋げるかが人事に問われていると痛感させられた。
第1章では、採用学で有名な服部泰宏さんが日本企業で行なわれている採用について述べている。新卒採用において、企業側も求職者側もお互いへの期待が曖昧であり、それ故に企業が評価する基準も曖昧になり、その結果として多くの日本企業で採用手法とフローとが同質化するという課題の提示は納得的である。
そうした状況の中で、新しい取り組みを行っている企業を取り上げた研究の知見は、毎年のように変化する経団連の新卒採用ガイドラインに対応する上で注目するべきであろう。変化に対応するという受け身の意識ではなく、採用活動において工夫を凝らすこと。そうすることによって、優秀な人材を見抜くだけではなく優秀な人材を明確に定義するという採用の側面に光を照らしている点が興味深い。
現在の売り手市場において企業側で採用に携わっていると、他社内定をもらえるような優秀な人材の数を確保することで汲々としがちだ。こうした状況が、同質的なプロセスにより同質的な人材を市場に大量に生み出すことにつながっているのではないか。そうではなく、採用担当者が、自社に求められる人材を定義し、それに即した採用プロセスを創り込むこと。そうすることで、入社時点に留まるのではなく、入社後に活躍でき得る人材を育てる礎ができるのではないかと考えられる。
次に取り上げたいのは、舘野泰一さんと中原淳さんの共著による第3章である。ここでは、入社後に影響を与える大学時代の経験についての考察が為されている。
初期キャリアにおいて個人に求められる組織社会化に必要とされるプロアクティブ行動に影響を与える学生時代の経験についての知見が示唆深い。尚、プロアクティブ行動については、先行研究における「組織内の役割を引き受けるのに必要な社会的知識や技術を獲得しようとする個人の主体的な行動全般」(66頁)という定義を用いている。
調査の結果、プロアクティブ行動に影響を与えているものとして、大学生活の充実、授業外コミュニティへの参加、参加型授業への参加の影響度、という三つが明らかにされている。まじめに勉強し、インターンシップ・サークル・アルバイト・社会活動といった多様なコミュニティで活動し、プロジェクト型の授業に参加してきた学生を評価するのは採用担当者の傾向と合致するだろう。特に目新しくないと感じる方もいるかもしれない。しかし、企業におけるプロアクティブ行動を促すために、学生時代において求められる経験を有していても、入社後にその経験を適用できない人材が多いこともまた事実である。
そこで着目したいのが著者たちによる示唆である。第一に、企業の人事担当者のマインドセットとして、大学での経験と企業での経験とを関連して捉える必要がある。「大学時代の経験は忘れろ」というメッセージを発する企業はさすがに現代ではないだろうが、学校で培った経験を企業での経験に活かせるようサポートすることが私たち人事には求められているのである。
第二に、採用部門と人材開発部門との緊密な連携である。第一の示唆を実現するためには、採用時に得られる情報を人材開発においていかに活用するかが求められる。つまりは、採用担当者、人材開発担当者、配属部門における上司や先輩、での情報をいかに融通して相互に活かすか、である。
採用内定を出した後は人材開発の責任、新入社員教育が終われば後は現場の責任、配属後に育たなければ採用と導入時研修を担当した人事が悪い。三者三様で責任を押し付けあっても意味がない。人材に関する情報を、機能や部門をまたいで共有し、活用していくか、が人事に問われているのではないだろうか。
最後に取り上げたいのは、高崎美佐さんが第8章で述べている初期キャリアに対する就職活動の影響についてである。肌感覚としては、就職活動が入社後のキャリアに何らかの影響を与えていることはわかるが、その内容について示唆的に述べられた興味深い論考である。
特に興味深かったのが、第一希望の企業へ入社することよりも、「就職活動を通じた変化」が入社後の能力発揮や活躍に必要な可能性が高い、という考察である。「就職活動を通じた変化」とは、「働くことへのポジティブイメージ」「仕事に関する自己理解の促進」「業界・仕事理解の促進」という三つの因子から構成されている尺度である。つまり、面接対策をしたり就職セミナーでハウツーを学ぶといったことからだけでは得られないものであることに留意したい。自分自身、仕事、企業、業界といったわからないことに対して真摯に取り組むという意味での就職活動を経ることで、入社後の能力発揮や成長に繋がるのである。
さらに後半の研究結果から著者は細かく分析を加えている。「就職活動を通じた変化」は、「仕事への自信」に直接繋がると共に、配属部署での「関係構築行動」を媒介して「仕事への自信」に間接的に影響力を与えるという。つまり、結果的に入社一定期間後に自信を持って仕事に取り組めるという中長期の成長面でのインパクトと共に、良好な関係構築を行えるという短期における退出リスクを軽減できると解釈できるのではないだろうか。